第4話 セイントカイダーとハバキリ

「……モデル、ですか」


 ――関係者どころか、ここの専属モデルだったらしい。言われてみれば確かに、ポスターと同じ顔だ。


「ええと、それでウチに何のご用なんでしょう?」

「いえ、少し人を探しておりまして。炎馬勇呀さんが、こちらの事務所にいらっしゃると伺って――」

「あ、炎馬さんのことですか!? もしかして、栄響学園の……!?」

「……えぇ、まあ」

「ちょうどよかったです! 私も早くお仕事済ませて会いに行きたかったんですよぉ〜! ささ、一緒に行きましょっ!」

「……はい」


 ――やたらと賑やかな人だが、普段からこのような振る舞いなのだろうか。俺は彼女に手を引かれるまま、事務所の中へと突き進んでいった。


「おいバイト2人ィ! こっちの書類頼むわぁ!」

「カメラマンの方ォ! 花子ちゃんの写真リストちゃんとまとめとけやぁ! あと野郎のモデルもちゃんと探せよォ!」

「事務員の方、お茶持って来んかぁい!」

「――はぁ!? おい見ろよこれ! 乃木原佳音ちゃん、熱愛発覚だってよ! しかもお相手はあの『レイボーグ-GM』ときやがった!」

「それだけじゃねぇ! 女子アナの荻久保瞳おぎくぼひとみも、近々入籍するってSNSに書き込みがあった! 相手は……『キュアセイダー3号』だぁ!?」

「ウッソだろお前!? ちっくしょおぉお! せっかく佳音ちゃんも瞳ちゃんも、全国規模で売れて来てたってのにそりゃねぇよー!」

「クソッタレぇえ! おいバイトどもォオォ! チンタラしてねぇで働やゴルァア!」


 やがて連れ込まれた、事務所の仕事場。そこは書類と思しきプリントやらファイルやらがあちこちに散乱した、騒々しい企業戦士のたまり場となっていた。


「ちくしょぉ……俺たちゃ奴隷じゃねぇんだぞぉ……! 茶ぐらい自分で注げよもう……!」

「野郎のモデルったって、男の俺がスカウトして食いつく奴がいるかっての……。はぁ、やっぱ竜斗リュウトさんにもう1回頼んでみるしかねぇなぁ。また断られそうだけど」


 その中を、茶のポットやファイルの山を抱えて駆けずり回る、2人の若い男性がいた。やり取りを聞く限り、彼らはアルバイトのようだが……。


「全く、いつも忙しいんだから……。みんな、ただいまーっ!」

「おっ! 花子ちゃんお帰りぃ! ……って、んなぁあぁあ!?」


 仕事に耽っていた社員の1人が、所属モデルの存在に気づき――俺の存在に驚愕の声を上げた。

 その叫びに、他の社員や2人のバイトも作業の手を止めて、俺達2人に注目してしまった。


「ちょっとちょっとちょっとォ! なんだよそこにいる奴ゥ!?」

「困るよ花子ちゃあん! せっかく売れてきたってのにスキャンダルなんてぇっ!」


 仕事がストップしたかと思えば、今度は猛烈な勢いで詰め寄ってくる。どうやら、俺達のことで何か誤解が生じているらしい。


「ちょっと、待ってください! この人は炎馬さんに用事があるみたいで……!」


 目くじらを立てている社員達から俺を庇うように、モデルの人が前に立つ。彼女の説得には絶対的な効果があるらしく、社員達は1発で静かになってしまった。


「俺に? じゃあ君が……」


 ――すると、今度は静寂を破るように1人の男性が顔を出してきた。「カメラマンの方」と呼ばれていた、アルバイトの人だ。


 173cmくらいの、平均的な身長。だが、その太い腕はスーツの上からでも窺えるほどに、鍛え抜かれている。

 さらに漆黒の髪と、凛々しい印象を与える目付きの持ち主であり。黒いスーツを軽く着崩した、その姿を見る限りでは――俺とさして歳は離れていないようにも見える。


 そうか、この人が……。


 ◇


 この後、社員達をまとめている酷居むごい社長が作業の再開を指示し、俺とモデルの人はバイトの2人と一緒に応接室に案内された。

 やや狭い部屋の中に置かれた二つのソファに、俺達4人は静かに腰掛ける。


「……で、なんで横山までちゃっかりとこっちに来てんだよ」


 開口一番。炎馬という人物は、隣に座る悪友らしき男性をじろりと睨み、苦言を呈する。


「そりゃあお前、関係者の関係者だからだろ」

「仕事サボりたいだけだろうが」

「ひっでぇ! なんだよ冷てぇなぁ! いいじゃねぇかよ! お前はいつも仕事だからって花子ちゅわんとお喋りしてんだからよ! 俺なんかしょっちゅうオッサンのお茶くみ係だぞ!?」


 俺とモデルの人が並んで座っているソファの向かいで、バイト2人がなにやら言い合っている。

 周囲の慣れた様子を見るに、これが彼らの日常なのだろう。


「ここの事務所って、なんだかんだでいつも大忙しだし人手も少ないんですよ。だから、2人には私が売れる前から、バイトとしてここで働いて貰ってるんです」

「……そうなのですか」

「そぉそぉっ! この横山君が、巷で噂の売れっ子モデル『平中花子』を育て上げたのさっ!」

「お前の仕事は事務員のお茶汲みだろうが……」

「なんだよなんだよー! カメラマンのお前ばっかりいつもずるいぞ! 大学じゃあ、ミスキャンパス候補最有力の桜田舞帆と、剣淵美姫を侍らせてるらしいじゃねーか! その上、宋響にも可愛い後輩とかいるって聞いたぞ! しかもあの『文倉ひかり』とも仲いいんだろ!? そこまで好き放題ヤっといて、皆のアイドル花子ちゅわんにまで手を出そうってのはどういう了見だコノヤロー!」


 横山という「事務員の方」のバイトは、炎馬という人にやたらと噛み付いている。よほど彼の環境が羨ましいようだ。


 隣に視線を移してみれば、モデルの人は職業柄に合わないような渋い表情になっている。……妬いているようにも見えるが、気のせいだろうか。


「全く……。大学にいると『城巌のアイドルを篭絡しやがった』とか言う奴らに追い回されるから、ここに来るしかないってのに。平中――じゃない、花子のことまで誤解を広げないでくんないかな」

「誤解なんかじゃないですよぉっ! 私はそのつもりですぅ!」

「や、やっぱり! ちくしょーッ! くたばれ炎馬、このリア充がァァァァッ!」


 横山という人は涙目になりながら、凄まじい形相で炎馬さんを締め上げている。ようやくだが、彼らの関係図が見えてきたような気がしてきた。


「高校を卒業してモデルになって早々、美貌を見込まれブレイク……か。俺の知り合いって出世してる連中ばっかりだけど、お前も大概だよなぁ」

「えっへへー……。炎馬さんに元気をいっぱい貰っちゃってますからねっ!」

「それに引き換え――俺は大学に補欠合格な上に、舞帆と美姫のことでキャンパス中から目の敵。果てはカメラマンのバイト……か。なんともやるせないねぇ」


 自嘲気味に笑って見せる炎馬さんだったが、その顔は言葉とは裏腹に、満足げな様子が感じられた。

 不満はあれど、今の自分に納得もしている――と言ったところだろうか。


「さて。世間話はこれくらいにして、2人はそろそろ仕事場に戻ってくれ。俺は彼と話があるから」


 俺の用件を、知ってか知らずか。炎馬さんは、モデルの人と横山さんに席を外してもらうよう促した。


「えぇーっ!? なんだよ話ってー!?」

「……わかりました。じゃ、また後でお喋りしましょうねっ?」

「おぅ。俺も話が済んだら、すぐ戻るから」


 不満げに文句を呟いている横山さんの襟を引き、モデルさんは俺達に笑顔で一礼してから応接室を出て行く。

 あの人がここまで物分かりがいいのは、何か知っているからなのだろう。


 ――俺のことも、薄々察していたに違いない。


 2人が応接室から去っていくと、あっという間に部屋の中は物音一つ失くなってしまう。

 無言のまま、ソファから立ち上がって窓際に向かう炎馬さんを目で追うと、俺達の姿がガラスに映し出されているのがわかる。


 学園を出る時に着てきた、黒のレザージャケット。ツーブロックに切り揃えた黒髪に、陰気な顔(美鳥が言うには『影のあるタイプのイケメン』らしいが)。他者と比べて、やや長い両脚。左頬に残る、裂傷の跡。

 町並みが窺える透明のガラスには、いつもの俺の姿が映されていた。


「達城から話は聞いてるぜ。セイントカイダーに代わる学園のヒーロー……『防衛装騎兵ぼうえいそうきへいハバキリ』こと、不破鐡平君なんだな」


 炎馬さんが振り返り様に発した第一声。それは、彼がセイントカイダーに深く関わった人物であることを確信する、決定打となった。


「そう仰るあなたは……あの桜田舞帆先輩より先に、セイントカイダーに装鎧されていたという方なのですか」

「一応……な。去年に宋響学園を卒業した、炎馬勇呀だ。よろしくな」


 炎馬勇呀。それが、初代セイントカイダーの名前だった。

 校長先生や舞帆先輩が厚い信頼を寄せる、宋響学園の元祖ヒーロー……か。


「勇呀先輩――ですか」

「セイントカイダーの後釜をやってる奴にそう呼ばれるのは、なかなか新鮮な気分だぜ。ハハッ!」


 こう言っては難だが。朗らかに笑う彼の姿からは、学園のヒーローとしての風格はあまり感じられない。

 セイントカイダーに選ばれるような、エリートに分類される人間というよりは――「田舎の兄貴分」のような印象を受ける。


「俺が装鎧してた頃は、全くの無名だったんだよなぁ。それが今や、舞帆のおかげで人気ヒーロー。しかも君という後輩までいる。先輩として鼻が高いねぇ」

「無名……確かに最初の頃は、メディアへの露出が少ないヒーローでしたね。入学案内のパンフレットでしか、俺も見たことがありませんでした」

「たはは、酷い言われようだなぁ。ま、実際その通りなんだからいいけどね。なんにせよ、ヒーローとしてハバキリが活躍できてるのは、君の実力さ。俺が教えるようなことなんてあんのかねぇ」


 お手上げ、といわんばかりに苦笑いを浮かべる勇呀先輩に、俺は難しい顔になる。

 本人はああ言うが、ここで何も得られないままでは、手ぶらで帰ることになる。それでは、俺に時間をくれた生徒会に申し訳が立たない。


 どうしたものかと、俺が考えあぐねていた――その時だった。


「でも、これは――言っときたいかな」


 ――勇呀先輩が、口を開いた。


 その瞬間――この部屋の空気が一変した気配を感じ、自然に顔が上がる。今までと同じ話し方でありながら、彼の雰囲気はそれまでとは大きく異なる色を湛えていた。


 ――ヒーローらしい毅然とした佇まい、とも違う。命懸けの修羅場をくぐり抜けてきた古強者のような……より重苦しい印象だ。


 この人は、一体……。


「不破君。君は、仲間に助けてもらったことはあるか?」

「……いえ、今のところは」

「なるほどな。全部達城の言う通りってわけか。しんどいことしてるなぁ、君」

「……問題ありません。それに、仮に苦しい現場であったとしても……俺は、周りに責任を負わせるようなことはしません」


 こんな有無を言わせぬ気迫をちらつかせている人間が相手では、体のいい言葉で取り繕うことも出来ないだろう。

 俺は自分の心に巣食う躊躇いを斬り払い、敢えて俺自身が思うことをありのままに打ち明けた。


 ――そう、俺は宋響学園のヒーローだ。


 そんな存在で在り続けるためには、誰よりも強く在るしかない。自分がそうであることを証明するためには、他者の助けを必要としてはならないのだ。


 そうだろう。周りに助けを求めるということは、自分の弱さを露呈することに繋がる。そんなものは、ヒーローと呼べるものではない。

 自分で全てを為せない者に、他者など救えるものか。


 ――だのに。誰もが口を揃えて、それは間違いだと言う。自分1人で背負い込んではならないと。

 ならば俺は、一体……どうすべきだと言うのだ。


「……」


 その旨が、いつしか顔に出ていたのだろうか。勇呀先輩は何もかも悟ったかのように、済ました表情で俺を見つめていた。


「……1人で戦えなきゃ、1人で全部こなせなきゃ、ヒーローじゃない。確かにそうかも知れないさ。けどな――」


 一度そこで、言葉を切ると。彼は俺の隣に腰掛け――年の近い弟を見るような目で、俺の顔を覗き込んできた。


「――君は、ロボットじゃねぇだろう」


 怒るのでも、諭すのでもなく。ただ自分が思うことを、素直に告げただけのような声。

 俺に決断を強いるような声色では、なかった。


「……」

「そんなことが本当にできるのなら、それは大したもんさ。だけど、悲しいことにそれが絶対にできないのが『人間』ってもんなんだよ。失敗はするし、怒られもするし、自分じゃどうにもならないことなんて腐るほどある。動力とボディがあればいくらでも働けるロボットみたいには、どんなに頑張っても届かないんだよな、これが」

「俺が、ロボット……ですか」

「ちげぇよ。君は紛れも無く人間だ。だからこそ、みんな心配してる。『いつかどこかで壁にぶつかって、壊れてしまう』ってね。それが、人間なんだからさ」


 苦笑混じりに話す彼は、どこか遠い所を見るような目をしていた。


「1人で戦おうって決めても、結局のところは仲間に頼るしかなくなる。ロボットじゃなきゃできないようなことを人間がやろうってんだから、最後は頼って当たり前なんだよ。俺達がニュータントでもない、『人間のヒーロー』である限り……な」

「……俺は……」

「まぁ、急にこんなこと言われたって変われるわけないよな。――だったらさ、『自分がするべきこと』から『自分にできること』に絞ってみたらどうよ」

「自分に、できること……」


 どういう意味だと、訝しがる俺に対して――彼は朗らかに笑い、俺の胸中に答えて見せる。


「簡単さ。自分にできることは、なにがなんでもやり切る! でもって、後のことは仲間に全部任す! 『自分じゃできないこと』をやってもらうだけなんだから、大して気負いもしないだろ?」


 ――つまるところ、「見方」を変えてみろ、と言いたいのだろうか。


 「1人で戦う」など、如何なる強さを以てしても「人間」である限りは叶わない。「ロボット」でない限りは。

 しかし、人間はロボットにはなれない。故に人は集まり、それに匹敵する働きを行う。


 それが――今あるハバキリの制度だと言うのか。弱みを見せてしまうのも、人間である以上はどうにもならない、と。


「俺も将来はヒーロー活動を再開する予定だが、その時は1人じゃない。1人で戦うってのが、どれだけしんどくて、苦しいことなのかが身に染みてるからな」

「それも、あなたが人間だから――ですか」

「もちろんさ。当然、不破君もな」


 人間は、たった1人ではヒーローになれない。


 ――彼は、俺にそう伝えたかったのだろうか。


 俺の思考回路がその結論に到達しようとした瞬間、懐の携帯が着信を知らせる振動を起こした。少し勇呀先輩に目配せしてから、俺は携帯を取り出して通話に出る。

 ――美鳥からだった。ヴィラン組織の件についての報告だろうか。


「美鳥か。どうし――」


『鐡平君! たっ、助けてくださいっ!』


 それは――切迫した事態の発生を報せる、叫びであった。


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