第17話 放課後

 二日後。水曜日は委員会があるから少し帰りが遅くなる。篤のドタバタがあって、今月アタマにあった文化祭の収支報告をまだまとめていなかったから、今頃になってしわ寄せがきていた。でもこれさえ終われば、あとは文化委員の仕事は三学期の「三年生を送る会」だけになる。


 十一月末の五時半なんて、もう真っ暗だ。家の最寄り駅の近くは結構大きなベッドタウンということもあってかなり明るいけど、学校の周りは薄暗くて正直怖い。とにかく駅まで行っちゃえばなんてことないし、駅の周りはそれなりに明るい。そこまでの薄暗い道を一人で歩くのはちょっと怖いけど、今日は一緒に帰る人もいないから自然と足早になってくる。


 そう言えば篤のクラス、篤が文化委員だったから、他の人たちが協力して収支をまとめてたな。偉いなぁ、みんな。そういう面倒な事を自発的にやろうとする人って尊敬しちゃうよ。

 まあ、篤はああいうの苦手だったし、あたしに頼ってくるのは目に見えてて、なんだかんだ文句言いながらも一緒に計算するはずだったんだけど。


 その時、あたしの後ろの方から誰かが歩いて来るのがわかった。きっと委員会活動で遅くなった誰かだ。

 うちの学校は大学付属の高校だから、敷地内にいろいろ建ってて無駄に広い。まだ門さえ出ていない敷地内だから、学校の生徒だ。誰だかわかんないけど、同じ方向だといいな。一人で帰るのヤだよ。


 あたしはわざとゆっくり歩いて、その人が近づいて来るのを待った。追い越される時に声かけちゃおう。こんなすぐ近くまで来ても声かけて来ないから、あたしの知ってる友達じゃないな。足音の回転、結構速いから男子じゃないな。女子だったら声かけやすい、きっと向こうもこの薄暗い道を一人で帰るのヤダって思ってるだろうから。


 彼女がすぐ後ろまで来た。あたしはドキドキしながら、なんて声かけようか考える。「今まで委員会?」「暗い道、一人で帰るの怖いよねー」ああ、なんて言おうかな。普通に「ねえ、一緒に帰らない?」がいいか。

 だけど、あたしは彼女に声をかけることができなかったのだ。いきなり首に鋭い痛みが走って、そのまま気を失ってしまったから。





 気が付いた時にはまたまた病院。最近このパターン多すぎじゃないか?


「負担がかからないようにしますっていう約束じゃなかったんですか?」

「ええ、聴取などは負担のかからないよう、最大限配慮しています。ですが、こうして襲われるのは我々の聴取とは無関係に、彼女が目撃者であることに起因しておりますのでこればっかりは」


 川畑さんだ!

 あたしが跳ね起きると、すぐ傍で話していたお母さんと川畑さんがパッと振り返る。


「聡美、大丈夫?」

「大丈夫だからお母さんちょっと待って。川畑さん、今度は何があったんですか。あたし、どうなったんですか」


 あたしは真っ先にお母さんを黙らせて、川畑さんに訊いた。


「聡美ちゃんは学校の門を出る少し手前のところで、誰かにスタンガンを当てられたみたいね。首のところ。痕がついてたわ」


 スタンガン? そう言えばいきなり首に何かガツンと衝撃があって……。慌てて鏡を探してたら、川畑さんが首のところをスマホで写真撮って見せてくれた。


「どうなってるの? ちゃんとお母さんに説明して」


 あたしに詰め寄るお母さんに、川畑さんが割って入る。


「ですからお母さん、聡美さんは現場を目撃しています。現場を見られた犯人が彼女を狙っていると考えられるんです」

「じゃあ、学校に行かせられないじゃないですか。襲われたのは学校の敷地内なんですよ?」


 冗談じゃない、こんなことで学校に行けなかったら、テストどうなんのよ!


「聡美に警護はつけられないんですか?」

「完全な二十四時間警護要員という訳にはいきませんが、聡美さんの周りに犯人が出没することはわかっています。ですからこれからは、彼女に我々が貼り付いている時間は長くなることは確かですね。今後、帰りが遅くなる時、一人っきりの場合は私の方に連絡を貰うようにしましょう。誰かと一緒なら手も出しにくいでしょうが、一人の時は狙われる危険性がありますから。私が行くまで聡美ちゃんは学校から出ない、それで如何ですか?」


 川畑さんがテキパキと決めていく。お母さんは流されるように頷くしかない。


「じゃ、それでいいわね、聡美ちゃんも」

「はい。お願いします。あ、それと」

「ん? 何かしら?」

「今度の日曜日、大澤君のお兄ちゃんの結婚披露パーティがあるんです。一緒に来てくれませんか?」


 って言ったらさ、お母さんが「とんでもない!」って血相変えて。


「あんた、パーティ行く気なの? 自分の立場分かってるの?」

「なんであたしが犯人の為に行動を制限されなきゃならないの? あたしは大澤君のお兄ちゃんのお嫁さんに会いたいもん。お兄ちゃん、祝福してあげたいもん。結婚披露パーティなんて、何度もするものじゃないでしょ? 一生に一度なんだからこんなことで欠席するの、絶対ヤだからね! 篤だって出席する筈だったんでしょ。あたし、篤の分もお兄ちゃん祝福してあげたいもん」

「だけど……」


 尚も何かを言おうとするお母さんを、あたしはバッサリ遮った。


「友達も連れて来てって言ってたんでしょ? 川畑さんと島崎さんをあたしの友達として連れてくのもアリでしょ? 川畑さん、仕事だったら来てくれますよね?」

「もちろんです。島崎も同伴させます。ご心配でしたらご自宅から会場までは服部をSPにつけましょう」


 川畑さんが表情一つ変えずに即答してくれたもんだから、お母さんは渋々といった感じで頷いた。


「まあ、そういうことなら仕方ないけど。じゃあ、すみませんけど、聡美の事、よろしくお願いします」


 やった! さすが川畑さん、お母さんにうんと言わせた!


「ではこれから今日の事を伺いたいので、聡美さんは後で私が責任を持ってお家まで送り届けますから、済みませんけどお母様は先にお帰りいただけますか」

「はい……」


 お母さんは何か言いたげにしながらも出て行った。それを見届けると、川畑さんは眼鏡をきゅっと押し上げていつもの笑顔に戻った。


「じゃ、大澤君のお兄さんの事も含めて、今日の事、わかる範囲で教えてね」

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