最終話 蛮勇ジェネレーションズFINALE


 ――そして。

 俺が他校に籍を移してから、1年が過ぎた今も。


 砂塵と硝煙の匂いでむせ返る、遠い世界の向こう側で――ヒーロー達は仲間と共に、いつ終わるとも知れない戦いを続けている。


「橋野先生は上空から来るヴィラン――『患者』共を、白血砲で迎撃してください。竜斗君は地上から、奴らの戦車隊を『英雄極光ビームスプレーガン』で撃退してくれ」

「分かった。竜斗君、下の軍団は任せる」

「はい。……架先生、お気をつけて」


 砂漠に包まれた、とある国の。とある乾いた都市を舞台に。

 今日も神威了かむいりょう教官こと、「神装刑事しんそうけいじジャスティス」を筆頭とするヒーロー達が――ヴィランの群勢を相手に、激戦を繰り広げていた。


 ニュータントの悪業が「犯罪」で済んでいるのは、治安が比較的安定している日本くらいのものであり――海を越えた先の国々では、「人間兵器」として内戦に利用されているケースもザラにあるのだ。

 そうした事態の増加に伴い、国内の戦力ヒーローを同盟国の救済に「投入」するべく、政府がヴィラン対策室に「救援」を命じることも増えているのだという。

 先月にようやくロールアウトされた「ハバキリ2型にがた」も、生産数が少ないせいで国外に派遣できない状況だというのに。


「……この件はお前達にとって、『私闘』に過ぎない。俺のポケットマネーを全額差し出したとしても、到底割には合わんぞ」

「そんな端金が欲しくて、俺達がここまで来たとでも? ――昔、あなたが言ったことでしょう。『いつか一緒に戦おう』、と」

「……フッ、愚問だったか。お前も言うようになったな、不破」

「あなたから離れた後に、嫌というほど教わりました。……『仲間』、という言葉を」

「『仲間』の為なら、一銭にもならん戦いにさえ命を賭ける……か。全く、酔狂にも程がある」


 今ここに集っているのは、俺自身も含めて――そんな政府の「無茶振り」を遂行するべく、独り海を越えた神威教官の為に無償で・・・立ち上がった者達ばかりだ。


 特殊部隊ノスフェラトゥに属する「ジョナサン・プレストン中尉」によって、日本まで届けられた情報が、俺達をこの戦地へと導いたのである。異形を生む塵級機械ナノマシンの化身――「グレイマン」と日々戦い続けている彼らとしても、対ニュータント犯罪におけるエキスパートに死なれては困るのだ。

 彼らを率いるメルドリッサ・ウォードラン少将の話では――これ以上仕事が悪戯に増えるのは避けたい、のだという。プレストン中尉も、グレイマン以上の厄介ごとなんざ御免だ、と言っていた。

