第31話 想定外の結末

「残念ね。目撃したからじゃないわよ」

「お疲れ。なんか取れた?」


 いや、そこ驚こうよ島崎さん。なんでナチュラルに反応してるの?


「あっさり認めちゃった。『篤君を殺害したのは自分です』って」

「さすがですな。それにしてもまた今回は随分早かったね」

「まあね」


 あたしがポカンとしてると、彼女は島崎さんの横の椅子を引いて、溜息混じりに腰かけた。


「ちょっと待ってください、朝ちゃんが篤を?」

「そ」

「嘘です、そんな訳ないです。朝ちゃんがそんなことできるわけないです」

「そう思いたい気持ちはわからなくはないけどね」


 島崎さんが川畑さんの方にコーヒーを勧めると、川畑さんは「ありがと」と言って一口飲んで、また大きな溜息をついた。


「で、結局本間朝音さんと仁村篤君はデキてたの?」

「まさか」

「じゃあ、本間朝音さんが一方的に想いを寄せていたって事?」

「まあ、そういう事になるわね」


 信じられない。朝ちゃんが、そんな事で、篤を?


「じゃあ、この前寸劇やった通りか。想いを伝えたけど、仁村篤君は聡美ちゃんの事が好きで相手にして貰えない、思い余って……」

「違うのよ」

「は?」


 この「は?」は、あたしと島崎さんのハモった「は?」だ。


「あ、いや、篤君が聡美ちゃんの事を好きだったのはその通りなんだけどね。彼女は想いを伝えてないの」

「え、想いを伝えなくてもフラれることが判っていたから?」

「まあ、判っていたでしょうね、だから伝えなかったのよ」

「だからって殺しますか?」


 何だかやりきれないよそんなの。


「ええ、邪魔者は消したかったのね、どうしても」

「は? 邪魔者?」

「彼女にとって仁村篤君は邪魔者だったのよ」


 意味がわからない私はおバカさんですか? と思ったけど島崎さんはギョッとした顔になった。


「え、おい、それってまさかあれか」

「そう、その『あれ』よ」

「うっわー……」


 ちょっとちょっと、二人で何わかっちゃってんのよ!


「つまりあれか。本間朝音さんが想いを寄せていたのは、仁村篤君ではなくて磯野聡美ちゃんだったと?」


 はあああああああ?


「うん、まあそういう事らしいの」

「え、あ、あの、ちょっと待ってください、意味がわかりませんけど」


 川畑さんに訴えかけるように言うと、彼女は困ったように小さく頷いた。


「本間朝音さんは昔から磯野聡美ちゃんの事が好きだった。それであなたを妹のように可愛がった。自分の使った制服をあなたにお下がりとして着て貰いたくて、なるべく汚さないように気を遣ってたそうよ」


 だからあんなに制服綺麗だったの?


「聡美ちゃんと篤君が幼稚園からずっと一緒だった事に不満を持っていた本間さんは、二人が高校まで一緒になったことが許せなかったみたいなのね。それで篤君の家庭教師を頼まれた時に、わざと篤君を誘惑したんですって。篤君の気持ちを自分に向けることで聡美ちゃんから引き離そうとしたらしいのね。まあ、彼女は女性としてとっても魅力的だから、篤君が簡単に自分に靡くと思ってたらしいの」

「だが、彼は本間朝音さんに気持ちが流れることは無かった、と」


 島崎さんがポケットから煙草を出し、あっという顔をしてまた片付けた。吸いたかったんだろうか。


「あの日は公園に呼び出してしつこく迫ったものだから、篤君に家庭教師を辞めて欲しいと言われたんですって。それでカッとなって、カッターで篤君の首を」

「そこに聡美ちゃんがミムラと一緒に現れた」

「彼女はそのまま知らん顔で立ち去った。顔は見られていないという自信があったらしいの。逆光になっている筈だったし、そこそこ距離があったから。ところが彼女にも思いつかないハプニングが起こってしまった」

