第24話 監禁

 目が覚めた。起こして貰ったわけじゃない、寒くて目が覚めたのだ。

 状況が理解できない。あたしは千賀子ママのアウディに乗っていたんじゃなかったっけ? 何故寒い?


 起き上がろうとして体の自由が利かないことに気付く。

 え? これ。なんでコンクリートの床? っていうか、なんであたしの手首は粘着テープでぐるぐる巻きになってる? ってちょっと、足首もだ! 手首はそのままスチール机の脚につなぎ留められてる。


 こ、れ、は! 凄くマズい状況なんじゃないのか? あたしは殺されるフラグ立ってるんじゃないのか?

 いやいやいやいや、だけどそれならとっくに首でも絞めてとか心臓一突きとかで殺してるんじゃないの? そういうやり方だと何かバレるの? 返り血浴びるとか? 窒息死ならわかんないじゃん。頭にビニール袋かけて殺せばいいじゃん。

 いっそ火を点けるとか。火ですと? そういえばこのきな臭い匂いはなんなんですか。


 あたしはなんとか起き上がろうとするんだけど、両手が机の脚につなぎ留められてる上に、足までグルグル巻き状態で、もがいてももがいてもイモムシみたいにクネクネしてるだけでうまく起き上がれない。

 でも、でも、絶対これはヤバい! この部屋のどこかで火が燃えてる。


 改めて自分のいるところを見渡してみる。どこかの倉庫だ。むき出しの鉄筋のフレームに安っぽい壁が貼り付けてある、そんな感じの倉庫。一応窓はついてて、外の灯かりがぼんやりと映ってる。


 火が見えた。見たくなかったけど見えちゃった。おかげで倉庫の中が少し明るくなっていろいろ見えてきた。壁際に棚があって反対側には段ボールが積んである。丸めた古いカーペットが隅に何本も立てかけてあってそこが燃えてる。そこそこ大きな倉庫で出入り口はドアじゃなくてシャッターだ。このままフォークリフトで入ったりもできそう。


 あの火がここに到達するには、カーペットが倒れて傍の段ボールに燃え移って、えーとそれから、それからはあっという間じゃん! っていうか、そのカーペットの反対側のポリタンクは何? それ、いったい何が入ってんのよ? 中身によってはシャレにならないでしょ!


 あたしは俄然焦った。焦りまくってなんとか手首の粘着テープを外そうとジタバタ暴れた。結果、机の上にあった巨大な一穴パンチとかペーパーカッターとかっていう超危険物が頭の上から降り注いだだけで、何の効果も得られなかった。


 こんなところにガソリン置いとくバカはいない筈だ。きっと灯油だ。ストーブに使う奴だ。大丈夫、引火はしない。絶対に大丈夫! 落ち着けあたし。


 あたしはクネクネしながらなんとか机の脚まで顔を寄せて、手首の粘着テープを歯で噛み切る作戦に変更した。なかなかうまく噛めない。手ならまだしも手首という場所に口が上手く届かないのだ。その上、さっき暴れたせいでテープが横方向に引っ張られて頑丈になっちゃってる。

 ああもう、なんであたしさっき暴れたりしたんだ。却って取りにくくなっちゃったじゃないか、あたしのバカ!


 ふと見ると手首に血がついている。どこだろう、どこも怪我してないのに? あ、そうかあたしの顔についてるんだ。さっきB4サイズのペーパーカッターが頭を直撃した時だ。ペーパーカッターじゃ粘着テープは切れないし、ああもう、役立たず!


 あたしが袖で(というか肩で)顔に流れてくる血を拭った時に、部屋の隅でバタンと大きな音がした。

 カーペットが倒れてる!

 ヤバい! ヤバいヤバいヤバい! どうしよう! 

 カーペットの火が段ボールに燃え移る。中身何なんだ、凄い速さで燃え広がり始めた。

 高く積み上がった段ボールが、炎に包まれたままドサッと崩れる。辺り一面炎の海になり、あたしは無意識に悲鳴を上げた。

 だけど、そのお陰でスイッチが入った。ひりひりしていた喉が本来の機能を思い出して、声が出せるようになったのだ。


「助けてください! 誰か来て! 島崎さん! 助けて!」


 声を出したことで、急に全ての事が現実となって押し寄せて来た。今まで冷静に保っていた気持ちも、一遍にぷっつりと切れてしまった。

 突如、自分に降りかかる恐怖が目の前に光と熱と煙を伴って押し寄せてくる。


「うわあぁぁぁ! 助けてえええぇ!」


 訳がわからなくなってパニックに陥ったあたしには、もう何もできなくなっていた。ただ泣き叫ぶだけだ。


「香菜ぁ! 朝ちゃん! 誰か助けて、島崎さん! 島崎さぁぁぁん!」


 次の瞬間、けたたましい音とともに窓ガラスが派手に割れて、何かが倉庫の中に飛び込んできた。


「きゃああああ!」


 もう訳も分からず盛大に悲鳴を上げていると、突如懐かしい声が聞こえてきた。


「聡美ちゃん、俺だよ」


 え……うそ……。

 ガラスの破片を纏ったまま、炎の光に照らされて、ヨレヨレのワイシャツがふらりと立ち上がった。


「島崎……さん?」

「ヒーローは一番カッコいいところで登場すると決まってんの」


 涙と血で視界がグチャグチャで何が起こってるかよくわからないけど、この声が島崎さんであることは確信できた。


「ちょっといい子にしてろ。すぐ外してやる」


 暗闇の中で何か金属の冷たい光が反射して、机の脚からなんとか外された感触が伝わった。


「うあああああん、島崎さぁぁん、怖かったよぉぉぉ」

「手首と足首は後でな。今は時間が無い」


 イモムシ状態のまま彼にひょいと抱き上げられた瞬間、壊れた窓枠から巨大な金属の爪のようなものがニョキッと生えてきた。


「な……に」


 その爪はガシャンと派手な音を立てて窓枠をガッチリと掴むと、凄まじい勢いで外側に引っ張った。壁がメリメリバキバキと音を立てて剥がされていく。辺りは炎と煙と埃で大変なことになっている。もうあたしはきゃあきゃあと悲鳴を上げ続けながら、不自由に拘束されたままの手で、島崎さんのヨレヨレシャツにしがみつくしかない。


「大丈夫、見てごらん」


 穏やかな彼の声に顔を上げると、なんと、剥がされた壁の向こうに黄色い重機に乗った川畑さんがニコニコして手を振っている。


「島崎君、出て来れそう?」

「ああ、行けそうだよ。サンキュー」


 川畑さんが重機ごと下がっていくと、島崎さんはあたしを抱えたまま壁の破壊の一番凄まじい辺りからひょいと外に出た。


「島崎さーん、被疑者確保しました~」


 冗談みたいに軽い声で服部さんが向こうから駆けてくる。


「こっちも救出完了」

「あーっ、島崎さん、女子高生監禁して何してたんですか?」

「まーた俺を変態扱いして」

「違うんすか?」

「てめっ」

「あー川畑さんお疲れ様でーす」

「ちっ、逃げやがった」


 島崎さんがブツブツ言いながら、少し離れた警察車両まであたしを運んで行ってくれる。それと入れ違いに消防車が入って来た。あたしはその消防車やら川畑さんの乗っていた重機やらをぼんやりと眺めながら、島崎さんの腕の中にいる安心感に満たされた。

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