第21話 空上の戦い



 気がついた時には、俺は上空から降って来たフラトに人質にとられていた。

 意味が分からない。一体何が起こってるのか。

 予想外すぎだった。


「あれ? フラトさんがいる」


 モカの声だ。デッキに来たらしい。


「ナナキ、ルオンちゃんと仲直りできたの?」


 心配して様子を見にやって来てしまうぐらい、時間が経っていたようだ。


「モカ様……」


 ナナキは、どう説明すればいいのかと答えあぐねている。


 さすがに優秀な星衛士ライツでも知人の凶行を前にしては冷静にはいられないのだろう。

 それでも、ナナキは自分の職務を忘れてはいなかった。


「モカ様!」


 モカに影がかかる。上空から何か巨大な物が落ちてこようとしているようだ。

 自然に動いたナナキは、モカをかばってその場から離れた。

 一瞬後、巨大な鉄塊が音を立ててデッキに着地する。


「何だ、それ」


 思わずあんぐりと口を開けてしまう。

 それはロボットだった。

 一目でオーバーテクノロジー(つまり飛空艇と同じような代物)だと分かるような、この世界に不釣り合いな代物。


 とりあえずその人の形を模した姿のロボットをよく観察してみる。


 高さは三メートルほどで、横幅はその半分ほど。足元に行くにつれて、若干身の回りが太くなっている。装甲は黒色に塗色されておりところどころ金色のラインが走っていて、一定の間隔でうっすらと光を放っている。そして装備は、右手に身の丈ほどの盾を持ち左手に巨大な鉄球を持ち、重そうに揺らしていた。


 それは、今の時代には似つかわしくないものだった。

 スカイレーティスの残した飛空艇が苦もなく量産できるようになったような、そんな遠い未来にあるような機械の姿。


 何でこんなものがこんな場所に存在しているのだろうか


「それなー、物好きが研究の果てに作った代物だよ。信じられないかもだけど、性格は変人だが天才だからな。ま、飛空艇の設計図盗んで色々参考にさしてもらったとかは、言ってたけど。すげーだろ」

「巫女の願いの産物を勝手に利用したのか」


 言い返したのはナナキだ。

 フラトの言葉に反応するその声は低い。先ほどと同じ様な口調だが、現在のが何倍にも恐ろかった。


「俺が使ったんじゃねーよ、盗みはしたけど、写した後でちゃんと返したし」


 そんな物を利用して一体何がしたいと言うのか。

 俺は、目の間の鉄塊の威容に表情を引きつりながらも尋ねる。


「こんなん一体何に使うんだよ」

「さあ、何だろうなー」

「返答しだいによっちゃ……」


 まともに取り合わないフラトのへ、反撃しようとするが、


「おいおい、暴れんなって巫女さん。下手に動くと、切っちまうだろ。あー、めんどくせー」


 腕を掴まれて、抵抗を封じられてしまう。

 改めてナイフをチラつかせるフラトに、抵抗することができなくなってしまった。


「フラト! 何のつもりだ。守りの聖樹フォレスト・ヒースを裏切るのか」

「裏切るも何も元からこっち側だぜ、俺は」

「っ!」

「お前は知らないだろうけど、だからナナキの力が危険だって巫女を説得して護衛から遠ざけようともしてたのにな」


 息を飲むナナキ。言葉を失った彼の代わりに今まで黙っていたモカが尋ねる。


「つまりフラトさんは選定の使徒リバー・サイドだったの? それで聖樹ヒースにスパイとして潜りこんでたってことかな」

「まあ、そういう事になるか」


 あっさりと、躊躇いもなくラフトはその言葉を認めた。

 その返答に脳みそが沸騰する。


 怒らずにはいられない。

 俺達の所に止めには来たけれど、それでも二人は友達だと思っていたのだ。


「お前っ、ナナキは友達じゃないのかよっ、こんな裏切るみたいな事していいのか!!」

「良ーんじゃないのか、友達じゃないんなら」

「だったらっ、あの時牢に入れられたナナキの事を心配してたっていうのは嘘だったのかよっ」

「そうか? 俺は別にそんな事言ってなかったと思うぜ? あいつが馬鹿みたいの必死こいて特訓してるってのを知ってる……みたいな事言ったでけで。そんなの俺の言葉を信用して欲しいための小細工に決まってるだろ?」

