第6話 事情聴取(1)
この人、島崎『君』って呼んでる。上司なのかな。それとも同級生? ああ、仕事だと同級生って言わないか。同期って言うのかな。でも島崎さんより若そうに見えるよ。
あたしがぼんやりしていると、島崎さんがテーブルの上で手を組んだ。
「じゃ、早速だけど、君はなぜあの公園にいたの?」
「あ、ええとミムラの散歩です」
「ミムラ?」
「うちの犬です。ミムラって名前なんです。あの、
島崎さんはぽかんとして「あ……そう」と、やっと返事をする。まあ、確かにバカバカしいネーミングではあるけど。
「あんな遅い時間に女の子一人で外出なんて、いくら犬が一緒でも危険だよ。お家の人で他に行ける人はいなかったの?」
「冬場はいつも父が行くんです。あたしが学校から帰ってからだと暗くなってるから。でも、たまたま父が出張で家にいなかったから、あたしが行ったんです」
「お父さんの出張はよくあるの?」
「そんなことも無いんですけど、今回はたまたま長期の出張で海外に行っちゃってるから……」
「そりゃ仕方ない。それで事件に遭遇したんだね」
「はい。ミムラが急に公園の方に行こうとしたから。知り合いに見せる反応だったので、誰かなって」
島崎さんがうんうんと頷く。
「二人は……あ、被害者と加害者ね、最初からあの場所にいたの?」
「あたしが見た時はあそこに立ってました。相手は知り合いだと思います」
スーツの女の人……ええと、川畑さんが島崎さんの方をチラッと見る。島崎さんはあたしから目を逸らさずに続けた。
「なんでそう思うの?」
「あの時、相手が篤の肩に手を掛けたように見えたんです。でも篤は嫌がる訳でもなく、普通にそれを許してました。仲のいい雰囲気にしか見えなかったんです。でもその直後に篤が首を押さえて倒れて、相手の人はあたしの方を振り返って、そのまま立ち去ったんです」
「顔は見えなかった?」
島崎さんが身を乗り出して来る。
「影になってて。逆光だったのかも。あんまり覚えてないんですけど、暗くてよく見えませんでした」
「身長はどれくらいだった? 仁村篤君より大きかった? 小さかった?」
「え……」
暗かったし、離れてたし……どうだったかな。必死に考えるけど、そんなに冷静じゃなかったし、わからないよ……。
「ごめんなさい、覚えてないです。でもそんなに極端に身長差があったようには思えません」
「島崎君」
川畑さんが横から声をかける。質問を始めてから、多分初めて口を開くんじゃないかな 。
「被害者は身長百六十八センチよ」
「小さいね。ちょっと背の高い女の子や標準身長の男性とは、プラスマイナス五センチに入っちゃうなぁ」
「ヒールのある靴を履いたら、ほぼ身長は一緒になるわね」
川畑さんがボールペンを顎に付けて言う。その姿が物凄く大人っぽくてサマになっている。
「うーん。仁村篤君は君に何か言った?」
「あたしの名前を呼んだだけです」
「普段はなんて呼ばれてるの?」
「聡美って、そのままです。もう幼稚園の頃からずっと」
川畑さんがメモを取っている横で、島崎さんがうーんって唸ってる。何か役に立つことを思い出さないと。
「犬がミムラ、篤君がニムラ、イチムラ君てのは誰?」
「友達です。市村君は中学までは校区が違ってて別の学校だったんですけど、篤と同じ地元のサッカークラブに入ってて、小学校の頃から仲良しだったんです。それで高校に入るとき、篤と市村君がスポーツ推薦でうちの学校に入って、今は市村君と篤は別のクラスですけど、二人でサッカー部の部長と副部長やってるんです」
島崎さんが身を乗り出してきた。
「どっちが部長?」
「市村君です」
「ふうん、部長さんか。市村君、サッカー上手いんだね」
「上手いですよ、素人のあたしが見てもわかるくらい。でも篤の方が上手です。それは市村君もわかってて。だけど市村君の方がリーダーシップのあるタイプで、篤は人の上に立つというより、そういう人をサポートする方が合ってるんです。ポジションもあたしはよくわからないんですけど、市村君がセンターフォワードで、篤が……篤もフォワードだけどセカンドなんとかって言ってました。いつも市村くんが攻めて、篤がサポートする役割なんだって、そう言ってました」
島崎さんが何か考えながら頷いてる。
「ふーん、そうか。篤君の方が技術は上だけど、市村君の方がリーダーシップがあると。因みに二人は何組?」
「あたしと市村君は二年二組で篤は一組です」
「聡美ちゃんは市村君と一緒なんだね。篤君が隣のクラス」
島崎さんが一つずつ確認する。川畑さんがメモを取りやすいようにしてるんだろうか。
「聡美ちゃんから見て、市村君は篤君をどう見てたと思う?」
え? 何を聞かれてるのかよくわからない。普通に答えていいのかな。
「親友みたいに思ってたと思います」
「親友ね。篤君も同じかな?」
「もちろんです」
「篤君が実はキャプテンになりたがってたとか、そういう話は聞いたことある?」
「篤は人の上に立つのが大嫌いで、部長やれって市村君に言われたのを頑なに断ったんです。絶対に篤がキャプテンになりたがることなんてないです」
「市村君が篤君の才能を羨んでいたことは?」
「それは二人ともあります。市村君は篤のパス回しの判断が的確なお陰で勝ててるんだって言ってたし、篤は市村君の刺さるようなシュートに見とれるって言ってました。お互いにお互いの才能を認めてたって言うか」
「羨ましいね。こりゃ、本物の親友だ」
島崎さんがニコッと笑って肩を竦める。なんだろう、この人がこんな風に笑うと、妙に安心する。
「今日の市村君はどうしてた?」
市村君、思い出しただけで胸が苦しくなる。小学校の頃から付き合って来て、あんな彼を見たのは多分初めてだろう。
「全校集会で、校長先生から話があった時『嘘だ!』って。講堂で『篤どこだ!』って大声で叫んで隣のクラスの列に割り込んじゃって。大騒ぎになっちゃって。普段はそんなことする子じゃないんです。先生がやっと宥めて、事情を説明したら、もうじっとしていられなくて校庭を闇雲に走ってました。あんな市村君見たことない」
もう昨日から何度も何度も泣いてるのに、学校でも泣いてたのに、まだ残ってたの? って驚くくらい、いくらでも涙が溢れて来る。いつもはあの校庭を篤と市村君が仲良く走ってたのに。
二人でランニングしていた姿を思い出したら、なんかもう涙止まんなくなっちゃって、喋れなくなってしまった。なんでこんなことになっちゃったんだ。篤に会いたいよ、今すぐ。
「はい、これ使って」
川畑さんがあたしの前にティッシュを箱ごと置いてくれた。この人、ホントいろいろすぐに気づいてくれる。島崎さんたち待たせて、あたし何やってるんだろう。
「大丈夫? 疲れたらやめてもいいのよ?」
「大丈夫です。明日になったら忘れちゃうかもしれない。後になったら犯人捕まえにくくなるから」
しゃくりあげながらも真っ直ぐ川畑さんに訴えると、彼女もあたしを正面から見て応えてくれた。
「篤君、大事な人だったのね。了解。絶対に捕まえてあげるから、聡美ちゃんも頑張るのよ」
「はい」
と、そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
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