第20話 セイントカイダーの進化

 ガラクタ寸前まで傷付けられ、舞帆の隣に転がされていたセイサイラーに跨がり、俺はラーカッサの元へ走る。


 生裁剣が破壊された、つまり生裁剣に変形するサイドカーの部分が失われ、バイクだけの存在になったため、いつもより軽快にセイサイラーは地を駆けることができた。


 既に彼女は臨戦態勢を整え、俺との一騎打ちを今か今かと待ち侘びているようだった。


 ――楽しそうな面して誘ってんじゃねぇよ。

 こっちは何も出来ない自分がどうしようもないくらい憎くて憎くて、頭が割れちまいそうなんだ!


 そんなに戦いたいって顔してると、女だろうと手加減してもらえなくなるぞ!


 俺は怒りと決意を剥き出しに、赤いボタンを指で押し込む。これが、最後だ!


「――装鎧ッ!」


 セイサイラーは俺がそこで跳び上がると、目まぐるしい変形を繰り返し、俺の身を包む鎧になっていく。


 生裁剣がないことに多少の寂しさを感じつつも、俺は速やかにセイントカイダーへの装鎧を完了させた。


 しかし、その鎧はすでにズタボロに痛め付けられた後だった。

 あちこちにひびがある。舞帆め、随分手荒く使い込んでくれたな。


「へぇ、格好いいじゃない。――憎ったらしいくらいにね!」


 ゴング代わりに、まずラーカッサから繰り出してきた。

 腕を振るい、その肘から放たれた刃がブーメランのように俺に襲い掛かる。


「――!」


 これは、防御出来ない!


 そう本能で反応した俺の体は、頭で考えるより速く横へ転がって回避していた。


 俺の傍を通り過ぎた刃は、最新鋭の設備を紙切れを破るように切り裂いていく。

 生裁剣を破壊したのも、これか!


「ごっつい鎧着てる割にはよく動くわね」


 悠々とした口調で、ラーカッサは次の一手を思わせる構えを見せた。


「でも――アタシの前に立つにはトロ過ぎんのよ!」


 一瞬だった。


 回転する視界。地面に足が着いていない感覚――浮遊感。


 気が付けば、彼女よりかなり体重があるはずの俺の体が、まるでピンボールのように弾け飛んでいた。


 記憶の糸を辿れば……そう、俺は瞬時に近付いてきた彼女に、思い切り蹴り上げられたんだ。

 自分の身に何が起きたのか、脳が判断する暇もなかった。


 まさに、圧倒的。


 ラーベマン――桜田でも歯が立たないこいつを相手にすることがいかに困難なことか、身を以って思い知らされた。


 まだ力を蓄えていなかった時とはいえ、一度はこいつらを退けた桜田も凄いが、今のラーカッサの強さとスピードは――本物だ。


「ぐッ!」


 だからといって引き下がるわけにも行かない!


 俺は辛うじて受け身を取り、パワーにものを言わせたパンチを繰り出す。

 バッファルダには遠く及ばないものの、馬力の強さならセイントカイダーのパワーファイトに分があるはずだ!


「おっと、なかなか粋な戦い方するじゃん」


 だが、俺の渾身のパンチは幾度となく空を殴るばかりで、ラーカッサには一向に届かない。


 どんなに強力なパンチを出せても、それをかわせるだけのスピードで避けられたら、意味がないのは明白だった。


「ほーら、パンチってのはこうやって打つのよ!」


 反撃とばかりに、ラーカッサが俺の顔目掛けて拳を突き出してくる。

 だが、彼女の拳は指先や肘等とは違って刃物の類は一切付いていない。


 こっちの攻撃が当たらないのは確かに致命的だが、向こうも俺と殴り合うには体重差が激し過ぎるはずだ。


 どういうつもりか知らないが、これはチャンスだ。

 このパンチを凌いで隙を見付けて、畳み掛ければ――


「がふッ――!?」


 突如、火薬が弾けるような衝撃を顎に感じ、それと共に俺の脳が前後に激しく揺さぶられた。


 これは何の痛みなのか、そもそも何が起きたのか。


 それを考える暇もなく、俺は夜空を見上げるように仰向けに倒れた。


 受け身も取れず、思い切り瓦礫に後頭部を打ち付ける。

 生身だったらただじゃすまなかった……!


