第13話 更生の始まり

 疲労困憊から来る睡魔によって、封じられていた意識が蘇った時――俺は知らない病室のベッドにいた。


「気が付いた!?」

「いって……力強過ぎんだろ!」

「あ、ごめん!」


 目を覚ませば、俺の手を握り潰さんという力で取っていた彼女が傍にいた。どうやら俺をほっぽってはいなかったらしい。


「よかった、気が付いて! ホントに、よかった……!」


 ホッと胸を撫で下ろし、感極まった様子で、女は俺が寝ていたベッドの隣にある椅子に腰掛ける。


 すぐ近くに掛けられていたカレンダーに目を向けると、俺が約2週間は寝込んでいたことがわかる。

 道理であれだけのことがあったのに、被害者のこいつがここまで落ち着いていられるわけだ。


「全身傷だらけで出血も酷かったし……ホントにどうなることかと思ったわよ。でも、無事でよかった!」

「お前の方こそな」


 女はそこで一旦言葉を切ると、申し訳なさそうに俯きながら、俺を上目遣いで見詰めた。


「えっと……あなたも、私と同じ学校だったんだね」

「財布の中身でも見たのか」

「うん……その、あなたの学生証が落ちてて、それで」


 スッと目の前に出された、俺の顔写真がある学生証。そこに写された俺の髪は、今の俺自身への皮肉のように、純粋な黒一色だった。


 受験用にと撮った証明写真が、こんなに皮肉に見えるのは、せいぜい俺ぐらいのものだろう。


「この写真、髪が黒いよね。それに、目が凛としてて、なんだか……」

「死んだ魚みたいな目付きで髪が赤い今とは大違いだな」


 嘲るようにわざと声のトーンを上げると、「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」と困った顔をする。

 さすがにそれ以上虐める気にはならず、「まぁ、どうでもいいけどな」と話題を切った。


 会話を重ねるに連れて調子が良くなってきたのか、女は身を乗り出して、さっきとは違う態度を見せた。


「ねぇ、私、あなたの昔の写真見てから、いろいろ考えたの。あなたはやっぱり、元に戻った方がいい! きっと今より、楽しく過ごせると思うの。一つのクラスの風紀委員を務める者として、あなたのことは見過ごせないから」


