第20話 和解
観覧デッキ
……俺は、難しく考えて丁寧に接し過ぎたのかもしれない。
モカに言われた言葉を頭の中で考えながら私は、ルオンの生きそうな場所を巡って行った。
甲板デッキへと足を向ければ、他の客に交ざって空へと視線を向け続けるルオンの姿。
目的の人物はそこに立っていた。
「何か用か?」
「ルオン様……」
ルオンは手すりに背を持たれさせて、背を少しそらして真上の空を眺めていた。私が近づくと、気配に気付いて顔を向けた。
「そんな姿勢だと危ないですよ」
現在この飛空艇は低速飛行中で、体に感じられる風はあまりないのだが、突発的な気流の乱れや突風が吹かないとも限らない。
万が一にそこから落ちでもしたら大惨事だ。
そう私が注意すれば。
「あーそうだな、こっから落ちたらぜってー死んじまうもんな。下には地面すらねーし。死亡原因、転落死って間抜けすぎ」
そんな投げやりな調子の声で相手が返してきた。
「ルオン様、私は……」
そんなルオンに私は意を決して話しかけようとするが、その声は相手に遮られた。
「悪かったな、今まで付き合わせて」
先ほどと言い、今代の巫女二人は自分の話を遮るのがうまい、と思わず条件反射的で心の中にメモしてしまった。
そんな事を考えている場合ではないだろう。
「それは、どういう……」
「そのまんまの意味だよ。巫女らしくない俺の巫女付きなんて、嫌だろ?」
「そんな事ないですよ。私はそんな事思ってません。何を言ってるんですか」
ルオンは顔を俯かせて、肩を震わせる。
その声は揺らいでいて、モカの言う普通の人間、普通の女の子のものだった。
注意深く見ていれば、今まででもそれは私が気づけた事だ。
だが、私は今この瞬間になってその事実に初めて気づかされている。
ルオンは「ナナキは」と、言葉を続けていく。
「俺なんかを様付けで呼んだり巫女様扱いなんて、本当はしたくないんだろ?」
「私は……」
違う、そうではない。そう言いたかったが、けれど、目の前の少女は私がその思いを言葉にするのも待ってはくれなかった。
「俺はっ、巫女失格だって最初っから分かってたよっ!! 相応しくないって!! お前らが人生かけて頑張って、そうして辿り着いた夢の果てがこんななんて、……あんまりだ、そう思う。そうじゃないのかよっ!」
きっとルオンだって辛いはずなのだ。
それなのにそれでも思うのは、そんな事なのか、と私は思った。
ルオンは、自分が嫌だから傷ついてるんじゃないのだ。
不器用な人だな、と思う。
自分の考えを伝えるのが下手であり、しかしどこまでもに優しくなれる彼女なのだ、と。
そんな彼女を追い詰めてしまったのは自分だと、私は改めて自覚した。
周囲の人間が何事かと見ているが、そんな事はもうどうでも良かった。
「俺は何かの間違いなんだよ。巫女なんかじゃない。本物はモカだ。あいつこそが巫女なんだ。だからっ、俺が巫女なんて認められないから、お前はあの時に俺を殴ったんだろ!? 俺なんかいない方が――――」
「違うっ!!」
述べられる言葉を最後まで聞かなかった。
俺は反射的に大声を出して、ルオンの声を止めていた。
「私は……っ、俺はっ、ただ貴方が心配だったんです!」
まっすぐにルオンを見つめて、悩みながらも言葉を尽くしていく。
どうすれば伝わるだろう。どうしたら彼女の心に自分の言葉を届かせられるだろう。と、そんな風に。
思いだすのは分かれる最後に聞かされたモカの言葉だ。
『最後にもう一度、ルオンちゃんは護衛士なナナキを求めてないからね。ナナキがいるついでにって、考えて置いてそうやって話せばきっと大丈夫だから、がんばれっ!』
その言葉を頭の中に一度再生して、俺は目の前の女の子に向き直る。
「……俺が、あの時貴方を叩いたのは、一人で戦う貴方が心配だったからだ。周りには貴方を助けてくれる人がたくさんいたはずだ。なのにどうして、信じてやらないのだと……。どうして助けを求めようとしなかったんだと。そう思ったからなんだ、一人で出来る事なんてたかが知れてるというのに」
ルオンは顔を上げない。だが、ナナキの言葉を聞いてはいるようだった。
伝わっているか、心に届いているか、不安に思いながらも語る言葉は止めない。
