第18話 お呼ばれ

 日曜日は行きと帰りが狙われやすいだろうってことで、家を出るところから島崎さんたちに見張りを頼んでおいた。

 島崎さんと川畑さんはきっと犯人にも顔を知られているだろうからって、服部さんが行き帰りを見守ってくれるらしい。あの人なら誰にも顔を知られていないから大丈夫。

 会場は大勢の人がいるし、島崎さんたちもいるから変な事はできない筈だ。あとはまた帰りを服部さんに警護して貰えばいい。


 お母さんはオドオドしていて明らかに挙動不審だったので、パーティには行かないようにって島崎さんから言われてた。あたしから見ても『キョドフ大統領』って名付けたくなるほど怪しいから、絶対行かないでって本気で頼んだ。お母さんは今日は風邪引きで決定。


 当日は朝ちゃんが迎えに来てくれた。朝ちゃんと一緒なら、万一服部さんが間に合わなかったとしてもやっつけてくれそうだし、何かあった時すごく頼りになる。

 大体、ここで何かあれば篤の犯人が捕まえられるかもしれないんだ。絶対に犯人とっ捕まえて、仇取ってやるんだから。

 それに、まずありえないけど、もしももしも朝ちゃんが犯人だったとしてあたしを狙ってるなら、その場で服部さんに取り押さえられて終了だ。でもあたしは朝ちゃんを信じてる。朝ちゃんはそんなことしない。


 今日はあたしも朝ちゃんもコート着てるから中にどんなの着てるか判らないんだけど、結婚披露パーティだし、ホテルの大広間使ってやるって言うから、目一杯オシャレしてきたんだ。

 篤の事件から三週間しか経ってないけど、お兄ちゃんたちはまたすぐにイギリスに戻らなきゃならないし、ここは前から押さえていたから日程はずらせなかったみたい。こればっかりは仕方ないよね。


 家を出る時に、チラッと周りを見渡したら、いたいた、服部さん。駅と反対側にスマホを弄ってるふりをしてこっちに視線を送って来る。あたしも朝ちゃんに気づかれないように、服部さんに向かって小っちゃく頭を下げて挨拶する。

 会場は駅の向こう側だから、十五分も歩けば着いちゃう。そんな短い距離でどうこうって事もないだろうけど、服部さんがついて来てると思うだけで全然安心感が違う。


 水曜日は、お母さんが帰ってから川畑さんにお兄ちゃんの事いろいろ聞かれた。そこで気づいたことがあった。あたしはお兄ちゃんの名前を知らない。いや、知ってて忘れたのかもしれない。とにかく名前を尋ねられた時に判らなかったんだ。いつも『お兄ちゃん』とだけ呼んでいたから。


 たまに篤と一緒に大澤君ちに遊びに行くと、決まって篤と大澤君は二人でサッカーの話で盛り上がっちゃって、あたしが一人ぼっちになるんだ。そんな時にさっとやって来てあたしの相手をしてくれたのがこのお兄ちゃん。あたしにとっては王子様みたいなお兄ちゃんだった。


 大澤君とお兄ちゃんは凄く年の離れた兄弟で、お兄ちゃんは七つ年上だったから、初めてお兄ちゃんに会った年長さんの時に既に彼は中一だった。ほんと『お兄ちゃん』って呼ぶに相応しくて、名前なんか気にしたことが無かった。


 大澤君ちは凄いお金持ちで、大澤君はヴァイオリンを、お兄ちゃんはピアノをやっていたんだ。お兄ちゃんは秀才でいつも学校でトップだったから、高校卒業するまでずっと受験の最中もピアノは続けてた。だからあたしが遊びに行くとよくいろんな曲を弾いてくれた。めちゃくちゃ上手でプロみたいだった。一緒に連弾の相手もしてくれて、凄い優しいお兄ちゃんだったんだ。


 今はイギリス在住で、留学中にどこかの企業に研究員として迎え入れられて、そこの同僚の女の人と結婚って言うか、まだ結婚式はしてないけど籍を入れたんだって。あんな素敵な王子様と結婚するくらいだから、きっと素敵なお姉さんなんだろうなって思うと、今からワクワクしちゃう。篤がいたらきっと鼻の下伸ばしてただろうな。


 高校に入ってからはなかなか大澤君に会う機会も少なくなってた。凄い近所なのにね、学校が違うと部活の時間とかで全然会わなくなっちゃうんだよね。一昨年までは大澤君も千賀子ママもしょっちゅう会ってたのに。今日は久しぶりに千賀子ママにも会えるなぁ。


 二人で今日のドレスの話なんてしながら歩くうちに、あっという間に会場に着いた。あたしがもう一度服部さんの方をチラッと見ると、彼は何食わぬ顔でホテルを通り過ぎて歩いて行ってしまった。流石、プロだなー。全然朝ちゃんに気づかれなかったよ。会場内は変な人は入れないし、島崎さんたちもいる筈だし、また帰りを服部さんに見てて貰えばいい。そう思うと、なんだか久しぶりに安心して外出してる気がする。


「あんたもみんなと会いたかったでしょ」


 カバンの中に忍ばせた篤の写真に声をかけると、「よーし、今日は食うぞ!」なんて声が聞こえてきそうだ。


 中に入ると千賀子ママが「聡美ちゃん、お久しぶりねー!」って迎えてくれた。千賀子ママ、今日はきちんと黒留袖着てる。元々が美人だから何を着ても良く似合う。

 朝ちゃんも負けてない。目の覚めるような青色のワンピースに長ーいパールの二連ネックレスとイヤリング。靴もワンピースに合わせてる。オシャレ!

 あたしはなんかちょっと子供っぽいかな。ピンクのワンピースに同色のボレロ。淡水パールのネックレスはお母さんに借りて来た。きっと篤だったら『馬子にも衣裳』くらいは言ってくれた筈だ。


 お兄ちゃんとお嫁さんは、本日の主役に相応しいくらい美男美女のお似合いカップルで、おとぎ話の王子様とお姫様みたいだった。いつも柔らかい物腰のお兄ちゃんが、淡いグレーのタキシードを着て、もう頭に王冠載せたいくらい! お嫁さんは緩やかにカーブしたナチュラルブロンドの髪をふんわりとアップにして、真っ白の総レースのちょっと短めのドレスを着ていた。流石に立食パーティでフルレングスのドレスは動きにくいもんね。なんだかモデルさんみたいに綺麗でうっとり見とれちゃったよ。


 そういえば島崎さんたちはどこにいるんだろう。キョロキョロしてたら、後ろから「聡美ちゃん」って呼ばれた。「ん?」と思って振り返ったら……!

 控えめなラメの入った黒のビスチェドレスに黒いチュールレースのショールを肩にふわっとかけた、見たことのない美女が立っていた。

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