第19話 美男美女
あたしはよっぽど目をぱちくりさせていたんだろう。その美女がにっこり笑ってこう言った。
「いやだ、どうしたの、そんな顔して。聡美ちゃん良く似合ってるじゃない。可愛いわよ」
「え、あ、あの……」
誰ですかって訊きたいけどそれはあまりにも失礼だし、どうしたらいいんだー! って頭抱えそうになってたら、救いの女神の朝ちゃんが「わあっ」と声を上げた。
「えー、嘘ぉ! メチャメチャ綺麗ですよ! 一瞬誰かと思ったー! 今日は眼鏡はどうしたんですか?」
「あはっ、今日はコンタクト。インカムの邪魔になるから」
えっ? インカム?
「島崎さんはどちらですか?」
「ああ、すぐ来るわよ」
ま、ま、ま、まさか……。
「川畑さんっ?」
「ん? なあに?」
「なあにじゃないですよ、川畑さんですか、本物?」
って驚くのも無理はない。いつもグレーのスーツをかっちりと着こなして、飾り気のないシルバーのバレッタで髪を一つにバシッとまとめ、ナチュラルメイクに眼鏡という出で立ちの、あの川畑さんが。
パーティーメイクにラメ入り黒ビスチェドレスだよっ。絶壁のあたしと違って深~い谷間のある胸元なんか、だいぶセクシーで目のやり場にちょっと困っちゃうじゃん。そうか、髪を下ろしてるのはインカムが目立たないようにしてるんだ、マイクは胸元のショールに隠れてる。
素敵だ、素敵過ぎる。大人の女性だ。
なんて思ってたら川畑さんの後ろから肩を抱くようにして、めちゃくちゃカッコいいお兄さんが顔を出した。
「服部とは連絡取れたよ~、ああ聡美ちゃん、本間さんも早いね」
「えええ、ええあああ? 島崎さんっ?」
誰だこのイケメンは! あのヨレヨレシャツに無精髭のオッサンはどこ行ったんだ!
あたしは口から泡を吹いて倒れるかと思った。
「今日は島崎さん、いつもと雰囲気違いますねー」
口をパクパクさせるあたしの横で、朝ちゃんはすっごい普通に会話してる。
「だって、この人ほっといたらどんな恰好で行くかわかったもんじゃないでしょ。だから私が押しかけて無理やりアイロンかけたのよ。いつものヨレヨレ状態じゃ、如何にも怪しいオッサンでしょ? 警察に通報されちゃうわよ。無精髭も剃らせないといけないし、髪もどうにかしないといけないし」
「そ、押しかけ女房みたいな感じ」
島崎さんが苦笑いしながら川畑さんの腰に手を回す。もうあたしはそれをドキドキしながら見るしかないというか見てはいけないというか。
「まさか島崎さんと川畑さんって、ただの相棒じゃなくて、そういう関係だったんですか!」
「ちょっと勘弁してよ。こっちにだって選ぶ権利ってもんがあるのよ」
川畑さんがジト目で否定に入るが、島崎さんはその横でニヤニヤしてる。
「えー? そういう関係だろ? 川畑さんの下着まで見ちゃう関係」
「ええええっ!」
思わず二人で叫んでしまったが無理もない。川畑さんの下着ですと! それはきっと鼻血が出そうに違いない。
「もう、島崎君てば誤解を生むような発言しないでよっ! あれは事故ですっ!」
「へいへい。じゃ、俺たちは怪しまれるといけないから離れたところで監視してるよ。君らはゆっくり楽しんで」
「はーい」
島崎さんは川畑さんにどつかれながらもしっかり彼女の腰に手を添えたまま、私たちから離れて行った。
「ねえねえ、二人、どんな関係なんだろうね」
早速朝ちゃんが嬉しそうに話し始める。だけど、なんだかあたしはモヤモヤするものが残った。
ほんとあの二人、どんな関係なんだろう。
それからあたしたちはアチコチに顔を出していろんな人とお喋りした。勿論、お兄ちゃんもその奥さんも。奥さんはクレアさんって言うらしい。人懐っこくて、キュートって言葉がぴったりくる人だったけど、お兄ちゃんに言わせると「俺より優秀なんだよ」ってことだった。あのお兄ちゃんより優秀って、どんな脳みそしてるんだろう。
久しぶりに大澤君とも喋った。なんか背が伸びて少しカッコよくなってた。サッカー部引退してから彼女ができたとか言ってニヤついてた。コイツ知らぬ間に!
