第13話 一蓮托生
『空から電子レンジ事件』から数日後、あたしは当たり前のように警察に顔を出していた。今日は学校帰りじゃなくて一旦家に帰ってから。しかも大荷物!
お腹減ってたから、小さい頃からよく通い詰めたパン屋さんに寄ったんだ。おじさんが「これから警察?」って聞くもんだから「うん、いつも刑事さんがドーナツ奢ってくれるから今日は刑事さんの分もパン買ってく」って答えたら、おじさん「今日はもうお店終わるからみんな持って行きな」って菓子パンとか総菜パンとか凄いたくさん持たせてくれたんだ。
「その代わり、絶対アッちゃんの犯人捕まえてくれって言っといてな!」
もうこれだからおじさん大好き!
それで、その山盛りのパンの袋を両手に下げて、警察に現れた訳だ。まあ、正直おかしな女子高生がやって来たというところだろう。
で、今は島崎さんと川畑さんと一緒にパンをかじりながら、あーだこーだやってるわけだ。今日は凄い収穫があったから、何が何でも島崎さんたちに報告しないといけない。
「空から電子レンジの日の事で報告があるんです」
「何か思い出したのかな?」
島崎さんがチョココロネを手に取った。この人、見た目によらず甘党だな。疲れてるのかもしれないけど。
「あのね、朝ちゃんに聞いてみたんですけど、やっぱりあのビルに入ってるテナントの人たちは裏側の非常階段使うみたいです。従業員はお店の玄関から出入りしちゃいけないことになっていて、裏の出口から出入りするって言ってました。それと、階段の二階と三階の踊り場のところに、今度の回収の時に出す予定だったらしい電子レンジが置いてあったらしいです。それは三階に入ってるネイルアートのお店のものだったらしくて、ええと三日くらい前から置いてあって、今日が回収日だったらしいんです。朝ちゃんのとこのドーナツ屋さんは、一階がレジカウンターとあとは二人席しかないじゃないですか、二階は四人席がいっぱいあって、その奥にスタッフの休憩所とかがあるんだそうです。そこから裏の非常階段に出られるらしくて、二階から出る時に数日前から踊り場に電子レンジが置いてあるのが見えたって――」
「聡美ちゃん」
島崎さんがかじりかけのチョココロネを片手に、あたしの話を遮った。
「それ、本間朝音さんに聞いたんだよね?」
「はい、そうです」
あたしもきんぴらごぼうパン片手に、ちゃんと答える。
「それは俺たちの仕事ね。君は警察の真似事をしちゃいけないよってこの前言わなかったかな?」
言葉は優しいけど、目が笑ってない。あたし、そんなマズいことした?
「裏口のこと聞いただけですよ」
「電子レンジは?」
「あ……その……」
あたしが口籠っているのを見ながら、川畑さんがやれやれといった調子でくるみパンをちぎって食べてる。
「君は自分の置かれた立場、わかってるかな? 仁村篤君殺害の目撃者で、その犯人に命を狙われているという自覚はないの?」
「あります。だから朝ちゃんに――」
「容疑者の一人である本間朝音さんに自分の殺害方法を聞くのかい?」
ちょっと、それって! 思わずあたしは机をバンって叩いた。
「朝ちゃんがあたしを狙ったって言いたいんですか?」
「容疑者の一人と言った筈だよ。君はそれをどこで本間朝音さんに聞いたんだい? お店で? 外で? もしも真犯人が本間朝音さんに濡れ衣を着せようとしていたとして、君が本間朝音さんにそんなことを尋ねているのを聞いていたらどう思う? 自分の犯行がバレて、彼女に濡れ衣を着せようとしていることまで君に握られていると思ったらどうするかな? 最悪の場合、君だけではなくて本間朝音さんまで狙われることになるんだよ」
「え、朝ちゃんも?」
島崎さんがはぁ~っと溜息をつく。あたし何やってんだ、島崎さんたちの役に立ちたいだけなのに、却って邪魔してる。
ところが。
「契約しようか」
島崎さんが突然身を乗り出して、かじりかけのチョココロネをこっちに向けて来た。
「君がそんなに情報が欲しいのなら教えてやる。その代わり、君は勝手に動き回らない。君がしてもいいのは推理ごっこだけ。絶対に自分では動かないと誓うならこっちの手の内を明かしてやるよ」
「ちょっと島崎君!」
川畑さんが慌てる。手の内って、警察の持っている情報って事?
「いいですよ。情報を教えてくれるならあたしは大人しくしてます」
「ダメダメダメ、ダメよ、島崎君! 懲戒免職モノよっ!」
川畑さんが慌ててあたしと島崎さんの間に割って入るけど、あたしには関係ない。あたしが契約をするのは島崎さんだ。今を逃したら情報が貰えなくなる!
「契約に違反したらどうしますか」
「俺がこの事件から降りて別の人に担当になって貰う。もちろん川畑さんもだ」
えっ……それは困る。非常に困る。絶対この人たちでないとダメだ。
「俺たちは捜査一課のゴールデンコンビだぜ? 俺たちを逃したらこの事件は迷宮入りするかもな。まあ、君が本当に仁村篤君の事を想うなら、わかってるとは思うけど……」
「その前に私がバディ外させて貰います! こんなことで免職なんて堪んないわよ」
「川畑さんは俺としか組めない筈だよねぇ」
「何ですって、勝手に決めないで頂戴!」
「いいのかい? 川畑さん?」
ナニナニナニ? 何か弱みでも握られてるの?
「そういうのを脅迫って言うんです! 現職の刑事が何考えてんですか」
ほっといたら二人の中が険悪になりそうだと踏んだあたしは、とっとと結論を出した方がいいような気がして来た。
「わかりました。篤の交友関係はあたしが一番詳しいはずです。篤のお母さんより絶対に詳しい。幼稚園からずっと一緒だったんだから。その中であたしが知ってること、ちゃんと提供します。自分では動かないで報告だけします。大人しくしてます。だから島崎さんもあたしに全部教えてください」
島崎さんがニヤリと笑ってチョココロネを軽く振る。
「了解。契約成立だな」
「絶対あたしたち、いいパートナーになれる自信ありますよ」
あたしが力強く答えると、川畑さんが「信じられない」とかなんとかブツブツ言いながら、やけくそ気味に思いっきりくるみパンを口に突っ込んでる。
「あー、あと俺が君に情報漏らしたなんてことが他の人の耳に入ったら俺はこの仕事クビになるからね。そうなったら君の責任で俺を養うか、俺の再就職先を探す事。いいね?」
「絶対に漏らしませんよ。そんなことになったらあたしもヤバいですから。島崎さんたちとは一蓮托生です! 死ぬときは一緒ですよ!」
「いや、俺はまだ死にたくないよ」
「私もですっ!」
川畑さんがキレ気味だけど、島崎さんの「黒い……」という一言でピタッと黙ってしまった。黒い何がそんなに彼女に引っかかるんだろう?
「それじゃ、まずは君の知ってる情報から教えて貰おうか。君はまだ俺に話してないことがあった筈だよね、市村君の事で」
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