第9話 暴かれる過去

 ラーベマン……本名は桜田寛矢さくらだひろや

 舞帆の弟であり、宋響学園を飛び級で卒業した、筋金入りのエリートにしてヒーロー。そんな彼の活躍は、翌日の新聞の一面をド派手に飾った。


 ――「飲食店を襲った暴漢、ラーベ航空会社の使者が成敗!」。なんとも骨太な見出しではないか。


 ボロクソに痛め付けられた俺については一切触れられていない。

 ヒーローの名誉を守らねばならない政府の都合なんだろうが、バッシングされるよりかは俺としてもマシだ。なんだか寂しい気もするが。


 それから、バッファルダについても詳細は報道されなかった。

 ……奴らは、一体何者なんだろうか。


「大丈夫ですか、炎馬さん? さっきから難しい顔してますけど」

「ん? ああ、気にすんなよ桜田」


 瀕死の重傷を負っていた俺は、神嶋記念病院へ搬送され――そこで緊急手術を受けた。

 本来なら全治半年という重体だったのだが、たまたまこの病院に来ていた外来の外科医・橋野架はしのかける先生の処置が功を奏して、今はかなり快復している。

 ――と言っても、まだまだ万全には程遠いのだが。


 消毒液のヤな臭いで充満しているこんな病室まで見舞いに来るとは、この寛矢とか言う舞帆の弟は底無しの善人のようだ。


 俺の血で目潰しするときの無茶振りだけはいただけないが。


 俺よりも背は遥かに高いし、艶やかな茶髪をショートに切り揃えたイケメンだし……姉といいこいつといい、桜田家は完璧超人の量産工場かなんかなのか?


 そう感心していると、寛矢は真剣な表情で俺を見詰めた。


「今日ここへ来たのは、炎馬さんにご自身の話を聞かせていただくためなんです」

「俺の? そんなもん聞いてどうすんだよ」


 せせら笑う俺だったが、ここの扉を猛烈な勢いで開けた2人の客人が、その微笑を断ち切った。


「私に隠し事なんて、いい度胸じゃないの、炎馬君!」

「そうですよ、私ビックリしました! 炎馬さんがセイントカイダーだったなんて!」


 舞帆と平中……なんでここを知ってんだよ。

 俺は気まずそうに目を逸らすが、彼女らはそれさえ許さないと言わんばかりに、俺が寝ているベッドの上にまで乗り上げてきた。


「なんであなたがセイントカイダーなのよ! どうして、何も言わなかったのよ!」

「同感です! 水臭いって言葉が今この瞬間のためだけにあるみたいですよ!」


 こないだの模試の成績を母さんに見られた時に近い心境だ。

 心配掛けたのは確かに申し訳ないが、とにかく居た堪れない。


「あなたのことを聞いてから、是非話を伺いたいと思っていたんです。どうしてあなたが、姉さんに代わってセイントカイダーになると決めたのか」


 割って入ってきた寛矢の発言に、舞帆の顔が凍り付く。


「何よ、何よそれ。炎馬君が……私の代わり!?」

「そうか、やっぱり姉さんは何も――」

「もう、何なのよ! 答えて、答えてよぉ!」


 綺麗な髪を振り乱しながら、舞帆は弟を遮って俺の両肩に掴み掛かる。

 平中が慌てて止めに入るが、その力が緩む気配はない。


 その様子に何かしらの無力感を感じたのか、平中は力無く椅子にへたり込むように座った。


「あんなに傍にいたのに、何も知らなくて何もできなくて……これじゃ、ひかりに合わせる顔が無いよ」

「――あ?」


 今度は、俺の顔が凍った。


 時が止まったように、意識はあるのに、体が動かない。


 思い出したくない、それでいて忘れたくもない記憶。


 それが今、たった一言で呼び起こされようとしていた。


 俺にとって、良くも悪くも忘れられない、彼女が。


「――!」


 無意識のうちに力ずくで舞帆の腕を払いのけると、平中に真顔で迫る。


「ちょっと待て。『ひかり』だと?」

「え? は、はい。私の友達で、その……あなたのことを教えてくれた……」

「文倉、ひかりか」


 俺が出したフルネームに、平中が目をしばたかせる。それは、やり取りを見ていた桜田姉弟も同じだった。


「え、何? 誰よ、文倉って!?」

「炎馬さん、僕達にも説明して下さい」


 ……患者を労る気持ちってのが無いのか、こいつらは。


 ――いや、問題はそこじゃない。


 俺が、セイントカイダーになったこと。それが舞帆の身代わりを意味していたこと。


 そして、「文倉ふみくらひかり」のこと。


 もしかしたら、全てを吐き出すいい機会なのかも知れない。

 話すことで、何かが楽になるとしたら。


「……」


 俺は自分に注目する周囲を一瞥し、一息つくと、窓から見える遠くの景色に目を向けた。


 ここから見たら、ミジンコのように小さく見えるビル群くらい、遠い記憶。


 忘れられない、忘れたくない、そんな気持ちをないまぜにして封じていた、俺の幸せと不幸せが同居する過去。


 そのパンドラの箱を、俺は今、こじ開ける。


「……俺の、コト、かぁ」

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