第32話 ダイイングメッセージ

 結局、朝ちゃんは殺人容疑で捕まっちゃった。千賀子ママも殺人未遂。大澤君はお咎めなし。大澤君ちはどうなっちゃうんだろう。あたしが心配しても仕方がないけど。


 市村君と香菜は何故かそのまま急接近していい感じになっちゃってる。

 篤はもう居ない。朝ちゃんにはもうなかなか会えない。会ったとしてもどんな顔して会ったらいいのか判らない。犯人が判明して、島崎さんと川畑さんに会うことも無くなってしまった。

 あたしだけが心に大きな穴を空けたままで、それを埋められずにいる感じ。


 そんな状態で受けた期末テストでいい結果を出せる訳が無く。悲惨としか言いようのない散々な結果に益々打ちひしがれていた師走の三週目、冬休みを目前にしたある日、島崎さんが直接うちに来た。

 ちょっと外で話をしないかと誘われて、コートとマフラーをして外に出た。島崎さんは何も言わずにどんどん歩いて行ってしまうから、あたしも黙ってついて行ったんだけど、例の篤が殺された公園まで来ると足を止めた。

 島崎さんは何も言わずにあたしをじっと見てる。ドキドキしてしまって、あたしはどこに視線を合わせたらいいのかわかんなくなってしまう。


「あの日の篤君、最後になんて言った?」

「聡美って。それだけ言ったと思います」

「俺ね、わかっちゃったんだよね。篤君のダイイングメッセージ」

「は?」


 ダイイングメッセージって……そんなものを篤が?

 島崎さんは公園のブランコに視線を移動してそのままボソリと言った。


「彼は本当に君の名前を呼んだのかな。それ、もしかして、君に犯人の名前を告げたのかもしれないなと思ったんだが」

「え? 犯人、ですか?」

「篤君は本間朝音さんをどう呼んでたかな」

「普通に『朝音あさと』って」

「朝音さんにやられたことを君に告げようとして『朝音に』と言っていたんじゃないかな。『あさとに』の『あ』を聴き落としていたら、『さとに』にならないか?」


 え? 『さとに』? 『さとみ』?


「なる! それをあたしが『さとみ』と聞き違えた!」

「彼は必死に君に犯人を教えていたんじゃないのかなぁって、何となく思ったもんだから。まあ、今となっては真相はわからないんだが、彼がもしそう言っていたなら心残りだろうなと思ったもんでね」

「篤……」

「じゃ、それだけだから。俺は署に戻るわ」


 背中を向けて後ろ手に手を振った島崎さんに、あたしは思わず駆け寄って、その背中に飛びついてしまった。


「ん? どうした?」

「あたし……あたし」

「ん?」


 あたしは島崎さんの背中にしがみついたまま、自分でもどうしたいのかわからなくなって、静かに手を離した。不覚にも涙がこぼれた。


「ごめんなさい。なんか寂しくなっちゃって。あの、ありがとうございました。島崎さん、お仕事頑張ってください。川畑さんにも」

「サンキュ。聡美ちゃんも勉強頑張れよ」


 島崎さんは今度こそ手を振りながら行ってしまった。あたしも、追わなかった。

 あたしは家に帰って、買ってあったチョコファッションを篤の写真の前に置いた。


「あさとに、か」


 ごめんね、篤。すぐに気づいてあげられなくて。

 写真立ての中の篤が、「馬鹿だな聡美は」って笑ったような気がした。

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