暫くウロウロして色々食べて、ちょっと疲れたあたしたちは壁際の椅子でちょっと休むことにした。「飲み物貰って来るね」と言って朝ちゃんがさっさと取りに行ってくれる。
島崎さんたちはどうしてるだろう。気になって部屋を見渡すと、あたしの対角線上に川畑さんがいるのが見える。島崎さんは思いがけないほどあたしに近いところにいた。ほんとこの人たち、景色に溶け込むの上手いな。
「ごめん、お待たせー。グレープフルーツジュースがあったよー」
朝ちゃんの手にはグレープフルーツジュースと思われるものと、明らかにシャンパンと思われるものが。そうか、朝ちゃんはもう二十歳になったんだ。
「それ、お酒だよね」
「うん。聡ちゃんはまだダメだよ~、あっ!」
「あ!」
朝ちゃんのグラスが長いネックレスに引っかかって、お酒が彼女のドレスに少し零れてしまった。朝ちゃんがムンクの叫びみたいな顔になってる。
「やだ、どうしよう。ちょっと洗って来るね。これ聡ちゃん持っててくれる?」
「ああうん、いいよ。大丈夫?」
「ごめんね」
やだ~とか言いながら出て行く朝ちゃんの背中を見送っていると、そこに島崎さんがやって来た。ううう。嘘みたいにカッコいい。凄いカッコいい。
「どうしたの、本間さん」
「これ、零しちゃって。染み抜きしてくるんだと思います」
「そっか。大変だなぁ。ああ、俺も喉が渇いた。これ一口ちょうだい」
「え?」
って言う間に島崎さんがあたしのグレープフルーツジュースに口を付けた。ああもう、まだ飲んでないからそれあげるし! 返却不可。
なんて思っていたら、島崎さんが一瞬口に含んだジュースを全部グラスに出した。
「やっ、汚――」
「聡美ちゃんこれ持って、絶対に飲むな」
言われなくても飲まないよ! と思ったけどなんだか様子が変だ。いきなりインカムのマイクのスイッチを押してこう言ったのだ。
「毒物だ。川畑さんはこの部屋を封鎖してフロアマネージャー経由で支配人に連絡。服部は部屋の外で見張れ。トイレから出てきた関係者は全員部屋に入れろ。それと応援の要請を。聡美ちゃんは無事だ」
今、毒物って言った? これ、毒物なの? 島崎さん飲んじゃったの?
「島崎さん?」
「大丈夫だ、飲んでない。聡美ちゃんはそれを川畑さんに渡して」
「え、あ、はい、あの……」
「ん?」
「大丈夫?」
彼は返事の代わりにニヤリと笑ってサムズアップと共に部屋を出て行く。どうしよう。これを持って行くだけなのに足が震える。手も震えて零してしまいそう。
上手く歩けなくてパニックになってたら、川畑さんの方からこっちに向かってきてくれた。
「川畑さん、これ」
「了解。私から離れないで」
川畑さんがそのグラスをハンカチで受け取った。途端に物凄い恐怖が襲って来た。
あのいつもまったりとドーナツ食べてる島崎さんが、別人みたいにきびきびと指示を出して、声も全然いつもと違ってて……本物の刑事さんだってことを強制的に思い出させられたような。
しかも毒物でしょ。毒物って何、BTB溶液とか、ヨウ素溶液とか、酢酸カーミンとか? あたし、化学全然判んないよ。
ジュースを持った川畑さんが出口付近へまっすぐ行き、胸元から出した警察手帳を高く掲げながら部屋の中央に向かって声を張った。
「警察です。全員そこを動かないで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます