第30話 なんで?

 あたしは猛ダッシュに切り替えた。

嘘でしょ、勘弁して! なんで二日連チャンで狙われんのよ! やっぱり素直にお母さんに迎えに来て貰えば良かった!

 全速力で走りながら、頭の中で後悔の言葉と自分を呪う言葉ばかりを吐き続けた。だからと言ってその人が追いかけるのをやめてくれるわけじゃない。


 まさか昨日と同じ人じゃないだろうな、でもこの足音をさせない走り方は昨日の人に似てる。今すぐ警察に戻った方がいいだろうか。いやもう戻るには遅すぎる、どっちに逃げたらいいんだろう、バス通り、どっちよ!


 この辺りなら街灯もポツポツある、振り返れば誰だか分る筈、でもそんなことしてたら確実につかまっちゃうよ!

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。足音がどんどん近づいて来る。ああ、ダメかも、今日は追いつかれてしまうんだろうか。


 と思ったその時、とても信じたくないことが起こった。脇道からすっと人が出て来たのだ。しかも大きな男の影だ。信じらんない、嘘でしょ、二人組だったの?

 あたしは目一杯踏ん張って止まったつもりだったけど、その人に正面から突っ込み、その人の両腕にガッチリと抱え込まれてしまった。


「いやあああああ! 放してえっ!」


 あたしは全身全霊で大声を出して暴れた。ところがそいつはあたしの耳元でこう言ったのだ。


「俺だよ」


 ……え?

 後ろではバタバタと数人の足音がして、誰かの影がもう一人を取り押さえたのが見えた。


「大人しくしてね」

「違う! 私は……」

「話は署で聞かせて貰うわ。一緒に来て頂戴、本間朝音さん」


 え? 朝ちゃん? 何? どうなってるの?


「さ、俺たちも行くか」


 あたしを抱え込んでいる男がボソッと言った。あ、この煙草の匂い……。


「し、島崎さんっ?」

「いいねぇ、女子高生を抱きしめるこの感触」

「島崎君っ!」

「へーい」


 川畑さんの声がして島崎さんが手を離すと、あたしは腰が抜けてへなへなと座り込んでしまった。


「ご、ごめ……ごめんなさい。立てなくなっちゃいました。助けてください」





 結局あたしは高校生にもなって、島崎さんにおんぶして貰うという実に恥ずかしい状態で警察に戻った。朝ちゃんも抵抗せずに川畑さんと一緒について行った。って言うか、なんで朝ちゃんがあたしを尾けてたの? そこ、ぜんっぜんわかんないんだけど。


 いつもの部屋に入ると、さっきのドーナツはそのままになっていて、あのまますぐに出たらしいことが窺えた。しかも明るいところに来て、二人がガッツリとインカムで連絡しあってたことまでわかって、最初からあたしを二人で尾けてたことがようやくおバカなあたしにも理解できた。つまり、これは、おとり捜査ってやつじゃないのかっ?


「まずは謝んないとね。ごめん、君をエサに使ってしまった」


 島崎さんが両手を合わせて顔の前に持って来る。拝んだって許してやらん。


「エサって……だから、あんなに今日よそよそしかったんですか」

「ああ、まあ、そうだね。すまん。ただね、相手が本間朝音さんだったから、君を囮にしても大丈夫と判断したんだけどね」


 あたしはちょっと島崎さんに意地悪したくなったもんだから、わざとじろりと睨んでやった。


「ちゃんと説明してください」


 島崎さんは気まずそうに小鼻の横をポリポリと掻くと、わざと俯き加減で上目遣いにこっちを見て、甘えたような声を出した。


「勿論。その前にドーナツ、続き食べない? 今日はフレンチクルーラー食べてないだろ?」


 ううう、痛いところを突いて来るなぁ、もう!


「いただきますっ!」


 こんな可愛い島崎さん見せつけられたら許すしかないじゃない。悔しいけどあたしの負けだ。しかもフレンチクルーラーが美味しい、くそっ!


「実は市村俊介君が関東ゼミナールに通っていることは彼から聞いていてね、それで電子レンジの日に彼が塾に行っていたことも裏が取れたんだよ。あの時間、彼は統一模試を受けていたから、途中で抜け出して電子レンジを落とすことは不可能だった。更にスタンガンの日、彼は途中で委員会活動を抜け出して帰ってしまっている。君がスタンガンを当てられた時、塾で三者面談があったんだ。それは塾の先生の証言が取れている。昨日君が追われた時間帯も塾だ。仁村篤君が殺害された時刻だけ、証言者がいない。一人で下校中だったと言っている。少なくとも仁村篤君殺害以外はシロだ」


 あたしは思わず食べかけのドーナツを島崎さんに向けた。


「ちょっと待ってください、篤を殺した犯人があたしを追ってるんじゃないんですか?」

「昨日の大澤千賀子さんがそうだっただろう? 彼女はまるで関係が無かったどころか、勝手な勘違いだ。そういうこともあるから一つずつをバラバラに考えていく事にしたんだよ」

「はあ……」


 何だか判ったような判らないような。


「次に若林香菜さん。彼女は電子レンジの時は君のすぐ横に居たからシロ。スタンガンの日は君よりかなり早く門を出たのを守衛さんが確認してる。凄いね、守衛さんは。生徒一人一人を覚えてるんだな。俺はこれ、若林香菜さんの仕業かと思ったんだがハズレだった」

「何で香菜がそんなことするんですか」

「だって彼女は仁村篤君の事が好きだったんだろ? 表面上仲良くしていても、女の子って腹の底で何考えてるか判らないっていうしね。もしかしたら彼女は君を恨んでいて、ちょっとだけ嫌がらせのつもりだったのかもしれないと思ったんだよ。電子レンジの後だから、自分が疑われることが無いとわかって、ちょっといたずらしてやろうとか考えたんじゃないかと思ったんだがね。その日偶然彼女は電車の中でピアノの先生に会ったらしいんだ。それでその先生に確認を取ったところ、先生は別のピアノリサイタルに行く途中で電車の時刻も覚えていた。だから彼女のアリバイも成立。そして昨日ね、彼女はサッカー選手みたいに走れる?」

「いえ、ありえないほどの運動音痴です。あたしより悲惨」

「はい、昨日もシロね」


 そこであたしは気づいたんだ。サッカー選手並みの走りができて、あの場所に電子レンジが置いてあることを知っていて、それを落とすことができて……。


「やっと気づいた?」

「でも、スタンガンはどう説明するんですか?」

「そこが判らない。だから彼女から直接話を聞くわけだ。狙った獲物は確実に落とす川畑さんがね」

「でも……あたしを追う理由が判らない」

「それは、彼女が仁村篤君を殺害したからじゃないの? 目撃されたから」


 その時、ドアがガチャっと開いて、川畑さんが顔を出した。


「残念ね。目撃したからじゃないわよ」

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