第28話 真犯人は別に(4)

「十一月十三日の仁村篤君殺害、十八日の電子レンジ、二十二日のスタンガン、今日の不審者、全部大澤優君は関係ないわ。完全な千賀子さんの勘違い」

「え? あたし、勘違いで殺されそうになってたんですか?」

「そういう事」


 マジか……信じられない。

 川畑さんは入り口側の席に座ると、「ん?」って顔をする。


「島崎君、さっきこっちに座ってたじゃないの。なんでさりげなく聡美ちゃんの横に座ってんのよ、このセクハラ親父」

「おいおい、誰がセクハラ親父だよ、失礼な。名誉棄損で訴えてやる」


 淡々とやり合ってるとこが凄い。これがこの二人の日常なのか。


「じゃあ、なんで隣に移動してんのか百字以内で説明しなさい」

「聡美ちゃんの顔に付いた血を拭き取ってやってたんだよ。他に何もしてないって、全く。現職の刑事が勤務中に何すると思ってんだよ。大体、親父って、君も俺と同い年だろーが」

「えええっ?」


 この二人が同い年だって?


「ああ、俺たち高校の同級生」

「そんな事教えなくていいわよ」

「いいから大澤優君の報告」

「あ、そうだった」


 天然か? 天然なのか? この人たち、どこでツッコんだらいいのかよくわかんないよ。


「大澤優君ね、十一月アタマ、学校で進路相談の時にちょっとあったらしいの。実は優君、神奈川体育大学に入りたかったんですって」

「えっ、大澤君も?」

「そう。サッカー選手たくさん輩出してるだけじゃなくて交通の便もいいからね。だけど、梅が丘高校からあの大学を狙うのはまず無理だろうって先生に言われたんですって。塾でも同じ事を言われたらしくてね、その時に『常盤台高校だったら可能性があった』って言われたらしいの。しかも常盤台高校からの推薦枠はあるけど、梅が丘高校からは無いって。確かにランクが下がっちゃうから仕方ないんだけど。それでその話を家でしていた時に、高校受験の時に篤君に負けた時点で、もう大学の選択肢が無くなってたということに気付いたようなの。それが篤君殺害の直前。それで篤君が殺害された時に、千賀子さんは『篤君への恨みを募らせた優君の犯行』を疑ってしまったのね。そこに聡美ちゃんのお母さんから、聡美ちゃんが犯人を目撃したって話を聞いたらしいの。それで千賀子さんは優君を守るために、何としてでも聡美ちゃんの口を封じなければと思ったんですって」

「それで線路に」

「そう。それが本間朝音さんに助けられたから、今度はパーティで毒殺しようと思った。ところがそれは島崎君に邪魔された」

「俺、王子様だから」


 川畑さんはチラリと島崎さんを一瞥すると、澄ました顔で続けた。


「寝言は後で聞くわ」

「ベッドの中でか?」

「女子高生の前で言っていい冗談じゃありませんっ!」


どこまで本気かわかんないよ、この二人……。


「その後、パーティで聡美ちゃんが『篤君殺害の犯人を見た』と言ったでしょ? その時千賀子さんは当然知っていた、でも優君には初耳だった。それを聞いた優君は、毒を盛ったのが千賀子さんだと気付いた。先月の進路相談の事があったから、千賀子さんが自分を犯人だと勘違いして、自分を助けるために聡美ちゃんを殺そうとしたってことに気付いたのよ。頭いいわね、優君」


 確かに賢い。なんであたしが常盤台に入って大澤君が梅が丘なんだか理解できない。


「それで昨日ね。優君は葬式の日に千賀子さんが帰りに別行動をとったことを不審に思って、それが聡美ちゃん殺害の為だったと気付いた。その上、パーティでの毒物騒ぎ。大澤君の家の会社がシアン化カリウムを使ってることを優君は知ってたのね。鍍金処理なんかの為に会社に保管してあるのを、お父さんが亡くなってからは千賀子さんが管理してる、いくらでも持ち出し可能だったわけ。線路に突き落とすのも、毒を盛るのも殺人未遂扱いになるって判っていた彼は、自分が被ろうとしたらしいの。千賀子さんが捕まってしまうと、会社はどうにも立ち行かなくなると思ったんですって。ほんと賢い子ね」


 大澤君、会社のことまで考えてるの? あたしと脳の回路が違いすぎる。


「ちょうど進路でごちゃごちゃあったことだし、自分が篤君を殺して、聡美ちゃんに見られたからあなたも殺そうとした、ってことにしようと思っていたところに、偶然昨日は聡美ちゃんと同じ電車に乗ってたらしいの」

「昨日? 全く気付かなかった!」

「それで、そのまま気づかれないように後ろからついて行って、歩道橋の端まで来たところで聡美ちゃんを突き落とそうとして、手が止まっちゃったんですって。やっぱりそんな事はできないって。だけどちょっと手が触れてしまった。その拍子に聡美ちゃんがバランスを崩してそのまま落ちてしまった。優君は急に怖くなって、そのままショッピングモールに引き返し、本屋さんで一時間ほど時間を潰してから、家に帰ったらしいの。だけどもう、聡美ちゃんの事が心配で心配で眠れなかったらしいのね。そしたら今日になって、さっきの倉庫の火事と千賀子さんの騒ぎでしょ。大澤君のお宅に連絡したら、彼はもう居ても立ってもいられなくなって来たんですって。大体わかった?」


 なんだかもう訳がわからない。要は千賀子ママが勘違いしてあたしを殺そうとして、それを大澤君が被ろうとして、だけど結局ダメで、そうこうしてる間に、また千賀子ママに狙われたってことだよね。それも全部千賀子ママと大澤君の勘違い。

「あたしは昨日誰にも押されてません。誰か触ったような『気がした』だけです。大澤君もちょっと触れたような『気がした』だけです。あたしが勝手に落っこちました。これで調書書いてください」


 島崎さんが苦笑いして肩を竦めた。


「了解。でも千賀子さんはどうにもならんよ。連続殺人未遂だからね」


 それは仕方ないだろう。どうにも言い逃れようがない。

 そして川畑さんは締めくくるように恐ろしいことをサラリと述べた。


「だけどね、十一月十三日の仁村篤君殺害、十八日の電子レンジ、二十二日のスタンガン、今日の不審者は大澤家とは無関係なの。つまり真犯人は別にいて、目撃者の命を狙っていることに変わりはないってこと」


 ……ダメじゃん。

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