第6話 百火龍嵐
「連中を威嚇する」意気込みで臨んだ俺の名乗りは、僅かな風圧まで生んでいた。空気の波に流されたかのように、男達の髪が靡いているのがわかる。
奴らが気を取り直して、「あんなふざけた野郎、ぶっ殺せ!」と殺気立てて向かって来る頃には、俺も既に拳を握って駆け出していた。
襲い掛かる凶器をくぐり抜け、殴り、蹴り、投げ飛ばす。装鎧したことで、ニュータントにも負けない超人的な能力を得た俺は、前にも増して優位に立っていた。
神威教官の下で受けた戦闘訓練に比べれば、この程度の連中など物の数ではない。1発でもまともに決まれば、瞬く間に伸びてしまう。
――だが、忘れてはならない。向こうの標的は、俺1人ではない、ということを。
「ちっ……まずはあいつらから血祭りだ!」
「――!」
何人かの男達が、会長達に銃口を向ける。
「き、きゃあああっ!」
「やめろ! 僕の後輩を――傷つけるなっ!」
深手を負って体力を消耗している会長が、自由に動く左手だけを広げて、銃口の前に立ちはだかる。
彼女達の盾になろうと言うのですか、会長。
「――とおおッ!」
俺は殴り倒そうとしていた組織の1人を放り出して、空高く跳び上がる。
そして赤マフラーとファーを靡かせて、会長を庇える場所に着地すると――円形の盾で、銃弾の雨を浴びた。
「くうッ……ぐおぉッ!」
「……!? ふ、不破ァッ!」
「ああぁっ! 不破君ッ!」
「い、いやあああっ! 鐡平くうぅんっ!」
――やはり、銃撃はかなり堪えるようだな。盾で防御はしたが、全てを受け切るにはこれ自体の面積が小さ過ぎる。
しかも奴らはヒーローに対抗するために、対ニュータント用の超合金銃弾まで使っているようだ。
情けなくも苦悶の声を漏らしてしまった俺の姿に、生徒会の皆も不安になってしまっている。美鳥の嗚咽も、悲痛な色を帯びていた。
守るべき人に、心配を掛けるなど――やはり俺はまだ、未熟者だ。
だがそれでも、守ることはできた。意味がないとは思わない。……今度は、こちらの番だ。
「――当てる」
右腕のムラクモが白い閃きを放ち、幾人ものヴィランを撃ち抜いていく。彼らは撃たれた瞬間、ニュータントの力を失い倒れ伏して行った。
「うおっ!?」
「ちくしょう! 向こうも武器があったのかよ!?」
「おい! こうなったら、ライフル持ってこい!」
――ライフルだと。そんなものまで用意していたのか。
俺は連中の動きを目で追い、数人が廃工場の奥に走って行く様子を見つめた。そこには、黒塗りの車が数台停められている。
おそらく連中のものなのだろう。やがて、そのうちの1台のトランクから、物騒な大型ライフルが次々と出てきた。
あんなもので蜂の巣にされたら、「第1種防衛機甲」の軽装甲ではただでは済まない。恐らくあの全てに、超合金銃弾が使われている。
第2種の装甲なら大丈夫なのだろうが、あれは俺が扱うには余りにも荷が重い。
――ならば、やるべきことはただ一つ。使う前に破壊してしまえばいい。
「はぁッ!」
俺は再び高く跳ね上がり、空中でムラクモを構えた。ライフルを取りに行った彼らが、宙を舞う俺に気づいた時にはもう手遅れ。
銃口を、こちらに向けられるよりも疾く。俺は着地と同時にゼロ距離射撃で、周囲を一掃していく。
「ハァッ!」
「ごぁぁあッ!」
間一髪掃射を免れ、尻込みしてしまった男達は、恐怖に染まった表情で逃げ出していく。
……現場に残された証拠から、身元を抑えるのは容易い。無理に深追いする必要はないだろう。
とにかくこれで、組織の連中は大半の戦闘員を失った。残るは、ほんの数人程度だろう。
「……!」
――その時、俺は自分の迂闊さを呪った。
「きゃあああっ! てっ、鐡平くぅぅんっ!」
「美鳥……!」
俺がライフルの処分に注力している間に、会長達3人が連れ去られようとしている。だが、逃走方向に「足」がない連中を仕留めることなど、造作もない――
「ぬぅぉあぁあッ!」
――とは、行かなかったのだ。
奴らの先頭を行く武車鎧印が――雄叫びと共に、その全身を鈍色に
いわゆる「乗り物」への変身能力を持つニュータントが存在する、ということはヴィラン対策室にある文献で読んだ覚えがあるが……道理で既に顔が割れているあの男が、麻薬密売の「運び屋」として今も重宝されているわけだ。
どうやら奴らは、初めから逃走用の「足」を隠していたらしい。殺すのが無理なら、誘拐して人質にしようという魂胆か。
「……ッ!」
すぐさまムラクモを構える――が、引き金は引けなかった。
ライフルを破壊しようと僅かに焦っていたせいか、俺は思いの外遠い位置までジャンプしていたらしい。
ここからではかなりの距離があるため、誤射を起こさない確証が持てなかった。その一瞬の躊躇いを突いて――奴らは、会長達を「装甲車」に変身したヴィランの「体内」に押し込み、逃走を始める。
「くッ――!」
なら、イクタチで追うしかない。
俺は急いで停めてあった専用サイドカーに跨がり、本日2度目の急発進を敢行する。……この世のどんな悪よりも、それを止められない自分が憎い。
風を切るサイドカーが、赤マフラーとファーを激しく揺らし。俺の身体を、会長達の元へと運んでいく。
やがて会長達を乗せた装甲車――「アームドカー・ニュータント」と、俺の駆るイクタチは街道へと飛び出し、街の人々の注目にさらされることになった。
「……ッ!」
突如発生した「荒事」を目の当たりにして、市井の人々が俺達に注目を注ぐ。そんな中、その人だかりに紛れるかのように――見覚えのある銃口の群れが、イクタチに狙いを定めていた。
どうやら、まだ残党が潜んでいたらしい。……不味いな、あの位置ではこちらからムラクモで先制する事も出来ない。市民に直撃はしなくとも、余波が及ぶ危険性は極めて高いと言える。
恐らくは俺を足止めして、アームドカー・ニュータントを逃がすつもりなのだろう。だが、ここで奴らを逃せば、捕らわれた会長達が……美鳥が、
――多少遠回りになってでも、一旦道を変えて銃口から逃れるべきか。そう判断しかけた、その時だった。
「とぉおーッ!」
「ぐはぁッ!? なんだこのガキ――ッ!」
人だかりに紛れて現れた
「ふんッ!」
「てめぇらッ――ごはぁあッ!?」
他の刺客達も、次々と現れる「伏兵達」に背後から討たれ、1人、また1人と倒れ伏していく。
やがて人だかりに紛れて、俺を撃つはずだった刺客達は――自分達と同様に潜んでいたヒーロー達によって、1人残らず「闇討ち」されてしまうのだった。
『最後は頼って当たり前なんだよ。俺達がニュータントでもない、「人間のヒーロー」である限り……な』
「……頼って当たり前、か」
戦う者が俺独りでは……こうは行かなかっただろう。今になって、勇呀先輩の言葉が胸を衝く。
この恩に報いるためにも、今は進まねばならない。「自分に出来ること」を、全てやり尽くすためにも。
――そして。
「我が魂の炎が、貴様らを討てと燃えさかる!
剣道部の活動に向かう途中だったのか。竹刀袋を肩に乗せた18歳前後の少女が、大仰な「名乗り」を冗談めかして上げていた。彼女の名は
「……全く、この
「間が悪い」ことにヴィランの悪事を見つけてしまった少年は、自身が振るった拳を見下ろし、ため息をつく。彼の名は――
「頑張れよ、後輩。……その道がきっと、君の
深緑のブレスレットを腰に提げている、凛とした佇まいの青年。
「……やっと1人。守れたよ、義父さん」
過去の傷を深く滲ませた、儚げな笑みでイクタチを見送る、寡黙な少年――
「精霊達が騒ぎ立てるから、何が起きてんのかと来てみれば……。全く、手の掛かる後輩が居たもんだな」
ため息混じりに俺を見遣る、「精霊」を引き連れた
「……その生き方が。お前が
冷徹な眼差しの中に、微かな温もりを滲ませた青年――
「……随分とまた、低俗な連中が増えたものね。『ヴィラン』という種は、なんとも度し難いわ」
「しかしキミも、酔狂なことをする。あの人間のために、私達が動く理由がある……と?」
「大した理由なんてない。ただこいつらが――気に食わないだけのことだ」
機械悪魔アモンをも斃した、「ヒトアクマ」と称される3人の少年少女。
瞬く間に刺客達を仕留めた彼らは、人知れず。人だかりの中で俺の背を、微笑と共に見守っていた。
「ひっ、ひぃい……ごはァッ!?」
「おぉっと、残念だったなぁ。俺達から逃げられると思ったかい?」
一方。瞬く間に仲間達を倒された生き残りは、我先にと逃げ出していく。だが、その行く手を阻む巨漢の拳に、あっさり意識を刈り取られてしまった。
「耳の穴かっぽじって、よぉく聞けヴィランッ! 俺こそは、創造世界一の傾奇者! その身その魂は燃え尽きることない無敵の
「……」
「
「……」
「あ、
――黒炭の下駄に紅と書かれた道着、橙色の肌に逞しい筋肉。そして、燃え盛るような真紅の乱れ髪。
それは――「炎」という言葉が、人の姿を借りているかのようであった。
「……ったくよぉ。軟弱過ぎるヴィラン共が相手じゃあ、名乗りすらままならねぇや。……なぁ? 迷彩坊主」
最後に現れた彼――
その眼差しが今――俺の背を、さらに向こうへと押している。
――だが、まだ状況は好転したとは言い難い。公道に出た以上、どのみち迂闊にムラクモは使えないのだ。
しかし、向こうはその気になれば拳銃だろうがライフルだろうがお構いなしだ。どうする……。
……いや、答えならとうに出ている。敬遠して、わからない振りをしているに過ぎん。
できるかどうかはわからない。だが……やらないわけにはいかない。戦闘は任せろと言った手前、失敗を恐れていてどうする。
俺がハバキリに選ばれて間もない頃……美鳥は言った。俺は自分にとって、理想のヒーローなのだと。英雄なのだと。
かつてヒーローに窮地を救われ、彼の者に憧れた彼女が、俺を「理想」と言ったのだ。その俺が、ヴィラン如きに屈していては……自分の理想を俺に託した美鳥に、申し訳が立たん。
俺は今――会長に、副会長に、そして美鳥に、頼られている。ならばヒーローとして、応えなくてはならない。
例え未熟者であろうと今の俺は、栄響学園のヒーローなのだから。
「――第2種防衛機甲ッ!」
決死の覚悟でイクタチから跳び上がり、その瞬間にバックル部分の「徽章」を反転させる。
すると、先程まで俺が乗り回していたサイドカーが――荘厳な迷彩色の重鎧と、OD色の大剣に変形していく。
それらが、俺の身体に吸い寄せられるように装着された頃には――既に俺はジャンプで装甲車の前に着地し、立ち塞がっていた。
口元だけが露出していた、第1種とは違い。この第2種は、文字通り「全て」が――強固な重鎧によって守られている。
「ぐ――うううッ!」
わかってはいたが……やはり、重い。一歩踏み出すのにもかなりの体力が要求されるほどの、重量だ。
確か、これの原型であるセイントカイダーが登場し始めた頃は、これに近い状態――「生裁重装」が主流だったな。
おそらくその時から、勇呀先輩が装鎧していたのだろうが……こんな鉛のような重い身体で戦っていたとは、恐れ入る。
セイントカイダーの「生裁重装」に相当する、この「第2種防衛機甲」の重みで壁となり、アームドカー・ニュータントを止める。我ながら本当に無茶な作戦だが、俺のお粗末な頭脳では他の手段など思いつくはずもない。
なにより今は、会長達の安全確保が先決だ。
『このッ――クソガキがァァァアァッ!』
装甲車に変身している奴の怒号と共に、アームドカー・ニュータントの巨大な車体が――俺に激突する。
俺は両脚に限界以上の力を込める勢いで踏ん張り、両腕で正面から車体を押さえ込む。
「うっ、ぐ、がああああ……あああッ!」
腹の奥底から絞り出すような声を上げて、俺はひたすら耐えようと足掻く。
――このような無謀極まりない対処法、「第1種防衛機甲」では絶対に無理だ。やはり体への負担が強かろうと、「第2種防衛機甲」へ換装したことは正解だったらしい。
だが、これでなんとかなるほど現実は甘くない。減速こそすれ、止まる気配が全くないのだ。
こちらは今にも、全身の筋肉が千切れそうなほどの悲鳴を上げていると言うのに。向こうは俺を跳ね退けようと、馬力を高めていくばかりだ。
……このままでは、確実に押し返される。
だが、既にこちらも限界に近い。……俺は、「戦闘」も「自分にできること」に入らないような軟弱者だというのか。勇呀先輩のようなパワーがあれば、こんなことにはならなかっただろう。
――「自分にできること」。俺にはもう、「できること」はないのか。
そんな不安が脳裏を過ぎ――ろうとした時、俺は気づいた。
今まで使えないと決め付けていた、「最後の得物」の存在に。
あったぞ。あと一つだけ、俺に「できること」が。
「――う、お、おおおおおッ!」
二度と、両腕が使い物にならなくなっても構わない程の覚悟で。
俺は背部に装備されていた、「防衛装騎兵ハバキリ」最大の武器――対怪人用大剣「クサナギ」を引き抜く。
無論、両手持ちの大剣を片手間で扱えるわけがない。クサナギを抜く過程で、必然的に車体の圧力が俺の腹に直撃した。
「ごふあッ! ぐ、う、うううッ!」
紅い鮮血を吐き出したことで、ハバキリのボディが汚れてしまう。だが、そんなことはどうでもいい。
両脚と腹筋だけで車の勢いに抗いつつ、俺はそのままクサナギを振り上げた。刹那、俺は柄に内蔵されたスイッチを入力し――セイントカイダーで云う所の「
やがて、火炎の如き真紅の電光が、クサナギの巨大な刀身を包む中――両腕を始めとした全身の筋肉が悲鳴を上げ、俺は叫んだ。
「――『
そして、澄み渡る青空の下。とぐろを巻いた龍の如く、刀身に纏われる紅き電光が迸り――鋼鉄の巨大な刃が閃く。
『てッ――てめぇぇえッ!』
その一閃。斬撃の嵐が狙う先は――「装甲車」であるアームドカー・ニュータントの動力を司る、正面のボンネット。ただ、その一点のみであった。
「これで――状況終了だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます