第7話 えっちで、仕方のない人ですね

 その後。事件の後始末は、警察によって処理された。


 電熱を帯びたクサナギによる一撃――「百火龍嵐ヒャッカリョウラン」を受け、アームドカー・ニュータントだった・・・武車鎧印は瞬く間に昏倒。

 奴の変身が解けたことで外に放り出された残りの連中は、懸命に逃走した……のだが、駆け付けた警察に容易く包囲されてしまい、あえなく御用となった。

 相手は敏腕と名高い女刑事・浅倉茉莉奈あさくらまりななのだから、当然の結末と言える。


 俺が打ちのめした他のヴィラン達も同様であり、停めてあった他の車の中には、武器の他にも大量の麻薬が積載されていたという。


 これだけ多くの関係者が捕まったのだから、大元の目星が付くのも「時間の問題」らしい。この事件で活躍した宋響学園は、少なからず注目されることだろう。


「やったな、不破」


 事件が解決して緊張の糸が解けたせいか、ガードレールに腰掛けたまま動けずにいる俺に、包帯を巻かれた会長が現れる。

 道路には多くの警察関係者達が集まっており、野次馬も大勢うごめいていた。


 会長は、肩の荷が降りたような朗らかな笑顔で――赤マフラーを撫でていた俺の隣に、腰を降ろす。


「……会長、お怪我は」

「ふん、生徒会長を甘く見るなよ。こんな怪我、3日もすれば――アイタタタッ!」

「もーっ、不破君並に無茶苦茶するよね。辻木君は!」

「ちょちょ、地坂! 触るな触るな!」

「なによぉ、『3日もすれば〜』なんて強がっちゃってさ。無理言ってないで、早いとこ病院行きなさ〜い!」


 続いて、副会長も顔を出してきた。

 どうやら動けない俺の代わりに、警察への対応を済ませてくれたらしい。後で聞いた話だと、会長の応急手当を施したのも彼女なのだそうだ。


「鐡平君! お待たせしましたっ!」


 副会長に傷を突かれ、痛がる会長の姿をしばらく眺めていると――報道陣への対応を終えた美鳥が、溌剌とした表情で駆け寄って来た。Gカップと噂される彼女の巨峰が、たわわに弾んでいる。