「俺はあの時、貴方に自分の立場が分かっているのかと聞いた。けどそれは、大事な巫女だから大人しくしていてほしかったという意味じゃない。巫女で、常に狙われる危険のある貴方だから、どうして一人で解決しようとしてしまったんだ、とそういう意味で言ったんだ」
ルオンから動揺する気配が漂う、肩が揺れて、視線が上がってくる。
怯える様な視線だ。弱気になっている。ルオンは、「本当なのか」と問いかけるような視線。そんな眼差しは、似合わない。ルオンは弱々しく言葉を紡ぐ。
「でも…俺は巫女失格で」
「そんな事はない。俺はルオン様ほど巫女にふさわしい方はいない、今はっきりと思った」
「……何で」
「俺は貴方ほど優しい人を他に知らない。それで十分じゃないのか」
俺は旅の間、ことあるごとにルオンがモカに視線を投げているのを知っていた。
気にかけているという事もあるが、なによりもモカという……恐らく誰もが巫女らしいと思う少女と、見比べて引け目を関していたのではないかと思う。
だから俺はそんな思いを否定してやりたいと思ったのだ。
知っていてこれまで何も言わなかった自分を、過去に戻って責めてやることはできない。ならばこれから紡ぐ言葉を精一杯伝えなくてはならない。
「そんな、適当な。俺は本気でっ」
「貴方が本気で聞いているのは知ってる。だから俺もちゃんと本気で答えた。逆に訊くが、貴方は俺たち
「それは……、強さとか……後は、性格が良い奴だとか」
「他には……? ないだろ? それで良いんだ。見せかけものを取り繕ったってしょうがない。大事な物は中身なんだから」
「…………」
息を呑んで黙り込むルオン、俺はその肩に手を置いて、一言一言思いを込めていく。
「ルオン様、俺にとって貴方は大事な巫女だ。だから、どうか俺の前からいなくならないでほしい」
これで、俺の言いたい事は全部だ。伝わっただろうか。
ルオンの様子をうかがう。口を閉ざしたままだった。
そのまま沈黙が流れて。
「……はぁ、巫女に向かってタメ口とか、良いのかよお前」
ため息と共にそんな言葉を返すルオン。
それは、笑顔と共に、だ。
ほんのりと頬が染めながら、だったのが若干気になるが。
「仕方ありません。モカ様のアドバイスですから」
「あー、あいつにも心配かけちまったな。それとお前……ああいうのは、うっかり他の女子にしてやるなよ。心臓に悪いから」
「ああいうの、とは?」
ルオンに言われた事が分からなかったので素直に尋ねれば、慌てたような反応が返って来た。
「っ、だからあれだよ。大事だとか、いなくなるなとか……って、言わせんなよ恥ずかしくなるだろうが!」
「どうしてですか? 私はただ正直に言っただけですよ」
「お前、天然か!? 恐ろしい奴だな! あと、いい加減手を放してくれ!」
「あ、すみません」
ルオンに怒られるものの、その詳細な理由を理解できないままだ。
しかし、話はまとまって。解決した。
「他の客、空気読んで避難しちまったじゃねーか。これ、絶対聞かれてたよな、恥ずかしい奴」
「す、すみません」
巫女の正体をばらしてしまうという懸案事項を一つ増やしてしまったものの、これで良かったと思う。
場所を移せばよかったのかもしれないが、今を逃したらルオンなどは手段があれば平気で飛空艇から飛び降りで逃げそうだったから、怖かったのだ。
後日ルオンの一人称が変わった頃にそんな事を問いかけてみれば、「あたしはそこまでしねーよ」と言われる事にのだが……。
ともかくこれで、無事に旅が続けられそうだと思う。これからも三人で、いられると。
「一件落着。そこで終わったらいいんだろうけどなー。ったく、ナナキは危ないって忠告したのにそこにいやがるし」
だがそう思ったナナキの意識に危聞きなれた言葉が聞こえてきた。
デッキに影が差す。上空に小型の飛空艇が浮かんでいた。
そこから一人の男が飛び降りてきた。
男はルオンの背後に降り立ち、鈍く光る刃を彼女ののど元に突き付ける。
「こういう危機がまだあるもんでな」
「フラト!」
巫女を人質にとった男は、今ここにいるはずのないナナキの同僚フラトだった。
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