第2話 次の仕事は偽巫女だった



 七星歴セブンテ1683年 春節スプリング


 ――あのね、おとーさん、おかーさん。あたし……じゃなくてえっと、護衛の人になれるようにおれ、頑張るぞーっ!


 ――ル、ルオン? その言葉遣いは駄目だぞ、お父さん泣いちゃぞ!


 ――あらあら、勇ましいとガサツなのは違うのよ、ルオンちゃん。 


 眠気を引きながら居眠りから覚醒し、なつかしい過去の夢を頭の片隅へとおいやる。

 

 その日は、俺が巫女を守る為の護衛……星衛士ライツになる大事な試験に落ち、夢破れて一か月程が経った日だ

 

 カッポカッポカッポ。


 衝撃の日からちょっと日付はとんで……ついでにちょびっと呆然としていたので記憶もとんで、それから数日後。


 俺……ルオン・ランタノイレは、馬車に乗せられていた。


 見た目的には普通である馬車の、その群れの一つに。


 馬車の外装は普通の物と変わらない。ただ良く見てみると「ちょっと上質な材木でできてるか?」後は、「ちょっと大きめのサイズか?」と、そういう物にうとい俺にも勘繰らせるぐらいの作りだ。


 だが、俺の乗っている馬車だけは内装は違う、ちょっとどころじゃなくはっきりと上質な空間になっている。


 使われている材木は、何かリラックスできそうな良い香りがただよってるし、色遣いは雅な雰囲気を演出していて派手すぎず控えめでもない。調度品(馬車内なのに)の棚は飾り細工が丁寧な感じに細かく作られていて、どんな加工したらこうなるんだよ! って突っ込みたくなるぐらいにピッカピカに磨かれてたりする。


 一歩踏み出して引き出しを開けてみれば中には。これ食べ物じゃないだろ! と思えるようなキラッキラしたお菓子も詰まっているし(頬がとろけそうなくらい美味しかった!)。極めつけは、馬車を出入りする為の扉や、御者と会話するための壁につけられてた馬車窓でさえ、「宝石か、これ!?」と、思うような取っ手が付けられている事。


 ああ、別世界。俺は世界を越えてしまったのだ。平々凡々な世界から、何か上流階級っぽい世界へと。信じられない。現実仕事してない。


 カラカラカラ……。


 いくつもの馬車の馬の蹄が地面を叩く音と、そして車輪が回る音が単調なリズムで周囲に響く。その中の馬車の一つにいる俺は呆然としながらも、今まで住んでいた世界と踏み込んだ世界の違いをこれでもかというほど噛みしめた後……、


「何でこうなった!」


 改めてそう突っ込んだ。

 叫ばすにはいられなかったのだ。


 数日前、自分の手の甲に巫女の印を発見したのが事の始まる。

 そこから事態は激流の様に進んで行き、あれよあれよという間に話が飛んでいった。


 俺はなりたかった星衛士ライツの代わりに就いたばかりの、村の警備の仕事をさくっと辞めさせられて、村長とまず話しをする事になった。当然それだけで終わるはずもなく、次にその村長がルオンの両親を呼びだして話しがスタート。それと同時に伝書鳩を使って、お偉いさんとかのいる然るべき所に話を通し……、数時間ぐらいうだうだと自分の両親と村長が話をしていたのを聞き届け、「あれ?」とか言ってる内に事態が致命的な所まで進んで行ってしまったのだ。


「ぬぎぎ……」


 一体俺の身に何が起こってんのか、まったく理解が追いつかない。

 と、俺がそんな風に思考停止させている間に、数日がせわしなく経過。

 今お世話になっている馬車の群れが、住んでる村にやってきて「あれ、何か夢でも幻でもないぞこれ、ちょとこのまま流されてたらヤバいんじゃね?」とか思ってる内に、手を取られて恭ししく連行され、この豪華で立派でみやびそうな馬車の中へと格納されてしまったのだ。


 そんなわけけで。俺はこの馬車で、巫女となったならばならば必ず行かねばならないとされている、とある場所へと連行されている際中だ。


「ぐぬぬ……」


 二、三日の馬車運搬日数を経て、目的地までは残るところ後一日。車内の快適具合が、田舎道から、舗装された道に変わり、揺れの少なくなってきた。


 まあいくら鍛えすぎて体力馬鹿になっている俺でも、巫女が見つかったのなら、その人を丁重に扱うというのは理解できないわけではない。

 そこはいいんだ、うん。納得できる。


 発見。伝達。即護送。

 巫女は大切だしな。何て言ったって世界の命運を握っている重要人物なんだ。見つかり次第、丁重に保護したい気持ちは凄く分かる。分かるよ。


 しかし、

 だが、しかし、と思う。


「何で、俺が巫女なんだあぁっ!!」


 おかしい事実があるではないか。


 ……俺が巫女? 俺と巫女が=で結ばれる!?

 ……男連中に交じって、鍛えに鍛えまくって今の今まで屈強な同僚に囲まれて、一人称が「あたし」から「俺」になっちゃったこの俺が!?

 ……もうホントに、何でこうなったんだよ!!