 やっぱり風紀委員だったか。まさしく見た目通りだな。

 ていうか見たことない顔なんだし、俺とは違うクラスだろうが。


 露骨にめんどくさそうな顔をする俺に、いたずらっ子を叱る母親のような顔で、女が迫ってくる。


「そのために私にできることなら、なんでもする! 私、宋響学園をより立派にしたいから!」

「ご大層な志をお持ちのようで……それなら……」


 俺はここまで、この女に感じてきたものを思い返した。


 性格も顔も、まるで違う。

 それでも、自身に何があっても俺を案じてくれたあの姿は、ひかりの優しさを思い起こすには充分過ぎた。


 決して、ひかりの代わりなんかじゃない。

 彼女を忘れないために、今目の前にいる彼女も忘れないために、俺は提案する。


 かつて円満に果たせなかった、彼女との約束を。


「……名前で呼び合え。そしたら言うこと聞いてやるよ」

「え?」

「いや、だから名前だよ」


 俺の発言が余程意外だったのか、女は俺の案に応えようともせず、鳩が弾道ミサイルを食らったような顔をしている。


「名前で、呼び合うの? 私と?」

「ああ。お前、名前は?」

「そういえば、自己紹介もまだだったわよね。私は桜田舞帆。あなたは――炎馬勇呀君よね?」

「そうだ。俺はお前を舞帆って呼ぶ。だから、お前も勇呀って呼んでいい」


 女――舞帆は、少し困った顔をすると、頬を赤らめた。


「ごめん……私、男の人を名前で呼ぶのは、家族か、家族になる人じゃないとダメだって言われてて」


 つまり、他所の男を名前で呼んでいいのは旦那だけってことか。

 コテコテに厳格な家庭なんだな。


「じゃあ、俺が勝手に舞帆って呼ぶ。お前は好きなように呼べよ」

「うん……炎馬君」


 あの約束を再現しきれなかったのは歯痒いところもあったが、不思議とそれほどもやもやとはしなかった。


 舞帆にひかりの面影を重ね、彼女を守りたいと願ったから、何が得るものがあったのかもしれない。


 もしかしたら……もしかしたらだが、舞帆を守れたことで何かの恩赦を得られるとしたなら……俺はもう一度、誰かを好きになっても、いいのかもしれない。


 それから、更正の第一歩として髪の染め直しに臨んだわけだが。


「くそったれ……」

「やっちゃったわね……なんだか中途半端」


 マジメになった証として自分で染め直そうとしたところ、しくじって半端な髪になってしまったようだ。


 まるで赤い髪に墨汁をぶちまけたような頭になってしまっている。


 端々に赤みがかかり、さながらメッシュのような有様だ。


 俺は退院して家に帰って以来、その頭で学校に通わなければならなくなった。


 それでも、グレた俺や女に溺れた獣呀のせいで老け込んだ母さんに、これ以上迷惑は掛けられないため、授業にも(今までよりは)マジメに取り組み、髪を染める前までは成績も回復した。


 さらに舞帆主導の(更正のためと称した)雑用オンパレードが功を奏したのか、俺を不良だと恐れて近付かなかった他の同級生達とも、次第に打ち解けていくことができた(その過程で成績が逆戻りしたが)。


 そうして1年生の夏から2年生の秋に掛けて、1年近くに渡る更正プロジェクトをこなした頃。


 俺は、達城朝香と出会った。


 ◇


 ある晩、人徳稼ぎのために野球部が練習した後のグラウンド整備を手伝っていた時だった。


 体育館の陰から見えた、学校関係者とは思えないほどの、グラマラスな肢体を強調した格好の女性の姿が目に留まった。


 そして彼女は唯一自分の姿を見付けている俺を手招きする。


 野球部の友人に後片付けを一旦任せると、俺は妖艶な女を訝しんだ上で、敢えて彼女のいる体育館裏へ足を運んだ。


「……で、誰だよあんた。生徒をそんな風に誘おうだなんて、教職員には見えないけどな」

「あなた、いい眼をしてるわねぇ。力強いオスの匂いがムンムン、って感じ。ちょっとクラッと来たわよ」


 溢れんばかりの爆乳を寄せ上げ、挑発的に笑う。


「さて、あなたを呼び出した理由だけど――そんなに身構える必要はないわ。別にあなたに何か頑張ってもらおうって話じゃないんだから」

「頑張る……? 何の話だよ」

「そうね、ここで説明するだけじゃ物足りないでしょうし、ついていらっしゃい」


 謎の女は地面の茂みに手を伸ばすと、そこでカチッと小さな音を立てた。

 明らかに、自然物の出す音ではない。


 その時、俺は初めて見た。


 「セイントカイダー」の力を格納する地下基地への入口を。


 無骨な機械仕掛けの部屋に、ボロボロの照明。

 少なくとも、いい大人が1人で暮らすには余りにもヘンピな場所だ。


 達城朝香と名乗るその女は、俺をある一室に案内し、そこのライトを付ける。


「これは……」


 眼前に映るのは、部屋中に散らかった謎の部品の数々。

 メタリックブルーで彩られた、何かの機械のようなパーツがそこら一帯に転がっていた。


「私が開発に着手した、宋響学園の専属ヒーロー『セイントカイダー』の設計パーツよ」


 俺は達城の発した言葉に、疑問を感じた。


 普通、専属ヒーローってのは企業のイメージアップに使われる場合がほとんどだ。

 学校に専属ヒーローが付くなんて、聞いたことがない。というか、ヒーロー専用……ということは、ニュータントにそれを着せるつもりなのだろうか。


「宋響学園は私立校よ。教育を商売にしている企業の一つと捉えれば、問題ないでしょう? それに、このヒーロースーツは特殊でね。人間でも扱える、パワードスーツでもあるのよ。……この学園自体、桜田家の私物のようなものだし」


