番外編 ガールズ・アッセンブル! 〜嫌な顔しながらおパンチ入れてもらいたい〜

 神嶋市の高級住宅街に位置する邸宅。中流以上の社会的地位がなければ住むことが許されない、その豪邸のリビングで――2人の美人姉妹が、土曜日の朝を過ごしていた。


「ねぇ、美鳥」

「……」

「美鳥ったら!」

「わ、わっ!? な、なんですかお姉ちゃん」


 朝食後。一緒にテレビを見るでもなく、ベランダから青空を仰ぎ、黄昏る妹の姿を――駒門飛鳥こまかどあすかは、訝しげに見つめている。

 黒いボブカットの髪と、Fカップにも及ぶ巨峰を持つ絶世の美女は、気の強さが顕れた切れ目の眼差しで、妹を射抜いていた。


 一方。姉の呼びかけにびくりと反応し、Gカップの双丘を揺らして慌てふためく駒門美鳥こまかどみどりは――心ここに在らず、といった様子を匂わせている。そんな妹の横顔に、姉はただならぬ「異変」を敏感に感じ取っていた。


(……例の「鐡平君」、ね)


 人気グラビアアイドルとして、芸能界を渡り歩いてきた彼女は、己のスタイルだけでなく――「見る目」にも自信があった。権力をちらつかせて、柔肌を狙う下衆な業界人を蹴飛ばしたことは、一度や二度ではない。

 そんな彼女にとって、美鳥はかけがえのない最愛の妹であり。気弱でいじめられやすい彼女を守ることが、己の役目であると自負していた。


(ウチの美鳥にあんな顔させて……もう、もうっ!)


 その美鳥が今、憂いを帯びた貌で空を見上げている。ここではない遠い何処かに想いを馳せる、彼女の姿は――飛鳥の胸を、強く締め付けていた。

 彼女の友人であるという、「鐡平」なる青年。彼は現在、美鳥が通う栄響学園とは違う高校に通っているのだという。


 ――どういった事情があって、栄響学園から離れたのか知らないが。美鳥に、あんな寂しげな貌をさせるなんて――


「はぁ……鐡平君……」

「……」


 良き友人、と言われてはいる。だが彼女の横顔を見れば、妹が件の青年に恋い焦がれていることは自明の理であった。


 その事実に色めき立っているのは、姉の飛鳥だけではない。大企業の重役会議で朝早く家を出た父も、兄も――美鳥にちらつく男の影に、険しい表情を浮かべているのだ。

 約2年前、彼女が塾の帰り道でヴィランに襲われかけるという事件が起きた時も、それはもう大変だったのである。一時は美鳥のために神嶋市を出て、比較的安全な田舎で暮らそうという案も出ていた程だ。


 妹の恋路に理解を示しているのは、いつも笑顔を絶やさない母くらいのもの。その母から情報を引き出すことが出来なければ、飛鳥は「鐡平」という名を知ることさえ叶わなかっただろう。いくら問い質しても、美鳥は家族に「鐡平」とやらを紹介しようとはしなかったのだ。

 あまり詰問すると、「会ったこともない人を悪く言わないでください!」と怒り出してしまう為、家族らもあまり深くは追及できないでいる。尤も飛鳥としては、そうやってぷりぷりと怒る妹もまた愛おしいのだが。


「ねぇ、美鳥! 一緒に買い物行こっか、買い物! お姉ちゃん、今月スッゴいたくさんギャラ入ったんだ! ホラ、前に美鳥が欲しがってたバッグあったじゃん、あれ買ってあげるから!」

「……今日はお留守番してます。お母さんはバレーの試合ですし、お洗濯とお掃除は済ませておく必要がありますから。それにいい天気ですし、お布団も干しませんと」

「……そ、そう。じゃ、じゃあ、お姉ちゃんちょっと出掛けてくるから……お留守番、お願いね。戸締まりには気をつけて。ピンポン鳴っても、すぐに出たりしないでね」

「……はい」


 目に入れても痛くないほどに溺愛している妹は――「憧れ」であったはずの姉の誘いに見向きもせず、毎日こうして思案に暮れている。愛しの美鳥にあっさりと断られてしまった飛鳥は、あからさまにしょげた様子でリビングを後にするのだった。


(鐡平君……どうか、ご無事で……)


