第25話 真犯人は別に(1)

 正直言ってこれは女子高生の顔じゃない。病院で手当てを受ける前にトイレで鏡を見たら、何というか形容しがたいというか筆舌に尽くしがたいというか、とにかく汚い顔をしてた。

 顔中血まみれ、更にその辺で血を拭ったもんだから、肩とか袖とかに血がついて、えらい騒ぎになってる。髪もシュシュでまとめてた筈なのに、なんだか中途半端にずり下がって、かろうじて引っかかっている感じだ。


 しかも粘着テープを剥がす時にタイツが破れちゃって、この寒いのにナマ脚でその上アチコチ青あざだらけ。

 なんかもう悲惨! こんな酷い状態をあたしは島崎さんに見られてたんだと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしい。今のあたしの精神状態は、絵的にムンクの『叫び』だ。


 結局、怪我してたのはペーパーカッターの直撃を食らった頭だけで、あとは暴れたりした時にぶつけて青あざがついたくらいだった。ほんとあたしって運がいい。千賀子ママの車にぶつかったのだって、完全停止した車にあたしの方から突っ込んだんだもん。しかも無意識に受け身取ってた。


 一通り診て貰って、そのあともう一度島崎さんと警察に行った。いつもの3番の部屋に入ると、川畑さんがドーナツと缶コーヒーを持って入って来た。


「はいはーい、お疲れー、お腹減ったでしょ?」

「おー、さすが川畑さん!」

「あらー、聡美ちゃんオデコにおっきな絆創膏つけて。手首も青あざになってるわねー」


 ドーナツをテーブルに置いた川畑さんが、あたしのすぐ横に座って額をまじまじ見る。


「川畑さん、さっきのあのショベルみたいなあの重機、あれ……」

「ああ、フォークね」

「あんなの運転できるんですか?」

「うん」


 自転車乗れるんですか? に対して答えるようなノリだ。


「あの倉庫、派手にぶっ壊しちゃってたけど」

「だってほっといたって燃えちゃうんだもの。入り口側が派手に燃えてたから反対側の窓から侵入したの。合理的でしょ? それに待てって言ってるのに島崎君てば窓ガラス突き破って飛び込んじゃうんだもん。どうやって脱出する気だったんだか。滅茶苦茶よ」


 壁ぶっ壊した人の方が滅茶苦茶だと思うけど。


「あの、ありがとうございました」

「いーえ、我々は仕事なので」


 あたしと川畑さんが喋ってる正面で、島崎さんが黙って缶コーヒーのプルトップを開けている。それを見て思い出した。


「千賀子ママは?」


 缶コーヒーを口元まで持って行った島崎さんが、一旦それを戻した。


「今別の部屋で取り調べ中」

「どういうことですか?」


 ふぅっと溜息混じりにコーヒーを喉に流し込んでいる島崎さんを見て、川畑さんが「あのね」と切り出した。


「聡美ちゃんに睡眠薬入りのお茶を飲ませて、手足を拘束し、倉庫に監禁して火を点けたの、大澤千賀子さんなの」


 ……え、意味わからん。


「なんで? あたしは誰かに追われて逃げてたんですよ? ここを出た後、バス通りに向かう途中、誰かに追いかけられて、それで必死に逃げているところに千賀子ママの車が通りかかって、それで助けて貰ったんですよ?」

「じゃあ助けて貰った後どうしたの?」

「それは……」


 お茶を飲んで、眠くなって、目が覚めたらイモムシになってた。これじゃカフカの『変身』だ。こんな事態でもこんなバカなことが考えられるあたしって、ある意味貴重な存在かもしれない。


「千賀子さんが自分で話したのよ」

「でも、なんでそんなことをする必要があったんですか?」

「親心だよ」


 急に島崎さんのバリトンが割り込んできて、ドキッとしてしまう。


「君は大澤千賀子さんに『サッカー選手のように足の速い人』に追われたと言ったらしいね」

「はい」

「彼女はそれを聞いて、息子の優君が君を追っていると思ってしまったんだ」


 はあぁぁぁぁ?


「いや、だって、なんで大澤君があたしを追うの? 意味不明なんですけど!」

「それが親心ってやつでね。あ、俺ストロベリーリング食っていい?」


 川畑さんに「いちいち断らないでいいからさっさと食べなさい」とか言われてガサゴソと袋を漁りだす。


「そもそも大澤千賀子さんは、仁村篤君が殺害された時に、もしかしたら大澤優君が犯人なんじゃないかと疑っていたんだよ」

「へ? じゃあ、篤を殺した犯人は千賀子ママじゃないの?」

「そう。仁村篤君を殺した犯人が、口封じのために君を狙っていたという前提が、既に間違っていたんだ。だから、なかなか真実に辿り着けなかったんだよ」


 じゃあ、真犯人がまだ別にいるってことじゃないか!


「それでね、息子が犯人だと思った大澤千賀子さんは、我が子を守るべく、君の口を封じようと計画した。そして最初の計画が実行された。それがあのお葬式の日だ」


 島崎さんがピンクのチョコレートのかかったリングを頬張る。それをぼんやり見ながら、あの日の事を思い出す。あの日は、大澤君は千賀子ママと一緒に来ていた。だけど帰りは会っていない。もしかしたら大澤君は地元のサッカーチームの子たちと合流したんだろうか。


「でまあ、君を線路に突き落とし、何食わぬ顔でそのまま反対方面への電車に乗った。君は線路に落ちたけれど、本間朝音さんに助けられた。ここまでOK?」

「はい、OKです」

「じゃ、君もドーナツ食べて」

「はい」


 あたしの前に無糖の紅茶が置かれ、ドーナツの袋がこっちに向けられる。


「そして第二の計画。それが大澤優君のお兄さん、大澤拓夢たくむさんとクレアさんの結婚披露パーティだ」

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