「え、なんですか?」

「大澤千賀子さんが優君を犯人だと勘違いしてしまったこと。千賀子さんは息子を守るために、目撃者のあなたの口を封じようと線路に落とした。だけど一緒にいた本間さんがあなたを助けた。大事な聡美ちゃんのためなら線路にだって飛び降りるのもいとわなかったのね。ところが聡美ちゃんの口から『犯人に狙われてる』という言葉が出た。そこで彼女は咄嗟に、あなたを線路に突き落とした人に篤君殺害の罪も着せようと思った。だから彼女はあの時『これは殺人未遂ですよね』『殺人犯が聡ちゃんを狙ってるんですよね』と質問するかのように強調し、そのイメージを我々に植え付けた」


 確かに、あの時朝ちゃんはそう言った。『秘密の恋』みたいな何か似たような言葉を言った。そして殺人犯から守ってくれるって言った。


「じゃあ、電子レンジは? あれは誰が?」

「あれも本間さん」

「なんで朝ちゃんがあたしを狙うんですか?」


 川畑さんは「そう思うわよね」と肩を竦めた。


「聡美ちゃんを狙ったわけじゃないのよ。彼女が狙ったのは若林香菜さんだったの」

「ええええっ?」

「あなたと一緒にいるのが許せなかったんですって。偶々裏口の方に段ボールをまとめに行ったら、あなたたちが仲良く歩いて来るのが見えて、踊り場にあった電子レンジを若林香菜さんに向かって投げつけたらしいの。だけど、軍手をしていたものだから、運悪く手が滑って変なところに落ちてしまった。それで結果的に聡美ちゃんが『自分が狙われている』と勘違いしたの」


 そんなー。信じられない……。って顔に書いてあったのか、島崎さんが黙ってあたしの方にコーヒーを勧めてくれる。


「本間さんは絶対に自分が疑われると判ったんでしょうね。彼女は誰かになんとか罪を擦り付けられないか考えたのね。それで『若林さんが誰かにそれを指示したかのように見せる』ことを思いついた。若林さんは傍にいたからシロだと思われる。そこを逆手にとって、彼女が仕組んだと思わせるというやつね。その為に若林さんに聡美ちゃんを襲わせる必要があった。だけどそんなことはできない。それで、彼女自身が若林さんのふりをする事を考えた」

「それがスタンガン?」

「そう。本間さんは常盤台高校の制服によく似たスカートを穿いて、ブレザーを羽織り、その上からマフラーをぐるぐる巻いてマスクと眼鏡を着用し、守衛さんに『定期忘れちゃって』と言いながら当たり前の顔で門をくぐり、建物の影であなたを待ち伏せした。薄暗くなったのをいいことに聡美ちゃんの背後に忍び寄り、スタンガンを当てて、知らん顔でまた守衛さんに挨拶して出て行った。それから随分経って、後から来た生徒にあなたは発見された。そして、あなたの証言によって、まんまと容疑者から自分を外すことに成功した。ところが」


 まだあったっけ?


「勘違いしたままの千賀子さんが大澤家のパーティで毒を盛ってくれたおかげで、自分がどんどん容疑者から離れていくことを喜ぶ半面、自分以外の『誰かが』聡美ちゃんの命を狙っている事に気づいたのね。そこへきて一昨日、お店の目の前の歩道橋で聡美ちゃんが階段から転落した。それで心配になって昨日あなたの後をこっそり尾けて見守っていたらしいの。ところがあなたが途中で気づいて振り切って逃げてしまった。何度も『聡ちゃん』って呼んだらしいんだけど、あなたがパニックになってて聞こえてなかったらしいのね。そのうちに大澤千賀子さんの車が通りかかってしまった」


 なんてことだ。あたしを守ってくれていた朝ちゃんを巻いて、あたしは自ら殺されに行ったのか。


「そしてあなたは昨日一度死にかけた。それをなんとなく知っていた筈の彼女に、今日聡美ちゃんが警察に来ることをわざと知らせるために、あなたにドーナツのお遣いを頼んだの。あれだけの量を買えば、きっと彼女は『誰かと会う』と思うでしょ。探りを入れて来るはずだった。そこであなたは警察に行くと言う。彼女はここまできてあなたが出てくるのを待っていたのね。昨日みたいに狙われないように、ちゃんと無事に家に帰れるか見守るために」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る