第24話 騒がしい平和

 こうして、桜田家に仇なす敵は潰え、宋響学園に平和が戻った。


 破壊された校内の修復には、急ピッチでも1ヶ月は必要とされ、その間はひと足早くの夏休みとなったのだそうだ。


 ……といっても、夏休みが終わる頃までは入院必至な俺には関係なかったりする。再び橋野架先生のお世話になった俺は、消毒液の匂いに満たされた病室に封印されてしまうのだった。

 まあ、補修を免れる口実が出来た点はよしとするか。これぞ怪我の功名。


 今回の件の全貌は桜田姉弟によってキッパリと告発されたが、「ヒーローの不祥事」の発覚を恐れた政府による揉み消しが行われ、校長にはほとんどお咎めはなかった。


 それでも舞帆と桜田からの叱責は凄まじかったらしく、結局は妙にやつれた表情で早めの終業式を終えたのを最後に、「一身上の都合」ということで、桜田寛毅は校長を「辞任」することになったという。


 狩谷と所沢の処遇に関しては、事件の経緯を鑑みての酌量と、姉弟と俺の弁護、そして再犯防止と確実な更正を求めた達城の意見により、懲役11年の実刑判決に留まった。


 どうやら、狩谷とヒーローコンビを組めるのは、早くても俺が29歳になるまではお預けらしい。


 また、桜田はこの件でかなり責任を感じたらしく、間もなくして身分証ライセンスを返上。


 ラーベ航空会社専属ヒーロー・ラーベマンは、表舞台から姿を消すこととなった。


 そして、俺は身分証ライセンスを狩谷に託したことにより、ヒーロー活動においては事実上の無期限休業となった。

 以降、セイントカイダーの装鎧システムは、ヴィラン対策室の試験に合格して、身分証ライセンスを取得した舞帆に引き継がれた。


 紆余曲折を繰り返し、ようやくセイントカイダーが本来の姿に戻ったのだ。


 大破したセイサイラーの修理が終わるまでは、専用の変身ブレスレットを使っての「生裁軽装」にしか装鎧できないが……それでも彼女は、俺の分も頑張ると言ってくれた。


 元々狩谷達を止めるためだけにセイントカイダーになった俺にそれを言っても若干的外れになるような気もしたが、俺のために力を尽くしてくれる、その誠意は眩しいほどありがたいものだった。


 ……それに、セイントカイダーの生裁軽装になった時の彼女は、とても目の保養になる。

 ピチピチのボディスーツ故に、あらわになるボディラインがたまらな――


「天誅ッ!」

「がふあ!」


 真夏の太陽が照り付ける炎天下の病院で、本の角がぶつかる音と俺の短い悲鳴が響き渡る。


「……あのですね舞帆さん? いくらなんでも重傷者を本で殴るのはひどいんじゃないかな?」

「今、エッチなこと考えてたでしょ! ダメよ炎馬君、そんなんじゃいつまでたってもろくな大人にならないわよ!」

「ホントにごめんなさい、舞帆ちゃん。うちの勇呀が迷惑掛けてばっかりで」

「い、いいえいいえ! 同じ学び舎で過ごす同級生として、当然のことですから!」


 母さんめ、こんな時に痛いとこ突きやがって。何も言い返せず俯くしかない俺が情けない……。


「もうっ! そ、その、私というものがありながら――じゃないっ! 私の見てる前でそんなふしだらなこと妄想してニヤニヤしてるなんて、いい度胸じゃないの! どうせまた平中さんか文倉さんのことでも考えてたんでしょ!」

「違うよ。俺はお前のことで――あ」

「――えっ!?」


 そこで慌てて口をつぐんだが、もはや手遅れだったようだ。


 火山の噴火が目前に迫っているにも関わらず、俺は半分寝たきり状態で、逃げる余地がない。


 舞帆は爆発寸前に紅潮させた顔で何かを言おうとしている。

 これは間違いなく噴火の前触れだと、俺は耳を覆った。


「……ば、ばかっ……」


 だが、溜まりきったマグマの熱に、火山自体が耐え兼ねたらしい。

 限界突破のオーバーヒートを起こした舞帆は、熟れたトマトのような真っ赤な顔のまま、顔を覆ってへたり込んでしまった。


「おい舞帆ッ!?」

「あら? 舞帆ちゃん、暑いから熱でも出たのかしら?」

「冷静に分析してる場合かッ! 医者ァーッ、医者を呼べェーッ!」


 予想外の事態にテンパる俺の悲鳴に駆け付けてきたのは、危機感知能力に秀でた優秀な医師……じゃ、なかった。


「炎馬さーんっ! 差し入れのピザでーすっ!」

「ほら、甲呀! あの人がパパですよっ」


 俺の前にやって来たのは、出前のごとくピザを持ってきた平中と、甲呀になにか引っ掛かることを吹き込んでいるひかりだった。


 ……平中、気持ちは嬉しいが今は昼の1時だ。

 昼食を摂ったあとにピザを食えと申されるか。


 それにひかり、甲呀から見て俺は「叔父」だ。断じてパパではない。

 パパ代わりになりたいけどパパじゃない!


