第22話 ルオン・ランタノイレに欠けるもの
「やっておしまいなさい」
……いかにも悪役っぽいセリフだな。
キースは額の血管が千切れそうな形相になって、ロボットに攻撃の合図を出した。
重そうな体を微塵も伺わせない軽快な挙動で突っ込んでいく。左手の鉄球を振り回しながら。
「ナナキ! モカ!」
ナナキはモカを抱えて、その場を飛びのく。
一瞬後にロボットが放った鉄球が、デッキの床を陥没させた。
人間がそれを喰らったらひとたまりもないだろう。
そんな惨状を眺めたフラトが口笛をひゅうと吹く。
「うわー、派手にやるなー。おーい、キースさんよー。あんまりやらかすと船、落ちるぜー」
「巫女の産物がこの程度でどうにかなるわけないでしょうに」
「だといいんだがなぁ。それ開発した人がそんな事言っていいのかよ。機械ってやつは繊細だって言ってたじゃねーか」
「ふん、こんな船落ちたとしても私達の知った事ではありませんよ。私たちに逃げる足が他にないならまだしも」
ラフトとキースの冷徹なやり取りを聞いて俺は声を荒げる。
この飛空艇の中には、多くの人が乗っているというのに。
「おいお前らっ、他の人がどうなっても良いいのかよ!」
「落ちるのは俺じゃないし、どーでもいいね」
「なっ」
一般人なんかどうでもいいと聞かされて、想像以上に衝撃を受けた。
少しの間しか話したことはなかったが、フラトという人間は口が軽くて失礼な奴ではあるけど、根は良い奴だと思ってたのに。
距離をとったナナキはデッキの入口まで戻り、抱えていたモカを降ろす。
「モカ様、大丈夫ですか」
「うん、ナナキが守ってくれたからね」
「フラトの奴…・・。罪もない人を巻き込むつもりなら、放っておくわけにはいかないな」
ルオン達から二人との距離が空きすぎて何を言っているか分からなかったが、なんとなく予想はついた。
ナナキがまっすぐロボットの方に向かう。
「巫女を脅し、罪もない人々に害を成そうとした罪、その身で贖ってもらうぞ」
底冷えするような瞳だった。ナナキの全身から静かで、だけど苛烈な怒りが沸き立っている。それが目に見えるかのようだった。それぐらい、今のナナキは怒っている。
一瞬後、ナナキは風の様に駆ける。
遅れてロボットが鉄球を振り回そうとするが、その挙動は間に合わない。
走り込んだ勢いを殺さずに、わずかに身を沈めてナナキは飛んだ。ロボットの動かしていた左腕に着地し、肩へと移動する。
「―――はっ」
息を一つ吐いて、頭部へ飛び、足場にしてさらに右肩の主へと襲い掛かる。
そこに一度って立っていた、キースへと。
剣を振り上げて……。
「やりますね」
キースは慌てた様子もなく、指示を出した。
「撃ちなさい、スーパーキース砲!」
同時に肩にある金色のラインが一際力強く光り輝く。
「っっ!」
異変を察したナナキはそこから飛びのいた。
瞬間。炸裂音。視界を無数の光が閃く。ラインから無数の小さな筒のような物体が射出されたのだ。
「何だ、アレ! ナナキは……っ」
「無事だよ。……ったくとんでもねー、あれ斬りやがるとか正真正銘バケモンじゃねーか。謙遜しやがって」
安否が気になって声を出せば、フラトが呆れたように言葉を返した。
ナナキはロボットから離れた地面に着地。遅れて、遠くに真っ二つになった無数の筒が落ちる。
「わあっ、ナナキすごーい。もしかして死なない人?」
遠くで事態を見守っていたモカがそんなこちらにも聞こえてくるような声量で歓声を上げる。