 金にはならんが、やらねば被害は海の向こうにも及ぶ……ということだ。


「だが……ありがとう」


 そうして集まった者達の1人である俺に対し、神威教官がそう呟く瞬間――彼が厚く信頼を寄せる英雄達が、先陣に立つ。


「これが済んだら、アトリに招待しますよ。最近、良い豆が入ったんです」

「それは楽しみだ。オレは……フラットホワイトがいいな」

「僕はカプチーノですね。ところで――」


 彼らは数多の異形を前にしても、余裕を全く崩していない。だが、他愛のないやり取りを交わす彼らの眼は――既に、「歴戦」の色を帯びている。


「――お砂糖、幾つですか」

「二つだな」

「僕もです」


 やがて、開かれていた2人の仮面マスクが、無骨な金属音と共に閉じられた。それは、「制圧」の始まりを意味している。


「希望の橋を――ここに架けるッ!」


「見せてやる――人と機械の、マイブレンドッ!」


 天才外科医として知られる橋野架はしのかける先生――こと、「キュアセイダー2号にごう」。

 一流のバリスタでもあるアーヴィング・Jジンドウ竜斗リュウトさん――こと、「レイボーグ-GMジム」。


 歴戦の勇士である彼らは、都市を攻め落とさんと迫るニュータントや戦車の群れを前にしても、全く怯む気配を見せず――その勇ましい背中を、俺の瞳に映していた。


「よし。不破は俺とここに残り、市民の避難を援護する。……桜田は空中から、橋野先生の支援だ」

「分かりました!」

「――狗殿、炎馬」

「あァ?」

「……なんだよ」


 さらに。

 ひび割れたアスファルトを踏み鳴らす、勇猛な戦士達が――鋼鉄をその身に纏い、彼らの後に続いて行く。


「力の限り、ブチのめしてやれ」

「――ハッ、了解」

「任しときな、教官」


 臨時のヒーローとして復帰した炎馬勇呀ほむらばゆうが先輩――こと、「生裁戦甲せいさいせんこうセイントカイダー」も。


 橋野先生の治療を経て「人間」となり、ヒーローに返り咲いた桜田寛矢さくらだひろや先輩――こと、「天翔緋甲てんしょうひこうラーベマン」や。

 元ヴィランだという、狗殿兵汰くてんへいた――こと、「キュアセイダー3号さんごう」らと共に。


「生徒の手により裁くべきは、世に蔓延る無限の悪意――生裁戦甲ッ! セイントカイダァァッ!」


「さぁ、空中旅行をご堪能あれ――!」


「ハッ……雑兵が。絶望と共に、ここで淘汰してやるぜ」


 蒼き重鎧を纏い、大剣を振り上げて。遥か向こうから雪崩れ込んでくる敵勢に、突撃して行くのだった。

 天空を翔ける真紅の翼と、悪を穿つ翡翠の砲兵に、己の背中を託しながら。


「行くぞ。……ここに立つ以上は覚悟を決めろ、不破」

「……そのつもりです」


 やがて、そんな彼らに負けじと。

 神威教官と共に戦場に立つ、この俺。不破鐡平ふわてっぺい――こと、「ハバキリ1型いちがた」は。

 砂塵の風に靡く、真紅のマフラーを首に巻いて。師に続くように、己の得物を静かに構える。


 ハバキリの任を離れている間に、「バンカライザー」こと番長五郎つがいちょうごろう先輩の下で受けた「猛特訓」を経て。

 第2種防衛機甲をも制御し得る膂力を身につけ、ヒーローの座に帰って来た俺は……あの時・・・とは、もう違う。


「生きる時も、死せる時も――俺はもはや、独りではない」


 そして――異形の病を超える為に始まった、「超人計画ニュートラルプロジェクト」の申し子たる、7人の男達は。


「俺は太陽の使徒! すべてのヴィランを燃やしつくす、正義のヒーロー! ――神装刑事ッ! ジャスティス!」


防衛装騎兵ぼうえいそうきへいハバキリ――状況開始ッ!」


 雄叫びの如く、名乗りを上げて。「いつか一緒に戦おう」、という言葉のもとに。

 終わることのない戦いの海へと、漕ぎ出していくのだった。


 ◇


「――やってるな、後輩共」


 そんな俺達を、戦乱の渦中で見守る男が1人。

 彼は無辜の市民を脅かすヴィラン達を、人知れず拳で沈めながら――戦火に飛び込む俺達の姿を、静かに見つめていた。


 7人のヒューマン・ヒーローが繰り広げる死闘の影で、人々を救い続けてきた英雄。その名は狂月きょうげつこと、御門明みかどあきら――またの名を、魔装探偵まそうたんていアラガミオン。

 この世界に「物語」を刻んだ、「始まりの男」であった。


「心、技、体。その全てを限界以上に練り上げた、ただ一振りの切っ先は――能力ちからにかまけた異形ニュータントなんかには、負けねぇもんさ」


 人間を超越した異形でありながら、「ただの人間」達に捩じ伏せられていくニュータントの群れ。

 異形の力を持つが故に、「人間」の強さを知る彼は、その戦況を一瞥して踵を返すと――俺達の眼に映らぬ悪鬼共に、狙いを定めた。


「とはいえ、この数は流石に骨が折れるだろうからよ――その『蛮勇』、付き合わせてもらうぜ。なぁ、お前ら」


 そして。陽の当たらぬその道を、征く者は――彼だけではなく。


 手が届く限り、どんな国にも駆け付ける「ヒューマン・ヒーロー」。その理想を掲げて戦う俺達の、道を切り開くために。

 この男――狂月と共に、人知れずこの戦地に踏み入る者達がいた。


「……レイボーグを倒すのは、この俺の役目だからな。あんな何処の馬の骨とも知れん連中に、俺の獲物は渡さん」


 ダークグリーンの生体甲冑バイオアーマーを纏い、鋭利な爪を光らせる「チュパカブラ・ニュータント」――本名、蕪木雄馬かぶらぎゆうま


「炎馬とは、一緒にヒーローやるって約束してるからね。……ここで死なれたら、困るのよ」


 紫紺の軽装を纏う、妖艶な女戦士。全身のありとあらゆる箇所に刃を備えた、その者の名は――「ラーカッサ」こと、狩谷鋭美かりたにえいみ


『ここで働きゃあ、刑期が随分縮むらしいからなァ。あのいけ好かねぇクソガキに手を貸すってのは癪だが、まずはさっさとシャバに出るのが先決だ。……クソガキともいずれ、ケリを付けなきゃならねぇしな』


 そして。

 彼ら2人を乗せて、砂塵を舞い上げエンジンを噴かせる、鈍色の装甲車――「アームドカー・ニュータント」。またの名を、武車鎧印むぐるまがいん


「はッ、結構なこった。……さぁ、始めようぜ。本当の戦い、ってヤツをよ」


 アウトローでありながら、ヒーローのために戦う道を選ぶ、3人の「変わり者」。そんな彼らの天邪鬼な姿に、狂月は不敵な笑みを浮かべ――改めて、ニュータントの大群と相対する。


 そして。彼の腰に装着されたバックルが――眩い輝きを放ち。


『るしふぁ』


「――魔装トランスフォーメーション


『ぶらんく』


 次の瞬間。この世界に顕現せし原初の英雄が、砂塵の戦地に降臨した――。


 ◇


 この闘争の果てに、何があるのか。俺達に、どんな結末が待ち受けているのか。そんな先の見えない未来など、考えなくていい。


 今はただ、戦うだけだ。どこの街であろうと、国であろうと。助けを求める人々が、この世界のどこかにいる限り……俺達が戦場から退くことはない。例え、「蛮勇」と揶揄されようとも。


 そう。決して、終わりなどないのだ。


 俺達が――数多の希望を守り、繋げ合う者達カクヨムヒーローである限り。


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