第22話 歩道橋
十二月に入った。日照時間は日に日に短くなっていく。あと三週間もすれば冬至だ。寒さが身に染みる。
今日もあたしはマフラーグルグル巻きにして、ガッツリ手袋して、ブレザーの下にカーディガン着込んで、タイツの上から靴下履いて、完全装備で学校に行っていた。このマフラーは、去年の誕生日に篤がくれたヤツ。ベージュのカーディガンに合わせてバーバリーチェックのを選んでくれたんだ。
耳が寒さでちぎれるほど痛くなるから、登下校時は髪を下ろしてる。髪が無いと無防備に冷たい風にさらされちゃうんだもん。もともと肩にかかるくらいの長さしかないけど、まとめてないと授業中邪魔だし、まとめたままだと行き帰りが寒いんだ。
スタンガンの日以来、あたしは明るいうちに帰るようにしてる。どっちにしたって来週から期末テストだし、早く追い出されちゃうんだけどね。それでも電車を降りる頃には真っ暗になってる。まだ五時半なのに。
とにかくあたしはお母さんがうるさいから、寄り道せずに急いで帰る。本当は駅のショッピングモールに入ってる本屋さんとか寄って行きたいんだけど、お母さんの方がめんどくさい。まあ、もう少しの辛抱だ。島崎さんたちが犯人を捕まえてくれたら、いくらでも寄り道して帰れる。
ここは駅の改札が二階にあって、そのままショッピングモールに繋がってる。だから最短で家に帰ろうとすると、ショッピングモールの二階部分を突っ切って来ることになる。だからその辺りのテナントはチラチラ眺めながら帰って来ることができる。
一番端まで歩くとモールの建物から出てしまうんだけど、目の前に横たわる大きな道路を渡る歩道橋とくっついているから、モールを出てそのまま歩道橋を渡って、階段を降りるのが鉄板ルート。
そしてその歩道橋の階段を下り切ったところのビルの一階に、朝ちゃんのバイト先のドーナツ屋さんがある。いつも入り口からカウンターの方を覗いて、朝ちゃんがいると手を振って通り過ぎるんだ。朝ちゃんもあたしを見るとニコって笑って小っちゃく手を振り返してくれる。これがあたしたちのいつものルーティン。
今日はモールを出たところで強風が吹きつけて来て一瞬立ち止まった。ビル風というのかなぁ、なんか変に下から風が吹き上げたりして、スカートめくれそうになったりするんだよね。おーさぶ。
歩道橋からは、下を通る車とか、葉っぱが無くなっちゃった街路樹とかが見える。ああ、今日はドーナツ買って帰ろうかな。でも夕飯がオムライスだったらどっちも食べるのはちょっと無理だな。別腹に入れようかな、夜中に。ああダメダメ、夜中のスイーツは太る! 篤はよく「お前もっと太れ」とか言ってたけど、あたしの場合、お肉が胸につかないでお腹についちゃうんだってば。
なーんて考えながら歩道橋の端まで来ると階段の天辺からでもドーナツ屋の看板があたしを手招きしてるように見える。あああ~、やっぱりフレンチクルーラー買って帰ろっかな。
と、そう思った時だった。
気のせいかもしれない。かもしれないけど、誰かに押された気がしたんだ。あたしは足がもつれてそのまま前のめりに倒れた。そこに地面があろうはずもなく。
あたしはそのまま歩道橋を一番下まで転げ落ちた。
「君は本当に運がいいね」
「あたしもそう思います。でもここ一ヵ月、青あざだらけですよ?」
「打ち所が悪けりゃ死んでたよ。打撲程度で済んだのは不幸中の幸いとしか言いようが無いよ」
島崎さんがやれやれと肩を竦める。まあ、そうだよね、普通に考えたらもっと派手に怪我してても不思議じゃない。
あれから、階段の一番下で呻いているあたしを見かけた通りがかりの人が、すぐに救急車を呼んでくれたんだ。そのまま病院に行ってあちこち検査されたけど、特に骨が折れたわけでもなく、脳も異常無さそうで、肩と膝の打撲で済んでいたみたい。冬でいっぱい着込んでいたのが良かったのかもしれない。しかもどうやら最初に転んだときはカバンが下になってたらしくて、お弁当箱にひびが入ってたけど、その後はコロコロと綺麗に転がり落ちたのか、青あざが何カ所かに残ったくらいで大した怪我ではなかった。肩とか膝とかに湿布貼って貰って完了。
お母さんに言うとまためんどくさいことになるのは目に見えてるから、階段の天辺で躓いたってことにしておいた。
そこまでが昨日の出来事だ。今はいつもの3番の部屋で昨日の事を島崎さんに報告してる。
「で、君はなんとなく誰かに押されたような気がしたんだね」
「はい。でも最近そんな事ばっかりだし、昨日は特別に風が強かったから、そんな感じがしただけかもしれません。とにかく報告しておかなくちゃって思って」
最後の一言はなんとなく言い訳がましいかな、と自分でも思う。ただ島崎さんの顔が見たくて、なんやかんやと理由を付けてはここに来たいんだ。
「了解。明日からは後ろも気を付けて歩いてね。それと、何か気になることがあったらどんな小さいことでもいいから教えて」
「はい。じゃあ、あたし帰ります」
「送ろうか」
「いえ、お仕事してください。あたしはバスで帰りますから」
って言って警察を後にしたのはいいんだけど……。
めっちゃ寒いし!
十二月だもんね、師走だよ師走。来週からめちゃくちゃ忙しくなる。期末テストとか期末テストとか期末テストとか! あー世界史とか絶望的。古文も宇宙語だよ、どうすんのよー。
この辺りの道はちょっと薄暗いけど、バス通りは明るい。駅行きのバスに乗って公園前で降りるのが一番近い筈だ。ああそうか、公園前で降りると、嫌が応にもあの公園の前で降りなきゃいけないんだ。やだなー、思い出しちゃうな、あの日の篤のこと。
え? 誰かついて来てる?
思わず振り返ったけど、犬の散歩のおばさんだ。ああもう、こういう薄暗い道だといろいろ警戒しちゃうじゃん。しかも今日はミムラの散歩じゃないから、首から下げるLEDライト持って来てないよー。
とにかく急いでバス通りまで行こう。あそこなら明るい。
あたしが足を速めた途端、後ろをついて来た足音も早足になった。ちょっと嫌な感じがして、あたしは軽く走り出した。なんと、後ろをついて来てる足音も走り出した。なるべく足音を立てないように走ってついて来てるのが判る。
これはさっきの犬の散歩のおばさんじゃない! 誰なんだ?
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