「いや、さすがに死にはするだろ、人間なんだから」
……でも、あんなの見てたら、そうかもしれないなと思ってしまいそうになるけどな……。
はっきり言って、人間技とは思えないし。
果たして、鍛えて鍛えて鍛えまくったら、人はあんなマネができるようになるのだろうか。
「はは、バケモンみたいだけどな。……みたいっ、てだけでアイツはやっぱ普通の人間だぜ」
俺が空いた口が塞がらないといた表情をしていた為か、心中を読み取ったフラトが笑い声を上げる。
「やっぱ、おもしろいなお前ら」
「面白がってる場合かよ! お前の友達がピンチなんだぞ。俺が向こうにいけたら……」
少しは役に立てる自信があるというのに。
どうにか、この状況を打破できないかと考えるが。動きだそうとするたびに、ナイフが警告するようにこちらの首筋に追随してくる。
「行ってどうすんの。ナナキに邪魔にされるだけだ。足手まといでお荷物になりたくなかったら大人しくしておけよ」
そんな俺に向かって、冷や水を浴びせるような言葉をかけるフラト。
「巫女さんだって自分がヘマしたせいでアイツに怪我なんかしてほしくないだろ?」
そしてそう言って、ルオンの心の傷口がどこにあるのか、知っているかのように適格に塩を塗り込んできた。
「お前の助けなんて必要ないんだよ。巫女なら巫女らしく大人しまってればいい」
きっと少し前だったらその痛みに耐えられなかっただろう、だが今は……。
「お前の言う通りかもな。だけど、俺はアイツを助けたいんだ」
「何言って……」
俺の反論に、フラトが怪訝そうな顔になった瞬間、モカの大声が聞こえてきた。
「ルオンちゃんをいじめちゃ駄目なんだからっ!」
そして、どうなったかというと……。
驚く事に、モカは叫びながらこっちに向かって走ってくるではないか。
「おいおい、マジか? いいのかよ」
「モカ……? こっち来んな! お前っ、危ないだろ!!」
フラトは目を疑って、俺も当然モカの無謀な行動を止める。
ただの温室育ち(モカ言)お嬢様が叶う様な相手なら、曲がりなりにも訓練をつけた俺がこうして人質にされていたりはしないのだ。
モカが俺達の目の前で立ち止まる。
「……モカ様、何を!」
その移動に気付いたナナキが、こちらの様子に気づいてもちろん静止の声を上げてきた。
「ナナキはちょっと黙って、戦闘に集中!」
「……はっ、はい」
が、しかし、それは常にないモカの真剣な声に一蹴されてしまう。
ナナキは気にしつつも、ロボットとの攻防に集中する。俺の目からは半分くらいしかできてないように見えるが。
「フラトさん、全部聞こえてたんだからっ! モカ、耳がとーっても良いんだからね。自慢の耳なの」
「え、マジで? あの距離でかよ? 地獄耳すぎじゃね……」
「だから、モカ危ないって!」
モカの意外な特技を知った瞬間だったが気が気じゃない。
身を乗り出して、お喋り続行してくるモカはだがこちらの内心に構うことなく、己の主張したい事を好きに主張し続ける。
「ルオンちゃんはもう、そんなイジワルな事言っても一人にはならないんだから誘惑しちゃダメ、モカ達からとっちゃ駄目なの!」
「ありゃ、ばれてたか。いやーこの巫女さんがあんまりにも辛そうだから、こっちに来ればいいのにってちょっと、駄目な方の親切心をな?」
「もーっ! だめだめ!」
……だだっ子か!?
ナイフがあるにも関わらず、モカはラフトに近づいてしっしと追い払う。
いや、そんな事でフラトが離れたら苦労はしないだろう……と思っていたら何故か離れた!?
