生裁戦甲セイントカイダー

オリーブドラブ

第1話 学園のスーパーヒーロー

 痛い。

 体中が、痛い。


 爪先も、指先も、腕も足も。

 今にも血管が千切れて、血が噴き出して来そうだ。


 だが、敵からすればそんなことは知ったことではない。

 むしろ、好機と取るだろう。


 ふらつく俺が弱っているものと捉え、組み伏せようとしてくる。


 俺はいつものように、軋む身体を力の限り暴れさせ、奴らを振り払う。

 襲い掛かってきた男達は、俺の振るう鋼鉄の腕に吹っ飛ばされ、椅子に、壁に、机に、その身を打ち付けていく。


 それでも、奴らは諦めない。

 何人かがナイフを取り出し、威嚇の声を張り上げる。


 普通なら、腰を抜かしてしまう所だろう。

 しかし、俺には通じない。


 ――と言うよりは、そんなものに構っていられる余裕もない、という方が正しいだろう。

 正直な所、こっちは立っているのが精一杯なんだから。


 男達は罵詈雑言を浴びせながら、次々と向かって来る。

 顔面を狙って突き出された拳を屈んでかわし、鳩尾に肘を突き入れる。


 蹴りを脇で挟んで動きを封じると、空いた腕から繰り出す手刀で蹴り足を叩き折り、その顎を爪先で蹴り上げる。


 背後から羽交い締めにされれば、後ろにある頭を掴み上げて、力ずくでコンクリートの床へとたたき付ける。

 容赦などない。

 そんな余裕はない。


「ナメんじゃねぇぞぉ、コラァ!」


 男の叫びに呼応するように、他の連中も俺に向かって殴り掛かって来る。

 こんな光景を見慣れてしまった自分にはため息をつかざるを得ない。


「……しょうが、ねぇな」


 ため息混じりに背から引き抜かれた一振りの剣。

 それが、俺の得物だ。

 チンピラ同然のヴィラン相手に使うのはやり過ぎだろうが、こっちも殺されたくはない。


 メタリックブルーで塗装された鋼の重鎧に、トサカが付いたフルフェイスの蒼い鉄仮面。アメフト選手の如く盛り上がった、両肩のアーマーに……真紅に輝く両眼。そして、身の丈を超える大剣。

 そんな完全装備で事に当たる俺を前に、さしものならず者達も身構えずにはいられないらしく……いつでも飛び掛かれる姿勢を見せ付けながらも、攻めへの一線を越えようとする気配はない。


 そんな奴らの様子を一瞥し、俺はここでカタをつけることにした。

 長期戦は、俺の身にはきつい。


「うちの生徒に手を出したんだ、堪忍な」


 真横に、軽く振る。

 それだけで、暴漢共は軽やかに宙を舞い、グシャリと地面に落下した。


 さすがに力の差を感じ取ったのか、意識や体力は残っても、立ち上がろうとするものはいない。


「てめぇ、なんなんだ……! 『吸血夜会きゅうけつやかい」の下部組織の中でも、最強の俺らを、こんなッ……!」

「ふーん……下部組織の中で最強、って言われてもなぁ」

「テメェ――ごッ!?」

「ま、あんたらがどこの誰だろうと……うちの生徒にちょっかい掛けたヴィランには違いない。俺があんたらを潰す理由なら、それだけで足りてるのさ」


 足元から、今にも消え入りそうな声が聞こえて来る。

 戦意はないが、恨めしそうではある。


 奥には、椅子に縛り付けられたウチの女子生徒が苦悶の表情で俯いている。

 意識こそあるようだが、状況が状況なだけに正面を直視できないらしい。


 自分の学校のスーパーヒーローが助けに来たといっても、こんな怒号と悲鳴が渦巻く戦場のど真ん中に晒されては、不安にもなるだろう。


 その時、その女子生徒の喉にキラリと短い刃が光った。


「へ……へへへ! もうここまでだぜ、ヒーロー気取りが!」


 さっきの一撃から運よく逃れた奴がいたらしい。


 思わぬ奇襲で取り乱したら、何はさておき襲い掛かるものだが、こいつの場合は今の一振りを目の当たりにして却って冷静になったらしく、女子生徒を人質に取る手段に出た。


「オラァ! この女が惜しいんなら、そのバカでけぇ剣を寄越しな!」


 月並みな台詞を吐き、奴は武装解除を要求してくる。

 「やれやれ」と首を左右に振り、俺は剣を握る力を緩めた。


 言うことを聞く気になった……そう思ったんだろう。

 俺から剣を奪うことに夢中になったのか、女子生徒の首からナイフが離れた。


「これが欲しいんだろ、持ってけ」


 気の抜けた声でそれだけ言うと、俺は剣を一気に握りしめ、振りかざす。

 慌てた男は再び人質にナイフを向けようとするが、それよりも速く、投げ飛ばした俺の得物が奴の刃物を弾き飛ばした。


「落っことすとは、うっかりさんだなオイ」


 男が落としたナイフを拾おうとした時には、俺はもう充分に距離を詰めていた。

 ちょこっと小突く程度の力加減の裏拳で、男は白目を向いてぶっ倒れた。


「さて……俺がなんなのかって話だったよな?」


 地に伏した生き残りに歩み寄るに連れて、その顔色は蒼白になっていく。

 俺はその場に腰を下ろし、俯せのまま憎しみと畏怖の視線で俺を見上げる男に、軽く自己紹介した。


「生徒の手により裁くべきは、世に蔓延る無限の悪意……『生裁戦甲せいさいせんこうセイントカイダー』。宋響学園そうきょうがくえんを守る、正義のスーパーヒーローってとこだ。覚えときな」

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