第2話 迷彩模様のスタンドプレイヤー

「……失礼します。2年Aクラスの不破です」


 翌日の放課後、俺は予想通りに校長先生に校長室まで呼び出され、詰問を受けた。


 「なぜ他の生徒会役員に、頼ろうとしないのか」。

 それが主な内容だった。校長のデスクの前に立つ俺の眼前には、取調べを始める刑事のような面持ちで、椅子に腰掛ける校長先生の姿がある。


 女に疎いと言われる俺でもわかるくらい、スーツを整然と着こなしている彼女からは大人の色香が感じられた。

 しかし、今はそんなことに気を取られている場合ではない。


 ◇


 この宋響学園の生徒会執行部に身を置く役員は、任命されてすぐにヴィラン対策室の下で、防衛用装甲強化服「ハバキリ」の資格試験を受けることが義務付けられている。


 ――現在、自衛隊ではヴィランによるテロへの対策として、対ヴィラン防衛機甲装置「ハバキリ2型にがた」の研究開発が進められている。この栄響学園でも、データ収集を目的とする運用テストが行われているのだ。

 かつて、この学園専属のヒーローとして扱われていた「セイントカイダー」のデータが、ハバキリにも使われているのが、その理由の一つ。


 セイントカイダーの活動を通じて、有用なデータを得た実績を政府に見込まれたこの学園は、次代の「防人」を育成する養成機関としての側面を併せ持つようになったのだ。

 その先駆けとして、最初期に開発された旧式である「ハバキリ1型いちがた」を、学生用練習機としてここで試験運用しているのである。「2型」の研究開発に使う為、対策室に接収されたセイントカイダーに代わる「新ヒーロー」として。


 ――その資格試験に合格し、政府公認のヒーローだと認められれば。「ハバキリ1型」の装鎧システムの運用を任され、学園の偶像アイドル的存在となってPR活動を行うことになるのだ。

 更に、その立場に箔をつける為、資格者には「三等陸尉」に相当する地位が与えられる。つまるところ、防衛省と栄響学園の提携に基づくプロパカンダ……ということだ。


 昨年度に活躍した「生裁戦甲セイントカイダー」は、本邦初の「教育機関の専属ヒーロー」ということもあり。舞帆先輩の活躍で多大なPR効果を発揮し、今年度の入学希望者は過去最大のものとなっていた。

 ――その人気の追い風を利用し、政府はヒーローによく似た「防衛装置」を全国規模で喧伝しているのである。全ては、ヴィラン掃討のために。


 現在の制度では「ハバキリ」としてのPR活動等で生徒会方面での活動が多忙になった場合、装着者は自分が担当している仕事のいくらかを、他の役員に委託することができる。

 俺はどうにか身分証ライセンスを取得して、ハバキリに装鎧する資格を掴んだが……生徒会での活動に手を抜いたことはない。


 本来ならば、3日に1回は周囲に委託することが推奨されている現在の環境で――俺は、ハバキリの任を受けてから半年が経つ今もなお。一度も活動を休むことなく、ヴィラン達と戦い続けていた。

 助けてもらおうとは、思わない。

 自分の都合で他人の手を煩わせないように、俺はより強くならなくてはならないのだ。


 ――俺は学生の身でありながら、「ヒーロー」と「国防」の一翼を託されてしまったのだから。


 ◇


「美鳥の信用を得られなかったのは、俺の力不足です。以後はこのようなことにならないよう、従来以上の心構えで事に当たりたいと思います」

「その『信用』っていうのは何なのかしら? 『あなた1人さえいれば、後はなんとでもなる』なんていう、無責任な言い分のことじゃないでしょうね?」

「それは……」

「あの娘がそんないい加減な気持ちを持ってると思うの? ……いい? 私はあなたに何もかも1人でしょい込んで欲しくて、今の体制を作ったわけじゃないのよ。たった1人でも戦おうとする無茶苦茶な奴がいたからこそ、助け合いが必要なこの制度に決めたんだから」


 そう話す校長先生の目は、どこか遠い場所を眺めているかのようだった。

 「たった1人でも戦おうする無茶苦茶な奴」、か。


 先人たるヒーロー……「セイントカイダー」こと、桜田舞帆先輩のことだろうか。しかし、彼女は協調性に溢れた社交的な性格だったと聞いているが。


「さっきは『自分は信用されてない』なんて言ってたけど、実際のところはあなたの方が周りを信用してないだけなんじゃないかしら? 協力もせずに『あいつ1人にやらせれば上手くいく』とか言うような、自分勝手な連中がのさばる生徒会になるなんて、私は絶対に認めないわよ」


 許さない、と断じるような校長先生の剣幕は、真に迫っている。息を呑みながらも、俺はもう一度口を開いた。


「いえ、決してそのような――」

「じゃあ何? あなたはあの娘たち生徒会が心配してるって言うのに、それに取り合おうともせずに自分1人で解決するなんて言うつもりなのかしら? それが実現できるほど、あなたは強くはないはずよ。だからこそ、彼女はあなたを案じてる」

「はい。故に、俺は今以上の強さを――」

「周りには頼りたくない、かといって心配もされたくない。だから身の丈以上の力が欲しいってわけ? 痛々しい発想ね」

「……」

「……あなたのようなスタンドプレーの権化、本来ならハバキリには1番相応しくないのよ。真っ先に落とされるはずだった。ただ『人間』としては能力が飛び抜けて高かったから、後から『矯正』することを前提に採用しただけ。……その様子だと、それも分かっていないようだけど」


 校長先生は呆れた顔で俺を一瞥すると、こことは違うどこかを目指すような顔で、窓の外に目を向ける。


 ――俺は、この学園の治安と未来を預かる「ヒーロー」だ。

 出来ないことなどあってはならない。学園の期待に添えなくてはならない。それのなにが、痛々しいというのだろう。


「まぁ……そんな強情っ張りなところは、ウチの娘やあのおバカによく似てる……けどね」

「……?」

「――そうね。私があれこれと口を挟むよりかは、年の近い若者同士で答えを出した方がマシかも知れないし……」


 すると、校長先生は俺に視線を戻して静かに椅子から立ち上がり、真っ向から向き合うように目線を合わせてきた。


「1年前セイントカイダーに装鎧し、この学園を守り抜いた人物――その子に会ってきなさい。『先人の体験談』くらい説得力のあるものじゃなきゃ、あなたみたいな頑固者は動かないでしょう?」


 ――先人の体験談、か。


 となると、やはり桜田舞帆先輩に会いに行くことになるのか。

 あの人とは俺がハバキリに選ばれた時、応援の言葉を貰って以来だ。


 あの人なら、今は宋響学園から少し離れた街中にある「城巌大学じょうがんだいがく」に通っている。この辺では、屈指の一流大学だ。

 ――俺の何が変わるのは知らないが、何かしらの勉強にはなるはず。


「……わかりました。すぐに出発します」

「えぇ。じっくり先輩方の説教を食らって、頭を冷やすといいわ。それから……」


 そこで一旦言葉を切ったかと思うと、今度は冷めた視線をこちらに向けて来る。


「『無茶ばかりの夫を心配する妻』の気持ちとか、考えてみることね」


 ――何の話だろうか。


 ◇


 その後、校長室を後にした俺の前には、見慣れた顔触れが並んでいた。


「……」


 生徒会長の辻木隼人先輩。副会長の地坂結衣先輩。

 そして――会計を担当している、駒門美鳥。


 俺は彼女に視線を移すが、向こうは気まずそうに目を逸らしてしまった。


「不破。校長先生となにか話してたのか?」


 まず、辻木会長が訝しげに俺を問い詰める。単独行動が多い俺のことで、少しばかり気が立っている様子だ。


「ええ。セイントカイダー……桜田舞帆先輩に会い、助言を聞いてくるようにと」

「舞帆先輩に? そうか……」


 だが、俺の返答に辻木会長は感慨深げな表情を見せ頷いていた。やはり彼にとっても、桜田舞帆先輩は尊敬するべき人であるようだ。


「あっ! じゃあ、城巌大学に行くんだよね! 炎馬先輩、元気にしてるかなぁ〜っ!?」

「炎馬……?」

「フン! かつての学園きっての大問題児さ! セイントカイダーの主題歌で成功したのをいいことに、舞帆先輩と同じ大学に進学するとは、なんたる暴挙!」


 地坂副会長は「炎馬先輩」という人物に想いを馳せているようだったが、辻木会長はあまりその人については良い印象は持っていないらしい。


 ……「炎馬」、か。確か……絶海の孤島まで「島流し」にされた、あの婦女暴行の常習犯が、そんな苗字だったような……気のせいだろうか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「まぁ、あのような不良崩れのことなど構わん。それより不破。僕達はこれから、麻薬密売に加担しているヴィラン組織の調査に向かう」


