第3話 友達いなさそーじゃん
「ここか……」
いつしか、セイントカイダーの性能について思い返しているうちに。
俺は既に、城巌大学の正門まで辿り着いてしまっていた。そのキャンパスの広大さは凄まじく、思わず息を呑んでしまう。
幾つもの巨大な教棟が立ち並ぶその姿は、さながら小さな都市。加えて、舞帆先輩が言うには宋響学園以上の最新設備が揃えられているらしい。
(さすが、セイントカイダーが進学した大学ってだけはあるな)
「久しぶりね、不破君。話は聞いてるわ」
「……ご無沙汰しております、舞帆先輩」
――そんな広大なキャンパスの中であっても。再開の時は、すぐに訪れる。
守衛に会釈しつつ正門をくぐった瞬間、先人たる「元セイントカイダー」が俺を出迎えていた。
艶やかな茶髪のミディアムボブは相変わらずだが、可愛らしい私服を着こなしている今の姿は――去年までの整然とした制服姿からは想像もつかない。
「お母さんに言付かって来てるのよね? 立ち話もなんだし、あそこのベンチに行きましょうか」
「……はい」
俺は彼女に促され、木陰に日の光りを遮られているベンチへと向かう。
そこに腰掛け、改めて辺りを見渡してみれば、多くの学生が楽しげにキャンパスライフを満喫しているように伺えた。
もう少し、その平和な景色を眺めていたい――とは思ったが。会長達がヴィラン組織に挑もうとしている時に、うつつを抜かしているわけにはいかない。
俺は早急に、本題に入ることに決めた。
「校長先生からは、既に話を聞かれていたのですね」
「えぇ。なんでも……あなた、自分1人で無理にいろいろとしょい込んで、同じ役員の女の子から心配されてるらしいじゃない。いけないわね、女の子を泣かせるのは」
――この人まで、そのようなことを言う。
「ハバキリ」という、俺には過ぎた力を持ってしまった以上、例え1人でもやるべきことを成し遂げなくてはならないというのに。
「俺は、自分のするべきことをするだけです」
そう、俺は断じた。
無理だろうが無茶だろうが、俺がやらなくては誰がやる。「ハバキリ」である俺以外に、誰が。
「……そう。それがあなたのやり方なのね」
そんな俺の胸中が、顔に出ていたのだろう。舞帆先輩は悟ったような表情で、正面に視線を移す。
そして、「ふぅ」とため息をつくと――にわかには信じ難いことを口にした。
「……うーん、やっぱり2代目の私なんかじゃ役には立たないかなぁ」
――
「……どういう意味ですか」
「お母さんからは聞いてないみたいね。……公にはされてないけど、『一番最初にセイントカイダーに装鎧した人間』は、私じゃないのよ」
そんな話は、初めて聞いた。
舞帆先輩より先に、セイントカイダーに装鎧した人間がいる。その情報は、青天の霹靂に等しい。
セイントカイダーは、舞帆先輩しか装鎧できない構造だったはずだ。一体、どうやって……。
もはや、考えていることが表に出ているのを気にする余裕もない。俺は、舞帆先輩の言葉にのみ意識を向ける。
「お母さんは、きっとあの人になんとかして欲しかったのね。彼なら、あなたになにかいいアドバイスができるんじゃないかしら」
「……本当なのですか」
「ふふっ。ちょっとおバカだけど、いざって時には頼りになる人だから、心配いらないわよ」
想像すらしていなかった。まさか舞帆先輩より先に、セイントカイダーに装鎧した人物がいたとは。
校長先生も舞帆先輩も、その人のことを深く信頼してるようだ。それほどの人物なのだろうか。
「――その人には、会えますか?」
気がつけば、そんな言葉を口にしていた。興味はない、といえば嘘になるからだ。
「うん、会えるわよ!」
その問い掛けに、彼女は満面の笑みで答える。この時、俺の何かが、一歩前に進んだ。何となくだが――そんな気がした。
「あの人なら……今は……ねぇ」
「……?」
――気がしたのだが。
「今は……今は……今はねぇっ……!」
どういうわけか、先程までのにこやかな表情とは打って変わって、暗い顔になってしまった。
どうしたというのだろう。
「……あの、舞帆先輩」
「なによっ!」
いきなり怒鳴られてしまった。この態度の急変は一体……。
「いえ、先輩より先にセイントカイダーに装鎧したという人のことを……」
「知らないっ! 知らないもんっ!」
「……」
支離滅裂にも程がある。先程までの話はどうなったと言うのか。
「舞帆様ーッ! 勇呀様はいずこにーッ!?」
「……?」
予想の斜め上を行く舞帆先輩の対応に苦慮していると、今度は着物に身を包んだ和風の美女が駆け付けてきた。
用があるのは舞帆先輩らしいが……誰だ、この人は。
「はぁ、はぁ、はぁっ……キャンパス中を捜し回っても、見つかりませんの! 舞帆様、なにかご存じでは!?」
「……剣淵さん。炎馬君なら、平中さんの事務所よ」
「そ、そんなぁ〜っ! 勇呀様に嫁ぐために、この大学まで参ったといいますのにっ! またしても花子様のところへっ!? あんまりですぅ〜っ!」
「そ・う・よっ! なんなのよもうっ! 私達を差し置いて、平中さんと2人きりで事務所だなんていい度胸じゃないのっ! 一緒の大学に入れるように勉強も見てあげたっていうのにぃっ! もう泣き付かれたって、レポート手伝ってあげないんだからっ! もう知らないっ!」
ある1人の人物のことで、2人の美女が憤慨したり泣きわめいたりしている……のか。なんだと言うのだ、この状況は。
だが、「炎馬」という名前は聞き覚えがある。確か会長と副会長が、その人物について言及されていた記憶がある。
確か、セイントカイダーの主題歌を手掛けた人だったはずだ。俺は去年のライブには「仕事」が山積みで観に行っていないため、噂でしか彼のことを知らないのだが。
舞帆先輩が怒ってるのは、その「炎馬」という人のことなのだろうか。だとしたらその人も、この城巌大学に通っていると見て間違いないのだな。
――思えば、「一番最初にセイントカイダーに装鎧した人間」の所在について聞こうとした時から、彼女は今のように苛立っている様子だった。
まさか、舞帆先輩の言う「一番最初にセイントカイダーに装鎧した人間」……すなわち、初代セイントカイダーというのは……。
「舞帆先輩、その事務所というのは」
「まほろば町にある『
「……どうも」
真のセイントカイダーを捜し出す手掛かりを得た俺は、「ありがとうございました。失礼します」とだけ言い残し――怒り狂ったり泣き崩れたりと忙しい美女2人を完全放置して、早々に城巌大学を後にする。
もう少しヒーローらしく、スマートに出発したかったものだが。この状況だ、やむを得まい。
◇
「651プロダクション」といえば、新人モデルがブレイク中ということで、最近話題に挙がっているという話を聞いたことがある。
舞帆先輩よりも先にセイントカイダーに装鎧していたという人物が、本当にそのような場所にいると言うのか。
今考えたところで、答えなど出るはずもない。が、それでも気にはなる。
赤いマフラーを靡かせて、イクタチで街を行く俺の視界には――様々な有名スポットが入り込んで来ていた。
近頃、「文倉ひかり」という超美人な新任院長が就任したことで有名になり、「聖母が経営する保護施設」と謳われている「加室孤児院」。
若手社長の「笠野昭作」と、天才パイロットの「桜田寛矢」。そして敏腕秘書の「田町竜誠」という、3大美男子を擁しているために、就職を希望する女性が絶えないという「ラーベ航空会社」の本社ビル。
いずれも、このまほろば町に住む人間で知らない者はいないだろう。
思えばこれだけの有名な企業等が全て、今年になってから台頭してきたものだというのだから、不思議なことだ。
「――ってわけでさぁ。やっぱ
「だといいねー」
「なんだよ
「へー! あたしとしては、ちょっとでも根拠があったことにまずびっくりだよ」
「……お前もここんとこ容赦ねぇよなぁ」
そんな中。例の事務所を目指す俺の視界に、歩道を進むとある少年少女が映った。中肉中背で溌剌とした印象の少年と、中学生ほどの小柄な少女が、親しげに笑い合っている。
――俺がもっと強くなれたら。誰にも心配をかけないような強さを、手に入れられたら。あんな風に、美鳥や皆と笑い合える日が来るのだろうか。
などと、考えていた時だった。少年のポケットから、財布が滑り落ちる。
「……っ!」
俺はイクタチのスピードを落としながら、それを素早く拾い上げると――彼らの隣を目指して、歩道の脇に停車する。少年少女達もまた、珍しいものを見るような表情で足を止めていた。
「……おい、落し物だ」
「おっ……!? あっ、マジかよ悪りぃ! 危ないとこだったぜ、あんたさてはイイ奴だな!?」
「お兄ちゃんありがとねー! もー、ダメだなぁ
「ハンカチ関係ねーしお前は母ちゃんか! ……しかしあんた、そのズボンとバイクの見事な迷彩柄……さてはミリオタだな!?」
「ミリ……?」
明朗快活そのもの、といった印象を与える少年は、まくし立てるように声を上げる。俺の眼を、真っ直ぐに見つめる彼の瞳は――類を見ないほどの純粋さに満ちていた。
底抜けの明るさ、とでも云うのだろうか。基本的に愛想が無いと言われがちな俺に対して、彼は絶えず朗らかな笑みを振りまいている。
「……」
「……どうした」
「なぁ、あんた名前は?」
「……不破。不破鐡平だが」
「ふーん……鐡平、ね」
そんな中。ふと、彼は表情を一変させ――ヘルメット越しに映る俺の眼を、暫し見据えていた。
それが意味するものを、俺が考えるよりも早く。彼は再び、思い立ったように顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「……よし、決めた。ライン交換しとこうぜ、鐡平! 俺は
「……別に構わんが、なぜだ」
「なんでもいーだろ! ホラ、これ俺のID! 暇な時連絡寄越せよな、シフト入ってなかったらイケっから!」
「……」
「んじゃな、鐡平! 財布の礼に奢ってやっから、今度飯でも行こうぜ!」
「あ、ちょっと待ってよー! ……もぅ。ごめんね不破君、気にしないで。連児っていつも、ああだから」
「……別に、問題ない」
――それは、あれよあれよと言う間に、だった。真逆連児と名乗る彼は、自分のラインIDを書き留めたメモ紙を俺に押し付けると、何処かへと走り去ってしまう。
彼を追って駆け出していった少女の口振りから察するに、どうやら彼の振る舞いは、あれで「通常」であるらしい。
「……行くか」
街角の向こうに消えていく、少年少女の影。
その背を、暫し立ち尽くしたまま見送っていた俺は――やがて我に返ったように、イクタチを発進させる。「友」と共に、賑やかに過ごす彼らの姿に……後ろ髪を引かれながら。
「……ねぇ連児、急にライン交換なんてどしたの? あの子、ずっとキョトンとしてたよ」
「だってさぁ……あいつ、イイ奴なのに友達いなさそーじゃん」
「……連児らしいねー、なんか」
――そして。そんな風に思われていたなどとは、夢にも思わないまま。
◇
城巌大学を出発してから、およそ15分。
俺は「651プロダクション」という看板を掲げた、小さな事務所を発見することができた。周りには、話題の新人モデルを写したポスターが貼られている。
大凡の場所は知っていたが、その建物は思いのほか……地味で目立たないところに在った。専属モデルが売れているのであれば、施設を拡大してもいいだろうに。
俺はイクタチを「目立たないように」と事務所の裏へ隠し、事務所の前に立つ。
――その直後。俺の脇を、見目麗しい女性が通り過ぎた。
「こんにちはー……って、あれ? お客さんですか?」
女性は元気よく入口の扉を開けて、事務所に入っていく――のを踏み止まり。入口の前で立ち往生している俺を、不思議そうな顔で見ている。651プロの関係者だろうか。
「……すみません。俺は……」
「ああそうだ、こう言う時は自己紹介が先でしたね! 私は平中花子っ! 651プロ所属の新人モデルでーっす!」
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