第22話 ヒーローの名乗り

「そうよ、アタシ達はヒーローになるチャンスを当たり前のように潰され、その上道化にされた! あんな奴らがいる限り、ヒーローは死んだまま! だから倒すのよ、そんな連中が統べているこの宋響学園と、その根元である桜田家をね!」


 怒りの矛先を、桜田家の3人に向け、狩谷は高らかに叫ぶ。


 俺は事件の発端とされる校長に、真偽を問う視線を送った。それは、初耳の話だったためか桜田も同じだった。


「どういうことなの!? お父さん、本当なの!?」

「父さん、説明して下さい! 僕はちゃんと試験をクリアしてヒーローになれた訳ではなかったのですか!?」


 舞帆と桜田は、取り乱した様子で2人して父に詰め寄る。

 彼はそんな息子や娘の肩を持つと、言い聞かせるように口を開いた。


「……いいか、舞帆、寛矢。よく聞くんだ。私達桜田家は、常に周囲をリードする人材を輩出してきた。これまでも、そしてこれからもだ。その歴史を止めてはならない。あの女はその歴史の重みを知らないから、あのような不届きな雑言を口にできるのだ」


 世間に嘘はつけても、家族だけは騙せない――そう悟ったのか、校長は開き直ったように言い捨てる。


「あの女は敵だ。敵の惑わしに耳を傾けてはいかん」

「な、なんてことを……あんまりよ、お父さん!」

「そんな……そんなことのために、僕は……! これじゃあ、道化は僕の方じゃないか!」


 2人は自分達が信じていた正義の道が偽りのものと感じ、表情に絶望の色をたたえた。

 バッファルダとの2戦目の時に桜田がやった、俺に刺さっていた破片を無理矢理抜いて、血を目潰しに使うという戦い方。緋天彗星撃コメットスカイダイブとかいう、あのえげつない必殺技。


 あれも、あの校長が治める桜田家の教えだとするなら……納得してしまいそうになる。


「ふーん、何にも知らなかったんだ、可哀相ね」


 2人の少年少女の反応を見た狩谷は、哀れみと蔑みを混ぜた目で彼らを一瞥した。


 その瞳の最奥にある殺気を本能で察知した瞬間、俺の体が痛みを忘れて動き出した!


「まあ、恨むなら由緒正しい自分の家に泥を塗った、そのクソ親父を恨みなさいよ。――地獄でねッ!」


 自分を地獄に突き落とした連中への天誅とばかりに、狩谷は肘の刃を放とうと腕を振るう。

 その瞬間、俺は全身の力と体重を前に傾けるように立ち上がり、セイトサーベルでその一閃を受け止めた。

 凄まじい金属音が鳴り響き、俺の耳を激しくつんざく。


「何のつもり? あそこまで話を聞いておいて、まだ桜田家に義理立てしようっていうの!? それとも、アタシの話なんて信じないって?」

「……いや、信じてるさ。校長先生の反応を見ればわかる。あんたは、嘘なんかついてない」


 あれだけの怒りを、でっちあげだけで生み出せるものか。


 それに校長も、結局は否定しなかった。


 この事件は、起こるべくして起こったものなんだと、俺は認識していた。


「それでもアンタはあっちに付こうってわけ? そうよね、アンタからすれば、ここでアタシを潰せれば、桜田家に取り入るチャンスだもんね! 権力にでも目が眩んだのね!」

「あんたは確かに怒って当たり前だと思う。俺だって、そんなことをされたらどうしようもなくなるくらい怒るさ。でも、このままあんたを行かせちまったら、きっとあんたは引き返せなくなる。……そんなの、見ていられない」

「黙れ、アンタがアタシ達の何を知ってるってのよ!」


 狩谷は怒号を上げ、俺の腹を膝の刃で勢いよく突き刺した。

 冷たい痛みが、赤い花のような染みと共に全身に広がっていく。


 今まで抱えていたものが溢れ出して来たように、彼女の表情は悲しみや怒りをないまぜにした、『感情』そのものが現れていた。


「……何も知らない、さ。あんたが言うように、俺はなにも知らない。知らないから、知りたいんだよ。知るまで、ほっとけないんだよ……!」

「うるさい、うるさいうるさい!」


 俺を弾薬入りパンチで吹っ飛ばし、狩谷はこちらを睨みつける。

 自分でも、今の自分が正しいと言い切れない――そんな苦悶の表情で。


「アタシは約束を守れなかった! なれなかったのよ、なれるはずだったヒーローに! あの娘に、ひかりに、合わせる顔がないじゃない! どうしてくれるの! 責任取ってよ!」


 ――やっぱり、狩谷もひかりと同じ孤児院にいたのか。


 いじめられていた彼女の友達になってあげてたんだな……やっぱり、ひかりは優しい。


 ひかり、見てろよ。

 今度こそ、今度こそ救って見せる。舞帆も、お前も、お前が守った友達も。


「アンタ、一体何なのよ! 知った風な顔してんじゃないわよ!」


 さっきまでと違い、身の上を訴えたことがきっかけで感情的になったからか、彼女の攻撃は以前までの正確や鋭さを欠き、直線的なものになっていた。


 恐らくこれが、彼女を止める最初で最後のチャンスになるだろう。

 狩谷のヒーローへの想いの強さが、俺に勝機を与えてくれる。


「知った風――か。そうだな。俺は結局、何も知らないままだった。でもな、それでも俺には守りたい奴がいて、守りたい場所がある」

「……!」

「たとえ、どんな真実があっても。それだけは、絶対に変わらない。――だから俺は、こう叫ぶんだ」


 ふと思い出した、セイントカイダーの名乗り。


 俺はそれを胸に、一旦間合いを取った。

 向こうはまた何か新しい武器でも使ってくるんじゃないかと警戒しているようだ。


 俺はそこで、今日に至る今までを一度、振り返った。


 ――2年前のあの日から、俺は舞帆に救われた恩を忘れたことはなかった。


 初めて会った頃は俺の方が強気でいたのに、いつの間にか立場が逆転していたのは記憶に新しい。


 それでも、俺はきっと幸せだったはずだ。

 そうでないなら今……こんなに嬉しい気持ちは湧いて来ない。


 ずっと抱えていた負債を、一気に解消する最大のチャンス。それが、この戦いだ。


 俺は舞帆がたどるはずだった戦いに身を投じるためだけに、ヒーローになった。

 勝ち目のない戦いに彼女を晒さない、唯一の手段だったからだ。


 だから彼女のヒーローとして、最後の名乗りを、俺は上げたい。


 それが少しでも舞帆の支えになるとしたら、それはきっと意味のあることになるから。


 思えば、俺はここに至るまでに多くの人から助けてもらっていた。


 母さんは、俺がどんなに荒んで、忘れてもらおうとしても、決して見捨てずにいてくれた。俺に代わって、ひかりを支えてくれた。


 平中は、俺達とは本来関係ないはずの、普通の女の子だったのに、俺との縁だけでここまで連れて来てくれた。


 ひかりは、俺のせいで死にたくなるような思いをしたはずなのに、それでも俺を憎むことなく、「絶望」しかなかったはずの未来を甲呀という「希望」に塗り変えて、俺に勇気をくれた。


 達城は、俺が無理にヒーローになると決めても、決して跳ね退けることなく、チャンスを与えてくれた。今思えばそれは俺に舞帆の代役が務まるかどうかを試す意図があったんだろうが、それでも最後には本当に俺を信じて、この力をくれた。


 そして……舞帆は、ひかりのことでやさぐれていた俺を救い上げるために、ひたすら手を尽くしてくれた。


 俺が幸せを掴むこと――元の、当たり前の暮らしを取り戻すことを、望んでくれた。


 みんな、俺を支えてくれた。

 俺を信じて、頼りにして、助けになってくれていたんだ。それは、舞帆も同じだったのかも知れない。


 俺がセイントカイダーをやっていたと知った時、誰よりも反対していた彼女は今、ただ家族と共に固唾を飲んで見守っている。


 止めようとはしていない。

 もしそれが、俺を信じてくれている証なら、俺を頼ってくれている意味なら。


 ――俺は、今。彼女だけのヒーローだ!


「生徒の手により裁くべきは――世に蔓延る、無限の悪意」


 腕を派手に振り、俺は腰を低くして、身構えるようにポーズを決める。


 生裁重装の時では体が重くて出来なかった、本来あるべき姿である今だから出来る――名乗りのポーズ。


 舞帆のヒーローとして戦い、勝つことを約束する構えだ。


 俺は掌を狩谷に向け、これから成敗してやるといわんばかりの威勢で声を張り上げる。


 みんなの支えから成り立つ、俺の力で。


「――生裁戦甲、セイントカイダー!」

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