番外編 平中花子の恋路 後編
まず昼休みに、カロリー計算がなされたヘルシーなお弁当を作ってきては「毒味せよ!」と私に、いわゆる「あ〜ん」の要領で食べさせて来る。
……おいしいしうれしいけど、もう少し女心を考えてほしい。
向こうは無意識にやってるみたいだけど、「あ〜ん」は普通、恋人同士でするものよ。……わかっててやってるのかな? そんなことないよね?
「どうだ、美味いか?」
「――うんっ、おいしい! ……あ、べ、べつに嬉しいわけじゃないんだからねっ!」
「あれ? 口に合わなかったのか?」
「お弁当のことじゃないわよっ!」
「じゃあ何さ?」
「い、言えるわけないじゃない、バカァッ!」
「な、なんかよくわかんないんですけど、とりあえずごめんなさ〜い……」
彼が「好き」――ううん、「大好き」って気持ちが本人に知られると、恥ずかしくて気まずくなる! だからなのか、ついつい素直じゃない態度になってしまう。
そんな自分が、どうしようもなく情けなかった。
次に、体育の時間。
私達は隣同士のクラスなので、合同で練習することが多い。そこで、準備運動の一環として毎回こなしている走り込みで、彼は私に合わせたペースで走ってくれた。
一緒に走る仲間になることで、連帯感を持って走りやすくするためだ。
私は彼の背中を追い、必死に体を動かした。途中、先生が私に合わせて走る彼をサボってると勘違いして怒声を上げている様子も目に入ったけど、彼は気にせず私のペースに同調してくれていた。
悔しくてたまらないほど惹かれる背だけを見つめて、私はただ走ることだけを頭に入れて、脚を動かしていた。ここまで私に尽くしてくれる彼の優しさに、なんとしても応えようと。
「おいおい、そんな無茶するなよ」
「無茶なんてしてないっ! してないんだからねっ!」
「――そうか。じゃあもう少しだけ、一緒に走ろう」
「……も、もう! デブに色目なんか使ってんじゃないわよ!」
「え? いや、俺は何も……つーか『色目』って何のことよ?」
「……バカ、鈍感っ!」
「わけわかんないまま怒られた!?」
走りながらこんなやり取りができるなんて、今までは考えたこともなかった。一人で走ってる時には、ただ「しんどい」ということしか、頭になかったんだから。
おかげで、彼に会う以前では一度も完走できずに投げ出していた走り込みを、初めてクリアすることができた。彼は私の努力を讃えてくれたけど、それ以上に私は彼に感謝したかった。
そのため、なんだかお互いの頑張りを讃え合うような恰好になってしまい、それがたまらなく可笑しくて、楽しかった。
放課後も帰りに寄り道して一緒に山を登ったり、商店街を一周したりして、運動量を共有した。もし私1人だったら、到底続けられなかっただろう。彼が傍にいたから、私は続けられた。
「え!? 『武羽子』って本名じゃなかったのか!」
「当たり前でしょ! 私のことなんだと思ってたのよ!」
「そっかー……ごめんな。じゃあ、アンタの本当の名前はなんて言うんだ?」
「う――それはダメ! 言えないっ!」
「なんでさ?」
「あんまり可愛い名前じゃないからっ!」
「いいじゃないか、アンタ自身は可愛いんだから」
「えっ!? な、な、な……!」
「どうした? 顔が赤いけど」
「なんてこというのよ、バカァァーッ!」
「うええっ!? す、すいませんでしたーッ!」
こうやって2人で一緒に歩いて、騒いで、話して、笑って。それは友達の少ない私にとっては格別の幸せに繋がり、彼の笑顔からも元気を貰った。
私1人では、叶えられなかった夢。そこに届く可能性を、彼は与えてくれた。
彼あっての叶う夢なら、叶ったあともずっと彼の隣にいたい。そんな、身勝手ながらも幸福絶頂な願いを抱くようになる頃には、私達は3年生に進級していた。
そして、私は夢に向かっての「大変身」を完了させていたのだ。
彼と二人三脚で1年間近く続けた「ダイエット&モデルデビュー大作戦」が功を奏して、私は劇的にスリムになり、ハッキリと自信が持てるようになるほどの美貌を手に入れることができた。
自信を持つようになってからは友達も自然にできるようになり、自分自身が明るくなっていくのを実感した。
顔を含めた全身の贅肉を取り払った私の姿は、もはや完全に別人のようだった。全ては、ひたすら自分の夢のために奔走してくれた彼のおかげだ。
さらに、「大作戦」を始める以前から読み込んでいたファッション雑誌の知識のおかげで、納得のいくスタイルになってからの「オシャレ度」が急上昇したのよ。
かつて私を「ブー子」と呼んでからかっていた男子グループは、今までの態度を一変させて私に話し掛けるようになった。
「いやぁ、マジ可愛いな花子ちゃん! 今度一緒にカラオケ行かね? ぜってー楽しいからよ!」
「ちょーどいいことにさ、映画館のチケットが余ってるんだよー! せっかくだから一緒にどう?」
「最近話題のデートスポットがあるって知ってる!? 良かったらちょっと2人で下見にでも行ってみない?」
もちろん、そんな彼らのお誘いに応じるつもりなんてない。私を誘っていいのは、彼だけなんだから。
――だけど、3年生になってクラスが大きく離れてしまってから、彼には会うに会えなくなっていた。
というのも、彼に「もう充分人気者だし、俺がいなくても大丈夫だろ? 雑誌に載ったら教えてくれよなっ!」と、さも「やり切った」という感じの顔で言われてしまったせいだ。
もう私の夢は自力で果たせるんだから、自分の出る幕はない、と彼は言うけれど、そんなことはない。
私の夢は、彼との関わりで少しだけ変わった。モデルにはなりたい。なりたいけど、問題はそこから先だ。
彼のような男を、他の女の子が放っておくはずがない! きっと私がいない間に、彼を狙う人が出てくるはず。
――だから、私は何よりも彼と結ばれたい。他の誰のものでもない彼の隣で、夢を叶えたい! それこそが、今の私の夢なの。
結局、受験勉強に勤しんでも彼や私の友達と同じ高校には入れなかったけど、それでも私は諦めなかった。
ピザ屋でバイトをする傍ら、モデルについての勉強も始めた。
いつかファッション雑誌に載るくらいのすごいモデルになって、彼をアッと言わせるんだから! そして、私のことが好きって言わせられるくらい、魅力的になる!
前まではデブで不細工だったから恋に臆病になっていて、素直じゃない態度だったけど……今は違う。「好き」っていう気持ちだけは、二度と裏返さない!
ファッションモデルになることと、彼と結ばれること。
二つに分かれた夢を、両方とも叶えると誓った私は、かつてあの人と2人で登った山に弟を連れていき、そこで決意表明をすることにした。
「お姉ちゃん、こんな山の中で何するの?」
「いーい、達弘? お姉ちゃん、これから夢に向かって邁進する誓いを立てるんだからね! 証人としてそこで見てなさい!」
「はーい。お姉ちゃん頑張れー!」
無邪気な弟の応援に背中を押してもらった私は、山から見える夕暮れの空へ向かい、思い切り息を吸い込み――叫ぶ。
「炎馬勇呀さああぁーん! 好きでぇーす! 愛してまぁあーす! 私と――平中花子と、結婚を前提にお付き合いしてくださぁーいっ!」
言いたいことを、言いたいだけ声にして、私は想いの丈を夕日に打ち明けた。聞く方が恥ずかしくなりそうなほどの盛大な愛の告白が、こだまとなって空へと響き渡る。
「お姉ちゃん、炎馬さんって誰?」
「あんたのお兄さんになる人よっ。ふふふっ」
自分の本名も知らない相手に告白なんて、ちょっと変かも知れないけど……別に構わないわ。
彼が――炎馬さんが好きって気持ちさえ誰にも負けない限り、夢だってきっと叶うんだから!
……そして、高校3年生の現在。華の17歳となった今は――
「うえぇえぇ〜んっ! 達弘ぉ〜! また、また、また炎馬さんに告白できなかったよぉ〜っ!」
「お姉ちゃん、元気出してー」
自宅で幼い弟に頭をナデナデしてもらいながら、私は今日も愛を伝えられなかったと嘆くのでした。
――シャイガール・平中花子の受難はこれからも続……かないでよぉぉ〜っ!
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