第7話 事情聴取(2)

「はい、どーぞ」


 島崎さんが返事をすると、ドアがガチャリと開いて太めの男の人が体を半分覗かせた。あ、この人見たことある。昨日病院で島崎さんと話してた刑事さんだ。


「なんすか、島崎さん、女の子泣かせてたんですか? ひっどいなぁ」


 洟かんでるあたしを見て、その人がおどけた感じで言うと、島崎さんが彼を振り返ってカラカラと笑う。


「そこだけ聞くと、すげえモテてるような錯覚に陥るな。悪い気はしないね」

「あ、違います。島崎さんに泣かされたんじゃないです」


 あたしが慌ててその太めの刑事さんに言うと、三人の刑事さんが一瞬キョトンとして……いきなり笑い出した。


「ごめんね聡美ちゃん、この二人いつもこんななのよ。冗談だから真に受けないでね。もう島崎君も服部君も、重要参考人をからかわないの!」

「すいませーん」


 全然反省していなさそうな顔で、太めの刑事さんが川畑さんにドーナツ屋の大きな袋を渡した。


「はいこれ。新しいバイトの子が入ってましたよ。島崎さん好みのお目目パッチリショートカット」

「俺の好みを勝手に決めるな」

「ありがと。お釣りはとっといて」

「お釣り十六円ですけど」

「それ、お駄賃」

「何にも買えないっすよ」

「お駄賃も積もればチロルチョコが買えるわよ」

「あざーす」


 なんだか漫才みたいな掛け合いが終わって服部君と呼ばれてた太めの刑事さんが出て行った。


「今の人、昨日病院にいましたよね」


 あたしは何気なく訊いたんだけど、島崎さんが驚いたような顔をした。


「へえ、昨日あんなに混乱してたのによく覚えてるね。案外冷静なんだな、君は」

「あ、ずっと視界の中にいたから……」

「そんなことは置いといて、ドーナツ食べましょ。島崎君はコーヒーでしょ。聡美ちゃんは紅茶頼んどいたんだけどいいわよね。レモンとミルクどっちがいい?」


 川畑さんが飲み物を出しながら訊いて来る。


「え、あ、あたし、ミルク……」

「了解、聡美ちゃんミルクティね。じゃ、あたしレモンティ。フレンチクルーラー好き? チョコファッションもあるわよ。あとね、チュロスとシナモンリングと……」


 川畑さんがお喋りしながら、袋のドーナツをどんどん出して来る。一通り出し終わって、彼女はあたしの顔を覗き込んだ。


「聡美ちゃん、昨日の晩から何も食べてないでしょ。顔見たらわかるわよ。食欲無いのは仕方ないけど、ちゃんと食べないと頭が働かないわよ。篤君の犯人とっ捕まえて、鼻へし折ってやりたいんでしょ?」


 彼女はあたしの方に人差し指を銃のように向けて『バーン』とばかりにキュッと上に向ける。


「はいっ!」

「よろしい。じゃ、好きなの食べて。早いもん勝ちよ。私、言っとくけど、ドーナツ食べるの早いからね。無くなってから文句言っても知らないわよ」

 川畑さんがあたしの方に挑戦的な笑顔を投げつける。

「はい、いただきます!」


 彼女の心遣いが嬉しくて、あたしは遠慮なくチョコファッションにかじり付いた。甘いチョコレートの味が口の中に広がって、生きている実感が湧いた。

 篤はもうこれを食べることはできないんだ。そう思うとまた涙がボロボロ零れて来た。


 一緒にドーナツ食べに行ったばっかりなのに。篤の大好きだったチョコファッション。あたしはフレンチクルーラーが好きで、よく篤に「チョコファッションなんて甘すぎる、子供の食べ物だよ」なんて言ってたのに、今はこれさえも苦く感じる。


「篤、チョコファッション好きだったんです。一昨日一緒に食べに行ったんです。知り合いのお姉さんがそこでバイト始めたから、二人で様子見に。そこでもチョコファッション食べてたんです」


