第17話 立ち上がるヒーロー

「溜め込んでた負の感情って奴を全部吐き出してもらった所で、そろそろ答えを聞こうかしら」


 枯れるまで出し尽くした涙の跡を拭い、いつもの顔で、俺は戻ってきた達城と向き合った。


 ひかりも平中も、母さんも、俺の味方だと言ってくれた。

 状況も時間も忘れてしまいそうになるほど、ただ嬉しかった。


 涙なら、もう乾いた。泣き言も弱音も、黙って聞いてくれた。

 達城の言う通り、負の感情は全て吐き出した。みんなの、おかげで。


「俺、戦いたい。自分のために、受けた恩を、返したい。このまま寝てるのだけは、絶対に、嫌だ」


 もう、強がる必要もない。

 悪ぶることも、いい子ぶることもない。

 ただ言いたいことだけを、一切のブレーキを排して垂れ流す。


「舞帆を助ける。何も出来なくても、役立たずでも、その気持ちだけは捨てちゃいけない。そう思うから」

「――いい返事ね。あなたのことを調べて、ひかりちゃんやお母さんを呼んだのは当たりだったわ」


 人のことを勝手に調べやがって……だが、今はそれでいい。

 おかげで、目が覚めた。


 俺は今でも、相当なろくでなしだ。

 それでも、一つでも恩を返せるなら、返していく。


 誰かが支えてくれたなら、それができるかもしれない。


 そしていつか、その時支えてくれた誰かの助けにもなれるまで――俺は、強くなりたい。


「盛り上がってる所悪いけど、戦況は最悪よ。私が危惧した通り、舞帆達は劣勢だわ」

「劣勢……」

「ええ。やはり、なんとか彼女のいる学園まで向かって、あなたが代わって装鎧するしかないわね」


 くそッ! やっぱり経験のない舞帆じゃ荷が重かったんじゃないか!


 俺は頭を抱えるしかなかった。

 ――しかし、気掛かりが一つ。


「……ちょっと待て。セイントカイダーの基地から追放されたはずのあんたが、なんでそんなこと知ってんだ?」

「ああ、それはね……」

「僕のコネってヤツかな?」


 その時、意外な人物がひょっこりと達城の隣に現れた。

 目鼻立ちの整ったその美男子を見て、俺は思わず声を上げる。


「生徒会長!? こんなところでなにしてんだ!?」

「なにって……君の最高の活躍へのお膳立てに決まってるじゃないか」


 少しばかり自慢げな口調で語る笠野昭作。

 なぜ彼がここにいるのか、という疑問は達城が解消した。


「寛矢――即ちラーベマンの所属している、ラーベ航空会社。彼はそこの社長の息子、つまり御曹司なのよ」


 ――意外な繋がりがあったもんだな。

 社長の息子とは聞いてたが、桜田のいる会社のお偉方のご子息だったとは。


「彼に頼んで、小型飛行機を使って上空から宋響学園の状況をデータにして送って貰ったのよ」

「いきさつをこちらの親御さんから聞いた時は驚いたよ。まさか君がセイントカイダーだったとはね。でも、それほど不自然な気はしなかったかな。いつもあの娘と一緒にいたんだからね。何より、君が彼女の指導で頑張ってるってコトは聞き及んでたわけだし」


 俺は笠野と目を合わせると、臆面もなく胸中を打ち明ける。


「俺は生徒会長がこの件に出張って来たことに、ただただ驚くばかりだよ」

「仮にも生徒のトップに立つ生徒会長が、こんな話を聞いて黙っていていいわけないだろう? 君にばかりいい格好させられないしね」

「いい格好になんてなっちゃいないが……とにかく、助けてくれてありがとう。あんたにも恩は返さなきゃな。さて……」


 そこで話題を切り、俺は達城の方へ向き直る。

 我ながら、すっかり元通りの調子だ。


「今から駆け付けて、間に合うか?」


 そう、舞帆を助けに行くとは行っても、現場に駆け付けられなくては意味がない。

 セイサイラーがない今、誰かに連れていって貰うしかないわけだ。


 しかし、母さんは車の免許を持ってない。多分、ひかりや笠野も。


「なんとも言えないわね……私も今は車はないし、すっかり夜中だから電車が使えるかはわからないわね。タクシーを呼ぶ時間はないと思った方がいい。笠野家に頼んでヘリや飛行機をチャーターしても、近付く前にラーカッサに撃ち落とされかねないわ」

「私に任せてください!」


 行き詰まりを感じた瞬間、我こそはと手を挙げる者がいた。

 俺を含む周囲の視線が、平中に集中する。


「平中?」

「私、『ヒーローズピザ』でバイトしてるから、配達が出来るよう免許を取ってるんです! お店がすぐそこですから、すぐにバイク取ってきます!」


 ……渡りに船とは、まさにこれか。

 ヒーローズピザといえば、ヒーローが経営してることで有名なピザ屋だっけ。


 彼女はセミロングの髪を軽やかに靡かせ、病室から駆け足で飛び出した。


「――ちょっと意外だったけど、足は手に入ったわね。後はあなたの覚悟だけよ」

「……ああ!」


 俺は傷を押してベッドから起き上がり、患者服から着慣れた黒いライダースジャケットに着替えた。


 7月に入ろうとしている今の時期に着るようなものじゃないが、装鎧に伴う圧迫の激痛から少しでも傷を庇うには、これが一番手っ取り早いんだ。

 あと、ひかり……そんなにまじまじと俺の着替えを観察すんな。この筋肉ダルマの身体、こっちも割と気にしてんだから。


「勇呀、傷は酷いんでしょう? 痛み止めはいいの?」


 本人の意志を尊重して戦いを否定しない方針は取っていても、やはり母親としての性が、母さんに不安な表情を浮かばせている。


「そんな悠長なことしてる暇はないんだ。それに今、こうしてる間に舞帆が苦しんでるんじゃないかって思うと、俺はそっちの方が耐えられないよ」


 俺は「大丈夫」という意味を込めて母さんの肩をポンと叩き、ひかり、そして甲呀へと視線を移した。


「ひかり――ありがとう。それと、もう心配しなくてもいい。ひかりのおかげで、元気が出てきたから」

「うん……あのね、こんなこと言っても水を差すだけかもしれないけど、無理だけはしないでね。強くなんかなくたって、私も甲呀も、その――セイントカイダーが、大好きだから!」


 紅潮した顔で言い放たれたその一言に、俺は心臓を雷で撃ち抜かれたように、ドキリと心身を震わせた。

 血流が全身を目まぐるしく駆け巡り、俺の体温を際限なく上昇させる。


 ――ダメだ、ひかり。俺みたいな勘違い野郎に、そんな思わせぶりなこと言ったら。

 それと、後ろで達城が「何人落とす気なのやら」とか言ってるが、何の話だ?


「ゆうが、がんばれ!」


 すると、今度は甲呀が俺の足に抱き着いてきた。

 俺にもこんな純真な時代があったのかと思うと、情けなさ過ぎて涙が出てくる。


「甲呀……だよな。俺みたいなダメな奴じゃあ大人ぶっても大したことは教えられそうにないが――これは言っとくぞ」


 しゃがみ込んで彼と目線を合わせ、俺は母さんが俺にしたように、甲呀を抱きしめる。


「君だけは――君だけは、戦わなくたっていいぐらい、たらふく幸せになってくれ。君の親父の代わりに、それだけは言っておきたいんだ」


 まだ小さいんだから、意味なんて到底わからないだろうが、それでも別に構わなかった。


 どうあいつを悪く言っても、この子の父親には違いない。

 だから、父としての自覚などないあいつに代わって、俺はこの子の幸せを願う。


「待ってろよ。セイントカイダーは強いんだ。絶対に負けないんだからな!」

「うん、うんっ!」


 俺は言葉を覚えて間もない子供に精一杯、勝利を宣言する。甲呀も、なんとなく意味を子供心に察したらしく、嬉しそうに笑う。

 ひかりもにこやかに笑ってくれていた。


「さて、挨拶は済んだかしら?」

「ああ。行ってくる」


 俺は甲呀と別れると、達城に出動の意志を目で伝える。

 笠野は開きっぱなしの病室のドアにもたれたまま、何も言わず強く頷き、激励のウインクを送ってきた。


 してきたことはともかく、応援してくれる気持ちはありがたく受け取っておこう。


「ちょっと待って、これを持って行きなさい」

「ん?」


 達城は何かのメモ帳を取り出し、俺の胸にグイッと押し付けた。


「これは?」

「あなたの覚悟を見込んで記した、セイントカイダーの真のポテンシャルを発揮する新たなシステム。これだけは私の手で完成させてすぐに設計図を処分してるから、基地を制圧した寛毅も知らないはずよ」


 土壇場でスゴい話を持ち込んできたな。俺はそれを開き、流し読みしてみた。


 ……こんなシステム、何で俺にも教えなかったんだよ、オイ。


「これはそのアドバンテージと引き換えに、肉体的に深刻なリスクを背負うのよ。だから、万一今の事態になっても寛毅が舞帆に使わせることがないように設計図を処分したし、あなたに死なれたらあのお母さんに申し訳が立たないから、あなたにも教えなかった」


 どうやらこのグラマーな2児の母は、人の心を読むプロらしい。エスパーかこの人は……。

 俺にこのシステムを教えなかったのは、悪く言えばシステムを託せるほど信用していなかったってわけなんだな。


「あなたの思ってることはほぼ当たりでしょうね。だからこれを託したってことは、私があなたを1人の男として完全に信頼した証と取ってもいいわ」

「……もしかして本当にエスパーさんだったり?」

「考えてることがやたらと顔に出てるだけよ」


 マジかよそれ。

 エロ本に手ェ出したら俺ってどんな顔になっちまうんだろ。

 そんな俺の悩みを察した上で、完全放置した達城は息子を応援する母のように、威勢のいい声で俺の背中を押す。


「さて、セイントカイダー出動! ってとこね。学園の平和、キッチリその手で守って見せなさい」


 達城にとって、セイントカイダーはあくまでも舞帆ではなく俺らしい。

 その言葉を背に、俺は信頼の証として賜ったメモ帳を手に病室を後にした。


 病院から出たところでは、ピザ配達に使われるような屋根付きバイクに跨がる平中が、既に待機していた。


 俺は大急ぎで彼女の後ろの席に飛び乗り、落っこちないよう彼女にしがみつく。

 心なしか、彼女の頬が赤らんでるように見えた。


「悪い、遅れた! 宋響学園まで頼むぞ!」

「任せてください! 炎馬さんの役に立つ、千載一遇のチャンスですからっ!」


 嬉しいことを言ってくれながら、平中はアクセル全開でバイクをぶっ飛ばす。

 これの形状からは想像もつかないスピードだ。


 ――とにかく、これで宋響学園まで辿り着ける。


 舞帆、少しでもいい、無事でいてくれ……!

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