 いつものような、明るく優しい彼女の笑顔……であった。眼鏡のレンズに保護された大きな瞳が、俺の貌を映している。


「……カメラやマイクに囲まれて、大変だったろう」

「大丈夫です! 鐡平君に比べたら、全然たいしたことありませんっ」

「……そうか。ありがとう。……強いな、美鳥は」

「えへ、えへへ……鐡平君に褒められてしまいました……。これって、期待しても、いいんでしょうか……?」


 助けてくれたことは素直にありがたい。ありがたいのだが――「期待」とは一体、何の話なのだろうか。

 その意味を考えあぐねていると――野次馬と警察だらけの視界に、1人の少年が映り込んできた。


「……?」


 「生裁重装」のセイントカイダーを象った人形を持っている――3、4歳ほどの小さな子供。なぜだかわからないのだが、その子の存在は妙に俺の気を引いていた。


 どこか見覚えのある……そう、僅かに「勇呀先輩の面影」を感じるその子は。一度だけ、俺に笑いかけると――母親らしき若い女性と共に、人混みの中へと消えて行った。


 確証はないが――赤の他人のようには思えなかった。


 それと、人混みの中でこちらを微笑ましそうに見ている少年も気になった。

 黒髪の端を赤く染め、黒いライダースジャケットを着ていたその人は、目元が勇呀先輩に瓜二つだったのだ。


 やがて満足げに笑い、立ち去って行ったのだが……一体、誰だったのだろうか。


「鐡平君? どうかしました?」

「……いや、別に」

「そう、ですか? では、皆さんで写真撮りましょう! 私達が初めて『団結して活躍した』瞬間ですっ!」


 そんな思案を、断ち切るかのように。

 美鳥は勢いよく俺の手を引くと、カメラの前で俺達を待つ会長と副会長の元へと、駆け出していく。


 ――そう。俺は今まで、戦闘から事後処理まで全て1人でこなしてきた。

 警察やメディアの対応も、ヒーローとして……たった1人で。


 その俺が今、初めて「仲間」に仕事を任せた。勇呀先輩の言う、「できないこと」を託した格好になる。


 今回の事件、俺1人では戦闘はこなせても、事件後の対応までは身が持たなかっただろう。その結果、メディアの不興を買う事態を招いていたかもしれない。

 美鳥達のおかげで、俺は「ヒーロー」としての一命を取り留めたのだ。


 人間は、たった1人では「ヒーロー」になれない。勇呀先輩が言っていたのは恐らく、そう言うことだったのだろう。


「はい、チーズっ!」


 装甲車に突き刺さったクサナギを背景に、俺達4人は自分達の姿を記録に残した。

 この日――「ヒーロー」として、俺が歩み続けて行ける方法。その真理に、少しだけ近づけたような気がする。


 だから、なのかも知れない。この時に写っていた俺の顔が、柄にもなく・・・・・笑っていたのは。

 これからは恐らく――否、絶対に。俺の戦いは、俺1人だけのものにはならない。


 生徒会の皆がこうして集まり、その中から生まれる「ヒーロー」こそ……この時代に生きる、「防衛装騎兵ハバキリ」の在るべき姿なのだから。


 ◇


 ――それから、約10分後。ヴィラン達は警察に全員連行され、俺達も別のパトカーに乗り現場を離れることになった。

 俺と美鳥は会長達とは別の車に向かい、後部座席に腰掛ける。……これから対策室に事件の顛末を報告する、という時に睡魔に襲われたのは、それから間も無くのことであった。


「……鐡平君、お疲れですね」

「……問題ない」

「……」


 よほど顔に出ていたのだろう。隣に座る美鳥は、心配げに俺の表情を伺っていた。

 だが、俺の言葉を聞いた途端――彼女はあからさまに頬を膨らませて、眉を吊り上げる。


「……なくないです! 全くもう、少しは頼ってくれるようになったかと思ったら……全然じゃないですかっ!」

「……すまん」

「……」


 しかし、今までが今まで故、頼る手段というものが中々思いつかないのも事実であった。神威教官を相手に報告するのだから、美鳥に任せるのは難しいものがある。

 さて……どうしたものか。


「……実はですね。私、最近お姉ちゃんと一緒にケーキバイキングに行ってですね。調子に乗っちゃって、食べ過ぎちゃいました。だからきっと、凄く太っちゃってるんです」

「……? とてもそうは――」


 などと、考えあぐねている時。

 ふいに無関係な話を切り出してきた彼女は突然、俺の首に両腕を絡めると――その豊かな胸を押し当てながら、一気に自分の懐へと引き倒してしまった。


 それから、為す術もなく。真横に上体を倒された俺の頭部は、彼女の太腿に乗せられてしまった。


「――だから今、この辺。すっごく柔らかいと思います」

「……そうか」

「いかがですか?」

「……柔らかい」

「ふふっ、そうですか。えっちで、仕方のない人ですね」

「……あぁ」


 俺自身の想定以上に、疲労が蓄積していたのだろう。のように振る舞う彼女の柔肌に、身を委ねた俺の意識は――踏み止まる暇もなく、微睡みに落ちて行く。


「……お疲れ様でした、鐡平君」


 その言葉に、返事をすることも叶わないまま。俺の視界は、そこで途切れてしまう。

 最後に残った記憶は――ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、バックミラーで俺達を見守る浅倉刑事の貌であった。


「――ねー、だから言ったでしょ。何も心配することはないってさ。いちいち心配性なんだよ、お前は」

「結果的にはな。だが、奴の行動はかなり危険な賭けだった。寸分でも狙いが狂えば、われの助けが必要となっていただろう」

「言い出しっぺだから責任感じてんだろうけどね。『力』を勝ち取るって決めたのは、あの子じゃん。そしてあの子は、勝ち取ってみせた。……だったらもう、そこから先はあの子の『物語やくめ』でしょ。僕らには僕らの『物語しごと』がある」

「……ふん。低俗な剣士の分際で、気取った言い方をするな。帰りが遅いと『彼女ユリ』の機嫌が悪くなるから、さっさと引き上げたいだけだろうが」

「あ、わかる? さすが我が相棒だねー、セツリン」

「今度そのふざけた呼び名を使えば、冗句では済まさんぞ――玲人れいじ


 ――そして、当然ながら。俺達を見下ろす男達の、そんな遣り取りが――遠いビルの屋上で交わされていたことなど、知る由もなく。御剣玲人みつるぎれいじ迎日刹理むこうせつりの眼差しに、気づくこともなく。


 俺はこれから「生徒会の役員」として、また「ヒーロー」として。仲間達と対等に肩を並べつつ、改めて学園の治安維持と、PR活動に貢献していくことになる。


 はず、だったのだが。


 ◇


 1ヶ月後。俺はため息混じりに、「新しい通学路」となる道を歩んでいた。

 ――宋響の生徒とは違う制服に袖を通し、美鳥から貰った変装用・・・の伊達眼鏡を掛けて。


 実は、あのヴィラン組織事件の顛末を目撃していた我が校の生徒が、俺が装鎧を解く姿を目撃していたのだ。


 ハバキリに装鎧する人間は極力、学園の生徒に正体を知られることを避けなければならない。無用な注目を浴びて、コンディションに支障をきたさないためだ。


 そのため、「現在のハバキリは誰なのか」「どういう経緯で選ばれるのか」は生徒会の人間だけの秘密とされ、詮索することも公開することも校則で禁じられていた。


 前年の専属ヒーローであるセイントカイダー……つまり舞帆先輩の場合は、ほぼ「学園全体の公認」に近い状態だったと聞くが、あくまで本人が違うと言い張ったために、噂話程度で収まっていたらしい。

 勇呀先輩はそもそも生徒会の人間ですらなかったので、噂すら立たなかった(校長先生談)。


 しかし、俺は違う。俺は装鎧を解く瞬間を、明確に目撃されてしまっていたのだ。

 案の定、その生徒を発信源に俺の素性が学園に知れ渡り、俺は事件の翌日から学園中の注目に晒され、数多くの生徒(なぜか大半が女子)に追い回される羽目になっていた。


 下駄箱に謎の手紙を大量に仕込まれ(開封する前に美鳥に処分されたので内容は不明)、男子生徒に謂れのない殺意を向けられ(椅子で殴られかけたこともある)、さらには美鳥に「私のことも構ってください!」と頬をつねられるなど、トラブルが絶えない。


 そうした俺の窮状を憂いた、校長先生の計らいにより。ほとぼりが冷めるまで一時的に、別の高校に転校することになったのだ。

 その行き先となったのが、ここ――まほろば町の学び舎なのである。


 なお、今のハバキリの任は俺の穴を埋めるために、新たに身分証ライセンスを取った辻木会長が代行して下さっている。


 このためだけに、必死の思いで資格試験に臨んだ会長の苦労は計り知れない。……ありがとうございます、会長。


 しかし、このようなことがあっても「防衛装騎兵ハバキリ」が、学園のヒーローとして存続していられるのは、やはり大きい。

 今まで俺1人が抱えていた問題を、生徒会の皆で共有するようになり、俺が抜けても補える体制になっている。


 校長先生がこうなることを想定していたのかは定かではないが、「ヒーロー」の責任を負う人間が俺1人のままでは、今頃は生徒会が混乱に陥っていただろう。

 人の強さは絶対ではない。簡単に崩れてしまうこともある。だから、支え合うことで真価が生まれる。


 「人間」は、たった1人では「ヒーロー」になれない。

 だから、俺はこれから――少しずつ誰かと寄り添い合って、そこに向かって近づいてみようと思う。


 ――たった1人では得られなかった何かが、そこにはあるのかも知れない。


「……どこであろうと、何者になろうと。俺は、為すべきことを為すだけだ」


 宋響学園にいる仲間達のことを、暫し思い返した後――俺はやがて、自分が新たに通う高校を目指して、歩み出していく。

 まほろば町に来た今なら。いつか食事を共にするという、彼――真逆連児との約束も、近いうちに果たせるだろう。それもきっと、俺が前に進むためのきっかけになるのかも知れない。


 「自分にできること」。それはまず、これから巡り会う新しい仲間を見つけていくことだから――。

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