第13話 背負った物の重さ



 レッドカースの町


「やっと着いたな」


 徒歩だと思った以上に時間がかかった。


 そんなこんなの事情で、靴擦れをおこしたモカを気遣いながら、最初の町へと到着。

 町につく時間は当然予定よりずいぶん遅れた。


 ナナキが近道を教えてくれたので、日暮れ前には着く事が出来たのだが、今後はよく考えなければならないだろう。


 巫女は、願いの参考にする為に旅をして色々な街を見てまわらなければならないのだが、この町はただの通過点だった。

 セントレイシアに近い事もあって、あまり町としての差がないらしいからだ。


 真っ赤な夕焼けを眺めながら、町を歩いて行き、巫女の旅史上初めての宿をとる。

 安宿の場所も頭に入っているらしいナナキの案内でやってきたのは、長い坂を上った先の二階建ての小さな宿だ。


 宿の取り方なら俺も知っているが、ここはナナキに任せる事にした。

 巫女という立場云々の前に、純粋に疲れたからだ。物理的にではない。精神的に。


 取った部屋は二階の二室。男女はもちろん別々だ。

 俺とモカが部屋に入ったのを見届け、ナナキは自分の部屋へ向かう。


 ……あー、思ったより疲れたな。何か忘れてるような気がしたけど、まぁ、いっか。


「へぇ、結構良い部屋だな」

「モカの部屋よりは狭いけど、綺麗だね」


 正直すぎるモカの感想に苦笑しながら、室内へ入る。


 部屋の中の状態は簡素だ。

 ベットが二つに書き物をする机とイス、それだけだった。

 だが、清掃がしっかり行き届いているらしく、埃っぽくもないし、ごみが落ちているわけでもない。


 お金のかかった贅沢の気配がどこにもなく、慣れ親しんだ庶民っぽい部屋の空気がそこにはあって、俺としては物凄く好感がもてた。

 お嬢様なモカのの感性でも、そこらへん割と共感できたようだ


 ……聖樹ヒースでは毎日、何か壊したりしないか気を張っていないといけなかったからな。


 壁際に並んでいるベッドに倒れこみたい衝動に駆られたが、その前にモカが窓の方に走り寄った。


「わぁっ、ルオンちゃん見て見て! すごいよ」

「何か見えるのか?」


 歓声を上げるモカにつられるように行って横に並ぶ。


「へぇ……、すごいな」


 これは確かに、すごい。

 宿に来る前に坂を上たことからも分かる事だが、ここは町の中でも結構土地が高い所にある宿だ。

 そのおかげで、こんな景色が見れるのだろう。


 上空には綺麗な夕焼け空が見える。そして、眼下には整然と家々が並び立ち、夕日の色に染まっていた。

 それらは、一枚の美しい絵画のような光景だ。

 

 凄かった。

 芸術品に対しての感性は乏しい方だと自覚している俺ですら思わず息を呑んでしまう。


「……綺麗だな」

「うんっ」


 こういう知らない土地の綺麗な姿を見れるのは、旅の良い所の一つなのだろう。


 胃が痛くなりそうな時間ばかりでないという事が分かって、少し嬉しかった。


 俺達はただただ目の前の絶景に目を奪われる。


「あのさ……」

「なあに?」


 ふと、思ったことを隣のモカへと口に出す。


 遠く、果てまで続く地平は、ある所を境にぽっかりと途切れて終わりを迎えていた。

 それは目の錯覚でも気のせいでもない。


「昔、青空教室で習った事なんだけどさ。世界は輪っかみたいな大地だって習って、ホントにそうなのかよ、って疑ってた。だけど、本当だったんだな」


 この世界には、真円の形状をした大地を中心にして、それを取り囲むように外側にリング状の大地がいくつも存在している。


 それらのリング大地群の周りの空間には何もなく、ただ青い空と白い雲があるだけだ。人の住める領域は他にはない。


 これは、俺が小さい頃に村の端っこで開かれる青空教室で勉強して得た知識だ。


「あの村にいただけじゃ、こんな風に実際に自分で世界の姿なんて見る事はなかったんだろうな」


 この世界に人という生き物が生まれたばかりの頃は、そんな大地も今とは違っていて、正方形上の大地が浮かんでいるだけだったらしいだが、人口の増加や利便性を考えて何代目かの巫女が今の様なリング状の大地にしたのだという。


 要するに何が良い対価と言うと……、この景色は、昔の巫女がした願いの産物を、こんな風に分かりやすく今の俺達に伝えてくれているという事だ。


 ……巫女は、こんな途方もない事も、しようと思えば出来ちゃうんだよな。


「巫女ってすげぇよな。すげぇって思う、改めて。今まではちょっと半信半疑っていうか、実感なかったんだと思う。だって物語の中の、絵本に出てくるような偉い人になったからって言ったって、俺自身が何か変わるわけじゃないし。俺は俺のままだし。これは夢か何かで、そのうち醒めるじゃないかって何度も思ってたくらいだ」


 それは、考える暇もなく巫女にされてしまったのも関係なくはないと思うが……。

 今まで俺はそんな風に、慌てつつもどこか他人事として考えてきたのだ。


「でも、こんなの見たらちゃんと考えずにはいられなくなっちゃうよな」


 怖い、と窓の外の景色を見ながら思う。

 色んな事が。


 自分が巫女でいいのかとか、本当にやりきれるのか、とか。

 これからどんな事が待っているのか、きっと今まで見たいな生活とは全然違うひびなんだろう、とか。

 そんな事を。


 怖くなって、色々考えてしまうのだ。


「そんなの……、モカだって一緒だよ。ルオンちゃんと、きっと同じ事を思ってるよ。モカだって、すっごく怖い。お母さんとお父さんはいないし。頼りにしてるお姉ちゃんもいない。モカには危ない人を殴っちゃう力なんて全然ないし」