 そんな感想が既に顔に出ていたのか、達城は俺の胸中をあっさり看破した。


「そうそう……さっき達城朝香と名乗りはしたけど、つい去年までは桜田っていう性だったのよ」

「桜田? ――って、まさか舞帆の……?」

「ふふ、いつも娘がお世話になってるわね」


 この女に呼び出されてから、驚きの連鎖だ。

 彼女のプロポーションは母譲りだというわけだ。


「さて。今夜あなたを呼び出したのは、ひとえに事情を知っていて欲しいからなの」

「事情?」


 首を傾げる俺に背を向けて、達城は新聞紙くらいの大きさの紙を広げた。

 何かの設計図らしいが、残念ながら俺のオツムでは全く理解できそうにない。


「私がいた桜田家は、代々続く科学者の一家でね。その筋でも名門だったの。……数年前、私達は政府からある誘いを受けた」

「誘い?」

「ニュートラルに頼ることなく、人間を強化服によって超人化させ、人類の威厳を取り戻す――『超人計画ニュートラルプロジェクト』にね」


 セイントカイダーやら舞帆のお母さんやら、ついていけない要素だらけの今夜だったが、舞帆の家庭に関しては本人からある程度聞き及んでいたため、ちょっとは理解できた。

 確か、偉い学者だったお父さんは、ここの校長を何年も続けてて、弟はここを飛び級卒業したんだっけな。


 ――にしても、「超人計画」ねぇ。パワードスーツでニュータントに対抗する計画を、政府が進めてる……ってことなのか。


「その計画に参加していた、私の夫――だった桜田家の現当主……桜田寛毅さくらだひろきは、頭脳だけは一流でね。人間でもニュータントに対抗しうる、強力なマッスルスーツを設計していたの」

「……それが、セイントカイダーか」


 桜田家の私物である栄響学園のヒーローだから、生徒会せいとかいにあやかって「セイントカイダー」ってことか。

 ――と、安直に考えていたのだが。


「いいえ。これに付けられた名前は、桜田製装甲マッスルスーツ第1号『SOLIDソリッド-KILLERキラー』。ニュータントを抹殺するためだけに造られ、『堅牢なる殺し屋』と名付けられた……呪いの鎧よ」

「ソリッド……キラー?」

「寛毅は、そんなスーツを息子に着せようとしていた。でも、寛矢は当時すでにニュートラルに感染していたから……彼に合わせた桜田製装甲マッスルスーツ第2号『RABEラーベ-MANマン』を新造した。そして、ソリッドキラーの装着を娘に託そうとしたの」

「……!」

「そう。次に装着者に選ばれたのは、桜田の血を引き、唯一家族の中でヒーロー関係に携わっていなかった舞帆。……寛毅は桜田家の力を政府に知らしめ、権力を得るために……呪いの鎧を、娘にまで着せようとしたのよ」

「そんな……!? なんでわざわざ舞帆に!? 他に適任者はいるだろう!?」

「――寛毅は、桜田家の者ではない人間にスーツを触らせようとしなかった。彼は例え女子供であろうと、桜田家の者であるなら戦わせようとする。だから私は設計図を持ち出して、彼の前から姿を消して……ここに身を隠したの。でも……見つかるのは、時間の問題だった」

「……」

「だからせめて……あの子の運命を変えられないのだとしても。せめて、呪わしい名前だけは背負わせたくなかった。だから、私が名を改めたの。『SOLID-KILLER』から『SAINTセイント-KAIDERカイダー』……ってね」


 ――どうやらセイントカイダーという名前には、俺が思っていた以上の重みがあったらしい。


 舞帆の家柄の良さはお父さんや弟の活躍振りから、そこそこ察しているつもりだったが……ここまでとは正直予想外だ。桜田寛毅の、恐ろしさもな。


「でも、問題はそれだけじゃないの」

「え……?」

「桜田家を恨んでる2人のヴィランが、宋響学園を狙っているのよ」


 その警鐘を鳴らす一言に、俺の表情も険しくなる。


「初めて襲われた時は、たまたまヒーローになって力を磨いていた息子がなんとかしてくれたけど、今後もそれで上手くいくとは限らない。息子以上の力を蓄えて、いつまた襲って来るか……」

「だから校長先生は、なおさら舞帆を戦わせようと……?」


 俺の問いに、達城は背中越しに答える。


「舞帆はまだ、あのマッスルスーツを使うには早すぎる。今から鍛えたのでは余りにも遅いのよ。それまでにまた、彼らがやってくる可能性が高いから。無防備なヒーローを、学園を……舞帆を狙って」

「校長先生は――あんたの旦那さんは、そこんとこわかってんのか?」

「そこだけはわかってるはずよ。その上で、企画を決行するつもりでいる。『桜田家と宋響に仇なす者は、桜田家で倒す』ってね。それがどれほど危険で不可能に近いか、あの人はわかってないのよ、その一番大事なところを……!」


 先程から薄々伝わって来ていた達城の怒りが、いよいよ明確に形を現わしてきた。


 娘が背負うリスクを承知の上で、家のメンツのために危険な立場へ置こうとしている、夫だった男への怒り。


 それを少しでも吐き出すことで、少しは気が鎮まったのか、達城は一息つくと椅子に座ってこちらに向き直る。


 その表情は、先程まで元夫への怒りを現わしていたそれとはうって変わり、どこか諦めたような、脱力感を思わせる印象になっていた。


「……でも、さっき言った通り。ここを寛毅が突き止めてしまうのは、時間の問題だわ。そうしたら、結局彼の思惑通り、舞帆は危険な時期の中でヒーローになる道を迫られてしまう」

「そんなことって……!」

「だから、もし舞帆が危険な戦いに巻き込まれても、支えてくれる誰かがいてあげれば、きっとあの娘も少しは救われる。だから、あなたを呼んだの」


 人間の力を以てニュータントを超え、人類の威厳を取り戻す。その理想を背負っていたはずの「超人計画」の裏側に隠されていた、不快な暗部。

 それを見せ付けられた俺の心は、ぶつけようのない怒り一色で、濁流のようにうごめいていた。


「もしあなたさえ良ければ、あの娘の戦いを、事情を汲んで、支えてあげて欲しいの。私では、もう……あの娘を守れないから」


 達城は机に散乱していた資料の山から、数札の1万円札を差し出した。手付金のつもりか。


「これは話を聞いてくれたお礼。事情を知ってくれる人が一人いるだけでも、きっとあの娘は幸せ――」

「――ふざけんなよッ!」


 その瞬間、俺は地上まで響き渡るほどの勢いで、ダムに溜まった全ての水を解放するように叫んだ。


 気が付くと、達城の手にあった万札も叩き落としている。


 思わぬ罵声に目を見開く彼女に、俺はお礼代わりに思うままの感情を言葉にぶつけた。


「幸せ? あいつが幸せに? なれるわけないだろ! 俺なんかが1人ついたくらいで、あいつが幸せになんてなれるか!」


 俺が感情のカケラを言葉にするだけで、部屋がビリビリと振動する。

 しかし、そんなことに構っているゆとりもない。


「あんたの願う娘の幸せってのは! 娘の戦いがたった独りにならないことなのか!? 違うだろ、もっと見苦しいくらい欲張ってみたらどうなんだ! そんな俺の髪の色くらい中途半端なもんじゃないだろ、あんたの願いは!」


 感情に肉体の操縦を任せた俺は、達城の両肩をガシリと掴み、手に力を込める。理性の名残か、その力は彼女に痛みを与えるほどには至らなかった。


「戦って欲しくないんだろ!? 自分が腹痛めて産んだ娘に、危険な戦いをして欲しくない、だからあんたは、舞帆をソリッドキラーに……セイントカイダーにしたくなかったんだろうが!」

