第17話 街道の襲撃



 港方面 街道沿い


 そんなこんなの予想外だった靴選びを終えた後、俺達は本来の予定とは少しずれた道を歩くことになった。

 のだが……。


 新しく靴を選びなおして、しばらくは元気に歩いていたモカがバテてしまった。やはり一日二日では体力の問題は解決しなかったようだ。


「うぅ、疲れたよー」


 というわけで昨日と同じく、一時間とちょっと歩いたぐらいでモカの体力が底をついてしまい、ナナキに背負われているのが現状だった。


「ごめんね、ルオンちゃん、ナナキ。モカ、箱入りさんだけど、もうちょっと歩けたら良かったのにね。小さい頃よく箱に入ってお姉ちゃんに引っ張ってもらって遊んでたせいだね」

「いや、違うだろ。ってか、箱入りの意味誤解してないだろ」


 休んで体力が回復するまで待つという手もあったが、ルートを変えた都合によって本来の道よりも次の目的地に行くまでの時間がかかるので、それは出来なかった。

 

 モカが重いと言うわけではないが、人間一人を担いであるくのは相当な普段だ。

 それでもナナキは鍛え方が違うのか、まったく意味も乱さず、ペースも落とさない。

 星衛士ライツとしての訓練を積んできた俺でも、ナナキ程の人間はみたことがなかった。


 引っぱたかれる様な事さえなければ、俺も喜んでナナキを受け入れていたかもしれない。


「うーん、違って思えてたのかな。じゃあモカ、温室育ちでいいよ。小さい頃よく温室で遊んだあと、たくさん眠って育ったの」

「だから、そういう事は自分で言う事じゃないって、しかもまた何か意味が違うような」

「元気にスタスタ歩けるルオンちゃんが、モカちょっぴり羨ましい」

「そんな風に羨ましがられるような立派なもんじゃないと思うけどな、女としては……」


 モカに羨望の眼差しを向けられるという微妙な状況に戸惑いつつも、ナナキの様子を窺う。さすが星衛士ライツといったところか。人一人を背負ってる事を全く感じさせない足取りで、俺の先をすいすい進んでいる。


「やっぱ本物は違うな……」

「どうしたのルオンちゃん」


 ……巫女でも星衛士ライツでも。


 思わず口を出てしまった呟きにモカが反応したので、何でもないと首を振って答える。

 そんな調子でしばらく進んだ頃だった。


「っ、モカ様。降りてください。俺の後ろに、ルオン様も」


 唐突にナナキが声を低くして、周囲を気にし始めた。

 降ろされたモカが俺の背中にぴったりと張り付く。


「人食い熊さんかな」

「さらっと恐ろしい予想を言うなよ。いや、たぶんこういう場合って……」


 嫌な想像が脳裏に浮かんだが、当たってほしくない。

 前日の宿の食堂で立った妙なフラグを思いだしてしまった。


 巫女になるというそのまさかが身に起きたルオン・ランタノイレだ。

 脳裏に浮かんだこういう場面で起きやすいまさかの可能性を、まったく否定できない。


「おおう、本当にこの道に来たじゃねぇか」「あの野郎の言ってた事、当たったな」「で、本当に巫女なのか」「二人いるぞ」「馬鹿、今代の巫女は二人なんだよ」


 その場に姿を現したのは、ガラの悪そうな男達だった。

 全員何かしらの武器を手にしている。数は十……いや、十数人だ。


 ナナキが俺達をかばうように前に出て、そいつらに尋ねた。


「お前達がグリーンウルフという夜盗か?」


 ナナキがそう言うと、正面にいる周囲の連中より一際大きな体格をした男が答えた。


 強面の男達は斧を肩に担いでいるようだ。

 顔は怖いけど、善良な木を切り倒す木こり達……だったらいいのに。そんなわけないよな。無駄な現実逃避だな。


「冷静だな。普通はもっとビビって腰が引けるもんだが。その分なら本物の巫女様御一行のようだ」

「答えろ。お前達はなぜここにいる。誰かの手引きを受けたのか」

「おいおい、立場を分かってねぇようだな」


 大男が武器を構えると他の連中もそれぞれに武器を手に動き出す。

 そして、じわじわりと獲物をいたぶるように距離を詰めてきた。


「お頭ぁ、巫女の女の命をとるなとは言われましたけど、逆に言えばぁ命さえとんなきゃ何でもしていいってことですよねぇ」


 その中の一人が下卑た笑いを漏らしながら、お頭と呼ばれた真ん中の大男に向かって言った。


「好きにしろ、壊れない程度にな。手柄のある奴が先だがな」


 その声を聴いて男達は歓声をあげ、その目にはっきりと欲望の色を滲ませてルオン達へと迫ってくる。

 モカを背中にかばいながら、俺はナナキの背中を見つめた。


 あいつはどうするつもりなんだろう、この状況。


 手の平が緊張で汗ばんでくる。


「ルオン様、モカ様。安心してください。私が何とかしますので」

「何とかって、何とかできんのかよ。この状況を」

「できます」


 こっちの言葉に即答すると、ナナキは己の武器を手に取った。あの小さなお守りではなく、ちゃんと使えるやつだ。

 青い柄にスラリとした刃の剣だ。何の装飾もない、シンプルな見た目だった。ナナキらしい。


「お二人とも、くれぐれもここを動かないでくださいね。くれぐれも」


 念を押してその場で待機を伝えられると同時に、夜盗達が一斉に襲い掛かってきた。


「巫女に向けた刃の罪は重いぞ!」


 ナナキは駆ける。

 その場に一陣の風が吹いた。


 その挙動は信じられないくらい素早かった。目にもとまらぬ速さとはこの事だと思った。

 あの事件の時、何が起こったのかわからなかったのも頷ける。


 ナナキは風となって、夜盗達の前に躍り出て、一番近い相手の懐に飛び込み剣を閃かせる。


 そして斬った事を確認もせずに、次の相手へ。流れるような動作で切りかかる。

 一瞬も止まることなく、動き、駆け回る。気付いた時には三、四人の男がそれぞれ血を流して地に倒れ伏していた。


「女を人質にとれ!」


 ナナキの立ち回りを見て、まともに相手にするのはまずいと判断したのか一部の者達が俺達の方へ殺到してきた。

 ナナキとの距離は遠い。


「くっ、こうなったら」


 覚悟を決めて、戦うしかないと思った矢先、確認の声が飛んできた。


「動いてませんね!」


 ナナキからだ。 

 現在ナナキは俺達に背を向けていている戦っている。、向かってくる男達の対処で忙しい。後ろを向いて確認する余裕が無いようだった。


「動いてないよーつ!!」


 ルオンが何か言う前に、モカがそう返事をすると何かが飛んできた。

 銀色に光るそれは剣だ。夜盗達が持っていたはずの剣。

 それは、ルオンたちの周囲にいた男たちに狙いを違えることなく命中して撃破する。一人だけ終わらず、次々に。


 ナナキは背後を見ずに敵だけに向かって剣を投げたのだ。


「ぐっ」「くそっ」「ぐぁっ」


 開いた口が塞がらなかった。