肩をすくめるフラトは、普段通りのふざけた態度のままだった。
「やれやれ、手間がかかるな。ほんっとーに俺の苦労って何なの? ナナキは巫女にくっついてるし、巫女さんは巫女さんで立ち直ってるし。骨折り損のくたびれ儲けって言葉が身に染みるぜ、ったく」
「一体何なんだよ。結局どっちの味方なんだよ……」
……何だよ、意味不明すぎて理解できないんだけど。
……どうなってるんだ、これ。
「ルオンちゃん、こっち来て。一緒に戦おう? ナナキにはモカ達の力が必要だと思う」
「あ、ああ……」
でも勝てる方法がまったく浮かばない。
どうすればいいのかと悩んでいると、離れた所にいるフラトが話しかけてきた。
「靴屋の髪飾り持ってるだろ、それ使ってみたらどうだ? 役に立つから」
「髪飾り?」
「それと俺はどっちの味方でもないからな、ピンチになった時に勝手に期待してがっかりとかしてくれるなよ?」
……何でそんな事お前が知ってるんだ。役に立つってどういう事だ。後、期待なんてしねーよ。
それらを直接言葉にして、色々言いたいことはあったのに、状況が許してくれない。
フラトはこちらをまるで気にせずにいて、空に向かって指笛を吹く。
またお前は何を……、と思っているとどこからか巨大な鳥が飛んできてフラトを足で捕まえて、何とそのフラトをいずこかへと連れていくではないか。
遠ざかっていく巨鳥と男の後ろ姿を見つめながら俺達はその場で唖然とするしかない。
……そんなもんどうやって捕まえた。手懐けた。そんな動物、この世界にいたっけ?
駄目だ、ちょっとやそっとの苦労では、フラトの事は理解できそうになかった。
ナナキが大変そうだったし、いつまでもそれを眺めているわけにもいかないので助ける方法をモカと相談する事にした。
「あいつ、この髪飾りがどうとかってたよな。これに何が……」
もっとちゃんと話してけよ、と思ったがいないのだから仕方ない。
とにかく何が出来るのかいろいろいじって調べる事にする。
二人して顔を突き合わせてアレコレ試す事数分。
そうして分かったのが、一つ。髪飾りの星の模様の一部分が押せるという事だった。
その判明した効果は実にあのフラトらしいものだ。あの男にはさぞかし効き目があるだろう。
「これをどうしろと!」
しかし、俺は叫んだ。
だが、だから何だと言いたい。
……これを何に使うんだよ!
だが、判明した妙な効果つきの髪飾りをデッキの床に叩きつけたくなっている俺の横で、静かにロボットの方を見ていたモカが声を上げた。
「モカ、気になる音をあのロボットから聞いたんだけど。その音を止めれば、もしかしたら勝てるかもしれない」
「本当か!?」
「うん、ちゃんとその髪飾りも役に立ちそうだよ」
「マジで?」
それが本当ならナナキの力になれる、と勢い込んで尋ねる俺に、モカはその方法を耳うちした。
「えーと、ザンッ、ドッカーンってやるために、ワーッ、イライラってするの」
「いや、分かんねぇよ!」
そんなこんなで色々考えた末、ナナキを助ける為に、俺達はその作戦を実行に移した。
『あいつホント可笑しいよなー』『常識ないし』『研究一筋で性格おかしくなったんじゃぇーの』『暗い部屋で一日中引きこもりとか、まじ根暗ー』
フラトのこれでもかという声が辺り一面に響き渡る。出所は俺の髪飾りだ。
そう、これには人の声を録音して再生するという仕掛けが施されていたのだ。
聞いたキースがさっそくイラっとし始める。
「あの男、馬鹿にしてぇ……」
『ははぅ、恥ずかしくないのかよあの服。成金趣味みたいだよなー』
血管がきれそうな額になったキースが、ロボットの右肩を苛立たしげに踏みつけた。おちょくるようなフラトの声は、とても楽しそに聞こえる。あいつきっとノリノリで吹き込んだなと分かるくらいに。
ちょっぴりだが、自分の悪口を大音量で流されるキースが少し哀れになってしまった。
「レクトル! それをっ、今すぐっ、巫女から奪いなさい、そして壊しなさいっ。聞いてるんですかっ!」
耐えかねたキースがレクトルへと指示を飛ばすが返事はない。
「お前の連れなら、とっくに夢の国に旅立ってるよ」
代わりに応えるのは、キースに言われる前に隅っこに避難していたレクトルを一撃でノックアウトした俺だ。
「なあっ、巫女の分際でっ、人に手を上げるとかっ……、色々とおかしいんじゃないですか貴方!」
「よく言うぜ、そっちから手を出しといて」
色々と見た目とか常識とかがおかしくなっている人間にだけは言われたくはない言葉だった。
そして、この作戦の要であるモカが挑発するように声を上げる。
「おかしい人はキースの方だよ。ほらいいの? よそ見してるとモカ達がロボット倒しちゃうよ」
モカは今、作戦の都合上ナナキに近寄って、その左腕に抱えられ移動している。
腕をアイツの首にまわしてしがみついてなんかして、ちょっと顔とか近すぎじゃねぇの、と注意したくなるが二人は平然としているのであれは何でもない事なのだろう。おかしいのは自分なのだ。うん。色々それについてはじっくり考えなければいけないような気はするが、今はそういう事にしておく。思考がずれた。
で、モカがそんな行動をとる理由は、ロボットの中には結構な量の爆薬が仕掛けられているからだ。(なぜそれが分かるかというと、致命傷につながりそうな攻撃の度にキースがナナキに小声で牽制していたのをモカが耳で拾っていたというそれだけのことだ)
そこで、気になる音というのを聞きつけた耳の良いモカが近くに行き、弱点となり得そうなその音の正確な位置を探していたというわけだ。
ロボの鉄球を避け、近づき、そして砲撃に払いのけられて、鉄球を避ける、ナナキ達はその繰り返しを地道に続ける。
「いい加減潰れなさいっ! うっとおしいですね、素直に負けを認めてしまえばいいものを!」
至って地味に、そのくせウロチョロと視界をこざかしく走り回るネズミのごとき動きに付き合わなければならないキースは、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすしかない。
焦れたキース自身の様子を反映するかのように、だんだんとロボットの動きの精彩が欠けてきて、雑になってきた。
「うーん、あった。この近く、胸のライン……あそこだよ。結構大きい。いろんな音が集中してるからきっとあそこがロボットの心臓だと思う。そこの音がおかしいから爆弾はあそこだね」
そんな地道な作業の果てに、場所を突き止めたらしいモカがロボットの胸の辺りを指さした。
「取り外すのは無理……ならやる事は一つですね」
ナナキはいったん敵から距離をとり、モカを下ろした。
駆けつけた俺にモカを預け、ナナキは最後の突撃をする前に一言ずつ声をかけあった。
「頑張ってね」
「しっかりやれよ」
そんな対照的で、しかし雰囲気の同じ様な言葉を。
ナナキは二人に離れるように言ってから、剣を構えて疾駆する。狙いは心臓部だ。
「やっちゃえー!」
「ぶっ壊せ!」
二人分の声援を背にナナキは、ロボットの腕を駆けあがり胸の高さにたどり着く。
そして、三人分の思いを乗せるように全身全霊をかけた一閃を、その場所へ突き込んだ。
「―――これでっ!」
剣から手を離して、すばやく離脱。
付きいれた胸の傷からは激しいスパークが発生していた。
「私のスーパーキースが負けるなんて、そんな……」
呆然としたキースが漏らした声。
それに答えて動く機会はもう無いのだ。
「やったな、ナナキ! モカ!」
俺は二人に近づいていくのだが、トドメを刺されたはずの巨大が、再びのっそりと動き出した。
「まずい、ルオン様、モカ様……」
「いや、大丈夫だ。ナナキ、俺達どこまでも三人一緒なんだよな」
ナナキは俺に本気で向き合ってくれた。
だから俺は、返していなかったその答えをここで返そうと思う。
「俺も同じ気持ちだ。信じてるからな」
誰か一人でもかけていたら、きっと駄目だった。
一人ではきっとやれることに限界があるのだ。
俺が星衛士になれなかったのはきっとそういう事なのかもしれない。
「うらぁ!」
ナナキのつけた傷の上から、俺は精一杯拳を叩きつけた。
瞬間、鋼鉄の塊にひびが入って、風穴があく。
周囲に鈍い音がこだました。
ガラガラと音を立てて、ロボがデッキの床へと盛大に倒れ伏した。
「ルオン様って……」
「ルオンちゃんって、怪力さんだったんだね」
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