第15話 情報整理

「聡美ちゃんの友達は全員、篤君を殺害する動機はある訳だね」 


 はああああ?


「ええ、そうねぇ。まだほかにも出て来そうだけど」


 川畑さんまで!

 あたしは思わず立ち上がって叫んだ。


「なんでそうなるんですか! 説明してください!」

「まあ、落ち着いて。可能性が否定できないというだけだから。これから可能性を潰していくんだからさ」


 これが落ち着いていられるかというんだ。あたしが情報提供したことで殺人犯にされちゃうじゃないか!


「君の友達ね、全部可能性が潰れて行けば逆に絶対安全だから。今はただの事実確認だけだと思えばいいよ」

「わかりました。説明してください」


 あー、あたし声がムスッとしてる。きっと顔にも出てるんだろう。


「まず、市村俊介君。彼はずっと仁村篤君と一緒にサッカーを続けてる。彼が部長で仁村篤君は副部長だ。だが市村俊介君より仁村篤君の方がサッカーは上手い。仁村篤君がいなければ市村俊介君は名実ともにナンバーワンだ」

「だからって!」

「さっきの契約、無かったことにしてもいいんだぜ。まだ間に合う」


 くっ……それは痛い。この調子で川畑さんも何か島崎さんに弱みを握られているに違いない。


「聡美ちゃん、今は確認だけだからね。続けるよ」

「はい」


 悔しいけど仕方ない。ここは大人しく聞こう。


「更に市村俊介君は聡美ちゃんに好意を寄せている。だがここでも仁村篤君が同じく君に好意を寄せている。聡美ちゃんは仁村篤君と家が隣で、幼稚園からの付き合いがあり、兄弟のように育っている。市村俊介君にとっては分が悪い」


 あたしは口を挟みたいのを必死で我慢する。これは確認!


「次に大澤優君。彼は君たちと同じ常盤台ときわだい高校に入りたかった。サッカーの強豪だからね。そしてスポーツ推薦の二席を市村俊介君、仁村篤君と争った。実際のところ市村俊介君は成績でダントツで差をつけているから、一席は既に市村俊介君で決まったも同然だ。そして残るもう一席を仁村篤君と大澤優君で争ったわけだ。そして結果、仁村篤君に持って行かれ、彼は1ランク下の梅ヶ丘うめがおか高校に進学することになった。仁村篤君がいなければ大澤優君がこの学校に入学できていたかもしれない」


 あたしは黙って頷いた。


「次に若林香菜さん。若林香菜さんは仁村篤君に好意を寄せている。だが断られた。彼への思いを断ち切るために自ら告白した訳だけど、いざフラれてみると彼に対しての憎悪が湧くこともある。逆にどうしても独り占めしたくなって手をかけることもある。ストーカーとかにありがちな事だと思うかもしれないけど、衝動的に動いてしまう人も中には居るからね」


 ありえない発想だけど、そういう事件もなくはないですね! いいですよ、聞きましょう。

 思いっきり態度に出して、明太マヨネーズパンを口に突っ込む。これなら何か反論したくなってもできない。


「あと、本間朝音さんね。彼女は仁村篤君とは君と同じくらいの付き合いがある。仁村篤君が君に思いを寄せていたように、彼女も仁村篤君に思いを寄せていた可能性もある。もしそうだと仮定すると、家庭教師をやっているときに何かあったかもしれないよね?」

「ん?」


 あたしは口の中の明太マヨネーズパンのお陰で、濁点付きの疑問形な声を出してしまった。


「例えば、本間朝音さんが仁村篤君に告白する。はい、川畑さん!」

「『篤、私ずっとあなたの事が好きだったの』」


  なんで川畑さんまで一緒になって演技してんのよ!


「そして彼は君の言う通りきっぱり断る。『ごめん、俺、好きな子いるから』だが彼女は諦めきれない」

「『ねえ篤、私じゃダメなの?』」


 だから川畑さん、演技しなくていいっ!


「そこで仁村篤君は君の名前を出す。『悪いけど、俺、聡美の事が好きだから、朝音とは付き合えないよ』」

「『えっ? 聡ちゃん?』」


 川畑さん、既に朝ちゃんになり切ってるよ。


「そこで本間朝音さんは色仕掛けに出る」


 はい?


「『篤……勉強以外の事、教えてもいいのよ?』」


 川畑さんがふわりと島崎さんの膝の上に座って首に腕を回すと、ゾクゾクするほど色っぽい目をして彼に顔を寄せていく。島崎さんが川畑さんのスーツの襟に手をかけ、上着をスルッと肩から落とす。

 うわあああああ! これR18でしょ! 良い子は見ちゃダメなやつでしょ!


「とまあ、こういうことが起こっているかもしれないという事だね」


 と、何事も無かったかのように島崎さんが飄々と言い放つと、川畑さんがその太腿にさりげなく這っている彼の手をペシッと叩く。


「どさくさに紛れて何やってんのよ。現職の刑事が勤務中に!」


 勤務中に芝居してた現職の刑事は誰よ。


「勤務中でなければいいって事か」


 そういう問題じゃないよ、島崎さんも! どんだけドキドキさせんのよ!


「いいから続き」

「それでだ、こんなふうに色仕掛けで誘惑されたら、仁村篤君としてはやっぱりね、さっき俺がやったような事をしたくなるわけよ。だけど聡美ちゃんの顔が脳裏にチラつく。それで諦めて貰おうとする。本間朝音さんの見ている前で聡美ちゃんにコクることで、諦めて貰おうと画策する。さて、どうするか」


 あーなるほど!


「ドーナツ屋のレジカウンターの前で聞こえるようにその話をする」

「はい、ご名答」


 そういうオチなのか。確かに話の辻褄は合う。だけどそれは全部仮定としての話だよね。ああ、それを言ったら大澤君も市村君も香菜も、全部仮定での話だけど。


 それにしても川畑さんに対するイメージがだいぶ変わったのは確かだ。まさか芝居までやるとは思わなかった。


「仁村篤君が聡美ちゃんに迫ってるのを、仕事中にレジカウンターの中で見せつけられた本間朝音さんは、彼に激しい憎悪を抱く」

「いや、そこはあたしに激しい嫉妬じゃないんですか?」

「それもある。が、それは次の話だ。今は仁村篤君に対する殺害動機のみについての確認だからね」


 え。何それ。なんか嫌な感じがしたけど。


「じゃあ、次に『磯野聡美さん殺人未遂事件』に関する殺害動機を整理しようか」


 やっぱりそれがあったんだ!

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