「てめぇっ!」


 話の一部分は俺の横にいる星衛士ライツの知らない内容だったが、ナナキは何となく察していたようだった。


「そういう事か」


 ナナキが納得の声を漏らす。

 巫女に暴行を働いたにも関わらず、今は巫女付きにいる。その原因を作ったのがフラトなのだとナナキは思ったのだろう。

 それならばとナナキは確認する。


「馬車の時の騒ぎもお前がしたのか? 情報工作をして、巫女様達の馬車が返ってくる日を人々に教えたのも」

「ああ、そうだ。ま、あの時俺はお前の目の前にいたから直接やったのは、他の潜り込んでたスパイだけどな。知ってるか、聖樹ヒースなんて見た目が綺麗なだけで実は中身は真っ黒なんだぜ、選定の使徒リバー・サイドと変わらない。自分がすばらしい人間でいたいがために巫女を利用しているような連中ばっかだ」


 裏で事件の糸を引いていた事を躊躇うことなく肯定したフラトは、つまらなさそうについ先日まで自分が働いていた職場をを散々にこき下ろしていった。


「……そうか。なら、あの夜盗も」

「あ、それは俺は知らないけどなー。まあ信じようが信じられまいが、どっちでもいいけど」


 たぶんあのヘンテコ主従が関わったんだとは思うけど、とフラトは小声でどうでもいいように呟いた。

 ここまで開き直られると、説得が通じるとは思えない。


 ……けれど、こいつはナナキの友達で……。

 

 俺達を守るために、ナナキがバッサリやって解決、なんて事にしたくはない。


「ナナキ、何とかしてルオンちゃんを助けられないかな」


 心配そうにモカが尋ねれば、ナナキは迷う事なく即答した。


「できない事はないですが……」


 実力を考えれば可能。だが、相手が相手だから、敵対したくない。

 それが人質にされている俺からも分かるくらいの、ナナキの正直な気持ちだった


「あの人、こんな膠着状態を作るためにこんな事したのかな」


 モカが素直な疑問を漏らす。

 そういえば、おかしい。

 こんな逃げ場の少なそうな場所で、人質をとっても良い事などないはずだ。


 それは最初の事件の焼き増しでしかない。

 あの時も結局逃走手段がなくて、時間を使っている内にナナキがやってきたのだから。


「何か考えがあって、やっている? それは……」


 俺が不審に思っている間にナナキも同じような事を考えていたらしい。

 頭をひねって、モカの疑問に答えを見つけようとするのだが、その前に……。


「あ、二人分の足音が近づいてくるよ」


 飛空艇の中から人がやってきた。

 

 ……ちょいちょいたまに思うけど、モカ耳がいいよな。何でそんな事が分かったんだ?


「ふん、チョロチョロするだけのネズミにしては上手くやっているようじゃないですか」

「うわっ、本当に人質にとってる!」

「なら、脱出用の飛空艇に乗ってさっさと離れますよ」


 その場に現れたのは、赤いネクタイ以外は全身金色尽くめの男と、苦労が多そうな若い男だった。


「おー、ナイスタイミングだよなー。キースと、えっとレクトル」


 フラトがそう名前を現れた二人に呼び掛けると、その名前に心当たりがあったらしいナナキが顔色を変える。


「機術師キース・ディランディ! 同じ飛空艇に乗っていたのか」

「そうそう、あの使徒の組織の中で、五本指に入る実力者キースだ。あれ、ちゃんと偽物とかじゃなくて本人だぞ」


 キースは降ってきたままになっていたロボットの(こちらから見て)右肩によじ登り、続こうとしたレクトルを当然のごとく蹴り落としている。「キース様ぁー」と、情けない声を上げ、デッキを転がり落ちる若い男。


