第16話 情報収集

 家に帰って、いつものようにベッドに寄りかかってクッションを抱く。

 磯野聡美殺人未遂事件容疑者の殺害動機。島崎さんはそう言った。あたしはそれを頭の中で文字に変換し、「漢字が並ぶと漢文みたい」とかバカなことを考える。「の」が「之」とか「乃」とかだったらますます漢文だよ、なんてさ。自分の命が狙われているなんて、他人事みたいでとても考えられない。


 顔を上げると、あの日の篤を思い出してしまう。


「俺は聡美が好き。俊介には譲れない」


 今でも覚えてる、篤の唇の感触。

 人差し指で唇に触れると、いろんな篤が凄い勢いで頭の中に雪崩込んでくる。


 小学生の時、海で溺れかけたあたしを助けてくれた篤。初めての手作りチョコを嬉しそうに食べてる篤。キャンプで二人だけ抜けだして山の中を探検したこともあったっけ。一緒に花火も見に行ったな。バーベキューではあたしがピーマンばっかり食べて、篤が肉ばっかり食べて。


 竹馬っていうあだ名がついてたんだよね、篤って字をバラしてさ。それで竹馬が得意になっちゃって、竹馬に乗ったまま大縄跳びとかしてたんだよね、あいつ。ほんとバカ丸出し。


 サッカーの応援にも行った。あの頃はまだ市村君がセンターフォワードで篤がミッドフィルダー、大澤君がウィングだった。篤はシャドウって呼ばれてたな。なんかよく判らないけど、篤の動きは凄かった。背は小さかったけど、その分他の人の三倍走り回ってた。そうだ、篤は小っちゃい頃から小っちゃかった。これからガンガン伸びたのかもしれない。でも、もう篤が伸びることは無い。


 はぁ~って溜息ついて、ベッドの上にゴロンと横になったら、さっきの島崎さんとの会話を思い出した。





「まず市村俊介君。彼は聡美ちゃんの事が好きだった。十一月十日金曜日に思いを伝えたけれども、返事を貰えなかった。その後返事したの?」

「いえ。してないんですけど、もういいって言われたんです。篤に抜け駆けするみたいで嫌だから忘れてくれって」

「くっ。リア充め」

「え?」

「島崎君……」


 川畑さんの島崎さんを見る目が冷たい。


「まあ、動機は無くもない。あとは葬式の後、駅で君を待ち伏せして突き落とすことができるかどうか裏を取れば判るし、若林香菜さんとウィンドウショッピングを楽しんでいる間のアリバイを取ればいいね」


 言う間もなく、川畑さんが電話をかけ始めた。


「あ、服部君? 例の市村俊介君、十一月十八日土曜日のアリバイ取って。今すぐ」


 服部さんって、あのちょっと太った刑事さんだ。


「でも市村君はお葬式の日は他のサッカー部員と一緒にいたからすぐにわかりますよ。あたしと朝ちゃんの周りには、男子の集団なんていませんでした。ちょっと離れたところに地元のサッカークラブの子たちがいたくらいで」

「じゃ、十八日のアリバイが取れればシロだね。めでたしめでたし。次に大澤優君。彼は君に恨みはなさそうだ。はい、次」

「割と簡単なんですね」

「そ。捜査はシンプルなの」


 ほんとか? なんか怪しい。適当に誤魔化そうとしてない?


「次に若林香菜さん。彼女も葬式には来ていたから駅で待ち伏せするのは可能だ」

「でも十八日はずっと一緒でしたよ」

「だよね。そういう訳で彼女もシロ」


 机に対して横向きに座った島崎さんが気怠そうに脚を組む。ああ、そうか机の下じゃ脚が組めないんだ。脚が長いのも手伝ってるけど、無駄にデカい分だけ男の人って色々面倒なんだな。


「後は、本間朝音さんだね。この人は目一杯あるね。線路に突き落として自分で助けることもできるし、アルバイト先に廃品回収に出す予定の電子レンジがあることも知っていた。君を殺害する動機もある」

「さっきのお芝居ですか?」

「そ」

「全部仮定ですよね」

「他の人たちのシロってのも全部仮定だ。君の推理の為に俺が準備した仮定だけどね。それ以前に本間朝音さんはどれもこれも可能性がありすぎる。だから逆に彼女が罪を押し付けられてるような感じもするんだがね」


 確かに朝ちゃんは十分全部の事件に絡める。だからと言って短絡的に結び付けるのも違うような気がする。


「いいかい、絶対に誰かに話したりしちゃダメだよ。それが我々警察から得た情報ではなく、君の個人的な感想だということにしても、犯人にしてみたら君の口を封じるのに十分すぎる理由になるからね」





 そうだ、あたしがやっていいのは推理だけ。でもあたしは名探偵でも無ければミステリーファンでもない。全然判んない。だからと言って自分で情報収集するのは御法度。でもほっといたら朝ちゃんが犯人にされちゃいそうな勢いだし、なんとかしなきゃ。


 どうしたらいいんだろう。情報収集はできないし、今持ってる情報じゃなんにもわかんない。


 あ、待てよ? あたしは今、犯人に狙われてるんじゃないか。ということは、あたしが下手に嗅ぎまわろうとしなくても、普通に動き回るだけで向こうはあたしを狙って来るってことでしょ? そうやって尻尾を出させればいいんじゃないか。

 あたしは部屋に籠らずに、どんどん出かければいいんだ。友達とたくさん出かけて、その時にあたしだけが狙われれば、一緒に出掛けた友達にはアリバイができていく。

 よし、それで行こう! 大丈夫、あたしには島崎さんと川畑さんがついてる。


 そう思った矢先に、お母さんから凄い話を聞かされたんだ。大澤君のお兄ちゃんが留学先のイギリスから、結婚したばかりの奥さんを連れて来たって。結婚披露パーティをするけど、立食パーティ形式だから友達誘って是非来てくれって。

 まさかそんなパーティに殺人鬼が紛れ込むとは思えないけど、行き帰りなんかは朝ちゃんと一緒になる筈だ。絶対にあたしは狙われる。だって日時と場所が予め分かってるんだから。そしたら朝ちゃんのアリバイは確実になる。島崎さんもパーティに呼んじゃえばいいんだ。プロの目で怪しい人をチェックしてもらえばいいんだ。

 明日早速、島崎さんに頼みに行こう。捜査なら協力してくれるよね!

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