第21話 いつもの部屋

「ふーん。それで大澤家の四人の前で、篤君を殺害した犯人を見たと宣言したんだね?」

「はい」


 相変わらずあたしはいつもの『3番』の部屋で島崎さんと情報交換してる。いつもこの部屋だから慣れちゃって、変に寛いじゃってる自分に驚く。警察で寛げるって、あたし案外肝が据わってるのかも。


「それで新たな動きが出れば、それはそれで面白くなるんだがな」

「待ってくださいよ。動きがあったら、あの四人の誰かが怪しいってことになっちゃうじゃないですか」

「無くはないだろ?」


 そう言って、島崎さんはプラコップに注がれた紅茶を飲み干す。あたしがここへ来るといつも島崎さんが自販機の紅茶をご馳走してくれるから、今日は2リットル入る水筒に熱々の紅茶を入れて、プラコップとリキッドレモンを持参したんだ。川畑さんと服部さんの分も入れてコップ四個持って来たけど、今日は島崎さんしか居なかった。でも大澤君ちの人に話したことは報告しておかないといけないし、それに情報も欲しいし。

 あたしは島崎さんの空いたコップに紅茶を注いだ。


「ああ、サンキュ」

「今は朝ちゃんが疑われてるんですか」

「ん~。本間朝音さん『が』というよりは、本間朝音さん『も』と言うべきだね。まだ完全なシロは居ない」

「全然判んないんですか?」


 あたしが自分のコップにも注ぎ足しながら訊くと、島崎さんはリキッドレモンを数滴垂らしながら難しい顔をちょっとだけ和らげた。


「スタンガンの日がヒントになるかな。学校の敷地内でスタンガンを当てられた時に、その歩幅から女性だと思ったんだよね? しかも学内なら門に警備員が居るから、知らない人は入れない筈だ。それを考えると、聡美ちゃんの学校には無縁な大澤家の四人は自ずと外れる。本間朝音さんも部外者だ。そして同じ学校の生徒であっても市村俊介君は君と十五センチの身長差がある、歩幅も全然違う筈だ。そう考えると、市村俊介君も外れる。君の学校で、君と同じくらいの身長の女の子……若林香菜さんは君より四センチ小さいだけだね」


 あたしは紅茶を島崎さんに向けて噴きそうになった。


「香菜は、香菜はだって、電子レンジの日に横に居たんですよ?」

「じゃあ、誰?」


 う……。答えられない。


「今言ったのは『君の知っている』仁村篤君の交友関係だね? 君の知らない交友関係の中に仁村篤君を殺害した犯人がいて、君に見られたと思い、君の口を封じようとしていることも考えられる」

「でも、あたしの知り合いでない人が、あの暗い中で一瞬あたしを見ただけであたしだって気付きますか?」

「学校のクラスメイトならみんな君の顔くらい知っているだろう?」


 島崎さんは淡々と恐ろしい事を言ってのける。そんな事を言い出したら、学校の友達はみんな関係者じゃないか。


「例えば何かで篤に恨みを持ってる人とかですか?」

「得意科目でいつも仁村篤君に一番の座を奪われてしまうとか」

「篤は全科目平均ですよ」

「サッカー部に彼をよく思っていない人が居るとか」

「サッカー部は実力勝負です。自分が下手なのを棚に上げて逆恨みするような人は居ませんよ」


 島崎さんが急に声を上げて笑い出した。


「なんですか」

「いや、聡美ちゃんも結構言うねえ」


 もー、なんなのよー。

 あたしは紅茶にリキッドレモンをだばだば入れて乱暴に掻き混ぜた。このリキッドレモン、全然酸っぱくないんだ。なんとなくレモンっぽい香りはするけど、あの強烈な酸味がないから、やっぱり生のレモンを絞る方が断然おいしい。


「結局シアン化カリウムを持って来た筈の容器は、パーティ会場から見つからなかったんだよ」

「えー? じゃあどうやって持って来たんですか?」

「それが判らない。名探偵磯野聡美の出番」


 全くもう。じろっと睨んだつもりが、思わずハッとしてしまう。

 島崎さんの横顔がなんというかとっても……ええと、なんだろうこれ。この人って、いつもなんだかちょっとふざけたような感じだけど 、真剣に何か考えてる時の横顔が凄く……。


「市村俊介君と若林香菜さん、LINEやってるんだってね」

「え? そうなんですか? 知らなかった! えー? そういう仲?」

「市村俊介君は『君の親友の』若林香菜さんと、若林香菜さんは『仁村篤君の親友の』市村俊介君と。意味、判るだろ?」


 ? ここでわからないって言ったら、あたしおバカな子だよね。


「判って無さそうだね」


 って島崎さんにはバレバレらしいけど。


「恋愛相談だよ。市村俊介君は君の情報が欲しい。若林香菜さんは仁村篤君の情報が欲しい。で、お互いに相談に乗ってたわけだな」

「そんなこと何も教えてくれませんでしたよー、香菜ってばー」

「教えるわけないだろ? 君が若林香菜さんの立場だったらどうよ?」

「あ、そっか」


 島崎さんはやれやれって肩を竦めると、机に両肘を乗っけてあたしの方に身を乗り出して来た。


「情報が一つ追加になったんだからね、ちゃんと推理してくれよ? 期待してるんだからね」


 ん? 市村君と香菜? 何かあったような……。


「あっ! 市村君にコクられた日に、香菜も篤にコクってるんだ!」

「相談してたからじゃないの? 一緒に決行しようかってことになったのかもね」


 全くもう、あの二人ってば。いっそあの二人がくっついちゃえばいいのに。ああ、結構お似合いだよ。スポーツマンで成績優秀、リーダーシップもある市村君と、割と控えめで優しい香菜、似合う似合う!

 なーんて、あたしがバカなことを考えてる間にも、島崎さんは当然仕事してるわけで。ブツブツ言いながらコップの紅茶を喉に流し込んでる。

 うわぁ、凄い喉仏が動いてる……。なんか急に島崎さんがメッチャ大人に見える。いや、大人なんだけど。篤ってこんなに喉仏出てたっけ? 島崎さん、声低いからかな。


「何か大事なところを見落としているような気がするんだがなぁ。なんだろなぁ」


 はっ、いかん。あたしはなんで島崎さんの横顔に見とれてるんだ。


「あの、あたし、もうちょっと考えて来ます。今日は帰ります」


 唸る島崎さんの横顔をもう少し見ていたい気もしたけど、ここは彼の仕事場なんだ、いつまでも邪魔をする訳には行かない。


「送って行こうか?」


 立ち上がろうとした島崎さんを、急いで両の手のひらを見せて制する。


「いえっ、大丈夫です。親がうるさいんで、迎えに来て貰います」

「そりゃ確実だ」


 非常に不本意ながら、あたしはお母さんにメールを打った。

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