完結編 いつの日も、どんな時も

 ――それが、100年前の物語。

 今となっては遥か昔の――語られることもない、終わった・・・・物語だ。


 「ヒーロー」という存在を世に生み出した黎明期でありながら、その当時の記録が殆ど残されていない、この時代での出来事を――人々は過ぎ去りし歴史の影として、忘れ去ろうとしている。

 それは、市井だけでなく。この時代において、無辜の民衆を守るために戦い続けている現代の・・・「ヒーロー」にとっても同様であった。


「……」


 怜悧な美貌を携えた、しなやかな長身の青年は――今日も、この地へと足を運んでいる。かつては砂塵と硝煙が渦巻く紛争地帯であったとされる、この緑溢れる草原の大地へと。


 ――3年前に発生した大災厄。超大規模地殻変動「グレートポールシフト」によって、地球と人類は未曾有の危機に見舞われていた。

 この窮地を脱するべく、世界各国は超軍縮ハイパーデタントによって全ての軍事力を手放し、その予算を復興財源に充てた。それによって世界は、たった3年という短い期間の中で、かつての平和を取り戻しつつあるのだ。

 全てのヒーローを集めた「星立せいりつジャッジメント学園」に、その安寧の守護を委ねることによって。


「……不思議なものだな。何故かいつも……ここを思い出してしまう」


 そんなジャッジメント学園に籍を置くヒーローの1人である、寡黙な青年は。軍事力と引き換えに得た復興力によって、荒れ果てた砂漠から緑豊かな草原へと生まれ変わった、この地平線を静かに見渡していた。

 ――その広大な自然の中に遺されている、得体の知れない「鉄塊」の群れを。


「……」


 以前、任務の関係でこの近くを移動している最中に。草原の中でひっそりと眠る、風化した鉄塊を目にして以来――彼はその存在が、頭から離れなくなっていた。


 かつてこの地で戦っていたヒーロー達の歴史は、何一つ残されていない。

 鉄塊がその当時の物であったとしても、青年には知りようもない――はずなのだが。


 それでも彼は、近くを通る機会があれば、絶えずこの地に立ち寄っていた。風化して長い年月が経ち、錆と草花に塗れた鉄の塊を、見つめる為に。


 ――マシンエイドロン。


 ――マシンヴラドロン。


 ――TM250F。


 ――マシンセイサイラー。


 ――イクタチ。


 自身の眼前に散らばっている、無数の鉄塊が、かつてそう呼ばれていたことなど。青年には、知る由もない。「スケールSスタンダード」などという概念もなかった、旧時代の産物であることなど。


 それでも彼は――かつて砂塵が逆巻く戦場であったとされる、この穏やかな草原に眠る鉄屑の群れを。真摯な眼差しで、見下ろしていた。


 記録にはなくとも。名前は知らずとも。そこには、確かに感じ取れる何かがあったのだ。

 錆び付き、苔に塗れた「車体」の残骸。その節々から咲き乱れる花々は、優しい風に揺れ――戦いに疲れたかつての「マシン」を、この地で癒し続けている。


「……アネモネ。『希望』の花、か……」


 その花の名と、そこに込められた言葉を呟き――青年は、そっと花弁を撫でる。

 そして踵を返した彼は、帰るべき場所を目指して。自身の「相棒マシン」――「サストライダー」に跨って行く。


「――サスライ・ギア、セタップ! 変身ッ! 流浪戦士るろうせんしサスライダー!」


 やがて、昆虫を彷彿させる生物的な甲冑に包まれた、仮面の騎士は。エンジンを噴かして、この場から走り去ってしまった。

 為すべき使命を果たすため。限られた時の中を、走り続けるために。


 この時代を担うヒーローの1人である、「流浪戦士サスライダー」ことゼオン・F・アイゼンシュタットは、今日も征く。

 例え世界が平和になろうとも、誰かが助けを求めている限り――ヒーローは、必要とされるのだから。


 いつか、誰かが思ったように。その道には終わりなど、ないのである。

 それでも彼らが、立ち止まることはない。ヒーローはいつでも、どんな時代でも。人々の、そばにいる。


 ――そうして連綿と続いていく、世界の姿を。役目を終え、花々に包まれた鉄塊の群れが。


 今日も静かな風に吹かれて――見守っていた。


























fin.






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