第5話 相棒

 翌日、学校では緊急全校集会が開かれ、篤の死について校長先生から説明があった。その後、保護者説明会があるという事で生徒達は一旦帰宅させられたが、あたしは迎えに来ていた島崎さんと一緒に警察に行くことになった。

 島崎さんはあたしの体調を気遣って「明日にするか」と聞いてくれたけど、時間をおいたら昨日の事を忘れてしまいそうで怖かったからついて行くことにした。


 ――それに、一人でいるのが嫌だったのだ。篤の事ばかり考えてしまうから。

 昨夜は一睡もできなかった。目を閉じると血にまみれた篤の顔ばかりが浮かんで来るし、目を開けば篤の笑顔ばかりが思い出される。

 なんで? なんで篤がこんな目に遭わなきゃなんないの? 篤が何をしたの? 堂々巡りなのはわかってる。でも、考えることがやめられない。一人でいるとおかしくなってしまいそう。だからあたしは警察に協力する方が気分的にもずっと楽だったのだ。


 あたしが車の中でそれを告げると、島崎さんはうんうんと力強くうなずいて「絶対に犯人を捕まえてやるからな」って言ってくれた。相変わらず今日も無精髭でヨレヨレのワイシャツだけど、とても頼もしく感じた。この人が篤を殺した犯人を捕まえてくれる、きっと仇を取ってくれる……そう思えた。


 暫く車に揺られて警察の建物に到着すると、島崎さんは「まだ降りないで」と言って自分だけ先に車を降りた。そして辺りを窺ってからあたしの席のドアを開けてくれた。


「いいよ、降りて。俺の後について来て」


 あたしは島崎さんに言われるまま、彼の後ろを黙ってついて行く。車から降りるだけでもこんなに警戒するって、どういう事なんだろう。警察自体、入るのも初めてだから、なんだか無駄に緊張する。


 一階のロビーには、制服を着た『いかにも』な警察官もいれば、一般の人もたくさん来ている。『運転免許』というパネルのところには若い人もいるようだ。免許の書き換えに来ているのだろう。

 別の窓口では、『振り込め詐欺』に遭ったらしいおじいちゃんがロビー中に響き渡る大きな声で相談していて、何があったか筒抜けだ。きっとあのおじいちゃんは耳が遠いんだろう。

 こっちのおばさんは身振り手振り。どうやらひったくりに遭ったらしい。

 あたしは自分でもはっきり自覚できるほど現実逃避していた。どうしても篤がこの世にいないことを認めたくないんだ。


「聡美ちゃん、こっち」

「あ、はい」


 廊下の角を曲がるところで、島崎さんが声をかけてくれる。ぼんやりしてたら見失っちゃう。


「あ、島崎君」


 正面から来たスーツの女の人が島崎さんに声をかけた。


「あー、ちょうど良かった。こちら例の磯野聡美さん。これから3番で聞き取りするから、誰か回してくれる?」

「了解。私はこれからドーナツ仕入れて来るけど、要る?」

「俺が断ったことある?」

「無いわね。了解」


 スーツの女性はあたしに笑顔で会釈すると、さっさと行ってしまう。なんかドラマみたいでカッコイイ。


「あの……今の女の人も刑事さんですか?」

「あ? そうだよ。超敏腕。狙った獲物は必ず仕留める」


 そう言いながら、島崎さんは部屋のドアを開けてあたしを誘導する。


「はい、ここね。どうぞ」


 彼に案内されて入った部屋は、作業机みたいな机とパイプ椅子が置いてあるだけの部屋だった。これが取調室なのかな? でもテレビで見るようなスチールの灰色の事務机じゃなくて、なんだかどこかの会社に置いてありそうなベージュの長机。パイプ椅子も灰色じゃないよ、ベージュのビニールが貼ってある座面に、茶色に塗られたパイプ。机とお揃いでお洒落な感じ。窓も大きくて明るくて、テレビで見るような辛気臭い感じじゃない。取調室じゃないのかな。

 なんてキョロキョロしてたら、島崎さんがパイプ椅子を引いてくれる。


「ここ、座って」

「はい」


 言われたままに座ると、島崎さんは机を挟んで正面に陣取った。


「もう一人来るけど、記録取りに来るだけだから気にしないでね」

「はい」


 あたしが緊張してるのがわかったのか、島崎さんが上着を脱ぎながらふっと笑う。


「肩の力抜いて。わかる事だけ答えてくれればいいんだから」

「はい」

「ところで今日、学校はどうだった?」


 島崎さんが世間話みたいなノリで聞いて来る。これは世間話なんだろうか、それども何かに繋がる話なんだろうか。


「どうって……みんな篤がいなくなったことが信じられなくて。サッカー部の子なんかみんな呆然としてました」


 そこにノックの音がして、さっきの女性が入って来た。


「あれ? どうしたの、川畑かわばたさん?」

「記録」


 手に持ったファイルとペンを軽く持ち上げて見せる仕草も、物凄くデキる女性っぽく見える。


「ドーナツは?」

服部はっとり君にお願いした」


 そう言いながら、彼女は島崎さんの隣に無造作に座ると、眼鏡をクイッと上げた。


「あいつに行かせたら何買って来るかわかんないよ?」

「ちゃんとリスト書いて渡しといたから。抜かりありません」

「へいへい」


 参ったね、とかなんとかブツブツ言いながらあたしの方に向き直ると、島崎さんは彼女を紹介してくれた。


「この人、同じく捜査一課の川畑さん。この事件の担当で俺の相棒バディね」

「川畑です。よろしくお願いします」


 黒髪をきりっと後ろで一つにまとめ、チャコールグレイのスーツで身を固めた彼女が、にこやかに挨拶してくれる。


「あっ、はい、あの、磯野聡美です、よろしくお願いします」

「緊張しなくていいのよ。って言っても無理よねぇ。今、全部話そうとしなくても、思い出した時に連絡くれればいいから、楽な気持ちで話してちょうだいね」

「はい」


 テキパキとした話し方で、いかにも敏腕って感じ。サラサラのセミロングのストレートヘアを超シンプルなシルバーのバレッタでバシッと留めて、細いチェーンのネックレスと小さなピアスが控えめながら自己主張している。


「いいわよ島崎君、始めてちょうだい」

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