第27話 真犯人は別に(3)
「私、ちょっと行ってきます」
島崎さんの返事を待たずに、出て行ってしまう。自動的にあたしは島崎さんと二人、3番の部屋に残された。ううう、気まずい。
「あたし、帰った方がいいですか」
「え? 大澤優君の報告聞いて行かなくていいの?」
聞きたいよっ!
「ここにいます」
「だよな」
ふう~っと溜息をついて、島崎さんがいつものように真横を向いて足を組む。背もたれに寄りかかってチョコリングを咥えた彼に、あたしはドキドキしながら声をかけた。
「あの、島崎さん」
「あん?」
「あの、さっき、ありがとうございました。怪我しなかったですか?」
「俺が?」
「だって窓ぶち破って飛び込んできたから」
「ああ、俺はなんともないよ」
そこまで言って島崎さんはあたしをしげしげと眺めた。なんか凄い恥ずかしいんですけど。こっち見ないで欲しいんですけど。
「それにしても汚ねえ制服だな。こんな血みどろの制服じゃ明日学校行けないな」
「ブレザーの代わりにジャージ羽織って行きます」
「ちょっと見せてみろ」
「え?」
島崎さんが立って、川畑さんが座ってた席に移動してきた。そしてあたしの顔をじーっと見て、右手で左の頬を包んだ。彼の顔が近づいてきてタバコの香りがふわっと漂う。
あたしは顔が熱くなって、視線をどこに持ってったらいいのかわかんなくて、内心めちゃくちゃパニクった。だって島崎さんの顔、すぐ目の前なんだもん、そんな至近距離でド正面から顔覗かれたら、ああ、うわあ、顔から火が出る!
「髪の生え際まで血がべっとりだな。さっきの医者、傷の手当てしかしてくれなかったのか? 血も拭いてくれりゃいいのに。気が利かねーな」
なんかごちゃごちゃ言いながら髪を親指で避ける度に、彼のゴツイ指が耳を掠ってぞわっとする。うきゃー、と、と、と、鳥肌っ!
「後でよく洗っとけよ? でもこれなぁ、どうやって髪洗うんだ? シャンプーハットがいるんじゃないのか?」
「そんなもんつけたら絆創膏取れちゃいますよ」
「それもそうだ」
島崎さんが手を放してカラカラと笑う。ああ、やっとこの何とも言えない状況から脱出できた。……と思うと、なんか物足りない。もうちょっとそうしてくれてても良かったんだけど。
なーんてあたしの思考を他所に、彼は何かその辺のスチール棚をごそごそかき回しながらブツブツ言ってる。
「顔も洗えないな。ウエットティッシュで拭くしかないか。これ使え」
どこから出して来たのか、ウェットティッシュをすっと差し出してくれる。川畑さんがいるとまるで気が利かないのに、彼女がいなくなると凄くいろいろ気を遣ってくれる。
「鏡持ってないから」
「今の女子高生ってみんなそうなの?」
「ううん、メイクとかしてる子もいて、そういう子は持ってるけど。あたしはそのまんまだから」
「ふーん。すっぴんでいられるのなんか、今のうちだけだ。メイクなんかすんな」
って言いながらウェットティッシュを引っ張り出して、またあたしの正面に座った。
「じっとしてろよ」
「え、はい」
今度は左手であたしの右側の頬から後ろ頭までをその大きな手で押さえて、ウエットティッシュで顔に付いた血を少しずつ拭き取ってくれる。
「痛かったら言えよ?」
「大丈夫です」
「このまま帰られたんじゃ、お母さんにぶっ殺されそうだからな」
「あ! お母さんに連絡してない!」
「ああ、こっちで連絡しといた。あとで送り届けますって言っといたから」
よかったー。お母さんが来たらいろいろ面倒だ。
「でもさ、お母さんにあんまり心配かけられないからな。今日君を家に返したら、もう二度と家から出して貰えないんじゃないかと思うよ」
「なんでですか?」
「んー?」
島崎さんは新しいウェットティッシュをもう一枚引っ張り出す。新しい奴で拭かれると、最初冷たくてビクッとしちゃう。
「さっき連絡したときにね、帰る途中に拉致されて監禁された事を話したわけよ。まあ当然だけど、めちゃくちゃ文句言われてね。当たり前だけどね」
「でも、すぐに助けに来てくれたじゃないですか。川畑さんの制止を振り切って飛び込んでくれたって聞いた時、凄く嬉しかった」
「そりゃあ……あんな外まで聞こえる大声で名前呼ばれたら、行くでしょ、普通」
げっ、聞こえてたんだ。いや、聞こえるように助けを求めたんだけどさ、でも、島崎さんの名前呼んだのも聞かれてた。メチャメチャ恥ずかしい。
「なんだ、俺それなりに頼りにされてんじゃんってね」
島崎さんがクスクス笑う。こんな優しい顔で笑うんだ。無精髭もなんだか可愛く見えてしまう。
「できれば白馬に乗って颯爽と登場したかったんだけどね、生憎俺は乗馬ができない」
「王子様は無精髭なんか生やしてませんよ」
「そりゃそうだ」
「でも……」
「ん?」
窓を突き破って飛び込んできた彼を思い出して、また顔が熱くなる。やだもう。
「あの時の島崎さん、凄くカッコよかったです。刑事さんみたいでした」
「いや、刑事だから!」
「そうだった」
二人で声を立てて笑っていると、ノックもせずに川畑さんが「島崎君!」って飛び込んで来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます