第8話 楽しい時間



 コロセアム 宿屋


 翌日。

 宿から出て、今日の予定はとりあえず町を周ってみようという事になった。

 あたし達は朝日を浴びて欠伸を噛みしめながら、さてどこから周ろうかと考えていたのだが……。

 朝方、起床するよりも前にネコ捜査網を使って場所を探し抱いたフレアが宿に尋ねてきた。


「遊びにきたにゃ。今日は一緒に町を回ってほしいにゃ」

「昨日思ったけど、便利だな、それ」

「猫はすごいのにゃ、毎日びっくりする連続にゃ」


 思い返していると、フレアの足元でミャーミャー言ってる猫たちが何だか凄い生き物のように思えてくる。


 予定の方はフレアと同じで、別に自分達だけで周らなければならないという決まりもない。

 なのでせっかくだしと、フレアからの提案は当然オーケーした。


 そういうわけで、巫女二人に巫女付きの護衛一人、+旅の女性と猫多数を交えてコロセアムの町を歩いて行く。


 目印にするのは昨日出場した闘技場だ。

 遠くから見ても、はっきりと分かる大きさで、自分たちの居場所を把握するにはちょうどいいだろう。


「さすがあんな闘技場がある町、むさいおっさんばっかだな」

「気をつけてくださいねルオン様。からまれたりしたら大変です」

「別に平気だって、アタシをそんじょそこらの女と一緒にすんなよ」


 通りを歩くのはごついおっさんたちばかりだ。

 中には、一般人には見えないような強面なおっさんも交じってて風景が凄いことになっている。


 ……さすが闘技場が名物の町。


 旅の最中で、この町に寄りたい言ったのは他でもないあたしだ。

 前の町がモカの行きたい町だったので、旅の町は二人で交代に決める事にしているのだ。


 ……この前の町は可愛い町だったよな。


 小動物と一緒に過ごせる町、なんて言われる所でいたる所に可愛い生き物がいて、あれは凄く良かった。


 モカらしいチョイスで。本人もとても喜んでたのを覚えている。

 素直に行きたい所が言えて、少し羨ましい。


 ……あたしだったら照れくさくて選べないもんな、あんな町は。


 そんな事を考えていると、横に歩いていたモカの姿がちょっと離れたところにある事に気がつく。

 なんかおっさんと話してるみたいだ。


「おう、嬢ちゃん可愛いなぁ、俺らと遊ばねーか」

「ごめんねおじさんたち、モカ、ナナキ達と遊びたいから」


 そういや、モカってああいう見た目だからきっと、いいカモだって思われるんだろうな。

 すかさずナナキが寄っていって、男に何か言っている。


「モカは目を離さない方が良いな……」


 意外にしっかりしてると言っても女の子である事にはないんだし。

 あたし? あたしは別に大丈夫だろ。


 だがそうして注意しなければならないのはモカだけではなかった。


「そっちの嬢ちゃんも良いな。ちょっと、俺達と楽しい事しねーか?」

「にゃ? 楽しい事ってどんな事にゃ?」

「楽しい事は楽しい事さ、なにちょとそこの路地まで来てくれれば……」

「にゃ?」


 フレアは首を傾げてついてこうとしている。


 ……モカより危ない奴がいた!


「ちょ、ちょい待て! フレア、それついて行っちゃダメなやつだから」

「そうなのにゃ?」


 こいつ一人にしてたら危なかった。


 ……今までよく無事でいたよな。


 そう思えば、フレアの押元の猫たちが威嚇しているのが目に入った。


 頼もしい護衛がいてくれたようだ。





 そんなこんななトラブルを起こしつつも、ルオン達はフレアと一緒に町に周っていく。

 こんな町だから他の町とくらべれば普通の女の子にとって見て周る様なとこは多くはないだろう。

 でもあいにくルオンの連れは女の子は女の子でも、普通のではないのだ。


「わあ、あっちで喧嘩が起こってる。すごいね、皆カルシウム足りてないんじゃないかな」

「にゃー、フレアはケンカ上手なのにゃ。フレアが号令をするだけで、にゃんこ達が一斉に飛びかかっていくのにゃ」


 モカとフレアは揃って楽しげにトーク。

 目を伏せるか、とっととその場を立ち去るかの所を、そんな反応を示している。


「なあ、ナナキ。あたし達って変わってるよな。巫女としても、人としても」

「そうですね。そこはさすがに否定できません」


 旅の最初の頃には、自分の見た目とか雑なふるまいとか考えて、巫女らしくないだのなんだのと悩んでいたのだが、何だか自分の悩みが小さく思えてきた。


 ケンカの野次馬に自然な様子で交じっているモカとフレアの後姿を見ながら、ルオンがそんな事を思っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「キース様ぁ……ここに本当に自由神様がいるんですか?」

「ふん、私の言葉を疑うのなら、それでも良いんですがねぇ。しっかり仕事はやってくださいよ」


 ……この声、まさか。


 思い当たる選定の使徒の二人組の姿を頭に浮かべ、周囲を見回すがそれらしい人間の影はどこにも見つからなかった。


「気のせい……か?」

「いいえ、気のせいではありません、ルオン様」

「ナナキ?」


 ナナキは険しい表情で剣の柄に手をかけて警戒していた。


「使徒の気配がします。ここから離れた方がいいでしょうね」

「お前が言うんなら、そうなんだろうな」


 選定の使徒に見張られているかもしれない。

 そう分かったのなら、巻き込まないためにフレアと別れ、早急に町から離れなけばならない。

 そう思ったのだが、ナナキは複雑そうな表情を見せた。


「いえ、どうやら向こうは俺達の事を気にしているわけじゃないようです。どちらかというと……」


 ナナキは野次馬の中にいるフレアへと視線を向ける。


 ……まさか、あいつが?


「でも、本当にどうしてアイツが使徒の野郎に狙われるんだ? アイツは理由なんて分からないって言ってたけど」

「そこまでは俺も……」


 こうなったらフレアも一緒に移動させるしかない。


 ……だけど、本当になんでアイツが使徒なんかに狙われるんだ?


 考えるがつい先日出会ったばかりの人間の事なんて分かるわけもない。

 こうなったら本人に心当たりがあることを片っ端から聞きまくるしかない。


 そう結論付けた時。

 いつの間にか人混みができていて歓声が聞こえてきた。


 フレアはその人でできた輪の中央で、猫たちと一緒にくるくる踊っているみたいだった。


 その踊りは、情熱的とでも形容すればいいのか……、とにかくどこかぼけっとしてる天然がかったフレアが嘘みたいにみえる踊りだった。


 手足をゆったりと動かし、嫣然と微笑みながら踊るその姿は、妖艶と言っても間違いではないような様で、普段感じるよりもずっと年上に見えた。


「すげぇ、そういえばフレアってあんなヒラヒラした服着てたんだし、踊り子でもやりながら旅してたのかな」


 そういえば、出会って一日が経過するが、フレアが普段どんな事をしてる人間が聞いてなかったなと思いだす。


 踊り終わって一礼すると、野次馬達が拍手と歓声をあびせる。


「フレアちゃんすごーい、猫ちゃん達もすごいねっ」


 それだけで終わるだけなく、何と猫達が小さなふくろを持って野次馬達にお金を催促に行っているではないか。


「意外にちゃっかりしてるんだな」

「あれで、今まで生計を立ててきたようですね」





 その後も色々周辺を巡って、人と話したり店をのぞいたり、開かれた腕相撲大会に飛び入り参加して(もちろんルオンが)、腕っぷしの強そうな兄ちゃんたちをばったばったとなぎ倒したりした後は、昼食の時間となった。


 普段、モカやナナキで行動しているだけに、フレアと一緒に行動するのは新鮮で楽しかった。


「うにゃ、うま、うにゃう、さかにゃ、うみゃ……」

「あ、フレアちゃんお魚の身がこぼれてるよ」

「それを猫達が食って綺麗にすると……。いいコンビだよなお前ら」


 休憩用に置かれたベンチに座って、そこらの屋台で売られていた魚の塩焼きを購入して昼食時に食べる。

 好物らしい魚を食べているフレアの言葉は何か若干あやしくなっていた。


 膝の上にポロポロこぼした魚の身を奪い合って猫たちがゴロゴロしているのに、和み田柄もルオン達も魚を食べる。たしかに塩加減がよくてうまかった。


 巫女様が魚の丸焼きかじってたとか知ったら驚くだろうけどな


「はー、食べた食べたにゃ、今日はありがとにゃ。とっても楽しかったのにゃ」


 食べ終わって、魚の骨に手を合わせれば食事終了だ。


「いままで色々寄ってきたけどにゃ。今回はいつもよりすごく楽しかったのにゃ。きっといい思い出になるにゃ。」

「そっか、アタシ達も楽しかったぜ」

「うん、モカもだよ」


 フレアの笑顔の言葉にあたしも同意だ。

 身分が身分だし、巫女の旅でもあるわけだからあまり一つの町にいられないのだ。

 そういうわけで、思い出の薄い町とかも通ってきた中にはあるわけだが、この分ならここはきっと忘れられない町になるだろう。


「これで、もう思い残すことはないにゃ……」

「えっ?」

「うんにゃ、コロセアムを旅立つのが残念で仕方ないにゃ……って事にゃ」

「そ、そうか」


 ふと聞こえた言葉が気になって声を上げればそんな訂正が返ってくる。


 ……なんだよ。びくりしちゃっただろ。


「さて、そろそろフレアは行かなきゃいけないところがあるにゃ。だから残念だけど行くにゃ。付きあってくれてありがとにゃ」

「え、もう行っちゃうのか?」


 フレアはすまなさそうにしながらベンチを立ち上がる。


「こなさなきゃいけない用事があるにゃ。だから一緒にいられるのはここまでなのにゃ」

「そっか」


 もっと色々一緒に見て周れると思ってただけに残念でならない。

 だが、フレアにもフレアの都合があるだろうし、無理に引き留めるのも悪いだろう。


 ……でもこいつ、一人で大丈夫なんだろうか。


 あたし達と会う前は使徒に追われてたって聞いたし。 


「だからにゃ。さよならにゃ。たまにでいいから時々フレアの事を思い出してくれると嬉しいにゃ。……ルオン、モカ、ナナキ」


 フレアは地面でうろうろしている猫たちを数匹まとめて抱き上げて、口元を隠ししていった。


「ばいばいにゃ」

「って、おい! ……行っちまった」


 分かれの言葉に返事をする間もなく、走り去っていくフレア。

 その背中を見つめて、何だか変だなと首を傾げる。


 用事で急いでた、と考える割にはどこかおかしい気がしたのだ。


「巫女様……」


 ふいにモカが言葉を漏らす。


「さっきフレアちゃん、最後にそう言ったの。私達の正体気づいてたみたい」

「えっ」


 耳の良いモカだ。聞き間違いとかではないだろう。


 ……バレてたって。いつからだ?


「でも、それだけじゃない。何だか嫌な予感がするの。ナナキ、ルオンちゃん、フレアちゃんを今すぐ追いかけないと」

「え、何でだ?」


 ……そりゃ、巫女だってばれたのは問題かもしれないけど、言いふらしたりするような人間じゃないと思うんだけどな。


 短い付き合いだったが、何となくフレアの事は信じられる人間だと思ったからだ。


 だが、モカはそんなルオンの考えが分かったかのように首をふる。


「フレアちゃんの言ってた事、嘘だよ」


モカはフレアが去っていった方向を眺めて言う。


「思い残すことがないって言ったの」


 え……。

 それってつまりどういう事だ。


 嘘てことは逆で、思い残す事あるって事で、それって……。


「まさか」

「フレアさんの身が危ないという事かもしれませんね」


 ナナキの言葉に血の気が引いていく。

 思い起こすのは、少し前に聞こえた使徒の会話だ。


「なっ、それなら早くおいかけねーと。ひょっとして使徒の奴らが関係してるのか!? だったらどうしてあいつ、心当たりがないような事言ったんだよ」

「あ、ルオンちゃん!」

「ルオン様、待ってください危険です!」


 ナナキの制止も聞かずに、フレアが向かった先へと走りだした。


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