 ……何だ今の。どうやったんだ。

 ……人間業じゃねぇ、相手から奪った慣れない武器を背中越しに投げて当てるとか。


「なーんだ、夜盗さんってどんなに怖い人かと思ったら。全然怖くなかったねっ」


 モカががっかりしたような様子で、倒れた男達をしゃがんで観察している。


 ……モカ、余裕だな。

 ……あと、フォローするわけじゃないけど、そいつら結構怖いと思うぞ。普通なら。


 そうこうしているうちに、ナナキは襲い掛かってきた野党たちをほとんど倒してしまった。

 状況は圧倒的にこちらが優勢。

 相手の勝ち目はゼロも同然だろう。


「武器を捨てろ。情報を流した者について話してもらう」


 残った大男一人にナナキはそう呼びかけるが、相手は鼻で笑って返した。


 その様子からは、悲壮感や絶望感などは微塵も感じられない。

 負けるとか思ってもいないようだった。


「ふん、ここまでやられて黙ってられるかよ」


 双方共に戦いを止める気配はなく、油断なく武器を突き付けて互いに睨みあう。


「一対一で勝負だ。正々堂々とな」


 大男が俺達のいる方に一瞬視線を投げていった。

 今更の言葉だ。

 何が一対一、正々堂々なのか。大勢で襲いかかってきておきながら。


「殺っちゃえ、ナナキー!」


 モカが空気を読まず元気に声援を送っていた。

 その性格が少し羨ましい。


 しかし、気のせいだろうか。やっちゃえのセリフが殺害の意味の方のやる、に聞こえたような気がするんだが。


 そんな事を考えている内にも、最後の勝敗を消める戦闘が始まっていた。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 大男は雄たけびを上げて、ナナキに躍りかかった。大男の武器は斧だ。

 図体が大きくて、体格もいい、斧が風を切って何度も何度もナナキを切り刻もう振りかぶられる。

 一撃一撃が、重い攻撃だった。当たったらナナキはただではすまないだろう。


「ナナキ……」


 思わず不安にかられてしまうが、それは入らぬ心配だったようだ。

 ナナキはそれらを難なくすべて避けてみせた。

 

「大丈夫ですよ。これなら訓練の方がまだ辛い」


 自分でも意識してない呟きは、耳の良い巫女付きにきこえていたらしい。

 無意識の言葉を聞かれていた事に、少し頬が赤くなる。


「くたばれ」

「俺は貴方達を守る、この命に代えても……絶対に!」


 大男の大振りの一撃を避けて、ナナキが踏み込んだ

 一閃。

 勝者が決まる。

 風が通りすぎた音に、大男は次の一撃を振るうことなく崩れ落ちた。


「すげぇ、あいつ」

「すごーいっ、ナナキ。あの熊みたいな人を一撃で倒しちゃった」


 モカが歓声をあげながらナナキに走り寄っていく。

 俺のいた訓練所のレベルが低かったのだろうか。それともセントレイシアの星衛士ライツは特別製で、だから皆あんななのだろうか。


 予想以上のナナキの実力に、信じられないような、尊敬するような気もちでモカについていく。


 だが、その中で、ふと物音がしたような気がして足が止まった。


「ルオン様! 逃げてください!!」


 ナナキの声。

 振り返ると、ナナキにやられて倒れていたはずの男が、起き上がろうとするのが見えた。


 ……こいつ、まだ立てるのかっ!


 条件反射でとっさに拳を構えるのだが、ナナキとやりあった相手の速さにたいしょできるわけがない。


「ぐっ……」


 ナナキが割って入ってこなければ。


「なっ……!」


 襲って来ようとした武器がナナキの肩口を切り裂いた。

 真っ赤な鮮血がこぼれ出る。

 それでもナナキは間初入れずに、そいつを殴りつけて気絶させた。


「ナナキっ! お前、怪我が……っ」

「ルオンちゃん! ナナキ! 大丈夫!?」


 何か言葉をかけなければと思うが、何も浮かんでこない。


「ルオン様…………だから逃げて、と」


 ナナキは俺の顔を見て、怒ったような表情で言う。


「っ……」


 思わず身をすくめた。

 ナナキの言う通りだった。

 俺が逃げていれば、怪我なんてしなくてすんだのだ。

 怒られて当然だった。


「お二人は、大丈夫ですか?」

「それはこっちのセリフだよ。ナナキ、早く手当しなきゃ。モカ、一応お嬢様だけど応急処置は知ってるんだよ」


 ナナキが自分で手当てをするのを手伝うモカは、一瞬考え込むそぶりを見せた。

 ナナキの顔を見て、俺の顔を見る。


「ねぇ、二人とも、無理してない?」


 そしてモカは正解の解答を、至極まっすぐに二人にぶつけたのだった。


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