最終話 ヒーローの門出

 10月。二学期に入り、1ヶ月余りが過ぎたこの日。


 宋響学園は年に一度の学園祭を開催していた。


 未だに敷地の所々が修理中のまま始まった学園祭だが、生徒達は特に不自由を感じることなく、出し物などで大いに盛り上がっていた。


 もちろん、それは俺も同じだ。


「炎馬、準備はオーケーか? のど飴舐めるか?」

「今さらそんなもん口にしてどうすんだよ……それより、俺がいない間もちゃんと練習してたんだな」

「あったりまえよ! 我が宋響学園専属のスーパーヒーロー・セイントカイダーの主題歌を、俺達が手掛けようってんだからな! バンドやってる身として、手なんか抜けるわけがねぇッ!」


 ……そう、俺はこの日、セイントカイダーの主題歌を歌うことになっている。


 話が舞い込んで来たのは、バッファルダと初めて戦った時より少し前くらいの頃だ。


 達城がセイントカイダーの主題歌を作ろうと言い出し、「学園のヒーローなんだから、プロの歌手より生徒が歌う方がそれっぽいでしょ?」との言い分から、彼女による学園への根回しを経て、俺がその曲のボーカルを務めることになったのだ。

 ……なんでも、俺は見かけによらず美声なんだとか。


 自分が装鎧するヒーローのテーマソングを自分で歌う。そう言われた当時は、なんだか変な気分だった。

 だが、今となっては悪い気はしない。


 今の俺はヒーロー稼業を休業し、セイントカイダーは舞帆が引き継いでいる。最近では「バンカライザー」や「レッドブレイズ」といった新進気鋭のヒーロー達が、人気を集めているようだが……彼女ならば、彼らにも負けないヒーローになれるはずだ。

 彼女の成功を願って、ヒーローとして送り出すには最高のイベントだろう。


 俺も彼女に負けじと、退院してからはこの曲の練習に打ち込む傍ら、加室孤児院でひかりと一緒に働き、甲呀の面倒も見ている。


 さらに、平中と共にヒーローズピザで宅配のバイトも始めて、セイントカイダーとして稼いでいた頃に貯めていた給料と、バイトで得たそれを甲呀の養育費に注ぎ込んでいる。


 そうして休日にはひかりや甲呀と一緒に、家族のような時間を過ごした。


 初めは3人だけだったが、いつしか舞帆や平中、そして仮釈放された時には狩谷も輪に入り、和気あいあいと幸せな時間を過ごしていた。


 ――そう、本当に平和になった。

 守れたのはこの学園からそう遠くまで行かない、決して広いスケールではない平和だけど。俺の「ヒーロー」としての果たせる責務は果たせたと思いたい。


 舞帆は、校長だった父の罪深さを知って、それでもくじけることなく、この学園を自分の手で守っていこうと誓い、セイントカイダーを継いだという。


 それなら俺は、そんな彼女の「ヒーロー」としての「旅立ち」を、見送ろうと思う。


 例えこれから何があっても、彼女が宋響学園を統べる桜田家の人間として、この学び舎を守っていけるように。


「生徒会長、本当によろしいのでしょうか!?」


 ふと、控室で本番を待つ俺の耳に、外からの話し声が聞こえて来る。この声……生徒会副会長だな。


「大丈夫、大丈夫。炎馬君なら何の心配もいらないよ」

「ですが! あの生徒は入学当初から手の付けられない問題児で有名ですよ! そんな不良が、こともあろうに、今や生徒の間では学園のシンボルとも言われているセイントカイダーの主題歌を歌うなど、僕には到底理解できません!」

「今の彼はそうなのかい? 少なくとも、僕は彼を信頼しているし、上の人達も彼を買っているのは間違いないんだよ。でなきゃ、セイントカイダーの主題歌を彼に歌わせるなんて提案、持ち上がって来るはずがないだろう?」

「し、しかし!」

「不安なら、なおさらしっかり見てあげようじゃないの。炎馬勇呀君の、生まれ変わりっぷりを、ね」


 笠野のその言葉を最後に会話は途絶え、やがて何も聞こえなくなった。


 ――大した信頼じゃないか、生徒会長さん。もっとも、俺を買ってる上の人間なんて桜田家の縁者だった達城くらいのもんだと思うけどな。


「……いいぜ、やってやるさ。舞帆にしこたま根性叩き直されてきたんだ、もう昔の俺じゃない」


 そして迎えた本番。ボーカルの俺を中心に、ギターやベース、ドラムの担当者がそれぞれのポジションにつく。


 体育館の幕が開くと、高校のそれとしてはかなりの広さであるにも関わらず、集まった生徒は、その全体を埋め尽くそうとする勢いだった。


 よく見れば、人数が多過ぎる余り体育館に入れない生徒まで、食い入るように俺達に注目している。


 目を凝らしてみれば、ここの生徒じゃない平中やひかり、狩谷までもが歓声とともに俺の名を叫んでいるのが見えた。


 その時に目頭が熱く感じたのは、きっと気のせいじゃないだろう。


 正直に言えば、かなり予想外な規模だろう。

 普通なら間違いなくビビる大人数だが、不思議とまったく緊張がない。


 ――こんなに、俺を見てくれている。こんなに、俺に期待してくれている! こんなに、信頼されている! これなら……俺はやれる!


 舞帆が支えてくれなきゃ、こんな景色はありえない。

 こんな景色、俺の目に映るはずがなかったんだ。


 俺は観衆を一瞥し、マイクを取る。


「俺達には、ヒーローがいる」


 まず発した第一声は、それだった。


 誰ひとり騒ぐことなく、みんなは固唾を飲んで、俺を見詰める。


「そのヒーローは、きっと俺達の知らないところで、学園を守るために戦い抜いてきたんだと思う。俺は、そのヒーローの『今まで』を称えて、『これから』を応援したい。そう、願ってる」


 ――そうだ。


 舞帆は不良に身を落としていた俺を毛嫌いせず、立ち直らせてくれた。


 彼女の尽力がなければ、今日の平和はなかったかもしれなかったんだ。


 彼女こそ、この学園を守り抜いた真のヒーロー。そして俺は、そんな彼女を称賛し、これからの活躍を願って鼓舞しようと思う。

 ……それが、セイントカイダーだった者としての、最後の大仕事!


 体育館ステージから見える、2階の客席。その中央で立つ彼女に面と向かって――俺は、声を張り上げた。


「だから、歌おうと思う。『彼女』のこれからを信じて! ――『Unionユニオン Heroesヒーローズ』ッ!」


 やがて。俺の願いを込めた一言を合図に、勇壮なイントロが観衆を沸かせる。


 この瞬間、俺の――炎馬勇呀の戦いは終わりを告げ、「ソリッドキラー」としての過去を消し去った「セイントカイダー」の戦いは、新たな局面を迎える。


 そのために俺にできる、精一杯の激励。


 それを真正面から受け止めてくれた舞帆の頬を、感涙が伝う。


 桜田舞帆。


 ――俺は、君に会えて、よかった。


 ……だから、ありがとう。そして、これからはずっと――笑顔でいてほしい。


 その想いを歌詞に乗せて、俺は力の限り歌い続けた。


 それが届いたのかは、わからない。


 激励になったのかも、わからない。


 確かなのは、込み上げて来る感情が溢れ出すように涙する、舞帆の微笑が見えていた、ということだけだ。


















-Kakuyomu Hero Wars-


-2nd Anniversary-




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