第33話 終わり良ければ全て良し?
翌朝、学校に行くと『関係者』が既に集まって香菜を取り囲んでいた。
「あ、来た来た、ヒロインご降臨」
市村君があたしの方を見ながら「早く早く」と手招きしている。まあ、そんなこったろうとは思ったけど。
あたしは机にカバンを置くと、澄ました顔で市村君に言ってやった。
「市村君、いつの間に香菜とイイ雰囲気になってんのよ」
「え、ちょっと待った、なってないなってない、俺知らん!」
すらっと背の高い市村君は、実際イケメンだ。そして成績もいい。
「そんなに慌てて否定しなくてもいいんだけど。じゃあ、香菜が勝手に市村君と急接近することにしたかったの?」
あたしがニヤニヤして香菜の方に視線を送ると、香菜は取り澄ました顔で平然とのたまった。
「その方が面白くなるでしょ? 演出よ演出」
「演出で殺された俺はどうなんのよ」
と篤。ご尤もだ。あんたが一番悲惨だ。台詞は一言だけ、しかも出だしからいきなり死ぬ。ああ、あたしにコクるところで台詞あったな。
「あたしなんか大澤君のお母さんにされちゃってるし!」
千賀子がゆるやかにウェーブのかかった髪を後ろにどけながら、いつものアニメ声で抗議する。
「ああ、千賀ちゃんはそんな感じだし」
「どんな感じよ」
「セレブのママっぽい」
みんなでゲラゲラ笑っていると、ババーンという効果音と共に、朝音が登校してきた。
「ちょっとー、香菜何これ、なんであたし女子大生なのよー。なんであたしがエロ篤なんぞ誘惑しなきゃなんないのよー。なんであたしが聡美にユリユリなのよー!」
文句を言いながら、カバンの中からスポーツドリンクを出してがぶがぶ飲んでいる。体育会系なのは文句言えないだろうな。
「あたしだって朝音の着古しの制服なんか着たくないよー、汗臭そうだし!」
「俺は朝音に誘惑されたらマジヤバかったと思う。多分パンツ脱ぐ」
「篤の変態」「エロ篤」「通報通報」「セクハラ」
次々に罵声が飛ぶ。当然だ。アホかコイツは。
「つーか、川畑の『下着ネタ』ってなんだよ、俺聞いてねえ」
「うっそ、二年五組の伝説『ゲリラ豪雨川畑・黒ブラ透け透け事件』知らないのー?」
「余計なこと言わないでよっ!」
後ろの方で川ポンが巨乳を揺らして喚く。
「えーマジか、俺それ見てねえ!」
「見るな変態」「エロ篤」「島崎に通報」
「ねーちょっと、それよりどうなのよ、面白かったの面白くなかったの? ちゃんと昨日『感想聞かせてね』って言ってから原稿渡した筈なんですけど!」
香菜の文句に重ねるように、『捜査一課の刑事さん』が現れた。
「俺はかなりカッコイイ役貰ったから特に文句ないよ~。ただ、この『ヨレヨレのワイシャツ』ってのさえどうにかしてくれたら」
「だって島崎君いつもシワくちゃじゃん。体育の時、ちゃんとカッターシャツ畳んでないんでしょ。ぐしゃぐしゃに丸めてロッカーに突っ込むからそうなるんだよ」
「俺、タバコ吸わねーし」
ただでさえ低い声がますます低くなる。
「ストロベリーリングは否定しないでしょ?」
「そりゃまぁ……」
「それよりさ」
と服部君がぷにぷにの手を挙げて割り込む。
「なー、これ、面白かったんけど、映画にできるかな? ちゃんと映画になったら快挙だけどさ」
「大丈夫、これでみんなのOKが出ればめっちゃドキドキワクワクするシナリオに書き起こすから」
香菜がすかさず切り返すと、大澤君がそこに被せる。
「うちの学校の歴史で、文化祭に自主製作映画やるのなんて、うちのクラスが初なんだぜ。絶対成功させる!」
「歴史に残るよ、二年五組の『フレンチクルーラー殺人事件』!」
「じゃあ、撮影は僕が」
「それなら私が編集するよ」
「CGと特殊効果は俺に任せろ」
「あたし広報やるよ、宣伝任せといて」
「じゃ、俺ポスター書くわ」
「会計でよければやれるよ」
次々に手が挙がる。
「待って待って、黒板に書くから。主担当と補佐を決めよう」
市村君が前に出て、担当係とキャストをどんどん書き込んでいく。こういう時、自分の役割をちゃんと理解している学級委員は頼りになる。
「なー、俺、ガラス割って飛び込むの? スタントマン無し?」
「無し無し! 頑張れ島崎! この作品のために命を差し出せ」
「嘘だろー、俺まだ死にたくねえ」
「あたしだって炎の倉庫に手足縛られたままでほっとかれるのヤダ!」
「えー? 緊縛プレイ? 俺そういうのも割と好――」
「通報!」「篤の変態!」「島崎、今すぐコイツ逮捕しろ」
ワイワイと盛り上がりながら、うちのクラスは知らぬ間にこのストーリーで映画を作成することに決定していた。もちろん、誰も異存は無かった。
今日は久しぶりに篤と一緒に帰った。篤、いつの間にこんなに背が伸びたんだろう。中学までずっとあたしより小さかったのに。
「いーな、お前、主役で」
「篤だって死体のくせにずっとストーリーの中心じゃん」
「でも俺、出番殆ど無えし」
「完全な裏方だっているんだよ。武川君とか芦田君とか、CGだの音響だのって人はそっちに命賭けるって」
「ま、俺はそういう特殊技能を持ってないからな」
「あんたは死体やってれば誰にも迷惑かけないもんね」
「そーいや島崎のヤツ、『マジで俺、将来刑事になろうかな』とか言ってたよ」
「いいんじゃない? 島崎君、正義感の塊みたいな人だし、似合ってるよね」
駅の改札を出て、例のあたしが大澤君に突き落とされたという歩道橋を渡る。
「お前ココ落ちたんだ」
「うん、そうらしい。絶対ヤダ。痛そう」
「でもここで撮影するんだろうな」
「武川君がCGで合成してくれるよ、多分」
階段まで来たら、ふと、篤があたしの手を取った。
「こんなところで落ちられたら敵わんわ」
「なんか小学校以来だね、手ぇ繋ぐの」
「そうだっけか?」
「うん。篤、大きくなったね」
「いつまでもチビだと思うなよ」
「チビじゃん」
「うるせー、ほんとのこと言うな」
階段を下り切ってもなんだか手を放すタイミングが無くて、そのまま歩いた。
暫く黙って歩いていた篤が、突然口を開いた。
「お前さ、俊介にコクられるシーンあるんだよな」
「うん」
なんだろう、なんかドキドキする。
「お前の部屋で俺がコクるシーンってどうすんだろ。どこで撮影すんのかな」
「さあ?」
あれ? 家の方に向かわない。篤が殺された公園の方にどんどん引っ張られてく。
「『俺は聡美が好き。俊介には譲れない』だっけ、俺の台詞」
「譲っていいから」
「『いくら俊介の頼みでも絶対譲れない』だ。俺ちゃんと覚えてんだろ?」
「何それ、気に入ってんの?」
なんでその話題、今振って来るかなー。とか思ってる間に、公園のベンチに座らされた。でもまだ離してくれない。篤のごつごつした手。男子の手だ。
チラッと横目で見ると、篤は前方を見つめたままボソッと言った。
「俺、この公園のどこで殺されたんだろうな」
「逆光って言ってたから……あの辺かな」
「俺が死ぬとき、膝枕みたいにしてよ。こう、頭を抱き締めるようにさ」
「出たな、変態エロ篤。島崎君に通報するよ」
「島崎に……」
ん? そこで篤が止まった。
「俺、お前が俊介にコクられるシーンもやだけどさ、島崎にお前がお姫様抱っこされるシーンも結構嫌かもしんない」
「は? じゃあ、篤が代わりにお姫様抱っこされとく?」
「馬鹿、そーじゃねえだろ。それにさ、お前が島崎に後ろから抱きつくシーンとかあるじゃん」
「あったっけ?」
「ラストだよラスト!」
「あったかも」
「それ、島崎には譲れない」
「は? 何それ、意味わかんないし」
「じゃあ、わからせる」
え? え? え?
急に篤に肩を抱き寄せられて……これは、キス……ですかね?
「っていうセリフがあったよね。まあ、予行練習だな。こういうシーンはあった筈だし」
「ちょ……それ、なんか、違う!」
「練習足りない? もっとする?」
「え、あ、ちょっと、んっ……んーっ!」
この野郎! あたしのファーストキスを二連チャンで持って行きやがった!
「うん、悪くない。こんな感じで本番も行こう!」
「あんたねえ!」
「ちょっと黙れ。撮影の前にはっきりしとこう。お前、俺の彼女になれ」
「は? どんだけ上から目線よ! ふざけんなボケ!」
「じゃあ決まりだな。帰ろうぜ」
いきなり立ち上がった篤があたしを引っ張って、家に向かって歩き始めた。
「何が決まったのよ!」
「お前が俺の彼女になったこと」
「は?」
「島崎には『俺様の彼女を貸してやるからそのつもりでお姫様抱っこしやがれ』って明日言う事にする。あ、それじゃ遅い、今晩LINEで釘刺しとく」
「あんた何言って――」
「俊介にも言っとかないとな、台詞は台詞でしかない、本気になってんじゃねーぞってな。ああ、あいつマジで若林に気がありそうだから大丈夫か」
「ちょっと、人の話聞きなさいよ!」
「家着いた。お前んちそっち。ここ俺んち。じゃあな!」
「ちょっと!」
「何、まだ練習足りない? お前の部屋で練習する? 一晩中付き合うけど」
「バカ!」
「じゃ、また明日な。練習したくなったらいつでもLINEして。すぐお前の部屋行くから」
「そうじゃない!」
篤は笑顔のまま自宅に入って行った。あたしを残して!
あああああ! もう! バカ!
夜、香菜からLINEが来た。
「ところで仁村君からコクられた? フレンチクルーラー五個賭けたよね?」
あああああ! もう! バカバカバカ!
(おしまい)
フレンチクルーラー殺人事件 如月芳美 @kisaragi_yoshimi
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