 それを見て俺は思わず突っ込んだ。


「ひどくないか?」

「そういう人間なんだよ、あれ」


 フラトに同意されてすぐに、そんな事言ってる場合じゃないと思いなおす。


 頭上を見上げれば、小さな飛空艇が出現するところだった。

 何もない所から突如現れたというよりは、透明になっていたと言う方がしっくりする出現だった。


 そんな上空の存在に見向きもしないキースは、声を張り上げて、ロボに向かって号令をかける。


「行きなさいグレートキース号!」

「すげぇ。……何かちょっと格好いい」


 ネーミングはアレだが。号令かけて動くとか、ツボだ。俺の中の何かが激しくくすぐられた。


「あれ、そういう反応?」


 フラトに意外そうに声を上げられて我に戻る。

 目を輝かせている場合ではない。


 改めてロボットを観察すると、金色のラインが動く度に鼓動を打つするかのように光を強くしたりしている。


 俺の中の何かが激しくくすぐられ続けてやまないが、そんなものはない。無視だ無視。


 ロボットは、右手に持っている盾を掲げ、左手に持っている巨大な鉄球を引き上げて振り回した。


「まずはあの巫女付きを引きつぶしてしまいなさい!」

「ちょ、キース様まだ近くに私が……うわわ」


 標的はナナキだ。足元で必死に距離を取ろうとしているレクトルを無視しながら、こちらへと向かってくる。

 ナナキはモカを背にかばい、剣を抜きロボットへ対峙。


 正直人間が敵う気がしないのだが、大丈夫なのだろうか。

 ナナキはそんな時でも、背後にいる守るべき存在を気にかけていた。


「モカ様、ここから離れてください」

「うーん……」


 だが避難を促されたモカは珍しく、考え込んでいるようだった。いや、どうすべきか迷っているのだろうか。


 だから俺はナナキに聞こえるように叫んだ。


「ナナキ、モカを連れて逃げろ! いくらお前でもあんなんに勝てるわけない。俺は大丈夫だから」


 また俺のせいで怪我をされるのは嫌だった。

 ナナキは勝てないかもしれない、モカも決断できそうにない。

 なら背中を押して決断させる俺の役割だろう。


 幸い巫女の身分があるから、奴らに拉致されたとしても願いを叶えさせるまではひどい事はされないだろうし。囚われの身なんて柄じゃないし、脱出の機会を見つけられるかもしれない。卑怯な奴らのいいなりなんて嫌だが、ここでナナキが死んでしまうよりはよっぽど良いはずだ。


 しかし、そんなルオンの思いをこめた提案を、ナナキは速攻で断った。


「嫌です!!」

「何でだよ!!」


 どういうつもりだと問い返せば。


「ルオン様は、また一人で戦うつもりですか」


 帰ってきたのは、そんな心配だった。


 ……お前って奴は、どこまで生真面目で優しい奴なんだよ。俺なんかよりお前の方がよっぽどそうだよ、


「俺の役割は人質だ。なら、別に命をとられるわけじゃない」

「ルオン様……。駄目です、俺達は、ずっと三人で一緒で旅をするんです。そう決めたじゃないですか・俺はルオン様とモカ様の二人がいない旅なんて認めません」

「ナナキ」


 そんな風にやり取りをしていたら、蚊帳の外だったキースが会話に割り込んできた。


「お前達……。自分の立場を分かっているんですか? なに私を無視して喋っているんです?」


 肩と声を震わせながら言うその男の額には、はっきりと青筋が浮かんでいる。

 待ってくれてた事を、案外優しいと評価すればいいのか、それとも単に怒りで何もできなかっただけとかんがえればいいのか、分からない。


 ……しばらく忘れてた。なんでだろうな、一番見た目的に存在感があるのに。


「いいですよっ。すぐに無駄口を叩けなくしてやりますからっ!! 行きなさいスーパーロボα!」


 ……あれ、さっきと名前違くないか?


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