番外編 桜田舞帆の恋路 第2話
――その「女の子」というよりは、「女の人」という印象が強い彼女は、凛とした瞳やスラッとした長身を持ち、大人びた印象を与えている。
さらに天の川のように流れる綺麗な黒髪を、着物に似合いそうな髪型に纏めていた。なんというか、「和風美人」という言葉がすごく似合う人だ。
きっと着物を着たら、誰も敵わないだろう。
それに、今はコートで隠れているけれど、厚着の下から盛り上がっている膨らみを見る限り、すごくスタイルもいいに違いない。
炎馬君を「勇呀様」なんて呼んでるし、もしかしてこの人が……?
「おう、美姫。この娘は桜田舞帆。さっき話しただろ? 俺の大恩人だよ」
「あら、そうでしたの。はじめまして、わたくしは剣淵財閥令嬢――
「あっ……はい。桜田舞帆です。よろしくお願いします」
丁寧で、礼儀正しい立ち振る舞いに思わずたじろいでしまう。
やっぱり、この人が剣淵財閥のご令嬢で間違いないみたい。
急に今の自分が泣いていることが恥ずかしくなり、慌てて炎馬君から貰ったハンカチで涙を拭う。
「美姫とはさっき近くで会ってさ。一緒にクリスマスプレゼントでも探そうってことになってたんだ」
「勇呀様が選んでくださるなら、どのような物でも喜んでお受け取りしますわ」
……炎馬君に結婚を迫る恋敵だなんて警戒しちゃうのが恥ずかしいくらい、彼女は穏やかな雰囲気を持っていて、「大人」の雰囲気が出ていた。
「年上の女房は、金のわらじを履いてでも探せ」なんて言葉もあるくらいだし、きっと炎馬君もこんな大人な女性が――
「しかし勇呀様。桜田様だけが頭を撫でてもらうというのは、その……いささか不公平と――存じますが」
――と思いきや、彼女は突然年相応の反応を見せてきた。
細く綺麗な指を絡ませながら、頬を染めてもじもじとしている。なによ、なんなのよこのギャップは。
「なんだよ。じゃあお前も来ればいいだろ」
炎馬君は友達のような感覚で彼女を手招きすると、うっとりした顔で彼の左隣に座る彼女の頭をゆっくりと撫でた。
ものすごく幸せって顔してる! さっきまでの大人びた印象はどこへ!?
「むぅ、わたくしより先に頭を撫でていただけるとは、桜田様は手強いのですね」
「えぇ!?」
ぷぅっと頬を膨らませる姿は、同一人物とすら思えないほどの愛らしさを放っている。
「しかし、わたくしとて一人の乙女。殿方を勝ち取るための戦に敗れるわけには参りませぬ!」
醜い嫉妬を内心に秘めていた私とは違い、ご令嬢――剣淵さんはかなり真正直にヤキモチを焼いている。
一つのベンチで男1人を女2人で挟み込んでいる様子は、周囲の視線を集めた。
それもそのはず、なにせ剣淵さんはギャラリーの男性陣が揃って顔を赤くするほどの超美人。
彼女の美貌に何人もの通行人が振り返る様が、容易に想像できる。
……でも、なんだかホッとした。
こういう人となら、遠慮しないで張り合えそう。私だって、炎馬君が大好きなんだから!
「ところで剣淵さん、さっきから炎馬君のこと『勇呀様』なんて呼び方してるけど、いつからの知り合いなの?」
「勇呀様には小学校の頃からお慕い申し上げておりました。……ニュートラルに感染し、他人とは違う立場故に誰も寄り付かないわたくしのために、ただ1人の友達となってくださったのです」
なるほど、炎馬君らしいな。
不良になる前の彼を知ってる彼女や平中さん、文倉さんが羨ましい。
剣淵さんは子供のような笑顔で、ギューッと炎馬君の左腕を抱きしめた。
「勇呀様とは、いわば『幼なじみ』なのです。中学1年生に上がる頃、父の都合で海外で暮らしてきましたが、ついさきほど国際便で帰国したのですよ」
「まだ時差ボケがあるだろうに。全く、無茶する奴だな」
「あなた様のためならば、時間など些細な問題ですわ」
「へいへい」
炎馬君はこんな絶世の美女に抱き着かれてるのに、顔色一つ変えていない。
それほど、彼女との付き合いに慣れているんだろう。
剣淵さんを見る彼の目は、1人の女性としてより、年の近い妹を見ているような感じだった(炎馬君の方が小さいことを考えると、むしろ彼が『弟』のように見えるけど)。
「ようやく待ちに待った時が来たのです。いずれは、勇呀様のお母様にもご挨拶に参りませぬと!」
「ははは、結婚の申し込みでもする気か? お前、昔そんな話ばっかりしてたもんなぁ」
「はうぅっ!?」
「待ちに待った」……というのは、炎馬君が結婚できる年齢に達していることを指してるんだと思う。
それにしても、炎馬君の冗談めいた笑い方が気にかかる。もしかして、結婚の話を知らない?