 島崎さんはうんうんと頷きながらチョコリングを頬張ってる。島崎さんも甘党なんだ。


「知り合いのお姉さんって言うのは誰?」

あさちゃんっていう近所のお姉さんです。多分さっきの刑事さんが言ってた新人のバイトの事です。朝ちゃん、ショートカットだから」

「聡美ちゃんとはどういう関係?」

「朝ちゃんもあたしたちが幼稚園の時からよく一緒に遊んだんです。歳は三つ上だから中学の制服も朝ちゃんのお下がり貰って」


 あたしが島崎さんの質問に答えてる間は、川畑さんはしっかりメモを取ってる。凄いな、こんな風にドーナツ食べていてもちゃんと仕事するんだ。


「朝ちゃんのフルネーム教えてくれる?」

「知り合い全部調べるんですか?」


 あたしは涙を拭きながらちょっと不安になった。あたしがいろいろ話すとみんな疑われちゃうんだろうか。


「勿論。ちゃんと調べれば犯人の可能性から外していけるからね。君の周りの人からどんどんシロで確定して行った方がいいだろ?」


 そうか。疑ってるんじゃなくて、犯人リストから外すために調べるのか。


本間朝音ほんまあさとさんです。神奈川体育大学の児童スポーツなんとかっていう、体育の先生になるためのコースで勉強してた筈です」

「本間朝音さんね。聡美ちゃんは彼女を朝ちゃんと呼んでるんだね?」

「はい。朝ちゃんはあたしのことさとちゃんって呼んでくれます」

「仁村篤君は?」

「二人とも、篤、朝音あさとって普通に名前を呼び捨てです。小さい頃からずっと」

「成程ね。ちゃんとドーナツも食べてね」

「え?」


 島崎さんがドーナツの袋をこっちに向ける。この人、唐突にこうやって話題を変えるからびっくりする。


「ああ、聞くの忘れた。市村君の下の名前は?」

俊介しゅんすけです。俊敏の俊に介助の介」

「了解。他に仁村篤君と特に関わりの深い人は誰かいるかな。なるべくその人から潰していくようにするから。その方が君も安心だろ?」

「あ、はい。犯人の可能性から外していくってことですよね?」

「そう」


 って言われても、篤の友達なんていっぱいいるしな。


「あ、大澤おおさわ君」

「大澤君ね、名前は?」

「大澤すぐるです」

「何者?」

「小中一緒で、サッカークラブも一緒だったんですけど、高校のスポーツ推薦で落ちちゃったんです。サッカー枠の二席を篤と市村君と大澤君で争って、三人ともサッカーのレベルはそんなに変わらないんですけど、大澤君は受験の直前に風邪ひいちゃったから」


 島崎さんは急に興味津津って顔で身を乗り出して来た。


「三人の中では誰が一番頭いいの?」

「市村君です」

「じゃあ、もう一つの枠は篤君と大澤君で競ったのかな?」

「そうだと思います。市村君はダントツで、学年で上位五人くらいには常にいるから」


 川畑さんがチラッと島崎さんを見た。なんだろう。あたし、何か変なこと言った?


「最後の一席を仁村篤君と大澤優君で競って、大澤優君は負けたと。彼は今どうしてるの?」

「別の高校でサッカー部のキャプテンやってます。たまに試合で会うって篤が喜んでました」

「高校生活はエンジョイしてる感じ?」

「常盤台落ちて良かったかも~とか言ってるのを聞いたことがあります。今の学校が合ってたみたい」

「ふむ。なるほどね」


 島崎さん、グーに握った拳で頬杖ついてる。篤と同じ仕草だ。


「じゃあ、まず市村俊介いちむらしゅんすけ君と大澤優おおさわすぐる君、それと本間朝音ほんまあさとさんの三人からシロにする為に裏を取るからね」

「はい。お願いします」

「ところでストロベリーリング、俺が食べてもいい?」

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