「ひかり、言っておくけどね……私、炎馬さんだけは譲れないの。待っててね。すぐに甲呀君のイトコ、産んであげるから」

「ふふふ……花子。一つ教えてあげる。甲呀にとってはね、勇呀君はパパなの。そう、私がママで、勇呀君がパパなのよ。ふふふっ……」


 お見舞いの言葉でもくれるのかと思いきや、何やら俺を完全放置でどす黒い微笑を向け合う2人。

 おいおい、お前ら親友だろうがっ! 甲呀もポカンとしてるぞ!


「こんにちは……って、あらあら、随分と賑やかね、勇呀」


 今度は達城がノックもなしに入ってきた。いや、賑やかもなにも騒いでるのは、口論を始めた平中とひかり、あと途中からビヨーンと跳ね起きてそこに加わった舞帆くらいなんだが。


「私は勇呀君の恋人なんですよ! ほら、甲呀も勇呀君のことはパパって呼ぶのよ!」

「パパ! ゆうが、パパッ!」

「なにを事実改変して子供に吹き込んでるんですかぁ! 炎馬君は私のためにヒーローになったんです! 故に私のヒーローなんですってばぁ!」

「いつも炎馬さんを怒鳴ってどついてばかりの人がなにを言うんですかっ! 私だったら、まずたくさんデートして、それから両親に紹介して、それからそれからっ……」


 熱く語り合う彼女達。なにを話してるのか、正直に言えば無茶苦茶気になるのだが、輪に入り込める空気じゃない。


「……おっかないオーラがところせましと病室を支配してやがるなぁ。他の患者さんに悪いから、静かにして欲しいんだが」

「そう? あなたからすれば本来は天国のような状況のはずなんだけど」

「どう解釈すりゃ、あの三つ巴のバトルロワイヤルがそう見えるんだよ……まったく、狩谷が可愛く見えるくらい――」


 達城の物言いに呆れて病室の窓から、快晴の空へ目を向けた瞬間。


 俺の表情は冷水をぶっかけられたマグマのように、カチンコチンに凍り付く。


「ほ、む、ら、ばぁぁぁーーーっ!」

「か、狩谷ィッ!?」


 病室の窓を蹴破ってサイドテールを可愛く揺らし、まさかのご本人乱入!

 噂をすればなんとやらとは、まさにこれか。


「聞いたわ、聞いたわ、聞いたわ! 大事なことだから3回言ったわ! アンタ、アタシのこと、可愛いって言ったわよね!? そうよね!?」


 狩谷は感極まった表情で、鼻が触れ合いそうになるほどの距離まで迫って来る。

 というか、近い、近いって。なにやら柔らかい膨らみが当たっておるし。


「おいおい、ちょっと待て。何でお前がここにいるんだよ、懲役11年とやらはどうした?」

「へっへー、俗に言う仮釈放ってやつよ! そうなったらアタシがどこに行くかなんて、考えるまでもないでしょーが!」


 なら普通にドアから入れ……器物損壊で罪を増やすな。


「か、狩谷鋭美ッ!? どうしてここに……っていうか何で炎馬君にそんなにベタベタくっついてるのよ! 離れなさい!」

「べーだ、アタシと炎馬は11年後にはヒーローコンビになって、末永く幸せになるのよ! だからたまに仮釈放でこうして会いに来て……こうしてやるんだからっ!」


 さらに狩谷は俺の頭をその豊満な胸に抱き寄せ、離すまいと両腕で締め付ける。Hはあるぞ、これ……。


 う、嬉しいようで苦しい……し、死ぬ……!


「な、な、な、なんですってー!? ど、どういうことよそれっ!?」

「え、鋭美ッ! ゆ、勇呀君から離れてよぉぉっ!」


 狩谷の妙な宣言と衝撃的行為に絶叫を上げる舞帆を押し退け、今度はひかりが(涙目で)食ってかかる。同じ孤児院出身の者同士による謎の対決だ。


 この2人は、既にお互いの背景と現状を、裁判や面会を通して把握している。

 ひかりは、狩谷が罪を償って更正すると宣言したとき、快く彼女を許し、和解したという。


 それでやっと上手く纏まったかと思えば……なんなんだ、この状況は。

 ていうか、そろそろ離してくれ……い、息がッ……!


「……ひかり、アンタが炎馬を好きだって気持ちはわかる。それはアタシも同じだから。こいつのことを知るまで、アタシはアンタの恋路を応援してやろうって思ってた。けどさ……やっぱり好きになっちゃったら、こうするしかないわよッ!」


 一瞬だけ解放され、狩谷がなにかを喋っている間に呼吸を整えていた俺だったが、彼女がなにかを叫んだ瞬間、再びそれを封じられてしまった。


 ――しかもそれは、とても柔らかく暖かい、不思議な口封じだった。

 俺の唇を包み、そこから温もりを伝えて来る。


 その時だけは、耳に響いて来る舞帆やひかりの悲鳴が、気にならなかった。そのくらい、心地好い雰囲気を感じていた。


 それが何だったのかを把握する前に、狩谷は真っ赤な顔で俺に微笑み、「もう時間だから」と言い残し、蹴破った窓から飛び降りて行った。


 わけがわからず、呆然としている俺。


 そんな俺を、殺気立った眼光で睨みつける、3人の少女。


 そして、生暖かい視線で見守る、2人の母。


 次の瞬間、病室に1人の少年の断末魔が轟いたのは言うまでもあるまい。


 ――俺が、なにをしたっていうんだよ?

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