第5話 ハバキリ・状況開始

『助け……助けてください……お願いですっ……!』

「美鳥、どうした。何が起きた」


 俺の聴覚が受け取ったのは、彼女の悲痛な涙声。その意味を想像した瞬間、俺はSOSの予感を覚えた。


『わ、私達……ヴィラン組織を見つけて、それで尾行してたんですけど……うぅっ、ひぐっ……!』

「泣いていては分からん。状況を教えてくれ、後は俺がなんとかして見せる」

『えっく、で、でも、それは組織の罠で……私達、追跡してるつもりだったけど……待ち伏せしてる場所まで、誘い込まれてたんです!』

「……」

『うまく逃げ出して、今はなんとか隠れてるけど、いつ見つかるか分からないし……会長は……私達を庇ったせいで撃たれて、怪我して……うぅ、えぐっ……!』


 ――やはり、俺も同行するべきだったか。肝心な時に現場にいないヒーローなど、何の役にも立たん。


「そこがどの辺りか、わかるか」

『城巌大学の近くにある、廃工場……です……! ひっく……! お願い、お願いですから……』

「わかった。……間に合わせる、必ず」


 俺はそこで通話を切ると、礼を略して応接室を飛び出していた。

 勇呀先輩のことを軽んじるつもりはない。ただ1分1秒が、今は惜しい。


 「できること」は、しっかりやれよ――という、勇呀先輩の呟きだけを背に受けて。俺はひたすら、走ることだけを考えた。

 651プロの事務所を出ると、全速力で裏に停めてあったイクタチに跨がる。


 会長が撃たれている――ということは、身動きが取れない状況なのか。それならば、見つかるのも時間の問題だ。

 このまほろば町から神嶋市までは、そう遠い道のりではないが……あっという間に、とはいかない。急がねばならん。


 エンジンに重労働を強いて、俺は強制的に専用マシンを急発進させる。

 会長、副会長、美鳥……!


 ◇


 道行く人や車が、俺の視界から瞬く間に過ぎ去っていく。それらは最早、俺の目には「障害物」としてしか映らなかった。

 車を追い抜き、踏み切りのバーを躊躇うことなく潜り抜ける。「神嶋市」と表記されたプレートの下をくぐり、俺はまほろば町を脱した。


 そして、俺は。近道をするべく路地裏に入り込み、「緊急車両」として躊躇うことなく狭い道を駆け抜けた。

 我ながら、無茶な走りだ。激しくたなびく赤マフラーが、この運転の無謀さを物語っている。


 ――だが、そんなことはどうだっていい。例えこれが原因で、資格が剥奪されようと、俺は一向に構わない。

 俺が欲しかったのはヒーローの「資格」ではない。それを正しく行使し得る、自分自身の「資質」だ。


 そのためにも、手段を問わず彼らを救わなくてはならない。後生大事に体裁を重んじて、守るべき人を失うなど言語道断。


「……チッ」


 だのに。狭い道を抜け、街道に辿り着く瞬間。

 道中に建ち並ぶビルの屋上から、俺を狙う奴らヴィランの「見張り」共が――数人掛かりでこちらに銃口を向け、狙いを定めてきた。


 ヒーローが動くことも、ここに来ることも織り込み済だったということか。ならば本隊に連絡が行く前に仕留めねば、会長達がさらに危険な状態になりかねない。

 俺はその可能性を危惧し、ハバキリの力を解き放つべく「装鎧」の体勢に移る。


「……!」


 ――だが、イクタチの車上で俺が構えるよりも、遥かに疾く。


「はァッ!」

「うごッ……!?」


 得体の知れぬ影が。ビルから俺を狙う「見張り」を、一撃のうちに仕留めてしまったのだ。

 しかも謎の影は、1人や2人ではない。彼らは超人的な挙動でビル群の頭上を跳び――鮮やかに、艶やかに。俺を狙うヴィランの狙撃手達を、打ちのめしていく。


 その影が、誰のものなのか。それを知る由も、時間もない俺には分かり得ないことであった。

 ひとつだけ明らかなのは――彼らの助太刀がなくては、俺は容易く会長達の元には辿り着けなくなっていた、ということだろう。

 彼らの正体は分からない。が、彼らが俺を助けたというのなら。なんとしても、それに報いる結果を出さねばなるまい。


「……急ぐか」


 俺はさらにイクタチを加速させ、その場から走り去って行く。遥か頭上の屋上から、俺を見下ろすヒーロー達を顧みることもなく。


「ふふ……君の『絶望』、確かに頂いた。残る『希望』は好きにしたまえ――アデュー、ハバキリ」


 ――「絶望」を盗み、「希望」を残した義の怪盗・ショータイム一号。またの名を、ショー・カンダ。


「……しっかり守れよ、後輩。君の助けを待ってる人達のためにも、ね」


 ――「魔界の皇子」と称されるデーモンブリードこと、赤星進太郎あかぼししんたろう


「せっかく美味い酒が飲めるって時に、野暮なことしなさんな。……なぁ、新兵ルーキー?」


 ――濃緑色のカンフー服を纏う、角刈りの青年。冥帝シュランケンこと、寶大五郎たからだいごろう


 そんな彼らもまた、去りゆく俺をただ静かに見送るのであった。

 その眼差しを背に受け、ただひたすらに前へと進む俺を、見えざる手で押すかのように。


 そう。俺はただ、走り続けるしかないのだ。遥かなる高みから、俺を見守る「先人達」の眼差しを受けて。


「……あれは……」


 道無き道を突き進むイクタチ――その影を視線で追う、更なる超越者レジェンド達の存在に気づくこともなく。


 ◇


「――いたな」


 路地裏を抜け、廃工場にたどり着いた俺の眼前に映るのは――銃を持ち、紺色のスーツを着た屈強な男達。数はおよそ、30人程度。

 そして、彼らに囲まれた3人の男女。


 ――学園の制服を着ている以上、もはや頭を使う必要もない。

 俺はそのまま男の集団に向かってアクセルを踏み込み、こちらに気づいた連中を掻き回す。


「うおっ!? なんだこのガキ!」

「てめぇヒーローかっ!」


 突然の来客に動揺するヴィラン達。俺はその混乱に乗じて、生徒3人を庇うようにイクタチを停める。


「不破……! 間に合ったか!」

「あぁ、よかったぁ……不破君、来てくれてぇ……!」

「てっ、鐡平君ッ! あぁ、鐡平君……!」


 血に塗れた右腕を押さえる会長を、美鳥と副会長が支えている。どうやら結局発見されてしまい、ここまで追い詰められていたらしい。


 普段は明るい美少女達も、この時ばかりは不安を感じずにはいられなかったらしく――俺の到着に、感極まった表情で涙していた。


 こういった場合、本来ならばまず優しい言葉を掛けて、落ち着かせることが最善であると教わったが――あいにく今の俺は、その手の語彙が豊富ではない。それに今は、敵側のパニックを利用して状況を優位に進めたい。

 俺は片脚を振り上げて素早くイクタチから飛び降りると、この長い脚を使ったキックを続けざまに繰り出し、連中を蹴散らして行く。


「なっ――がふっ!?」

「このガキッ……ぎゃあ!」


 ナイフや釘バットを振りかぶる男達の攻撃をかわし、腹や顔面にパンチとキックを叩き込む。

 ハバキリの資格者として検討されていた頃から、この訓練は欠かさなかった。おかげで「新兵」の域を出ない俺でも、十分に戦える。


「てめぇ、ヒーローか。……ガキのくせに、味なマネしやがって」


 年齢は30歳前後。獰猛な怒りを露わにする、その屈強な男は――黒のダウンベストが張り詰めるほどの筋肉を漲らせ、俺を睨み据えている。

 あの猛獣の如き貌、天を衝くような黒髪。間違いない、麻薬の運び屋として指名手配されている「武車鎧印」だ。

 会長の見立て通り――この近辺の悪事には、奴が絡んでいたらしい。なら、ここから先は俺の領分だ。


「麻薬密売組織の運び屋……武車鎧印だな」

「ハッ、俺をご存知とは勤勉な坊やだ。……だったら最期に教えてやるぜ。何も知らないバカの方が、案外長生きするもんだってな」

「……貴様の御託に、付き合うつもりはない」


 こんなことを考えている場合ではないだろうが――俺にとってはきっと、今ほど充実した瞬間はないのだろう。


 ――5年前。地方の小さな村で生まれ育った俺は、ヴィラン組織「吸血夜会きゅうけつやかい」に故郷を滅ぼされ、霧の都「エンブリヲ・シティー」に落ち延びた。

 家族も村の仲間達も、将来を誓った許嫁も、何もかも失い――あの街に流れ着いた俺は。とある2人組の探偵と出逢い、神嶋市に行けば俺が望んでいる「力」が見つかるかも知れないと教わった。そして、その郊外にひっそりと建つ、小さな寺院に身を寄せた。

 やがて「強さ」を求め修行の日々を送り、巡り巡ってこの学園に来た俺は――セイントカイダーという「力」の象徴に、ついに巡り逢えたのだ。


 そして、知ることができた。ニュータントでもない、人間でも――ヴィランに屈しない、ヒーローになれる可能性があるのだと。


 そんな俺の願いを受け入れてくれた、会長を初めとする生徒会の皆には。ハバキリ1型という、セイントカイダーに代わる「力」を託してくれた神威教官には。感謝しても、しきれない。

 ――だからこそ。彼らを傷つけたヴィラン組織が、許せなかった。


 彼らに立ち向かい、打ち勝つ力なら――俺は今、持っている。

 もう、ヒーローになることだけが夢ではない。これからはヒーローとして、皆を守る。かつて、自分自身が望んだ姿に近づくために。


 ――そして、「たった1人ではヒーローになれない」のなら。


「……美鳥」

「は、はいっ! なんでしょうか鐡平君!?」

「戦いは俺に任せてもらう……だから」

「はいぃっ!」

「それからのことは――任せたぞ」

「……え?」


 最後に出した声だけ。気がつけば、自分自身でも驚くほどに、落ち着いたものになっていた。


『簡単さ。自分にできることは、なにがなんでもやり切る! でもって、後のことは仲間に全部任す! 「自分じゃできないこと」をやってもらうだけなんだから、大して気負いもしないだろ?』


 勇呀先輩の言葉が、頭を過ぎる。


 俺は――ヒーローとして自分にできることを、必ずやり遂げる。だから警察への対応、他のヒーローへの要請、その他諸々の事後処理は全て、美鳥達に任せる。


 本当のヒーローになれさえすれば――俺は、1人でなくとも構わない。


「……」


 一旦距離を取り、たじろぐ男達を鋭く睨みつける。お遊びはおしまい、ということだ。

 そして――俺は、右腕に装着された装鎧ブレスレットを露わにする。


そうッ――!」


 夢を叶えたい、ヒーローになりたい。他のことは考えない。

 その一心で俺は、赤マフラーを翻し――ブレスレットのスイッチを入力する。左手のひらを前方にかざす様に構え、左足を前に出したのは、その直後だった。


 日本拳法「搏撃はくげきの形」。

 その基礎に倣い、相手の攻撃をいなすかの如く左手を振るい――俺の右拳が、鋭く突き出される。


「――がいッ!」


 刹那。

 「変身ポーズ」を終えた俺の全身は、瞬く間に迷彩色の装甲強化服に包まれ――同色のマスクに備えられた真紅の両眼が、ヴィラン達を鋭く射抜く。


 頭頂のトサカは鋭く研ぎ澄まされ――右腕には、ニュートラルを抑制する9mm口径白血機関銃「ムラクモ」を、左腕にはOD色の丸い盾を装備。口元だけを露出させたその「第1種防衛機甲」が、俺の全身を防御している。


 俺が追い求めてきた、ヒーロー像。その出発点が、ここに在った。

 「普通科」――即ち「歩兵」の証である、真紅のマフラーは。俺が身を翻す瞬間、ふわりと風に舞う。

 首回りに備えられた防寒用のファーも、その弾みで揺らめいていた。


「これより……ヴィラン掃討作戦を開始する」


 ――そして今こそ、俺は名乗りを上げるのだ。夢を叶える狼煙となる、ヒーローの名を。


「防衛装騎兵ハバキリ――状況開始ッ!」

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