フレンチクルーラー殺人事件

如月芳美

第1話 文芸部員

「あー、聡美さとみ帰るのちょっと待ったー!」


 香菜かながポニーテイルを揺らして走って来る。


「何? 疲れたし早く帰りたいしー」


 あたしはローファーに足を突っ込みながら、上履きを靴箱に片づけた。

 お腹減った。たい焼き買って帰りたい。ああ、肉まんも食べたい。だけどやっぱりフレンチクルーラー食べたい。ドーナツ屋に寄って帰ろう。決定。


「はい。文化祭の映画の原作。ちゃんと印刷して持って来たんだから読んどいてね。重かったんだからね!」

「今?」

「まさかー。五分そこらで読める代物じゃないよ。家に帰ってからでいいから。必ず明日までに読んでくること。宿題」


 カバンの中から原稿が出て来たけど……おいおい、えらい分厚いんじゃないか、これ。


「重っ! 何これ、あんた中二病ポエム書いてたんじゃないの?」


 って言い終わる前に背中をバシっと叩かれる。


「天下の常盤台ときわだい高校文芸部長様に喧嘩売ってる?」


 いえ、売ってませんです……。


「ってゆーか聡美が印刷して来いって言うから、仕方なく印刷してきてやったんじゃない、ちょっとは感謝しなさいよ。いまどき紙で寄越せなんて言うの、あんただけなんだからね。みんなデータでいいって言ってくれんのに、ほんとめんどくさい」


 香菜がブツブツと文句を言いながらカバンのファスナーを閉じる。本当にあたし以外はみんなデータで渡したみたいだ。


「だって、スマホで読むと目が疲れるじゃん」

「データやるから自分で印刷すりゃいいでしょ」

「だから、うちプリンタ無いんだってばー」


 えぇ、えぇ、我が家の文化水準は昭和並みですよ。


「とにかく読んでよ。これで撮ったら、今年の文化祭は絶対うちのクラス優勝するし! この脚本でやりたくなるから!」

「はいはい」


 あたしはしぶしぶその分厚い原稿を受け取ると、カバンに片づけた。てか重いし。マジ重いし!

 原稿を片付けたところで香菜がニヤッと笑う。コイツがこの顔をしているときは、大抵ロクでもないことを企んでいる。


「ねえ、ところで仁村にむら君のことだけどさ」


 キター! やっぱりろくでもないこと考えてた!


「なに?」


 あたしの返事が、自分でもびっくりするほど低いところから出てくる。


「あいつ、ぜーったい聡美のこと好きだって。あんたもなんでしょ? もうくっついちゃいなよ」

「何言ってるかなー、あつしなんか関係ないし」

「関係ないわけないじゃん。もう時間の問題だよ。あんただって気付いてないわけじゃないでしょ?」

「あたし篤の保護者じゃないもん。あのド変態が何考えてるかなんて、まるでわかんないよ」


 なのに何故か香菜は自信たっぷりに、絶壁の胸の前に腕を組んでこう言い放った。


「へー。わかんないと仰いますか。じゃあ、賭けしない? 明日あんたは仁村君にコクられる。フレンチクルーラー五個賭けてもいいよ」

「はぁ? 何それ。いいよ、明日コクられたらフレンチクルーラー五個奢ってあげる。その代わりコクられなかったら香菜があたしに五個だからね」


 あたしも悔し紛れに、負けず劣らず絶壁な胸を反らしてやった。

 まさか。この賭けがあんな展開になるとは。

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