第5話 装鎧
「達城! 聞こえてんのか、達城!」
あの怪物を人通りの少ない校舎裏へ誘い込むと、俺は携帯で達城に連絡を入れる。
隠れた角から覗き込んでみると、奴はまだ俺を捜しているらしい。辺りを見渡しながらウロチョロしてやがる。
『聞こえてるわよ。状況はこっちのコンピュータで把握してる』
「説明が省けて助かるぜ! あいつが例の、宋響学園を狙うヴィランって奴か!?」
『そう。名は
俺がセイントカイダーになる前から聞かされていた、宋響学園を狙う「2人の刺客」。
こいつらと戦うために、俺はヒーローになったんだ。
「今こそって奴だな。達城、セイサイラーを出せ!
すると、バッファルダとかいうデカブツは、俺が違う場所に逃げたと踏んだのか、運動場に向かって進み出した。
「……マズイ!」
『運動場に行くつもりね。あんなとこに入られたら大混乱になるわよ!』
「当たり前だろうが! さっさと出せっつーの!」
『急かすんじゃないわよ、待ってなさい!』
携帯越しにレバーを降ろす音が聞こえてくる。
体育館裏から飛び出してくるセイサイラーを取りに、俺はその場を全速力で立ち去った。
地下室から地上へ上がる際、セイサイラーは体育館裏の倉庫から、床にカムフラージュされた射出口を使って出てくる。
体育用具を詰め込んだ倉庫の扉を開ければ、既に修復済みのサイドカーが俺を出迎えてくれた。
『もうとっくに運動場に入られてる頃でしょうね。急ぎなさい!』
「分かってる!」
颯爽と跨がり、フルスピードで倉庫を飛び出す。
パトロールの際には、突き当たりの跳び箱に偽装したジャンプ台を使って校舎外に出るのだが、今だけはそれが邪魔に見えて仕方がない。
ジャンプ台を避けるように曲がり、まっすぐ運動場へ向かう。
既に目の前のグラウンドでは、突如現れた人型の猛牛の出現に大パニックが起きていた。
これ以上、好きにはさせられない。
「さて、始めるか!」
俺は深く息を吸い込むと、意を決してハンドルの真ん中にある赤いボタンを押し込んだ。
「――
続けざまに、セイサイラーを走らせたまま、両足でタンデムシートに乗る。
そこから、今度は真上に向かって跳び上がった。
宙を舞う俺を置き去りに、無人のまま走って行ったかに見えたセイサイラーは、そこで「変形」を始める。
突如、車体が飛び跳ねたかと思うと――タイヤがバイクの車内に収納され、その車体は折り畳みと展開を繰り返し、やがて鎧の形状になっていく。
そして、車体の側面にあるサイドカーの部分は、身の丈を超える巨大な大剣へと変形していった。
その二つは瞬く間に、地に降り立とうとしていた俺に吸い寄せられていく。
全身にきつく締め付けられるような痛みを感じた時には――俺は武骨な重鎧を纏い、巨大な剣を持つ、重厚な甲冑騎士の姿になっていた。
着地した瞬間、その重量により轟音と共に土埃が噴き上がる。
メタリックブルーを基調とする重鎧。アメフト選手のように盛り上がった両肩。鋭利なトサカを備えたフルフェイスの鉄仮面。そして、真紅に発光する鋭い両眼。
俺の姿を覆うその全てが、陽射しを照り返し眩い輝きを放つ。
バックルにあるダイヤの校章も、太陽の光を浴びて、蒼白く輝いていた。
――これこそが、「生裁戦甲セイントカイダー」。俺の、もう一つの「顔」だ。
サッカーゴールをへし折ったり、朝礼台を叩き壊したりとやりたい放題のバッファルダ。
俺がそこへ立ちはだかると、さっきまでわけもわからず逃げ惑っていた生徒達が、水を得た魚のように歓声を上げる。
「セイントカイダーだ!」
「すっげえ! やっちまえー!」
ヒーローを讃える学園の声に背中を押されるように、俺は白金の煌めきを放つ大剣「
身の丈を遥かに凌ぐまばゆい刀身が、陽の光を浴びて神々しい輝きを放っていた。
「生徒の手により裁くべきは、世に蔓延る無限の悪意! 生裁戦甲セイントカイダー!」
俺は生裁剣を構えたまま、自分のヒーローとしての名で名乗りを上げる。
達城から教わったフレーズだが、決めポーズまでは出来なかった。
彼女は「身軽になればポーズも出来る」とか呟いてたが、何の話だったんだろうか?