 父や母に呼んでもらった絵本の巫女は、たおやかで優しそうでしかも繊細そうで、触れたら壊れてしまいそうな、そんな深窓の令嬢みたいな人間だったというのに。

 どこでどうなったらルオン・ランタノイレになるというのか。事故だとしか思えない。神様に遭ったら直接問いただしてやりたいろころだ。


 そんな風に俺が、状況のおかしさに頭をかかえながら絶叫するという、女性らしからぬ奇行に及んでいると、その様子を見ていた対面の人物から声がかかった。


「巫女の印があると巫女様になれるんだよ。ルオンちゃん知らなかった?」

「いや、それは分かってるけどな……」


 むしろ子供でも知ってるよ。と、心の内で突っ込む。

 冷静なご指摘がきた事で、俺は少しだけ頭を冷やした。

 対面に座る少女を見つめる。そう、ここにいるのは俺だけではない。

 馬車には実はもう一人の同乗者がいるのだ。


 名前は、モカ・テンペスト。十六歳。


 改めて、その人物を観察する。

 丁寧に手入れの施されているであろう肩まで伸びた栗色の髪で、瞳は明るい橙色。花の髪飾りが蝶のようにふんわりと髪にとまっていて身動きするたびにふわふわと揺れている。服は、桃色をベースに淡い色調で纏められていて、儚さと可愛らしさを演出。体格は華奢で、荒事なんかをやらせたら折れてしまいそうに見える。


 そこにいるのは俺とはどこまでも正反対の、可憐な女の子だった。


「肌もなんか瑞々しいし艶々だし、色何か真っ白だし……」


 その顔立ちもまさに愛らしさとはこれだ、といっていいような作りで、白く滑らかな肌は透き通るよう。丸く大きくな瞳は優しげな光を放ち、桜色の唇は薄く紅をつけられていてツヤリと光り存在感をだしている。


 ……あれだな、もうこれ物語に出てくるヒロインだよな。


「くそ、完璧だ。探しても欠点が見つからないくらいの完璧な女の子がここにいる……っ!」


 俺は思わずがくり、と肩を落とした。


 対して、ルオン・ランタノイレ(十六歳)。この俺はどうだ。


 手入れなんか彼方に置き忘れましたみたいな、ハネのある傷んだ黒髪。瞳は青だが、常にガンガン前を進んむぜみたいな強めの自己主張をしている。目元らへんは勝気な印象を受けるつり目だし。


 服装の方はというとは男物をサイズ直しをして着てるし、配色は汚れが目立たないようにと濃い青色で纏めている。そして駄目押しには、以前倒した闘牛のツノなんぞが存在を誇示するかのように紐でくくって服の端に縫い付けられてたりしている……。


 それだけではない。まだまだある。


 顔立ちは性別誤認の効果が付いてるほどの男前だし、肌は親にうるさく言われてるからそれほど荒れてはいないけど、若干日焼けしてる状態。体格は熊並みまではいかずとも、長年の鍛えのおかげでがっちりしっかり健康的になってるしで。


「こんな俺が巫女だなんて、世の中間違ってる!」


 手のひらで顔を覆って、声高らかに喚きたくなる。

 そんなときだけ声と態度が若干女々しくなるのが恨めしいとこだ。


 ルオン・ランタノイレが巫女に選ばれたのは何かの間違いに違いない。

 俺の中で自然にそんな結論が出てしまうのも無理はなかった。


「それなら、何で私も巫女様になったんだろうね」


 少女……モカは言いながら、重いものなど一切握った事なさそうな柔らかそうな手のひらを裏返す。そこにはこちらの手の甲にあるものと同じ五芒星の紋様があった。


 そう、この馬車に乗っている時点で、察しの良い人間は分かると思うが。

 この同乗者は巫女なのだ。二人目の。この俺と同じ存在の……。


 「いや、どう考えても同じじゃねーっ。そっちが巫女なのは分かるんだよ。だって、見るからに……そんな感じだし。モカは巫女になるべくしてなったんだよ。俺なんかと違って。そこに不満とかはないから、だけど、だけどさあ……」


 頭を抱えて先程から何度もぶつぶつ喋っては唸って、唸っては喋ってを繰り返す。


 そんな俺を前にして、体面の少女モカは首を傾げてこちらを見つめてきた。


「じゃあ、ルオンちゃんは何かに不満を持ってるの? どこに不満なの?」

「そりゃあ……」


 ……それを俺の口から言わせるつもりか。


 出会ったばかりの少女に、言えるわけがなかった。

 嫌みのつもりなんだろうか。わざわざそんな事を本人に言わせるなんて。

 彼女はきっと内心では思ってるのだろう。

 何で俺のような、巫女らしくない人間が選ばれたのか、と。

 

「色々あんだよ。色々な……」


 これ以上言葉を交わしていると、余計な事まで言ってしまいそうだった。


 言葉を濁したきり、口を閉ざす事にした。

 これ以上会話したくないというこちらの態度を読み取ってか、モカもそれ以降は話しかけてこようとはしなかった。


 これまでも何度かやりとりはあったが、いつだってモカはルオンという人間を邪見にしなかったし、嫌な事なんかは言葉にしなかった。でもだからこそ、だ。そんな巫女らしいモカと話せば、自分の巫女らしくなさが際立ってしまって、耐えられなかったのだ。


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