第20話 迷探偵
お兄ちゃんも奥さんも目に見えて疲れてた。せっかくのパーティがぶち壊しになってしまったんだ、それどころか毒物混入騒ぎだ。せっかく来てくれたお客さんに申し訳なさそうに謝ってたけど、みんなお兄ちゃんたちのせいじゃないことはわかってるから、ねぎらいの言葉をかけていた。いい人の周りにはいい人が集まるものだ。一番の被害者はお兄ちゃんたちだもんね。この為だけに日本に帰ってきたのに。
お客さんたちは別室で軽く身体検査をされて、それぞれ帰宅許可が出た人から帰って行った。今、会場に残ってるのは、パーティの主催者側であるお兄ちゃん、クレアさん、大澤君、千賀子ママ、それとゲスト側は狙われたあたしと、一緒にいた朝ちゃん、他にはホテルの従業員と警察の人だけ。
千賀子ママは可哀想になるほど憔悴していた。そりゃそうだ、ゲスト一人ずつに頭を下げて回り、お土産を渡して挨拶をし、ホテルの人や警察の人との話も全部一人で対応していたんだから。
大澤君のお父さんはあたしたちが中学に入る年に金属加工の工場を残して亡くなった。それ以来なんでも千賀子ママが一人で仕切ってたら手慣れてるとはいえ、こんな事になってかなりショックだったと思う。気の毒に、今は壁際の椅子に座って冷たいお茶を片手に、心配そうに横に座るお兄ちゃんとクレアさんと何か話してる。
朝ちゃんは今、川畑さんにいろいろ話を聞かれてるけど、動揺しているのか何度も何度もお茶を飲んでは川畑さんに肩をさすられている。
あたしのところには、島崎さんがいつもの飄々とした様子でやって来た。もうさっきのような緊張感のある彼じゃない。
「やあ、名探偵磯野さん、犯人の目星はついたかね?」
「そんな訳ないじゃないですか。って言うか、あたし、毒殺されかけたんですよ。もう少し労わってください。さっきなんてホントに怖かったんだから」
ブスッとふてくされるあたしの横に座った島崎さんは、上目遣いに周りをチラリと見渡すと声を潜めた。
「怪しい人が殆ど居ない。君にジュースを手渡した本間朝音さんと、本間さんにジュースを持って来た大澤千賀子さん、ジュースをグラスに入れたホテルの従業員、この三人しか触ってない。同じボトルから入れた他のジュースに毒物反応は出ていない。後はグラスにもともとついていたか、大澤千賀子さん、本間朝音さんのどちらかが仕込んだとしか考えられない」
「千賀子ママがそんなことするわけがないじゃないですか」
あたしもぼそぼそと周りに聞こえないように俯いて喋る。島崎さんがあたしに情報を流してることがバレたら、彼と川畑さんはクビになるんだ。
「そうだよな。可愛い自分の息子の結婚披露パーティをわざわざぶち壊すバカなんぞ聞いたことがない」
「でも、そしたら朝ちゃん? 今日ずっと一緒に居たんですよ?」
「だが、君にジュースを渡してすぐに服を汚してトイレに行ったんだよね? タイミングがねぇ」
「その時トイレに行ってた人は他に居なかったんですか?」
ムッとしたように問い返すと、島崎さんが困ったように笑う。
「居たんだよ。それがなんと大澤千賀子さん」
「ええっ?」
「二人一緒にトイレから戻って来た。本間朝音さんが染み抜きをしにトイレに行ったところ、ちょうど大澤千賀子さんとそこでばったり会ったらしい。染み抜きを一緒に手伝っていたようなんだ」
「それで一緒に戻って来た?」
「そゆこと。だけどね、二人とも毒物を隠し持っていた形跡が無いんだよ。瓶とか小袋とか、入れて持って来たであろう筈の入れ物が無いんだ。トイレのごみ箱なんかも今、捜査員が攫ってるけど、それらしいものは何も見当たらないらしくてね」
「じゃあ、二人とも違うじゃないですか。手に握りしめて持って来るわけにいかないんでしょ? 大体、毒物って何だったんですか?」
ちょっと気を抜くと声が大きくなってしまいそうで、ドキドキしながらも、聞くべきことはきっちり聞く。
「シアン化カリウム」
「……」
聞いても判らなかった。まあいいや、何かの毒物なんだ、きっと。
「二人の衣服からもそれらしき反応は出なかったしね。どこから出てきたのか、どうやって入れ物を隠したのか全く分からないんだ。そこで名探偵磯野さんの出番」
いきなりあたしの顔を覗き込んでニヤリと笑う島崎さんに、心臓が飛び出るほどドキドキしてしまう。ちょっとこんな至近距離に入ってこないでよ!
「とっ……トイレに流しちゃったってことは?」
「そんなことしたら詰まるでしょ」
そうか、そうだよね。
「カバンの中に入れたまま」
「カバンの中は二人とも見せて貰った。衣服も川畑さんがチェックした」
そうだよね。
「十分、致死量だったよ」
島崎さんがあたしの耳に顔を寄せて囁くもんだから、もう心臓が破裂しそうになってる。いろんな意味で!
「島崎さん、大丈夫だったんですか?」
「ああ、俺はすぐに出したし、即うがいしたからね」
「それならいいですけど。あたしきっと飲んじゃってましたよ」
ふふっと笑った島崎さん、後ろの壁に寄りかかって恐ろしいことを口にした。
「犯人は悔しかっただろうね、俺さえ居なけりゃ確実に仕留められただろうに」
「怖いこと言わないでください」
「事実だ」
え……急に真面目な顔で言うと怖いよ。
「ま、大丈夫。君には俺がついてる。泥船に乗ったつもりで任せとけ」
「沈んじゃうじゃないですかっ」
「島崎君」
川畑さんが手招きしてる。島崎さんはあたしの頭を軽くポンポンすると「心配すんな」と言い残して向こうへ行ってしまった。
あたしは仕方なく、大澤君たちの方へ行ってみた。
千賀子ママは疲れ果てた顔をしながらも、あたしを視界に捉えるときちんと背筋を伸ばした。こういうところはさすがだと思う。
「聡美ちゃん、ごめんね、こんなことになっちゃって。大丈夫?」
立ち上がろうとした千賀子ママを手で制すると、大澤君があたしの分の椅子を持って来てくれる。やっぱり大澤君はお坊ちゃまだけあって気配り上手だ。
「ありがとう。あたしは平気。それより、あたしの方こそごめんなさい。パーティーぶち壊しにしちゃって」
「磯野のせいじゃないよ」
「ううん、あたしのせい。だって、あたしが狙われてたんだもん」
「どうして聡美ちゃんが狙われてるの?」
大澤君とお兄ちゃんに代わる代わる聞かれて、つい口籠ってしまう。
「それは……」
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