 その原因である、不破鐡平が今。栄響学園はおろか――日本にすらいない・・・・・・・・ことなど、知る由もなく。


 ◇


 ――今でこそ、こうだが。


 2年前に初めて出会った頃、私……駒門美鳥と、不破鐡平君は……かなり仲が悪かった。


 というより、私が彼を露骨に避けていたのである。彼には悪いが、当時としてはそれも当然のことであった。

 物凄い山奥から移り住んできたという彼は、携帯はおろかテレビも知らず、コンビニの自動ドアにまで初めて見るような顔を向けていたのだ。


 ……なによコイツ、と思うのもやむを得ないだろう。本当に自分と同じ現代人なのか、遥か地底から目覚めた古代人じゃないのか……と。


 とにかく彼は、世の中のことを何も知らなかった。だから私も、そんな非常識な彼と一緒にされるのが嫌で、何かと彼を避けていたのだ。

 あまり思い出したくないが、当時はかなり酷い言葉をぶつけていたような覚えがある。


 ――だが、そんな彼だったからこそ。悪いことには悪いと、臆することなく言い放ち。誰もが見て見ぬ振りをする悪事を、真っ直ぐに否定することが出来る。

 歳不相応に育った胸のことで、私がクラスメートの女子に虐められていた時も。近場の不良達に目をつけられ、私と友人達が連れていかれそうになった時も。火災現場に取り残された子供が、野次馬に向かって泣き喚いていた時も。

 「フツウ」なら、関わり合いにならないところだと。無視してしまうところだと、彼は知らなかったのだ。


 だから、さも当然のことのように私達を救っては、不思議そうな顔をする。これも間違いだったのか? って、困ったように小首を傾げるのだ。

 そんな彼を見ていると、なんだか可笑しくて。それで、放っておけなくなって……色々と、教えてあげることに決めた。


 私達と同じ知識を持つことで、彼の良さが消えてしまうのでは……と、不安に思う日もあったが。何が常識で何が非常識かを知ってからも、彼の心根は変わらないままだった。


 ――お前の言う「非常識」でも、正しいことには違いないのなら。俺は、それだけでいい――


 そう言ってのける彼は、何を知ろうとも誰かを助けるために、戦うことを投げ出しはしなかったのだ。


 そんな彼に、いつしか惹かれてしまって。彼のように強くなろうと思い立ったのも、今にして思えば当然のことだったのかも知れない。


 今の私は、鐡平君なしではあり得なかっただろう。彼がいなければ私は、何もできない弱い自分に甘えたままだった。

 その彼は今、海を越えて遠い戦地に赴いている。中学時代の頃から何も変わらない……困っている人々を助けるという、彼にとっての「当然のこと」を果たすために。


 ……そんな彼が、戦い続けている中で。私に出来ることなんて、こうして遠くから無事に祈ることくらいしかないけれど。


 だからこそ、せめて。この胸に宿る愛を、彼に捧げようと想う。海の向こうにまで響かせたい、精一杯の愛を。


「私――駒門美鳥は。健やかなる時も、病める時も。生涯、不破鐡平君を愛することを――誓います」


 それは、今はまだ誰にも聞かせられない、私の決意。


 独りベランダに身を乗り出し、空を仰ぐ私の瞳には。彼が立つ戦場にも続いているのであろう――青々とした世界が、一面に広がっていた。


 ◇


「……って感じでさぁ! あーもぅ、一体どうしたらいいのよっ!」

「全く……相変わらずのシスコンなんだから。ちょっとは妹離れしないと、ますます煙たがれるわよ」

「そうそう、美鳥ちゃんもお年頃っすからねぇー……そっとしといてあげるのが、1番じゃないっすか?」

「私もそう思います。美鳥さんが選んだ人を信じて、どっしり構えて差し上げましょうよ!」

「う〜ん……」


 神嶋市内に在る、とある喫茶店のテラス。そこで丸いテーブルを囲む4人の美女が、穏やかな休日を過ごしていた。

 家が近所の幼馴染であり、飛鳥の姉代わりでもある人気女子アナの荻久保瞳おぎくぼひとみ。飛鳥の後輩であり、新進気鋭のグラビアアイドルとして名を馳せている乃木原佳音のぎはらかのん。651プロダクションに属する人気モデルであり、飛鳥の友人でもある平中花子ひらなかはなこ

 彼女達は、可愛い妹分であり業界の先輩であり、無二の親友でもある飛鳥のため息を前に、なんとも言えない表情を浮かべていた。全員、絶えず話題を集めている芸能人というだけあって、皆一様にサングラスで(申し訳程度に)変装している。


 肩まで伸びる栗色の艶やかな髪と、Iカップという日本人離れした巨峰を併せ持つ瞳は。昔から美鳥にべったりな妹分の姿を、呆れつつも微笑ましげに見守っていた。

 小柄な体に反した、Hカップという規格外のバスト。艶やかな黒髪を前下がりボブに切り揃えた佳音は。妹のことで一喜一憂する先輩の姿に、やれやれと苦笑している。

 すらりとしたボディラインに、推定Eカップという果実を備え、焦げ茶色のセミロングを靡かせる花子は。自身が敬愛している飛鳥をなんとか元気づけようと、懸命にポジティブな言葉を探し続けていた。


(でも……そっかぁ、美鳥ちゃんもそんな年頃になったのね。うかうかしてると、先越されちゃいそう。……何の仕事で海外まで行ってるのか知らないけど、早く帰ってきてよね……兵汰へいた

(美鳥ちゃんに男の影、かぁ。あたしもいつか、竜斗リュウトと籍を……って、さすがに早すぎィ! ……竜斗、無事かなぁ。神威さんを助けに行くってことは、それだけ大変な現場ってことだよね。……ねぇ竜斗、怪我なんてやだよ?)

(あの内気で可愛らしい美鳥さんが、もうそこまで……! 私も、いつまでもウジウジしてちゃいられないっ……! 炎馬ほむらばさん、早く日本に帰ってきてくださいね! 離れてた分、たっくさんアタックしちゃいますからっ! 覚悟していてくださいっ!)

(……かけるも、ここに居たらそう言うのかなぁ。ちょっとの間日本を離れる……って言ってたけど、次に会えるのはいつになるんだろう。無事だといいけど……)


 ――その一方で。3人は各々が愛する男達へと、人知れず想いを馳せていた。それは、飛鳥も同様だったのである。

 それぞれの想い人が今、同じ戦地で肩を並べて戦っていることなど、知る由もなく。彼女達は平和な空と街並みを見つめ、その表情に憂いを滲ませるのだった。


「に、逃げろー! 食い逃げヴィランだーっ!」


「――ッ!?」


 そして――その平和がある日、唐突に破られるのも。この街では、よくあることなのである。

 ニュータントと呼ぶにはあまりに弱く、人間とさして変わりない能力しか持たない「ヴィラン」が出ることも。


「ヒャッハハハ! 逃げろ逃げろ人間どもが! 俺らは選ばれた新人類……ニュータント様なんだぜ!?」

「金目と女、一つ残らず置いて消えなぁ!」


 テラスの向かいにあるレストラン。そのドアを破り現れたのは、薄い紫色に変色した肌を持つ、異形の超人達。

 彼らは無力な市民を蹴散らし、己の欲望を剥き出しにしていた。


 ――ニュータントと一口に言っても、その「力」には大きな個体差がある。災害級の被害を及ぼす程の能力者もいれば、人間に毛が生えた程度の者もいる。


「へっへへへ、これがニュートラルの力か……たまんねぇぜ! この力さえありゃあ、なんでもやりたい放題じゃねぇか!」

「おうよ! 俺らは無敵だぜ……!」


 そして彼らに関して言えば、間違いなく後者であろう。常人を超える膂力ではあるものの、その力は「超人」と称するには些か弱過ぎる。

 暴れ回る彼らは、ガラスを割りバイクを蹴り倒し、力の限り暴れ回ってはいるが――その程度の芸当なら、生身の人間でも不可能ではない。元々弱い人間が弱いニュートラルに感染し、弱い能力を発現した場合、こういうことが度々起きるのだ。


 ある程度腕に覚えがあるなら、人間でも対処できてしまうほどに弱い――常人的・・・ニュータント。彼らは自分達を真の「超人」であると錯覚し、己の力量も知らぬまま「異形」だけを誇示していた。

 こういうケースは大抵、戦闘力の高いヒーローが出張るまでもなく、あっさりと警察に逮捕されてから、自分達が「井の中の蛙以下」であることを知る。居合わせた市民は逃げるしかないのだが、ニュータント事件としては極めて小さな部類と言えるだろう。


「きゃああっ!?」

「なっ!? や、やめろ! 彼女を離――ぐはっ!?」

「ギャッハハハハ! こんなイイ女連れておいて、離せはねーだろダボが! 飽きたら返してやるから、鼻血垂らしてくたばってな!」

「オラ来やがれ! 壊れるまで遊んでやるぜっ!」

「い、いやぁあ! 誰かぁあ!」


 それでも、平均的な一般人に力で勝る「ヴィラン」には違いない。市井の人間であるなら、尻尾を巻いて逃げるのが懸命な判断だ。彼らなら、ヒーローや警察が仕留めてくれるのだから。


「……」


 しかし、そうと知りながら。

 恋人達を「力」で引き裂き、己の欲望の為に無辜の女性を――その「貞操」を踏み躙ろうとする、ヴィラン達を目にして。4人の乙女が、黙っていられるはずがなかった。


「――ねぇ」


「あん? ――ぶげがッ!?」


 それは、僅か数秒後の出来事。

 捕まえた女性と、この場で愉しもう・・・・としていたところで――背後から声を掛けられたヴィランが、振り返った瞬間。


「人が恋に悩んでる最中に、不快なもの見せるなクズが」


「這いつくばってくたばりな……ゲス野郎」


 元空手部主将・駒門飛鳥と、その姉貴分である荻久保瞳の鉄拳が――ヴィランの醜い顔面に炸裂したのである。

 悪を叩きのめす、強烈な拳打。その反動でたわわに弾むFカップと、Iカップの巨乳が、ヴィラン達の注目を一気に集めた。


「な、なっ、なんだテメェら!? ヒーローか!?」

「やってくれたなエロねーちゃんども……! 代わりにあんたらを可愛がってやるぜっ!」


 突き1発で仲間達を沈められたヴィラン達の間に、どよめきが広がる。ただの人間・・・・・にニュータントがやられる、などとは考えもしない彼らは――サングラスを掛けたグラマラスな美女達の正体を、すぐに見抜くことが出来ずにいた。


「……!? お、おい! この女――ブゴッ!?」


 だが、メディアを通じて知れ渡っているその美貌は、サングラス一つで隠し切れるものではない。汚物を見下ろすような眼で、こちらを睨む彼女達の正体に勘付いた1人が、声を上げようとする。

 ――しかし、その前に。後頭部に命中したヘルメットの衝撃で、意識を刈り取られてしまうのだった。


「力強くで女の子を襲うなんてダサい真似、よく平気でやるよね。……どうせモテない奴が偶然発症して、チョーシこいてるってパターンでしょ?」

「んだとコラッ!? てめぇひん剥いて啼かせてや――んがッ!?」

「ウザいから喋んなカス。弱い奴がたまたま拾った力で、チート気取りしてんじゃねーよ」


 ヴィラン達をサングラス越しに、侮蔑の眼差しで突き刺す、トランジスタグラマーな美少女――乃木原佳音は。Hカップの爆乳を上下に揺らしながら、現場に転がっていたヘルメットで次々と「スパイク」を決めていく。

 元バレー部ならではの一撃が、ヴィラン達の顔面をプライドごと叩き潰してしまった。


 駒門飛鳥。荻久保瞳。乃木原佳音。いずれも、悪漢達がヴィランになる以前からファン・・・だった存在であり――3人は、間違いなく「生粋の人間」であるはずだった。


「どど、どうなってんだよ一体! 俺達変身したはずだろ!? ニュータントになったはずだろう!? なんでなんで、なんでただの人間なんかに……!」

「い、今まで散々俺らをバカにしてきた奴らを、この力で見返すはずだったのに……! 一発逆転のはずなのにッ! この力で、金も女も、全部手に入れてやるはずだったのに……!」

「ち、ちくしょ――うげがッ!?」


 その人間の……警察でもヒーローでもない民間人の攻撃で、ニュータントであるはずの自分達が昏倒している。それが意味するものをようやく理解した者達は、今頃になって逃げ出そうとする。


「ぐごぁあぁああ!?」

「んぎゃあぁぁあ!?」


 ――だが、彼らは気づいていなかった。飛鳥と瞳、そして佳音の登場は、時間稼ぎでしかなかったのだと。


「……ニュートラルがあってもなくても結局、女の子を襲うような人はサイッテーじゃないですか。頭悪過ぎじゃないですか? ていうかキモいこと言ってる暇あるなら、さっさと自首してくれません? おサルさん」


 逃げ出そうとするヴィラン達を真っ向から跳ね飛ばす、ピザ屋のバイク。その車体に追突された怪人もどきは、後頭部から歩道のゴミ箱に激突し――敢え無く気絶してしまうのだった。

 その反動でEカップの胸をたわわに揺らす、平中花子は――ヘルメットを脱ぎ捨て、冷酷な視線で残りの連中を見下ろしている。


「ひ、ひぃい……!」

「……花子の言う通り。ニュートラルが有ろうと無かろうと、あんた達みたいなクズは病気よ……頭のね」

「割といるんだよねー。あんたらみたいに、ニュータントになった途端イキり出すカスがさ。……ちょん切ってやろっか? 世の中のためってことで」

「いいわね、それ。……手伝ってあげてもいいわ。このゲス共には、ちょうどいいお灸になりそうだし」

「ひぃいぃい!」


 彼女の眼光に怯えるヴィラン達は、尻をついたまま後ずさり――その背後に待っていた飛鳥達の、すらりと伸びた白い脚に気づき、さらに震え上がる。

 先程までの彼らなら、雄の劣情を煽る彼女達のボディラインに興奮していたところだが――自分達の弱さと彼女達の強さを思い知らされた今となっては、到底それどころではない。


「とりあえず……全員ブタ箱行きは確定ってことで。せいぜい獄中で死ぬほど反省してくださいね、サルの皆さん」

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死ね……って言うでしょ? 命があるだけ感謝してよね、カス野郎」

「これだから欲望塗れのニュータントなんて、ロクなもんじゃないのよ。大人しく這いつくばって、皆に詫びなさい……ゲス野郎共が」

「あんた達みたいなのがいると、真っ当な患者ニュータントに迷惑が掛かるの。だからとっとと消えてくれない? クズ共」


 尻をついたまま互いに身を寄せ合い、怯えているヴィラン達。そんな彼らを冷たく見下ろす花子は、不愉快という感情を露わにしている。

 そんな彼女と同様に、忌々しげに口元を歪めていた飛鳥達が、「ヒーロー」の如くサングラスを投げ捨て――4人全員が正体を露わにしたのは、その直後であった。


「ひ、ひぃい……な、なら、ならせめて、ムショに行く前にっ……!」

「……行く前に?」


 美女4人に完全包囲され、尻込みするヴィラン達。戦意などとうに喪失している者が、大半を占める中――そのうちの1人が、声を上げる。

 彼の言葉に、飛鳥が訝しげに眉を潜めた、次の瞬間。


「目測――Fッ! Iッ! Hッ! Eッ! お前らのそのおっぱいッ――全ッ部揉ませろぉぉおぉおおッ!」


 ニュータントとしてのなけなし・・・・の力を発揮して――男は意表を突くように、飛鳥達に向かって飛び掛かろうとした。生身の女を相手に、不意打ちさえも辞さない不甲斐なさなど気にも留めず。

 ただ勝てばいい。ただこの女達を取り押さえて、モノにしてしまえばいい。そんな獣心だけに突き動かされた、ヴィランとしての最後の賭けであった。


 ――しかし。


「ぼぎゃへぇあぁぁああッ!?」


「だったらムショに行く前に、覚えておきなさい。――正義は必ず勝つ、ってね」


 それすらも、彼女達にはお見通しだったのだ。

 卑劣なヴィランの企みなど、とうに看破していた4人の戦乙女は――飛び掛かろうとしていた悪漢に、頭上から鉄拳制裁おパンチを入れてしまう。


 そして、この世のものとは思えない汚物を見るかのような、心底からの「嫌な顔」を向けて。4人を代表する飛鳥の勝利宣言が轟くと――矮小なるヴィラン達の心は、今度こそ完全に叩き折られたのだった。