 突然に切り出された、生徒会出動の知らせ。辻木会長の真剣な眼差しに、俺の表情も険しくなる。

 彼が差し出した写真には、麻薬密売の「運び屋」として、各所に指名手配されている男――武車鎧印むぐるまがいんの姿が映されていた。屈強な肉体と天に向かって跳ね上がった黒髪、そして肉食獣さながらの形相からは、並のヴィランとは比にならない「迫力」が滲み出ている。


「ヴィラン組織……最近、この辺りが物騒になっているという噂は聞いていましたが、そういうことでしたか」

「ああ。先日、学園の近くにある路地裏から、この男の目撃情報が上がって来た。基本的に逮捕するのは警察や現役ヒーローの仕事だが、生徒達に影響を与えかねない存在である以上、我が生徒会も動かなくてはなるまい」

「確かにハバキリを擁しているからには、協力した方がPR効果は期待できますが……危険では? いくら相応の訓練を受けているとはいえ、我々はあくまで学生であり……」

「なぁに。我々は組織の動きを追跡して、警察が来るまで連中をマークしておくだけだ。ハバキリの力を借りる必要もない。学ぶべきことがあるなら、お前は城巌大学に向かうといい」


 そう言って、辻木会長は余裕の笑みを浮かべて俺の肩を叩く。

 必要ない、と露骨に言われるのは気分のいいものではない。が、教養を優先させてくれるのはありがたい。


 ――しかし、妙な話だ。武車という件の男は、すでに指名手配犯として顔が割れている。隠密性が必要とされる麻薬の運び屋など、「普通」なら務まるはずがない。

 この男にしかない、何かがあるとでもいうのだろうか……?


「わかりました。では、これで失礼します」


 だが、今考えるべき点はそこではない。会長に背中を押された以上、ここに留まる意味はないのだ。すぐに学園を出るとしよう。

 そう思い立ち、その場を後にする――はずだったのだが。


「あのっ……待ってください! 鐡平君!」


 ふと、それまで一言も喋らなかった美鳥が、この場で初めて口を開いた。

 彼女は柔らかい黒髪のセミロングと、四角い眼鏡が特徴の――俗に言う「美少女」に相当する、俺の数少ない友人だ。白い柔肌と肉感的な脚は、男子の間でも人気があると聞く。


 彼女とは昨年からの付き合いで、山育ちの田舎者だった俺に、都会の常識を教えてくれた恩人でもある――のだが。最近では同じ生徒会に身を置いているというのに、言葉を交わす機会すら少なかった。

 そんな彼女とこうして向き合うのは、何故だか久しぶりのような気がする。


「どうした、美鳥」

「えっと、その……」


 話し掛けておきながら言葉に詰まる彼女の姿は、さながら小動物のようだった。その体格に反して、推定Gカップ(クラスメート談)の巨峰を備えた……トランジスタグラマーでもあるのだが。


 元々、女性としても小柄に分類される美鳥だが、この時は180cm以上ある俺の身長との対比もあり、いつも以上に小さく見える。

 3月生まれの俺に対して、4月生まれである彼女は「同級生」ではあるものの、実質的にはひとつ年上……と言えるのだが、周囲からはと誤解されることの方が多い。


 姉は強気な性格で有名な……なんと言ったか。そう、グラビアアイドル、であると聞くが……気性はあまり似ていないらしい。


 彼女は本来、俺以上に口数が少ない方だったのだが……気の強い姉を見習い、「強さ」を求めてこの生徒会に身を置いているのだと言う。今では明るく社交的な人気者であり、男女問わず多くの生徒に支持されているらしい。


