第29話 昨日の今日

 翌日学校へ行くと、香菜が驚いたような顔ですっ飛んできた。


「聡美どうしたのそのおでこ!」

「昨日ちょっとね」

「ちょっとって、また?」


 まあ、そうなるよね。これだけデカい絆創膏貼ってるんだし、目立つわな。

 あたしは大澤君の名前を伏せて昨日のことをかいつまんで説明した。勿論、千賀子ママのことも言ってない。とは言っても、香菜は大澤家の人を知らないからいいんだけど。

 当然だけど香菜の反応は、まあ……それなりの反応な訳で。とにかく誰にも言わないように釘は刺した。


「で、犯人は捕まったの?」


 香菜が身を乗り出して聞いて来る。当然コソコソ話モードだ。


「うん、まあ」

「手首の青あざも酷いね。どうやって助けられたの?」

「ドラマみたいだったよ。刑事さんがガラス割って飛び込んできてさ。もう一人、女性の刑事さんもいるんだけど、その人が建設機械みたいなので壁をぶっ壊してそこから脱出したの」

「げっ。聡美、よく生きて帰れたよね。運がいいよ」


 あたしもそう思うよ、マジで。


「実はさ……」

「ん?」


 香菜が何か言いにくそうにしながらも、周りをきょろきょろと伺ってる。


「あたし、市村君をちょっとだけ疑っちゃったんだ」

「えー?」


 なんで香菜が? どうしてそうなる? 


「あたし、市村君とLINEしてるんだ」

「え、そうだったの?」


 知ってるけど、そこは知らないふりをしてあげるのが友達というものだ。


「うん、仁村君の事、相談に乗って貰ってたの」

「へー」


 市村君サイドの事情を言わないなんて、偉いぞ、香菜。知ってるけど。


「それでさ、電子レンジが降ってきた日あったじゃない?」

「うん」


 香菜はチラチラと周りを見渡して、市村君がいないことを確認すると、更に声を潜めた。


「あの日もカフェを出る直前、聡美がトイレに行ってる時に市村君にLINEしたんだ。『聡美と駅近くのカフェなう』『今から出ます』って。市村君が塾にいるって言うから、ちょっとでも会えたらいいなと思って。市村君は『残念、授業中』って送ってきたから諦めたのね。それなのにさ、その後すぐに市村君の塾の裏で電子レンジ落ちて来たんだもん。ここを今通るって確実にわかってるの、市村君だけじゃない?」


 そんな事があったとは。これを島崎さんに話したらどうなるんだろう。


「でも、市村君があたしを狙う意味がわかんないよ」

「もしかしたらだけどね。市村君は聡美と付き合うために仁村君を殺して、それを運悪く聡美に目撃されて聡美も……ってことになったんじゃないかって、ちょっとだけ思った」


 はああああああ?


「とんでもないこと考えるね」

「伊達に文芸部でミステリー書いてるわけじゃないからね」

「中二病ポエムだけじゃなかったんだ」

「あのねー!」

「冗談だってば」

「でも、そんなこと話したら絶対市村君疑われちゃうし、どうしようか悩んでたの。だけど昨日聡美がその倉庫で殺されそうになったってことは、市村君の疑いは完全に晴れたよね」

「ああ、うん、そうだね」


 いや、あれは千賀子ママの勘違いで、真犯人は別にいるんだ、って危うく口から出そうになってしまった。もしそんな事を言ったら、香菜はまた市村君を疑う事になってしまうかもしれない。口が裂けても言えないな、これは。


 とにかくこれは島崎さんに話しておくことにした。

 連絡は基本的に川畑さんにメールすることになっている。女子高生とおじさんじゃちょっといろいろ……って配慮してくれて、川畑さんに連絡することになってるんだけど、『内容は一切文字に残さない』という約束で、ただ『話がある』とだけ打つことになっている。そうすると川畑さんの方から大まかな時間を指定してくれるんだ。


 ところが、今日はお遣いを頼まれてしまった。珍しい。

『駅前のドーナツ屋さんでドーナツ買って来て貰っていいかな。この前渡したプリペイドカード目一杯、種類はお任せするから。十八時に来れる?』





「ごめんねー、お遣い頼んで」

「いいえ、どうせ学校の帰りに寄るから、ついでですよ」


 あたしはドーナツの入った袋を机の上にドサッと置いた。


「島崎さんの為のストロベリーリングと、川畑さんのシナモンリング、ちゃんと買って来ましたよ」

「ちゃんと覚えてくれてるのね。なかなかの観察眼!」

「名探偵、磯野聡美ですから。『名』の字は『迷う』方に替えた方がいいかもしれないけど」

「ふふっ、今、島崎君コーヒー買いに行ってるからすぐ来るわよ。で、今日は何があったの?」


 川畑さんはウェットティッシュを引っ張り出してきて机に置くと、椅子を引いて腰かけた。今日はダークグレイのパンツスーツに赤い細フレームの眼鏡。いつ見てもカッコいいなぁ。

 そんな川畑さんを惚れ惚れと見ながら、マフラーと手袋を外してカバンに突っ込んでいると、島崎さんが缶コーヒーを持って現れた。なんだかそれだけで、あたしはちょっと心拍数が上がる。うううあぁぁ、やだどうしよう、昨日のあの抱き上げられた感触を思い出しちゃった。顔が熱い。赤くなってたらどうしよう、恥ずかしいよぉ。


「今日は本間朝音さん、カウンターに入ってた?」

「いましたよ。『これまさか一人で食べるの?』って笑われたんで、島崎さんと川畑さんの分だって言ったら、失敗作をオマケに入れてくれましたよ」

「へえ、どんなのが失敗作なんだろうね」


 島崎さんが例によって机に向かって横向きに座り、足を組む。ヤバい、カッコイイ。ってゆーか、島崎さん見てカッコいいって思ってる自分がヤバい。あたし、オジサンに目覚めたんだろうか。


「見ればすぐわかるって言ってましたけど」


 って言った矢先に川畑さんが一つ引っ張り出して来る。


「これじゃない? ストロベリーリング。いつも半分だけストロベリーチョコがかかってるのに、コレ、全部についてる。チョコの中に落っことしちゃったのね」

「あ、それ、俺が貰う!」

「はいはい。どうぞ」


 ふふっ。島崎さん、本当にストロベリーリング好きなんだ。なんか可愛い。


「ところで、昼間言ってた報告って何かしら。ドーナツ食べながらでいいから教えてくれる?」

「あ、はい。それが……」


 あたしは香菜の言ってたことをそのまま二人に話した。だけど何だろう、二人とも想定内っていう顔をしながら聞いている。あんまり役に立つ情報ではなかったっぽいな。でもまあいいか、島崎さんの顔、見れたし。

 なんかちょと肩透かしな感じがして、そこに居づらくなったあたしは、早々に退散することにした。いつまでも仕事の邪魔しても仕方ないし。


 今日は何故か二人の態度がよそよそしいような気がする。気のせいだろうか。何かあたしに隠してる? そりゃまあ、捜査上の秘密もあるだろうから当然だけど、それにしても、今日は「送って行こうか?」とさえも言って貰えなかった。昨日の今日なのに。なんかちょっと寂しい。

 でもまあ、二日連続で追い回されることも無いだろう。いつまでも引っ張ってちゃダメ。切り替えていかなきゃ。


 あたしは背筋を伸ばして警察を出ると、真っ直ぐバス通りへ向かった。びくびくしてるとまた変な人に尾けられる。堂々と歩いて行こう。

 それにしても……香菜があんな風に考えるくらいだから、もしかしたら市村君だって思いがけないこと考えてるかもしれないよね。嫌だな、友達同士で疑ったりするの。ああ、なんだか凹む。あ、フレンチクルーラーもう一個食べてくればよかった。


 少し行ったところで何か変な感じがした。誰かに監視されているような気がする。いやいや、きっと気のせいだ、そんな事ばっかり考えてるから……。


 え? ほんとに気のせい?

 あたしの後ろ、誰かついて来てるんじゃない?

 あたしはわざと関係の無いところで曲がってみた。後ろの人もついて来る。足音を立てないようにしてるのが判る。またすぐに曲がる。またついて来る。


 これは! 確実に尾けられてる!

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