「す、すごい……」

「グラビアアイドルって、モデルって、女子アナって……こんなに強いんだ……」


 一方、そんな彼女達の仁王立ちを目の当たりにして。襲われていた恋人達は唖然とした様子で、暫し顔を見合わせていた――。


 ◇


 どうしてこうなった。


 それが、この事態を受けたヴィランもどき・・・の率直な感想である。

 共に街を荒らし、女を捕まえ、思うままに振る舞うはずだった仲間達は。ヒーローどころかニュータントですらない、ただの人間――それも若い女達の拳に沈んでしまった。

 こんなはずではない。自分達がこんな醜態を晒しているはずがない。そんな逃避を繰り返し、ただ1人の生き残りはいち早く現場を離れ、人気のない路地を駆け続けていた。


「ハァッ、ハァッ……! ちくしょう、あの女共……! 許さねぇ、絶対に許さねぇぞッ……!」


 駒門飛鳥。荻久保瞳。乃木原佳音。平中花子。いつもテレビや雑誌で笑顔を振りまいている、彼女達が見せた軽蔑の眼差し。

 あの眼光が男に齎したのは、かつてないほどの屈辱であった。


 ――今度はより多くの仲間を集めて、策を練り、あの女共を必ず捕まえてやる。そしてその時は、今日受けた仕打ちを何十倍にも返してやる。

 今に見ていろ。今度会ったら女に生まれてきたことを、後悔するほど壊してやる。全員纏めて、朝から晩まで汗だくになるまで、ヒィヒィ啼かせてやる――


 今この瞬間、男の中には彼女達への憎悪と劣情だけが燃え滾っていた。口元からよだれを撒き散らし、戦乙女達のあられもない姿を夢想しながら――男は「再起」を志し、現場から遠く離れた大通りを目指す。


 そして、徐々にその出口が近づき――光明が差し込んできた。彼の眼前に、大都会の往来が映り込む。

 ここまで来れば、警察もおいそれとは追ってこれないはず。あと、もう少しだ。


「邪魔だァァアッ!」


 男は路地を抜けた先の歩道を歩む、一児の母らしき女性に罵声を浴びせた。赤子を抱く彼女を避けよう、などという意識は皆無であり――男は自分が突き進む道のために、彼女を赤子ごと突き飛ばそうとする。

 自分の怒号を浴びても無反応な彼女に、ますます神経を逆なでされた男は、そのまま直進し――路地を抜け、歩道に飛び出した。


 そして、彼女を吹き飛ばすべく――超人未満・・・・の腕を振り上げる。

 

「――ごべッ!?」


 それが――意識を失う直前に見た、最後の光景であった。


 あまりに一瞬の出来事であり――彼自身はもちろん、周囲の通行人でさえ、何が起きたのか全く分からなかったのだ。

 空中を錐揉み回転しながら、男は鼻血を撒き散らし、路上のゴミ箱に頭から突っ込んでしまう。いきなり現れた人型の生ゴミに、周囲がどよめく中――彼が突き飛ばそうとしていた一児の母は、何事もなかったかのように歩き続けていた。


 生きるゴミと化したヴィランに気を取られている人々には、全く見えなかったのだ。


 男が彼女を突き飛ばそうとした、一瞬の中で――瞬く間に振るわれた龍の尾・・・が、彼の頬を横薙ぎに打ち据えていたことも。

 その尾がベルトのように、彼女の腰に巻きついていることも。


「――あら、ごめんあそばせ」


 冷淡なその一言だけを残し、愛おしげに我が子を抱く母は、その場から立ち去っていく。

 姫カットに切り揃えられた、艶やかな水色の長髪が風に揺れ――Jカップの巨峰が、一歩踏み出すたびにたわわに揺れ動いていた。


「さぁ……フランさんも、アニーさんも、メイさんも……子供達も待っていることですし。何より、愛しい愛しいパパのチューもまだですし。早く、我が家に帰りましょうね……私の、可愛いたっちゃん・・・・・・


 彼女の名はリーファ。

 デーモンブリードこと赤星進太郎の妻にして、その胸に抱く次代の申し子ドラゴンブリード――赤星龍海あかぼしたつみの母である。


 ◇


 それから、僅か数分後――浅倉茉莉奈刑事が率いる警官隊が、現場に到着したのだが。その時すでに沈黙していたヴィラン達を目の当たりにして、彼女達は呆然としてしまうのであった。


 それは、飛鳥達の戦いを目撃していた恋人達も同様であり。瞬く間にヴィラン達を打ちのめしてしまった、4人の美女の勇姿は――彼らの眼にはっきりと焼き付いていた。


 その後、彼らの目撃情報から事情を知った警視庁は、飛鳥達に「市民を救った英雄」への感謝状を授与。このニュースは神嶋市中に報じられ、彼女達のメディアへの露出度も、大幅に上がったと言われている。

 民間人……それも生身の女性がヴィランを捕らえたと言うのだから、話題にならないはずもなく。連日、彼女達の特集が組まれるようになっていた。


 ――そして。


 海外での戦いを終え、日本の空港へと帰ってきた「ヒューマン・ヒーロー」達も、そのニュースを知り。


 橋野架、狗殿兵汰、アーヴィング・J・竜斗、炎馬勇呀の4人は――雑誌を目にした途端。彼女達の「蛮勇」を知り、揃いも揃ってなんとも言えない表情を浮かべていたという。


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