 求むるは、強さ。「経緯」こそ違うが……俺とは似た者同士、ということになるのかも知れない。尤も今は、本来の気弱で優しい心根が、強く出ているようだが。


「あ、あの……鐡平君。疲れていませんか?」

「急にどうした」

「え、ええと……最近、なんだか鐡平君、無理してる感じがしてて。最近じゃ、いつも頑張ってるところしか見たことないから……」

「――大丈夫だ。心配するようなことはない」


 俺はそれだけ言って、彼女から目を背ける。視界から彼女の姿が消える一瞬の中で、悲しげな顔が目に焼き付いたような――そんな気がした。


「ちょっ……だめでしょ不破君、美鳥ちゃんに向かってそんな言い方っ! 奥さんが心配しちゃうでしょっ!」

「お、おお奥さんっ!? 副会長なにを言ってるんですかあぁっ!?」

「お前の気持ちに気づいていないのは不破だけ――か。駒門も大変だな」


 後ろで何か騒いでいるようだったが……詳しくは聞き取れなかったし、聞く気もなかった。

 俺は、俺のするべきことをするだけだ。


 ――そう。休む暇など、あるものか。それで心配されるのなら、俺の努力不足だ。

 神威教官からは資格証ライセンス取得の際に、「いつか一緒に戦おう」と言われたものだが――このザマでは当分、先の話になってしまうのだろうな。


 ◇


 体育館裏にある地下秘密基地。1年前に活躍した、かのセイントカイダーの調整施設として使われていたものを流用しているだけあって、施設内の環境は概ね良好だ。


 俺は校長室を去った後――ファー付きの黒いレザージャケットと、迷彩色のズボンに着替え、ここへ足を運んでいた。

 有事に備えて、すぐにハバキリとして出動できるように、パトロールを兼ねて城巌大学に向かうためだ。


「失礼します。寛毅さん、イクタチの整備は?」

「お? おぉ、万全だよ。万全だとも」


 迷彩色に塗装されたサイドカー……強行偵察用二輪車両「イクタチ」を見つけた俺は、施設の床をモップで掃除している、事務員の桜田寛毅さんに声を掛ける。

 寛毅さんはここの掃除当番以外にも、イクタチのメンテナンスを務めている。


 1年前まではこの学園の校長だったのだが、今では(俺も詳しくは知らない)諸事情で、ここで下働きに駆り出される身になっているという。

 そして彼に代わり、この秘密基地で彼と同じことをしていた達城朝香が、校長として君臨しているわけだ。


 去年に何があってこんなことになっているのかは知らないが、イクタチの整備体制が維持され続けているのは、現役の身としては助かる。


「どこに行こうというのかね? 不破鐡平」

「城巌大学に。桜田舞帆先輩に会え、と言われましたので」

「ま、舞帆に……か。……そ、そうかそうか、気をつけてな」


 寛毅さんはなぜかバツの悪そうな顔をしながらも、イクタチ発進用のハッチを開けてくれた。俺は彼に一礼するとイクタチに跨り、黒の半長靴はんちょうかでアクセルを一気に踏み込む。

 そしてハバキリ所有者に授けられる、真紅のマフラーを巻いて――地上へと向かう坂を、鋼鉄のサイドカーで駆け上がって行った。向かい風に煽られ、首元のマフラーとファーが大きく揺れ動く。


 ――このイクタチは、俺が常に装着している装鎧ブレスレットに次ぐ、ヒーロー活動における必須ツールだ。


 単にバイクとしての性能がいいだけではなく、ハバキリの重装備形態「第2種防衛機甲」の鎧に変形する機能も持ち合わせている。

 ブレスレットで装鎧する軽装型の「第1種防衛機甲」と併せて使えれば、かなりの戦力になるだろう。


 ……とはいっても、第2種は俺には到底使いこなせない代物だ。

 以前、試しに装鎧してみたことがあったのだが、身体が鉛のように重くてほとんど動くことすら叶わなかった。


 それはセイントカイダーの「生裁重装」を扱えなかった舞帆先輩も同じだったらしく、これを扱うには相当な筋力と体力が必要になるらしい。


 ちなみにセイントカイダーの装鎧システムは舞帆先輩の身体だけに合わせて造られていたが、量産型であるハバキリは誰でも問題なく運用できるように、装鎧機構にマイナーチェンジが施されている。


 セイントカイダーの場合、舞帆先輩以外の人間が装鎧しようとすると、身体のサイズが合わないために全身が締め付けられて激痛を伴うことになるらしい。

 ……身体が異常に重くなる「生裁重装」だと、なおさらだろう。


(だが、初めて登場したセイントカイダーは「生裁重装」だった。舞帆先輩だって、あれは使いこなせなかったはず。セイントカイダーにはまだ、俺の知らない何かがあるというのか……)



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