気になった私は、顔を紅潮させてうろたえている剣淵さんに詰め寄り、間に挟まれている炎馬君に話が聞こえないようにそっと耳打ちする。
「剣淵さん、あなたが炎馬君に結婚を申し込みに来た――って話を聞いてたんだけど、本人には何も言ってないの?」
「あうぅ、情けない話ですけれど……勇呀様には恥ずかしくてまだなにも……」
「……やっぱり? 炎馬君は鈍いから、よっぽどアピールしないと気づかないと思うわよ」
「で、でも! 明日に我が剣淵財閥が主催するクリスマスパーティーにお誘いする予定ですから! その時に改めて、想いを伝えて婚姻届に判を……って、キャー!」
小声での会話からこぼれ出た自分の計画に勝手に赤面し、剣淵さんは何の事情も知らない炎馬君を照れ隠しで張り飛ばしてしまう。
「ぼふぅぇあ!?」と間抜けな悲鳴を上げてベンチから転げ落ちる彼が、どこか微笑ましい。
全く、罪作りよね、この人。人の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、誰かを助けて真人間に戻ろうとすることだけ頭に入れてる。
こんな素敵な女の人に愛されてるのに、意識もしないなんて。
……それとも「幼なじみ」っていうのは、そんな想いにも気づかなくなるくらいに親しい間柄ってことなのかな。だとしたら、ちょっと疎外感。
「コホン……さて。その前にわたくしには成さねばならぬことがあります」
「成さねばならぬ――こと?」
一度咳ばらいをした瞬間、彼女の凛々しい表情がより一層真剣なものになる。
そこから感じる『気迫』のようなものに、思わず私は息を呑む。
「はい。勇呀様の通われている『宋響学園』。その象徴的戦士にしてスーパーヒーローである『生裁戦甲セイントカイダー』と対戦し、勝利することです!」
刹那、私とベンチから転落している炎馬君に衝撃が走る。
セイントカイダーと戦いたい、ということは……!?
「なっ……本気か、美姫!」
「け、剣淵さん!? もしかしてあなた、ヒーローの
意外と言えば、あまりにも意外だ。
まさか、この(恋愛ごとを除けば)慎ましい佇まいの彼女が、ヒーローを務めているなんて!
炎馬君は剣淵さんがヒーローであることは知ってるみたいだし、驚いているのは――現時点でセイントカイダーに装鎧する資格を保持している、私の「経験不足」を案じてのことだと思う。
剣淵さんは得意げな顔で懐に手を忍ばせると、そこから1枚のカードを取り出してきた。
カードには確かに彼女の名前と顔写真があり、ヒーローとしての資格が証明されている。
「我が剣淵財閥が経営している、数ある企業や施設の内の一つ『剣淵水族館』。その専属ヒーロー『ドルフィレア』に変身するわたくしが、セイントカイダーとやらのお相手を致すのですわ」
「きゅ、急過ぎるわよ! そんな話、私は全然聞いてない!」
「あら? とすると、あなたが?」
ハッと驚いた顔をする剣淵さんのあっけらかんとした態度に、わずかながら苛立ちを覚えた私は、上着のポケットから引き抜いた
「そ、そうよ! 『生裁戦甲セイントカイダー』こと桜田舞帆よ!」
「これは奇遇でしたね。まさか、わたくしが絶対に戦うべき相手が恋敵でもあったなんて」
「な! ち、違うわよ! 私は別にそんな……こと、なくもない……っていうか、今はそこじゃないッ! セイントカイダーに挑まなきゃいけない理由ってなんなのよ!」
これ以上恋愛話をされると、こんなタイミングで炎馬君に私の気持ちが気づかれちゃう!
私は顔をトマトみたいに真っ赤にしながら、必死に話題を真面目な方向に戻す。
「簡単なことですわ。勇呀様に、わたくしのことを知っていただくためです」
戦いを望む理由を語る彼女の瞳は、絶対に曲げられない「信念」の色を映し出していた。
「……この長い間、わたくしは海外で必死に訓練を重ね、ニュータントだろうと誰にも否定されないヒーローを目指してきました。全ては、初めてわたくしと言葉を交わしてくださった殿方に、釣り合う女となるため。その成果を試し、そして立証するためには、勇呀様の身近にある『強さの象徴』を打ち破る必要があると考えたのです。強さを証明するには、強い者に打ち勝つことが大切ですから」
「それで、日本に帰ってきたわけか?」
炎馬君は唖然とした表情で剣淵さんの顔を伺う。
全くドギマギしている様子がないところを見ると、どうやら「釣り合う女」という言葉を「釣り合う友達」かなにかと曲解しているみたい。
ここまで言われて気づかないのは、もはや才能みたいなものね。
「そうですわ。ですから、わたくしは挑まなければなりません。勇呀様に近しい『強さの象徴』――すなわち、『セイントカイダー』に!」
「……参ったなぁ。美姫は一度走り出すと止まんないんだから」
拳を握りしめ、クリスマスイブの寒さなんて吹き飛ばしそうなほどの熱いオーラを放つ彼女の威圧感を前に、炎馬君はやれやれと手を振る。
「舞帆。ご指名みたいだけど、どうする? 『ドルフィレア』といえば、最近アメリカでも話題になり出してる人気ヒーローだ。無理に戦わなくても俺が頼んでお開きにしてもらえば――」
「そうはいかないわ。その挑戦、受けて立つ!」
「……こっちも何か火が付きだした……」
負けじと威勢よく宣戦布告に応じる私を見て、炎馬君が「やってしまった」という顔になる。
どうやら彼は、私にこういう勝負事には執着しがちな一面があることを忘れていたらしい。
「その言葉をお待ちしておりました、桜田様。後日の正午、『剣淵水族館』にて雌雄を決すると致しましょう」
「望むところだわ!」
お互いベンチから立ち上がると、正々堂々勝負することを誓って、握手を交わす。
絶対に負けられない。炎馬君は私のものなんだから!
彼のことが好きって気持ちだけなら、私だって絶対に負けない!
炎馬君に代わってセイントカイダーになってからまだ2ヶ月しか経ってないけど……それでも、この決闘だけは逃げるわけにはいかないんだから!
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