「モカ……」


 窓枠に寄りかかる様にして体を預けるモカは、横に並んでいる俺に苦笑を返してくる。


 そうだ、モカだって平気なワケがないのだ。ついこないだまで、普通の女の子だったというのに。


 ずっと明るくて元気でいたから、そんな風に不安を抱えて怖がっていたなんて気付かなかった。駄目だ、俺は。自分の事ばっかりだ。


「神様へのお願い、今の時点じゃ全然分かんないね。せいぜい、皆で一緒に食べれるような大きなケーキ作って下さい、ってお願いするぐらいしか思い付かないよ」

「全人類のか? それはそれで、確かに思いつかないよな」


 モカのそんな言葉に、変な方向へ早大にしたなと感心してしまう。

 俺が笑えばつられてもモカも「そうかも」と言って笑い出す。


 俺が聞いたことでちょっとは力になれてたんならいいい。愚痴とかって聞いてもらえるだけでも心に良いらしいし。


「ルオンちゃんは、巫女様が嫌なんだよね」

「ああ」

「どこが嫌なの? 嫌な所モカに教えてよ」


 もう、いつものモカに戻ったらしい。


「どこって……。人に過剰な期待されるとことか、世界の命運握らされてるとことか、それに……、俺なんかが巫女してるとことかかな。巫女らしくないし」


 自分で言ってて、ちょっと悲しくなった。


「逆に聞くけど、モカは何で平気なんだよ。プレッシャーとかは何げに強かったりするのか? 鍛えちゃってたりするのか?」

「平気ってわけじゃないけど、気にはならないかな。モカおっきなお屋敷で純粋培養みたいに育てられたお嬢様だから。それに思ったより一緒に旅をするルオンちゃんやナナキが良い人だったから、モカは落ち着いていられるんだと思う。二人じゃなかったらもっと色々考えてたと思うよ」

「そういうもんか?」


 ……それで、落ち着けちゃえるもんなのか? あと、普通の純粋培養なら、自分で自称したりしないだろ。


 というか何となく思っていたが、モカは本当にお嬢様だったらしい。ってことは、家の付き合いで社交界とかに出ていて、そういう態度をとるのは慣れているのだろうか。


 モカは、他にもまだあるらしく「うーん」と小さくうなる。


「後は…今は、こうしてるのが私の役目だからかなって」

「役目?」

「だって、グループで誰か一人は冷静な人がいないと大変じゃないかな? 今はモカが冷静そうにしてないと大変になっちゃう気がして」

「お前は俺達のお母さんか」


 何だか保護者的な位置で生暖かく見守られているような気がして、妙に背中がこそばゆくなる。


 ……いや、それより……モカみたいな少女が、しっかりしてなきゃと思えるくらい俺って駄目駄目なのか?

 ……ん?


「いやいや、さっきの言い方だとアイツも何か変になってるみたいな感じだけど、冷静じゃないのか?」


 俺の事は、まあ色々あったせいで多少は怒ってそうな気がするけど。

 見た目的には、冷静そのものにしか見えなかった。


「そうかなぁ。顔に出てないだけだと思うよ。うーんでも、ナナキはちょっとルオンちゃんほどの付き合いじゃないから、勘違いって事もなくはないかもしれないいのかな……」

「それなら絶対気のせいだって。あいつが冷静じゃないとか、何でだよって話になるし。というか、そうだとしたら何でなんだ? あー、まあいいや、分かんねーし。それより喉乾いた。ちょっと食堂行って。水とかもらってくる」


 これが辺境の宿とかだったら、水とかも有料だったりするけど、まだここはセントレイシアからそんなに離れてないから大丈夫だろう。

 水を綺麗にする浄水の技術はまだまだこのあたり以外は不便なのだ。


 部屋は二階のをとったので、食堂に行くには一階に下りて行かなければならない。

 受付の時に教えられた道を思い起こしながら扉へと向かう。


「あ、ルオンちゃん。部屋を出る時はナナキに声かけなきゃ」

「へーきだって、ちょっと行ってくるだけだ……うわぁっ」


 軽い気持ちで、心配するモカにそんな言葉を返せば、扉を開けた向こうに、ナナキいた!。


「あ…………」

「…………」


 しばしの間、無言で見つめあう。

 聞かれていただろうか、今の会話。

 視線をそらしそうになるのをこらえる。


 ……駄目だ。頑張れ、俺の視線!

 ……今そらしたら、認めるようなもんだぞ。やましい事言ってましたって。


「何か…、外に用事ですか」

「……あ、ああ。ちょっと水を飲みに、な……。そっちこそ何か用か」

「明日の予定の打ち合わせを忘れてました」


 ……これはさっきの聞かれてなかったって事で良いんだよな。良いよな!?

 ……そう判断するぞ、しちゃうぞ!


 にしても、いかにも優秀そうな雰囲気だと言うのにナナキでもうっかりする事があるらしい。

 先程モカに言われた「冷静じゃない」の言葉を思い返すが、すぐに払い落とした。ありえない。


「お水ですね、じゃあ私が持ってきますので」

「い、いやいいよ。それぐらい自分で行くし」

「では、お供します」

「いや……。あーえっと、その……じゃ、じゃあ、お願いしマス」


 否定しかけたら、ナナキが何か言いたそうにしたので全力で肯定&首を振てしまった。


 そうして、オマケをつれて部屋を出る事になった俺だが、その背中にモカが声をかけて来た。


「いってらっしゃーいっ。あ」

「何だっ」

「帰りにモカの分の水ももらってきてね」

「…………ああ」


 雰囲気を見かねて同行……してくれるかと思いきや。

 

 ……モカ、ついてきてくれったっていいだろ……。


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