番外編 桜田舞帆の恋路 第3話

 ――そして、そんなやり取りの翌日。


 蒼く澄み渡る空を見上げる私は、セイントカイダーの「生裁軽装」に直接装鎧できるブレスレットを持って、剣淵水族館に訪れていた。


 まさか水族館の中にセイサイラーを運び込むわけにはいかないし、そもそも私の身体には「生裁重装」の鎧は重すぎる。

 だから、私の「セイントカイダー」としての戦闘スタイルは生裁軽装のみに絞られることになったわけ。


 もちろん、扱いはこの2ヶ月間でみっちり学んだ。光線銃「セイトバスター」に、長剣「セイトサーベル」。

 武器は二つだけだし、私の体力では「電圧閃光撃サプレッションストライク」は負荷が強すぎて使えないけど……きっとやれるはず!


 生裁重装の鎧を軽々と使いこなす炎馬君に比べればパワー不足は否めないけど、それでも私には「女の意地」があるんだから!

 それに、このセイントカイダーのシステムは、元を正せば私のために作られたもの。


 「本来の使い手」の私が「代打」だった炎馬君に劣ってるようじゃ、いい恥さらしよねっ!


「そういえば……私がセイントカイダーを継いでから、装鎧が必要になるトラブルなんて起きなかったから、ラーカッサの件以来の実戦ってことになるのよね」


 ふと気づいた、新たなる事実。

 この「決闘」が、炎馬君から正式にセイントカイダーを継いだ私の初陣となるのね。


 公には、私が初めからセイントカイダーに装鎧していたことになってるけど、実際には私は「2代目」。

 もう二度と、戦いのことで炎馬君を心配させないためにも、私が「セイントカイダー」としてしっかりしないと!


 ラーカッサとの戦いの時は……うう、思い出したくもない!

 まさか生裁重装の鎧をメタメタに切り刻まれて装鎧を強制解除された上に、身ぐるみまで剥がされるなんて!


 おかげで炎馬君に裸まで見られちゃったじゃないのっ!

 炎馬君のお兄さんにさらわれた時には半裸まで見られたし……もう、最っ低!


 ――ま、まさか剣淵さん、私が決闘に負けたら生裁軽装の戦闘服をひんむいたりしないでしょうね!?


 じょ、冗談じゃないわよ!

 ただでさえボディラインが出やすいせいで、日頃から炎馬君にやらしい目で見られてるんだから!


 ぜ、ぜ、絶対に負けられない! 女の子のプライドに賭けてっ!


「よう舞帆! 応援に来たぜ!」

「ひゃあああっ!?」


 このタイミングで後ろから急に声を掛けられたせいで、私はヒステリックな悲鳴を上げてしまった。

 ああ、炎馬君! そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔しないで!


「び、びっくりした……どうしたんだよ。緊張してんのか?」

「そ、そ、そんなわけ、なな、ないじゃない!」


 どこからどう見ても、緊張してるようにしか見えない。

 それは私自身もわかっていることだったけど、取り繕う余裕もなかった。


 ――ダメダメ、「負けたらストリップさせられるかも」なんて考えてたことがばれたら、変態扱いされちゃう! 炎馬君じゃあるまいし!


「あ、もしかしてお前……!?」

「ぎっくぅ! ち、違うの炎馬君! 私はただ……!」

「トイレ行きたいの?」


 ――気がつけば私は彼を殴り倒していて、その頃には何を悩んでいたのかも忘れていた。


 ズンズンと威勢よく、水族館の中へと踏み込んで行く。


 ……その言葉のおかげであなたの詮索をごまかすことがバカバカしくなったわ。

 当分そこで反省してなさい! 変態以前の問題よ、全くっ!


「あら、勇呀。1人で応援に来たつもりだったんだけど、先客がいたみたいね」

「達城ィ。あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。俺が舞帆にかくかくしかじか……」


 後ろからお母さんの声が聞こえて来る。お母さんも応援に来てくれたんだ……嬉しいな。

 でも、炎馬君が地雷を踏もうとしてるから話をするのは後にしよう。


「『生裁戦甲セイントカイダー』こと、桜田舞帆様ですね? 控室にどうぞ」

「は、はいっ!」


 建物の中に入ったところで出迎えてくれた水族館の事務員さんが、私が待機する部屋を用意してくれてるみたい。

 少し初老って感じの、気の良さそうなおじさんね。


 事情を聞いたお母さんが炎馬君にゲンコツをかます音を背にして、私は事務員さんについていった。


 炎馬君には、決闘が終わったらデリカシーってものを叩き込んであげなきゃダメね。

 あの人ったら、ホントに学習しないんだから。

 ……ホントに、わかってくれるのかな?