「私だって!」


 すると、それまで防戦一方だった達城が突如反撃に出た。

 その目尻に、痛々しく涙を浮かべて。


「私だって、舞帆には戦ってほしくなんかない! だけど、あの娘の代わりにセイントカイダーになれる人間は……いないのよ」


 だが、徐々に声に覇気が失われていき、やがて絶望を思わせる声色になっていく。


「なれる人間がいないって……なんだよそれ。人間でも使える、ニュータントに対抗するためのパワードスーツなんだろ?」


 その姿に怒気を削がれた俺は、俯く達城の顔を覗き込み、表情を伺う。


「……セイントカイダーの部品も設計図も、初めから舞帆の身体に合わせて造られたの。だから、彼女以外は絶対に使いこなせない。どの道、あの娘が纏うしかないのよ」

「絶対に使いこなせない、か」


 そこで俺は一つの考えを、今ここで纏める。


「なあ、もし舞帆以外の奴がセイントカイダーを装着しようとしたら……どうなるんだ?」

「どうなるって――全身を鎧に締め付けられて、大の大人でも失神する激痛が走るわよ」

「きっついな、それ」


 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺に、達城は険しい顔になる。


「あなた……まさか、セイントカイダーになる役を肩代わりするつもり!? 私の話を聞いてなかったの!?」

「聞いてたさ。その上で、そう言ってる。リスクは今あんたが言った通りなんだろうな。だが、やらないわけにはいかない」


 まるで信じられないようなものを見る目で、達城は猛烈に反対する。


「なんであなたがそんなこと……無理よ、不可能だわ! 敵は息子より強くなってくるかも知れないのに、激痛のリスクまで背負って戦うことなんて!」

「あんたが願う娘の幸せってのは、こういう展開のことを言うんだろ。もし事情を知って支えてくれる人になって欲しいってのが、あんたの本当の願いだとしたら――今世紀最大の人選ミスだな。俺がそんな事情聞いて、黙ってるわけないんだから」


 ひかりのことでやさぐれて、獣呀とも争って、どうしていいかわからなくなっていた俺を、尻を叩いてでも助けてくれた舞帆。

 あいつが危険な綱を渡ろうってんなら、俺が安全な道に作り替えてやる。

 それが、助けてくれた筋ってもんだろうが。


 品性のカケラもないイレギュラーの登場に、達城はただ言葉を失うのみだった。


 ◇


 それから俺は達城の伝手を辿り、「超人計画」の一つから生まれた「神装刑事ジャスティス」のスーツを持つ、神威了教官の元で地獄の猛特訓を受けた。そして2年の終わりにようやく――身分証ライセンスを取得した。


 桜田家に秘密基地を知られないようこっそりと、達城もセイサイラーを正月までに完成させた。

 こうして2年の3月に入って、ようやくこの俺、炎馬勇呀が装着するセイントカイダーが日の目を見たのだった。


 当然、リスクは相当なものであり、当初は変身する度に入退院を繰り返す始末であったが、回数を重ねるに連れて俺の肉体がセイントカイダーの鎧に馴染むようになっていった。

 もともと不良時代に身体を鍛えすぎたせいで、筋肉量の重さで背が伸び悩んだために、俺は舞帆と同じくらいの身長しかなかった。


 そのため、激痛を伴うには間違いないものの、5月に入る頃には随分とマシになっていた。


 加えて、今までの喧嘩とは違う真っ当な戦い方を学ぶため。

 神威教官の紹介のもと……「マジンダー01ゼロワン」こと真神零一まがみれいいち教官や、「デーモンブリード」こと赤星進太郎あかぼししんたろう教官の下で、格闘術を学び――宋響学園を狙う敵を迎え撃つ日に備え、鍛え続けた。


 さらに俺達の現状を桜田家に悟らせないため、ヒーローに関する話題を取り上げる雑誌の取材を受けないようにするべく、派手な活躍は控えていった。


 桜田家のメンツをなにより重んじる校長の性格を考えれば、セイントカイダーが舞帆じゃない誰かが装着していると知っても、それが誰なのかを特定できるまでは事を荒立てられないかららしい。


 そのため、宋響学園の受験案内のパンフレットや、入学案内に同封された学園紹介のDVDくらいにしか「セイントカイダー」は姿を見せず、正体が露見する可能性を極限まで回避した。全ては、舞帆を守るためだ。


 ……そう、俺は舞帆に代わって、その痛みを背負ってセイントカイダーになると決めたんだ。


 獣呀によってひかりと共に泥沼へ引きずり込まれた俺を、そこから救い出してくれた彼女に、報いるために。

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