「アタシの武装が刃だけって思っちゃったわけ? はやとちりはよくないわよ」

「お前……拳に、弾薬を……!?」

「ご名答。アタシの拳にはパンチの反動を引き金に破裂する弾薬を仕込んである。所沢やアンタのような重さはないけど、当たると結構痛いでしょ?」


 痛いなんて生易しいものじゃない。意識が数秒飛ぶレベルだ。


 ラーカッサは得意げに笑うと、俺を見下すためか、瓦礫が積み重なり高い山になった場所へ跳び移った。


「さて、どうする? アンタって元々部外者だったんでしょ? 前に桜田家の連中に『挨拶』しに行った時はいなかったし。別にアンタがどういういきさつでセイントカイダーやってるかなんて知らないし興味もないけど、泣いて謝るなら命くらい拾ってあげてもいいのよ?」

「ふざけんな……まだ始まってもいないんだよ!」


 俺は瓦礫の壁に寄り掛かりながら立ち上がり、決して逃げまいと正面から彼女と向き合った。


 ――やっぱり、達城に頼るしかないみたいだ。


 一応は切り札……というべき能力なんだろうが、それを「切り札」として扱えるかは俺次第なんだ。


 だから、失敗は許されない。

 いや、俺自身が許さない。俺を信じてくれた、達城のためにも!


 俺は腹を括り、バックルの校章に手を伸ばし、思い切りそこを掴んだ。


 何かを仕掛けてくる。そう踏んだのか、向こうも警戒の動きを見せる。

 舞帆が装鎧していた時では見られなかったであろう、本邦初の行動なんだから当たり前か。


 校章の左側を掴み、右側に向かって回転させる。つまり、裏返した。


 その瞬間、俺の全身を覆っていた重厚な鎧が、突如俺を拒絶するかのように離れ、バラバラに分解された。

 やがてその部品は1カ所に集まり、元のバイク形態――セイサイラーに戻った。


 しかし、装鎧が解けたわけではない。

 普通、元に戻るには、過剰なダメージを受けてセイントカイダーの鎧が変身者の生命危機を感知して強制的に変身を解除するか、装着者自身が内側から脳波で操作して鎧を外すしかない。


 俺が見せたのは、そのいずれにも該当しない行為。


 そして、俺自身も見たことがない姿の「俺」が、そこに立っていた。


「……それ、いわゆる『とっておき』ってやつ?」

「そうだな。……いや、そこは『俺次第』ってとこだ」


 破損した水道から漏れてきた水で出来ていた水溜まりが、俺の姿を映し出す。


 かつての重装甲な鎧姿から一転。ラーベマンを思わせる、薄いボディスーツ姿になっていた。メタリックブルーを基調にしたマッスルスーツが、この全身を包んでいる。

 真紅に光る両眼を備えたフルフェイスのマスクが、そんな俺の素顔を隠していた。マントがないことと色が違う点を除けば、ラーベマンとよく似ている。同じ桜田製のスーツだからか。


 薄地の戦闘服に、右腰には光線銃「セイトバスター」。そして左腰には生裁剣と違って、俺の脚くらいのリーチしかない細身の剣「セイトサーベル」。

 全て、設計図代わりに達城が用意してくれていたメモの通りだった。


 今までのセイントカイダーの姿は、「戦闘形態バトルスタイルの一つ」にしか過ぎなかったのだ。


「まぁ、少なくとも……お前に勝てる『切り札』には違いないがな」


 それは本来「生裁重装ヘビーメイルズ」と呼ばれる重装備形態であり。

 今の俺を包んでいるこの戦闘服こそが、達城の切り札にして生裁重装に続く第2形態――「生裁軽装ライトメイルズ」というわけだ。

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