 ◇


 施設内は暖房が効いていて、かなり暖かい。これなら、薄着でも寒くなさそうね。


 やがて案内された控室で指定されたコスチュームに着替え、準備を整えた私は事務員さんに促されて、決闘のリングとなる場所に案内された。


「こちらで、対戦していただくことになります」

「ここは……!」


 円形の広いステージを、巨大な室内プールが包囲している。


 入口前に来たときから思ってたことだけど、この剣淵水族館……なにもかもが、とにかく大きい。


 施設の広さも、水槽のサイズも、扱っているイルカやクジラの体長も、普通の水族館とは比べものにならない。


 事務員さんの話によると、この決闘場は元々室内イルカショー用だったプールを今日のためだけに改修して、決闘の舞台にしたものらしい。


 恋敵と戦うためにここまでする剣淵さんの執念に、思わず腰が抜けそうになってしまう。


 だけど、退くわけにはいかない。同じ男の子を好きになってしまった者同士、手加減は無用よ!


「それにしても……この格好、季節外れにもほどがあるわよっ! ていうか、恥ずかしいっ!」


 ――と、行きたいところなんだけど、ちょっと問題発生中。


 この決闘に参加する際に渡されたコスチューム……それは、白いレオタード状の水着だったわけ。

 身体にピッチリと密着してて、正直恥ずかしさで顔から火が出そう。


 幸い、公式な対外試合のようなものとは違うためか、プールよりさらに向こうの客席にいるギャラリーは(タンコブが二つ出来てる)炎馬君とお母さん、それから剣淵財閥の関係者が数人、ってくらいだけど……やっぱりいやぁー!


「どうせ装鎧したら関係ないでしょうけど……いくらステージがプールに囲まれてるからって、こんなピチピチの水着なんか着せなくたっていいじゃないのよぉ……!」

「あら、もったいないことをおっしゃいますのね。お似合いですのに」

「ほっといて! ――って、え?」


 ――今、剣淵さんの声が!? い、一体どこに!?


「こちらですわ!」

「……ッ!?」


 私の心を読んだかのような台詞を口にして、剣淵さんが姿を現した。


 ――プールの中から、イルカの背に乗って。


「ハッ!」


 凛とした掛け声と共に、彼女は自分を乗せていたイルカから跳び上がり、さっそうと私の目の前に着地する。

 水着姿でも、あの髪の纏め方は相変わらずだった。


 紺色のビキニを着る彼女の双丘が、地に足を着ける瞬間に上下に揺れた。


 うう、予想はしてたけど……やっぱり私なんかじゃ歯が立たないよ。少なくともスタイルでは。


「いかがです? わたくしの華麗なる参上。専属ヒーローとしての演出効果には自信がありましてよ」

「ふ、ふんだ! これからは実戦勝負よ! そんな見せ掛けは通用しないんだから!」


 ……と、実戦経験が1回しかない私が言ってみる。

 向こうは私の虚勢には何の気後れも見せず、「その通りですわ」と真剣な表情になった。


「わたくし、この勝負だけは手が抜けませんの。勇呀様からあなたの話をお聞きした以上、なおさら……」

「炎馬君から私の何を聞いたのかは知らないけど――負けられないのは、こっちも同じよ!」


 炎馬君が私のことを剣淵さんにどう話したのかは気になるところだけど、今は勝負に集中したい。

 私は変身ブレスレットを腕に装着し、それにあるスイッチを指で弾いて入力した。


「――装鎧ッ!」


 あの人を思い起こすように叫ぶ私の体が、メタリックブルーの戦闘服に包まれる。

 薄地であるという点は防御の面で不安が残るが、両腰にあるセイトバスターとセイトサーベルが、その心強さで不安感を調和してくれている。


「では、わたくしも参ります」


 装鎧を完了させ、戦闘準備を整えた私を前にして、剣淵さんは余裕の表情で左腕を天井に向けて掲げて見せた。


「ウェイブアップ! ドルフィレアッ!」


 室内プール全体に、彼女の澄んだ声が響き渡り、左手の指をパチンと鳴らす音が聞こえた。

 すると、さっき彼女をステージまで運んで来ていたイルカが、急に空中に飛び出してきた!


「えっ!?」


 思わず目を見開き、驚愕の声を上げてしまう。

 後ろの方からも同じような叫びが聞こえたことから、炎馬君やお母さんも驚いていることがわかる。


 そのまま水しぶきを上げて宙を舞うイルカは、なんとその場でプロテクターに変形を開始した! どうやら、あのイルカは人工のものらしい。


 さらに、剣淵さんの真上まできた人工イルカ……が変形したプロテクターは、いきなり大量の水を螺旋状に噴き出して、真下にいる彼女の身体を渦潮のようなもので包み込んでしまう。


 やがてプロテクターが水の螺旋に包まれている剣淵さんの頭上に降下し、彼女は次々と、全身に武骨なパーツを纏って行った。


 澄み切ったハワイアンブルーの色を持つ鋼鉄プロテクターには、イルカを思わせる意匠が伺える。


 その出で立ちは、人気ヒーローという肩書きに恥じない、荘厳なものだった。


「お待たせしましたわ、桜田様。『剣淵水族館』専属ニュータント・ヒーロー『ドルフィレア』……遅ればせながら、ただいま参上致しました」

「――いいでしょう。腕が鳴るわ」


 「ドルフィレア」――武骨な鎧を着込んでいるようで、ところどころ覗いている太ももに腋、谷間や鎖骨がなまめかしい……うう、なんで変身後までこんな劣等感を味わう必要があるのっ!?


「では、これより試合を開始します! ルールは時間無制限! 加えて、どちらか一方の変身が解かれた段階で、試合終了とします!」


 すると、私をここまで案内してくれていた事務員さんが試合のルールを説明してくれた。

 どうやら、この人が審判を務めているらしい。


「では、始めっ!」


 事務員さん――もとい審判さんがそう叫んだと同時に、私はキッと剣淵さんを見据えて、腰のホルスターに手を伸ばす!


「先手必勝! セイトバスターッ!」


 私に引き抜かれた光線銃が放つ赤い閃光が、試合開始と同時に剣淵さん――いや、ドルフィレアを狙う。


 威力の程は炎馬君と狩谷鋭美の戦いで実証済みよ! まともに食らえば、あんな装甲イチコロ――


「気がお早いのですね……プールサイドで慌てられるのは、とても危険ですのよ」

「な――ッ!?」


 ――の、はずだったのに。


 セイトバスターの光線攻撃。ドルフィレアの装甲は、それを受けても傷一つ付いていなかった。

 あのラーカッサにも痛手を与えられる銃なのに……無傷!?


「この『ドルフィレア』は、我が剣淵財閥の要する技術力の集大成とされる、最新鋭式可変プロテクターです。そのようなか細い光線を通すほど、安い仕上がりでは――なくってよ!」


 ショックを受けている場合じゃない。今度はドルフィレアの方が仕掛けてきた! 両足の裏から噴き出す水圧ジェットを使い、こっちに猛接近してくる!


「くっ――セイトサーベルッ!」


 光線銃が効かないとわかった以上、剣で迎え撃つしかない。

 私は腰から新たにセイトサーベルを引き抜き、猛然と迫るドルフィレアに真っ向から立ち向かう。


「ダメだ! 避けろ、舞帆ッ!」


 その時、炎馬君がそう叫ばなければ、私は間違いなくそうしていた。そして、一瞬で彼女に潰されていただろう。


 私が剣を抜いて、正面から挑み掛かろうとした瞬間に、ドルフィレアが急激にスピードを上げてきたのだ。


 目にも留まらぬ――というどころか、何が起きたのかすら、すぐにはわからないほどのスピードで。


 炎馬君の呼び掛けを聞いて、私は初めてドルフィレアが水圧ジェットの勢いを高めようとしていることと、それによる殺気に気づくことができた。

 おかげですぐさま横に飛びのき、難を逃れられた。


 もし私が炎馬君の忠告を無視して、がむしゃらに突進していたなら……今頃はドルフィレアの助走付きパンチに潰されて気を失い、意識が戻ったとしたら、病院のベッドの上――だっただろう。


 ……あ、危なかった。ドルフィレアの水圧ジェットによる加速を乗せたパンチが、ほんの数秒前まで私が立っていた場所に亀裂を入れている光景を見ていると、ホントにそう思える。


「――勇呀様に救われましたわね、桜田様。なぜ、外野におられるあのお方に気づけることに、現場で戦っていらっしゃるあなたが気づけないのでしょうか?」

「そ、それはっ……!」


 炎馬君の方が、実戦経験が多いから。そう言い訳をするのは簡単だった。

 でも、そんなことをすれば私のためにセイントカイダーとして戦い、その跡を継ぐ私のために主題歌まで歌って鼓舞してくれた彼の尽力を、水の泡にしてしまう。


 それだけは……それだけはできない。


「……あなた様のことは、勇呀様からお話を伺った時から意識しておりましたのよ」


 ふと、ドルフィレアが試合前の時の話を持ち出してきた。一体、どういうつもりなのだろうか?


「先日、街中で勇呀様との再会を果たした時、わたくしは大層驚きましたわ。そして、髪を染められ、変わり果ててしまわれた彼の姿に心を痛めたものです。あなた様がどうして、と」

「……!」


 ――そう、炎馬君は本当は見た目のような悪い人なんかじゃない。

 それは、ドルフィレアの言う通り。不良時代の彼と向き合って、私は初めてその事実を掴んだ。


 でも、彼女は違う。


 彼女は昔から、炎馬君のいい所をちゃんと知っていた。きっと、今の私でも知らないような所まで。


 そんな彼女が、炎馬君の今の姿を見たら――悲しむのは、明らか。


 不良なのは、見た目に名残があるくらい。だけど、それでも本来不良なんかとは無縁なはずだった彼の髪を見れば、変わってしまったことに胸を痛めるのは必至よね……。


「その後、勇呀様からあなたのことをお聞きしたのです。あなたがどれほど、あのお方の支えになられていたのかを」

「炎馬君が、そんなことを……?」

「ええ。だからこそ、わたくしはあなたの尽力を尊敬し、勇呀様に尽くす女として負けられない、という気持ちにさせられてしまったのです」


 そこで一度言葉を切ったかと思えば、今度は右腕に装備された、キャノン砲のように巨大な銃口を向けて来る。明確な敵意の込められた視線と共に。


「――しかし、当のあなたは戦闘中に外部の言葉に流され、それを鵜呑みにすることしかできない軟弱な態度を見せた。それは、あなたをライバルとして見ていたわたくしにとっては、耐え難い侮辱と取れます」


 そのドルフィレアの言葉に、私は何も言い返せなかった。トレーナーでもないただの観客の言いなりに行動するヒーローなんて、確かに軟弱者に他ならない。


「あなたは心のどこかで――『いざとなったら、いつでも彼が助けてくれる』などと思っているのではないですか? わたくしと同じヒーローにもなって、まだ人に依存しなければ自らの道を歩めないのですか?」

「そ、それはっ!」

「少なくとも、わたくしは違いますわ。あのお方のためならば、例え1人でも戦いましょう。わたくしは、勇呀様に心配を掛けてしまわれるようなことは致しません。真に彼を愛するならば、そのような心配は無用です! 身を案じられるようでは、『信頼』が足りない証拠ッ!」


 叱り付けるような口調と共に、銃口から猛烈な勢いで水が飛び出してきた!


 私はハッとしてその場から思い切り跳び上がり、空中でフワッと一回転しつつ着地する。

 よく前を見てみれば、発射された水が床に一筋の切れ目を入れているのがわかる。


 ――まさか、水圧カッター!? まともに食らったら、ひとたまりもないっ!


「あなたは確かに勇呀様の助けになった……しかし、あなたはそれ以上にあのお方に助けを求めているのでは? あのお方に甘えているのでは?」

「……で、でも、私は今まで炎馬君のためにっ!」

「だから勇呀様をものにしたいと? 今となってはあのお方に頼るしかないあなたが?」

「――ッ!」


 何か反論してやろう。


 そう思って口を開いても、思うように言葉が出なかった。いや、出せない。


 私が炎馬君に甘えてばかりだったのは、逃れようのない――事実なんだから。


 心配そうに唇を噛み締めて、私を見守る炎馬君の方を見た途端、ドルフィレアの言葉が胸に突き刺さる。


『あのお方に甘えているのでは?』


『勇呀様をものにしたいと?』


『あのお方に頼るしかないあなたが?』


 ……わ、私は! ただ炎馬君が好きだから、彼のために頑張ろうって――


「勇呀様に心配を掛けることしかできない――そのような方に、わたくしは負けませんッ!」


 ――必死に言い訳を考えている私の思考を消し飛ばすように、ドルフィレアは水圧カッターを放つ。


「うッ!」


 私は意識を現実まで取り戻すと、とっさに身をかわしてセイトサーベルを構える。


 しかしその頃には、ドルフィレアは忽然と姿を消していた。


「え!? ど、どこに行っ――」

「逃げろ舞帆ッ! 後ろだーッ!」


 彼の声は、私には間に合わなかった。


 ううん。私が鈍臭いせいで、反応できなかっただけなんだ。


 ――水圧カッターを避けた隙をついて、プールを潜行して背後に回っていたドルフィレアの影に。


「今のあなたは……隙だらけッ!」


 刹那、視界が激しく揺れる。


 そして、息が出来なくなった。


 水色の景色を前に、意識がまどろんでいく……。

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