一方。バッファルダは暴れていた手を止めると、憎々しい顔で歯ぎしりをする。
何の恨みがあるのかは知らないし、俺とは何の接点もない男だ。
所沢なんて名前も知らない。
確かなのは、宋響学園に仇なす敵、つまりは学園のヒーローたるセイントカイダーの敵ってことだけだ。
けたたましい咆哮と共に――バッファルダは午前の太陽に照らされ、怪しくきらめく双角を俺に向け、突進を仕掛けた。
「……なんだって朝っぱらから闘牛ごっこしなくちゃならねぇんだか……なッ!」
生裁剣の柄で、真正面から受け止める。
さすがにそれだけで止められるものではないが、隙さえ作れば後は簡単だ。
「らあッ!」
左側に避けながら柄を滑らせて受け流し、すれ違い様に顎を蹴り上げる。
顎を通した衝撃で脳を揺らされた脳筋野郎は目を回し、その場で転倒した。
「ち、クソ野郎が!」
血眼で俺を睨みつけ、バッファルダは俺の前で初めてまともに言葉を発した。
今度はドラム缶のように太い腕を広げて、殴り掛かってくる。
左腕からのフックを屈んでかわし、右腕からのストレートを生裁剣の刀身でガードする。
「おっと……へぇ、まともに喋れるくらいには知性があんだな」
「黙れやクソガキがァ!」
上手くいなされたことが腹立たしいのか、力任せに次々と拳を投げ込んでくる。
巨体から幾度となく繰り出されるパンチの威力は驚異的だが、俺に言わせれば大振りで隙だらけ。
要は当たらなけりゃ大丈夫って話なわけで。
「じゃあ、今度はこっちだな……決めさせて貰うぜッ!」
「ぐ……ちょこまかとッ!」
水平に薙ぎ払うように振りかぶった腕を飛び越えて――俺は生裁剣の柄にあるスイッチを押し、「大技」を起動させる。
蒼い電光が刀身を包み、激しい閃光が迸る瞬間。俺は両手で大剣を一気に振り上げ――叩き下ろした。
「――『
「ぬっ……ぐあぁあッ!?」
その一閃をガードする豪腕を、剣の重さで捩じ伏せて。勢いに任せるまま、俺は角の1本に刃を叩き付けた。
電光を纏う大剣で斬られた角は、痛みを訴えるようにピキピキと音を鳴らし――やがて破片となって地に落ちる。
「があッ、こ、こんのガキ……!」
その痛みと怒りに震え、みるみる赤くなるバッファルダ。
……こいつぁ、より本格的な闘牛になりそうだな。
と、俺が思っていた矢先。目の前のデカブツが、顔色を変えた。
耳に手を当て、何かブツブツと喋り出した。
目を凝らして見ると、耳から口までマイクのようなものが伸びているのが分かった。
……誰かと通信してる?
俺が様子を見ているうちに話が纏まったのか、耳から手を離してこちらを一瞥する。
会話を通して毒気を抜かれたのか、その眼差しは幾分落ち着いたものになっていた。
やがて奴は鼻を鳴らして明後日の方向へと突進し、立ち去っていく。
「今のうちに、青春を謳歌しておけ」とだけ、言い残して。
◇
学園の受けた損害は小さくはなく、その日の授業は中止となった。
この戦いは学園中の話題となり、ヒーローに憧れる生徒達はそれに夢中となっていた。
最初に襲撃を受けて負傷した柔道部の面々は舞帆の尽力が功を奏して、大事には至らずに済んだ。
笠野も迅速に救急車に連絡したりと、手を尽くしていたらしい。
『お疲れ様ね。まぁ、戦果としては上出来だったわよ』
「角1本へし折ったぐらいで上出来とは、甘い基準だな、おい」
『あら。バッファルダはパワーだけなら、あなたの教官――『
「……
著名なヒーローとして広く世間に知られている、「神装刑事ジャスティス」こと
ヒーローとして正式に資格を得るために、彼の元で地獄のシゴキを味わったことがある俺は、しばらくは身ぶるいが止まらなかった。
『ヒィ、ヒィ、ヒィ! ま、待てよ待てよ待てよ死ぬってコレ! あんた殺す気だろ!? 絶対殺すことしか考えてないだろ!?』
『ほらほら、泣き言を叫ぶ暇があるならペースを上げたらどうなんだ。ヒーローになりたいんだろう? 炎馬』
『だから待てっつってんだろ神威教官! おかしいだろ!? なんで俺今ジープで追い回されてんの!? これ実戦と関係なくない!?』
『ほざくな馬鹿者が。お前の鈍足で敵の攻撃を避け切れるのか? これくらいで音を上げる程度の人間が、ニュータントと渡り合えるとでも思うのか?』
『知らねーよ! こんな頭おかしい特訓してたら戦う前に――ちょ、待て待て待てぇ! 加速してんじゃねぇえぇえ! 鬼、悪魔、教官ンンンッ!』
――あの地獄の日々がふと、脳裏を過る。ちくしょう……鬼! 悪魔! 教官!
◇
その後――俺は事後処理を達城に任せると、地下室からこっそりと地上に上がる。
学園から出ると、笠野と話し込んでいた舞帆が大慌てで駆け込んできた。
「炎馬君! 大丈夫だった?」
「でなきゃ生きてここにいねぇだろ。そっちこそ、もう平気なのか?」
「う、うん、まあね。セイントカイダーが来てくれたおかげよ」
「セイントカイダーのおかげ……ね」
ため息混じりに、俺は自分の学園を振り返る。
頭は悪い、優等生には心配かける、そのくせヒーロー気取りで大暴れ……全く、最低のヒーローだよ。
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